ここから見に来て。[旧Quem tudo quer, tudo perde.] -48ページ目

ここから見に来て。[旧Quem tudo quer, tudo perde.]

ここは音楽のBlogでした。実際には節操無く何でも有りましたが、アメブロと相性が悪いようなので、他に書く事にしました。出来ればそちらを、よろしくお願いします。


Over The Rainbow



昨日、台風がもたらしたのは
激しい雨でも風でもなかった

日が沈むまでのほんの少しの時間
南東の空に大きな大きな虹

決して鮮やかとは言えなかったが
こんなにも大きな虹は久しぶりだった

夜、アメブロで知ったのは
ブログで知り合った、うりぼうさんの誕生日

そう言えば、我が家から南東の方向には
うりぼうさん夫婦が住んでいる

あれはきっと、夜勤のご主人が
空に架けたメッセージ

そう考えたら妙に気分が良くて
早い時間にグッスリ寝てしまった(笑)



Bud Powell The Amazing Bud Powell - Vol. 1.

大好きなMGM制作の有名な映画「オズの魔法使い」が
Judy Garland主演で作られたのは1939年。幾つものスタンダードを生み出したが、やはりOver The Rainbowが一番親しまれているだろう。ハロルド・アーレンが車の中で「虹の彼方の何処かに」と言う言葉と共にメロディが浮かんだという。最後の最後まで映画に使われる事が危ぶまれたと言う話が信じられないほど、今では誰もが知っている曲になってしまった。

Bud Powellのピアノ・ソロは、彼らしさを出しながらも決してオリジナルのメロディが持つ親しみ易さやそこはかとない哀愁を失わない美しい演奏。3分にも満たないこの曲の中にも彼が作り出した一つの宇宙が存在する。


少し大きくなりまちたぁ。

1975年にデヴゥーしたMr. BIGと言うと首をかしげる人が多いかもしれません。私が今聴いているRock BandのMr.BIGは、1980年代に活躍した抜群のテクニックを持ったメンバーで作られた親日家でも知られるMr.BIGとは別のBandなのです。

ドラムが二人居ると言うあまり聞く事の無い編成で英国からデヴゥーした4人組の彼らは、デヴゥー直後にクイーンのツアー・サポートをしたのもうなずけるようなクイーンにも感じられる英国独特のウィットを持ったBandでした。

英国では大変高い評価を得ながら米国では酷評され、2枚のアルバムで消滅してしまいましたが、クイーンを世界でも真っ先に評価した日本では、それなりにヒットをしラジオでも良く事が出来ました。

ストレートでハードな部分を根底に持ちながらキャッチーなメロディやコーラスも忘れず、ハード特有のノリも持ち合わせながら中華風メロディを得意とするそのスタンスは、ギャグ・センスも大雑把が好きな米国人には中々理解できなかったのかもしれませんが、アメリカのロックの要素さえぶち込んでしまった彼らの能力は、世間の評価以上に高いものではないかと思います。

「一般筋が通った」とは言い難い音楽性とボーカルのヘタウマ風素っ頓狂歌唱法に、どうしてもアチコチに出て来てしまう中華風フレーズが、彼らを一流にする事を拒んでしまったのは否めない事実だと思いますが、中々どうしてこうして2枚とも味の有るアルバムで、いまだに時々出して来ては愛聴しています。

彼らの「変」な部分はメンバー構成にも現れています。エジプト生まれのギターをメンバーに加えたり、ツイン・ドラムスと言う編成にもかかわらず、2ndアルバムでは2人のセッション・ドラマーを使うという暴挙を行い、アルバム発表後はもう一人ドラムをメンバーに向かえトリプル・ドラムなんて編成にしてしまい、その後にトリプル・ギター+ツイン・ドラムスになったりと何を考えていたのか、常人の私には想像も出来ません。もしかしたら友人に「仲間に入れて」と言われたら断れないタイプの良い奴だったのかもしれません(笑)。

「甘美のハード・ロッカー」「フォトグラフィック・スマイル」「ロミオ」「1970年代のMr. BIG」「Sweet Silence」「クイーン風」なんてキー・ワードでピンときた中高年の皆さん。今ならまだ幻の3rdを含め手に入れる事が多少とも可能ですよ(笑)。

Mr. Big Sweet Silence
MR.BIG Seppuku

MR.BIG
甘美のハード・ロッカー
MR.BIG(UK)
フォトグラフィック・スマイル
MR.BIG(UK)
甘美のハード・ロッカー


乗り合いバス

今日、乗り合いバスに乗りました。以前に乗った記憶が無いので、随分久しぶりの事だと思います。田舎は公共交通機関が不便で、ほとんど自動車での移動となってしまうので、長距離の移動の為に電車を利用する事は有るのですが、バスで移動するような距離はタクシーで済ます事も多いです。これもまた田舎の移動方向のベクトルがいかに少ないか露見する出来事ですね(笑)。

昼間乗ったバスはガラガラで、思わず一番前の席に座ってしまいました。しかし!、素晴らしい。普段自分の運転での移動なので気づかなかった風景が目の前にパノラマのように広がるのです。バスの座席の高さのせいも有るのでしょう、本当に見晴らしが良くて、いつの間にかはしゃいでいる自分が居ました。私の住んでいる町は、交通の便がさほど悪くは無く、その上自然が沢山有る素晴らしい町だと再認識する事が出来ました。



Bob Marley & The Wailers Babylon by Bus


Babylon by bus / Bob Marley And The Wailers
バビロン・バイ・バス/ボブ・マーリィー・アンド・ザ・ウェイラーズ
Produced by Bob Marley And The Wailers
1978 Island Records

0
1. POSITIVE VIBRATION
02. PUNKY REGGAE PARTY
03. EXODUS
04. STIR IT UP
05. RAT RACE
06. CONCRETE JUNGLE
07. KINKY REGGAE

0
8. LIVELY UP YOURSELF
09. REBEL MUSIC
10. WAR/NO MORE TROUBLE
11. IS THIS LOVE?
12. HEATHEN
13. JAMMING


ボブ・マーリィーのLiveと言うと[Live!]と言うライヴ・アルバムがまず頭に浮かぶかもしれない。しかしあの1978年のツアーを中心に作られた2枚組(LP時)のこのライヴ・アルバムでも彼のパワーが全く衰える事の無い事を示した。
ベスト・アルバム的な選曲であるし、また欧米での人気が確固としたものである事も伝わってくる、人に勧めやすいアルバムだと言って良いだろう。
聴き易く気持ちの良い選曲なので、個人的にもLive in Japanと共に彼のアルバムの中では好きなアルバムです。



julho23,2005---限界ぢゃ~

土曜日の朝、いつも世話になっている先輩からTELが有り、昼のバーベキューをご馳走になりに出かけた。
家の前の駐車場から車を抜くと中々の広さになるので、いつも食べた後は何がしかの運動となる。

今回はバトミントンになった。テニスの好きな家族で、一家でデニスに出かけるくらいなのでラケットさばきは、中々のもの。「バトミントンとテニスじゃ全然違うよ。」と言われたが、コッチは手に物を握ってする近代的なスポーツは全て苦手としているので、笑いのネタくらいにしかならなかった。何たってラケットの握り方がいまだにおかしい(写真参照/笑)。

ここ数年、運動量が減り体も言う事を聞かなくなって来ている。以前なら多少無理をしても体の切れは変わらなかったが、今は運動用に体の仕組みを変化させるまでに随分時間がかかる。まず汗が吹き出るくらいまで体を動かし、一度休憩してからでないと心臓と筋肉がまともに機能してくれない。

限界を感じるくらいの運動を拒否してしまう「年齢」とか「経験」とか「体験」が、今は疎ましくさえ感じてしまう。大した能力が有る訳ではないのだから、もう一度明日の事など考えないくらい体を動かしたい欲望も有るが、体自体が拒否してしまうという事は、これが私の限界点なのかもしれない。


Freddie Hubbard Breaking Point [2004]


アート・ブレイキーのバンドから抜け、ドルフィーのレコーディングに参加した直後1964年に録音したもので、とても意欲的なアルバムだと思う。
ただ、頭の中で作っているものと実際に出てきた音に何処かしらズレを感じてしまうのは私だけだろうか。
しかし技術の高さが鼻に付くと言われるくらいの演奏家が、夢中になって何かしらに向かおうとしている姿がここに有る。
本人は決して「限界点」などと感じてはいなかっただろう。


a10

ジョン・マークとジョニー・アーモンドの二人は、何処へ行きたかったのでしょうか?

フォーク畑のジョンとジャズ畑のセッション・プレイヤーだったアーモンドの二人がブルースのジョン・メイオールに誘われ、ジャズのチャールズ・ミンガスのセッションに使われ、AORの立役者であるトミー・リピューマに愛されてしまった事が、結果的に摩訶不思議な彼らの音楽になってしまっただけの事なんでしょうか?

全5曲中2曲が組曲風のこの1stアルバムで、もう既に彼らの基本的な形は出来上がっています。ジャズ風味にフォーク風味とブルース風味を加えたロールしない彼らのロックは、近い将来AORと呼ばれ、イージーリスニングとして聞かれる事になります。

確かに彼らの音楽には直接的なクラシックの影響もインドへの憧れもアフリカ回帰も有りませんし精神世界云々も存在しません。等身大の世界を概存の方法論のパッチーワークで作りあげただけだと思います。ロックは革新的でなければとか、ロックは初期衝動の云々と言うのなら彼らの音楽は時代が生んだ過去の産物のミクスチァーでしかないかもしれません。

後々何度も書くことになると思いますが、彼らは出会う前から或いは、それぞれ別の仕事でもマーク=アーモンドを感じさせる仕事ばかりしています。自分たちがサポートとして参加したアルバムからも感じる事が出来てしまいます。とっても失礼な行為かもしれませんが、現実としてやってしまったのです(笑)。

当時の英国の音楽業界の裏側では、二人とも極めて高い評価を受けていた感じがします。後に有名になる演奏家たちとの仕事がとても多いのです。しかしサポートするアルバムの中に自己を出し過ぎるのは名サポートとも言えない気もしますが。

そんな流れの中で作られたマーク=アーモンドは飄々としていて、何となく雰囲気主義の聴き易い音楽に思われやすいのも事実です。しかし少なくともこの1stから変則的な作りの4枚目までからは、彼らのどろどろとした欲望を私は感じるのです。

その「どろどろ」とした部分が生み出す抑圧された中途半端な緊張感が、今でも彼らの音楽を私に心地良く聴かせてくれます。自分達が求めているものと自分達が出来る事のギャップを感じ、もどかしそうに演奏しているところなんて、いかにもロック的な感じがします。

彼らは2ndでミンガスの片腕だったドラムのダニー・リッチモンドを加入させます(土下座してお願いしたのかな/笑)。それが彼らにとってプラスだったのかマイナスだったのかは、このアルバムから推し量る事は出来ませんが。

何はともあれ、ヒュー・マヒューがプロデュースしたダニー・リッチモンドの参加していない、この1st以前に彼らの外形は既に出来上がっていた事は、結成以前の彼らの参加したアルバムを聴いて貰えればわかります。

そして、それらの集大成として彼らの名義のアルバムとして作られるようになりながら、それ以後少しずつ変化していく彼らの音楽性を歯車が狂ったと考えるか、それとも逆にかみ合い出したと考えるかは聴く人の判断のようにも感じます。


マーク=アーモンド : マーク=アーモンド