自覚するべき事実。 | ここから見に来て。[旧Quem tudo quer, tudo perde.]

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ここは音楽のBlogでした。実際には節操無く何でも有りましたが、アメブロと相性が悪いようなので、他に書く事にしました。出来ればそちらを、よろしくお願いします。


julho23,2005---限界ぢゃ~

土曜日の朝、いつも世話になっている先輩からTELが有り、昼のバーベキューをご馳走になりに出かけた。
家の前の駐車場から車を抜くと中々の広さになるので、いつも食べた後は何がしかの運動となる。

今回はバトミントンになった。テニスの好きな家族で、一家でデニスに出かけるくらいなのでラケットさばきは、中々のもの。「バトミントンとテニスじゃ全然違うよ。」と言われたが、コッチは手に物を握ってする近代的なスポーツは全て苦手としているので、笑いのネタくらいにしかならなかった。何たってラケットの握り方がいまだにおかしい(写真参照/笑)。

ここ数年、運動量が減り体も言う事を聞かなくなって来ている。以前なら多少無理をしても体の切れは変わらなかったが、今は運動用に体の仕組みを変化させるまでに随分時間がかかる。まず汗が吹き出るくらいまで体を動かし、一度休憩してからでないと心臓と筋肉がまともに機能してくれない。

限界を感じるくらいの運動を拒否してしまう「年齢」とか「経験」とか「体験」が、今は疎ましくさえ感じてしまう。大した能力が有る訳ではないのだから、もう一度明日の事など考えないくらい体を動かしたい欲望も有るが、体自体が拒否してしまうという事は、これが私の限界点なのかもしれない。


Freddie Hubbard Breaking Point [2004]


アート・ブレイキーのバンドから抜け、ドルフィーのレコーディングに参加した直後1964年に録音したもので、とても意欲的なアルバムだと思う。
ただ、頭の中で作っているものと実際に出てきた音に何処かしらズレを感じてしまうのは私だけだろうか。
しかし技術の高さが鼻に付くと言われるくらいの演奏家が、夢中になって何かしらに向かおうとしている姿がここに有る。
本人は決して「限界点」などと感じてはいなかっただろう。