
正午も多少過ぎ、冷房の効いたこの部屋に残っているのは、ほとんどそれなりの発言権を持った所謂大物ばかりだった。場違いだと感じ出した私は逃げ出すチャンスを見つけられなくて困っていた。基本的に自分の事は曖昧にしておきたかったのだ。
「昼飯を食いに行こう」と誘われた時に簡単に承諾してしまったが、まさか二人だけでとは思わなかった。形だけだが一応大勢は判明し一息入った為に何となく安堵の気持ちからの返事だった。ここから逃げ出すチャンスだとも思った。
「そばで良いよな」と言って歩き出したその問いかけには返事を求めている気配も感じず、300メートルほど向こうの蕎麦屋まで黙ってついて行った。日差しが眩しく、何となく暑く感じてきた。歩きながらスーツのボタンを外そうかと思ったが止めておいた。
「二階の一番奥のお部屋です」の声にドキッとした。状況はこっちが考えていたよりも悪い。もう既に次の事を考えているだろう事は察しがついたが個人的には触れたくない事だった。そう思いながらもテンプラを注文した自分の図々しさに感心した。
「今年で幾つになるんだ」と言う言葉に、ほら来たと思ったがそ知らぬ振りをしながら年齢だけ答えておいた。頭の中では「早く蕎麦来てくれよ」と蕎麦の事ばかり考えていた。現在の状況やそれに対しての意見、これからの対処の方法など次々に質問攻めだ。
蕎麦を食べている間も話は続いた。こんなに上等なテンプラなんて滅多に食べられないから食べる事に集中したかった。
ふと、値段が気になった。始めは奢ってもらうつもりでついて来たが、ここで奢られると貸しを作る事になる。そう思った途端に妙に箸が重たくなった。
結局は奢ってもらう事になった。レジで自分の分は払いますと言うと「君の気持ちは理解出来る」と一蹴されてしまった。つまり全ては事後確認の様なものだったのだ。
私は戻らずにそのまま車に向かう事にした。駐車場の入り口まで二人とも無言で並んで歩いていた。それほど暑くは感じなくなっていたが、スーツのボタンを外した。
ほんの200メートルそこそこの距離が妙に長く感じた。耳の奥がツーンとして、周囲の音の一つ一つが全て判別出来るような感覚がした。別れ際にもう一度昼飯の礼を言った。彼はコクリとうなずいただけだった。
車の方向へ歩いて行こうとした時、彼は一言だけ言った。「やりたい奴だけなら幾らでもいる。残念だがね。」私は歩き出したその後ろ姿に頭を下げるしかなかった。
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Mal Waldron with Eric Dolphy and Booker Ervin - The Quest