超メガヒット映画『サタデー・ナイト・フィーバー』のサントラ盤からの第一弾シングル "How Deep Is Your Love" は、1977年、10週連続でトップに君臨していた Debby Boone の "You Light Up My Life" を蹴落として全米 No.1(アダルトコンテンポラリーチャートでも1位、ミリオンセラー)となり、トップ10に17週間ランクされるという新記録(当時)を打ち立てました。さらに、フランス、フィンランド、カナダ、ブラジル、チリでも1位、アイルランドとイタリアで2位、イギリスとオーストラリアで3位、オランダ、スペイン、スウェーデン、ノルウェー、ニュージーランドでトップ10入り(日本ではオールジャパンポップ20で10位)し、78年のグラミー賞で最優秀ポップパフォーマンス賞(グループ)を受賞。当初、この曲は Yvonne Elliman が歌い、Bee Gees は "If I Can't Have You" を歌う予定でしたが、映画のプロデューサー(Bee Gees のマネージャーでもあった)の Robert Stigwood の判断で、Bee Gees がこの曲を歌い、Yvonne Elliman は "If I Can't Have You" を歌うことと変更されました。この判断は大当たりし、どちらも全米1位を獲得しています。なお、Bee Gees は、この曲以降 "Love You Inside Out" まで6曲連続 No.1 という記録を作り、Beatles の記録と並びました(これは Whitney Houston の7曲連続 No.1 によって破られた)。
第二弾シングル "Stayin' Alive" は、1978年、Player の "Baby Come Back" に取って代わって全米1位(ミリオンセラー)となりました。当初この曲はシングルとしてリリースされる予定はなかったのですが、ファンからの強い要望で急遽シングルカットされることとなったそうです(シングルB面は "If I Can't Have You" の Bee Gees バージョン)。この曲は、彼らの弟 Andy Gibb の "(Love Is) Thicker Than Water" にトップの座を譲った後、一旦6位まで下がったものの、次の "Night Fever" が1位となるのと同時に再浮上して2位に着け、このワンツーフィニッシュの状態は5週間続きました。さらに、イタリア、カナダ、メキシコ、オーストラリア、ニュージーランドでも1位、フランス、ベルギー、西ドイツ、スイス、オーストリア、スペイン、ポルトガル、フィンランドで2位、オランダとスウェーデンで3位、イギリス、アイルランド、ノルウェーで4位(日本ではオリコンの総合チャートで15位、オールジャパンポップ20では1位)となり、79年のグラミー賞で最優秀ボーカルアレンジ賞を受賞。なお、こちらの記事も参照。
第三弾シングル "Night Fever" は、Andy Gibb の "(Love Is) Thicker Than Water" に代わって1位となり、Yvonne Elliman の "If I Can't Have You" にその座を譲るまで8週間トップを守りました(もちろん、ミリオンセラー)。"Stayin' Alive" から "If I Can't Have You" までの4曲の No.1 ソングはいずれも Barry Gibb がソングライターに名を連ねており、これは Lennon-McCartney が3曲連続でトップを占め続けたのを上回る新記録となりました。また、この曲のトップ10入りにより、"How Deep Is Your Love" と "Stayin' Alive" と合わせて3曲が同時にトップ10にランクされたのですが、これは Beatles 以来の記録となりました。さらに、イギリス(Boney M. の "Rivers Of Babylon" にトップの座を譲った)、アイルランド、スペイン、カナダ、ブラジルでも1位、西ドイツ、ノルウェー、メキシコ、ニュージーランドで2位、オランダ、ベルギー、スイスで3位、オーストリア、イタリア、ポルトガル、スウェーデン、フィンランド、オーストラリアでトップ10入り(日本ではオリコンの総合チャートで3位、洋楽チャートとオールジャパンポップ20で1位)。なお、Robert Stigwood は当初映画のタイトルを『サタデー・ナイト』としたいと考え、Bee Gees にそのタイトル名を使って曲を書くよう依頼したのに対し、Bee Gees 側はこれに難色を示し、既に書き上げていたこの曲(Percy Faith の "Theme From A Summer Place" にインスパイアされたとのこと)を薦めたところ、Stigwood は『ナイト・フィーバー』というタイトルにすることは拒否したものの、Bee Gees に説得されて歩み寄ることとし、間を取って(足して2で割って?)『サタデー・ナイト・フィーバー』となったというエピソードはよく知られています。
この曲は、Bee Gees と Tavares の二つのバージョンが映画で使用(サントラにも収録)されたのですが、英米では Bee Gees ではなく、Tavares のバージョンがシングルカットされました(ただし、イタリア、オーストラリアなど Bee Gees のバージョンがシングルカットされた国もある)。
1978年全米1位。さらに、イギリス、オランダ、西ドイツ、オーストリア、イタリア、スペイン、ポルトガル、スウェーデン、ノルウェー、フィンランド、オーストラリア、ニュージーランド等でも1位(日本でもオリコンで1位)となり、79年のグラミー賞で最優秀アルバム賞及び最優秀ポップパフォーマンス賞(グループ)を受賞。アメリカだけで1600万枚超、全世界では4000万枚超のセールスを記録し、Michael Jackson の "Thriller" に抜かれるまで世界で最も売れたアルバムでした。このアルバムには、前記4曲と Yvonne Elliman の "If I Can't Have You" のほか、Bee Gees の "Jive Talkin'" と "You Should Be Dancing"、Walter Murphy の "A Fifth Of Beethoven"、KC & The Sunshine Band の "Boogie Shoes" なども収録されています(Stigwood らプロデューサーは、Boz Scaggs の "Lowdown" も映画で使用したいと考えていたのだが、Boz が所属していたCBSレコードの許諾が得られなかったとのこと)。
