ここから見に来て。[旧Quem tudo quer, tudo perde.] -67ページ目

ここから見に来て。[旧Quem tudo quer, tudo perde.]

ここは音楽のBlogでした。実際には節操無く何でも有りましたが、アメブロと相性が悪いようなので、他に書く事にしました。出来ればそちらを、よろしくお願いします。

          Train  


ご無沙汰していました。

こんなBlogでも待ってくれている方や

読んでくれている方が居るという事は、

私にとって、とても大きな勇気になります。

 

まだ完全復活と言う訳では無いので、

毎日書こうと言う初心は

相変わらず守れそうも有りませんが、

少しずつでも書けていけたらと思っています。

 

何せ欲は深い方なので、

過去に書いたものまで読みたくなるような

心に残る文章が目標なので、

ワガママなりに頑張りたいと思います。

 

 

Blogを休んでいる間、

ホワイト・ブルーズやフォークをよく聴きました。

それから久しぶりにArt Garfunkelを沢山聴きました。

ともあれ、情けない男のままでの復活です。

 

 

 

木製の飛行機

 

木製の飛行機

西テキサスの風の中でプロペラを回す。

僕たちは、それを追いかける。

僕たちは笑いながら、

それが永遠に続くと思っていたね。

君は兄弟であり私自身でも有った。

そして君もそう考えていたはず。

もう一度、

木製飛行機を追いかけた

あの頃に戻りたいな。

 

長い間生きてきたね。

僕が調子が良かった事も

悪い事をした事も

君は全てわかっている。

僕は僕の歌い方で歌ってきたんだ。

僕が本気で

自分が狂ったと思った事も知っているよね。

 

もし僕の思い出話で

君を悲しませるようなら

木製の飛行機を

二人で追いかけた事を思い出して。

そう、僕にとってもあの頃が

一番楽しかったんだ。


              
         Art Garfunkel     Watermark



突然ですが、少しの間お休みします。


今日、大切なものをひとつ失いました。


少し前からわかっていたことですが、


余りにもの突然で。


少し前の私なら二度と立ち直れなかったでしょうが、


運悪く鈍感な年齢に達してしまったようです。


ただ、ほんの少しの間は。


たぶんニ三日ですが。


Blogは私の精神安定剤ですから。


少しの間、お休みします。




               鳥のフンの中の種を蒔いてみた。


夕方と言ってもそろそろヤバイくらいになってルッコラの植え替えをする時間が出来た。

アメリカ産の種から出た芽は育ちが早かったが、ひょろひょろでこれからの発育が心配な感じがする。

ブラジル産の種は発芽まで時間がかかったが、色も濃く茎も余計な伸びを見せなくてしっかりしている。

長めのプランターを数個用意してガラガラと赤玉を入れた。親父の花のせいで自作の土が使えないので14Lを5袋で1000円と言う土を買ってきて積んであったのをその上から入れて水をかけ軽く混ぜた。

ルッコラの入った黒いポットの中の土は、「水をかけ過ぎだ」と言う親父の発言を信じて、昨日水をやるのを控えてあったせいで表面がカラカラに乾いていた。

土の部分を押さえながらひっくり返すとサラサラと土が流れ出した。表面だけでなく中までカラカラに乾いていたのだ。水はこれっぽちもやり過ぎではなかった。

他のポットは多少水をかけながらひっくり返しプランターの方に植え替えていった。多少間引きを控えていたので、ついでに間引いていった。間引いたものをかじりながら「ゴマだぁ」と独り言を言いながら黙々と植え替えをした。明日は雨だと言う。ルッコラは太陽を待っている。私も太陽を待っている。

    The Doors  Waiting for the Sun  

  The Doors  Morrison Hotel

            ミーハーなので買いましたぁ。


正午も多少過ぎ、冷房の効いたこの部屋に残っているのは、ほとんどそれなりの発言権を持った所謂大物ばかりだった。場違いだと感じ出した私は逃げ出すチャンスを見つけられなくて困っていた。基本的に自分の事は曖昧にしておきたかったのだ。

「昼飯を食いに行こう」と誘われた時に簡単に承諾してしまったが、まさか二人だけでとは思わなかった。形だけだが一応大勢は判明し一息入った為に何となく安堵の気持ちからの返事だった。ここから逃げ出すチャンスだとも思った。

「そばで良いよな」と言って歩き出したその問いかけには返事を求めている気配も感じず、300メートルほど向こうの蕎麦屋まで黙ってついて行った。日差しが眩しく、何となく暑く感じてきた。歩きながらスーツのボタンを外そうかと思ったが止めておいた。

「二階の一番奥のお部屋です」の声にドキッとした。状況はこっちが考えていたよりも悪い。もう既に次の事を考えているだろう事は察しがついたが個人的には触れたくない事だった。そう思いながらもテンプラを注文した自分の図々しさに感心した。

「今年で幾つになるんだ」と言う言葉に、ほら来たと思ったがそ知らぬ振りをしながら年齢だけ答えておいた。頭の中では「早く蕎麦来てくれよ」と蕎麦の事ばかり考えていた。現在の状況やそれに対しての意見、これからの対処の方法など次々に質問攻めだ。

蕎麦を食べている間も話は続いた。こんなに上等なテンプラなんて滅多に食べられないから食べる事に集中したかった。
ふと、値段が気になった。始めは奢ってもらうつもりでついて来たが、ここで奢られると貸しを作る事になる。そう思った途端に妙に箸が重たくなった。

結局は奢ってもらう事になった。レジで自分の分は払いますと言うと「君の気持ちは理解出来る」と一蹴されてしまった。つまり全ては事後確認の様なものだったのだ。
私は戻らずにそのまま車に向かう事にした。駐車場の入り口まで二人とも無言で並んで歩いていた。それほど暑くは感じなくなっていたが、スーツのボタンを外した。

ほんの200メートルそこそこの距離が妙に長く感じた。耳の奥がツーンとして、周囲の音の一つ一つが全て判別出来るような感覚がした。別れ際にもう一度昼飯の礼を言った。彼はコクリとうなずいただけだった。
車の方向へ歩いて行こうとした時、彼は一言だけ言った。「やりたい奴だけなら幾らでもいる。残念だがね。」私は歩き出したその後ろ姿に頭を下げるしかなかった。

              

Mal Waldron with Eric Dolphy and Booker Ervin
               The Quest
               歌うぜベベェ~

今日は6時から会合が有ります。
ダラダラと続くのは勘弁して欲しいです。
帰って来て余裕が有り
尚且つネタが有ったら続きを書きます。

         
    John Hammond   Nobody But You


ただいま~疲れました。
うん、音楽の事を書こう(笑)。

John Hammondは偉大な父親を持ち、無名時代のジミヘン等が彼のバックをやっていたなどの売れる為のネタは幾らでも有るのに頑なにブルーズを演奏し続ける屈折した性格のナイスガイ。好きです(笑)。白人がBluesやJazzをやっても決して贋物じゃないという事を具現化し続けています。

彼が2001年に発表したWicked Grinと言う名のアルバムはTom Waitsの作品集と言うこれまた屈折した内容。それでもBluesで有り得るという事を示したのは実を言うととても凄い事じゃないかと思います。それにしてもTomの曲をこんな形でやってもJohnらしく聞こえるという事は彼もまた十二分に曲者なんでしょう。

         
      John Hammon Jr.     Wicked Grin