空はどこから/猫の長靴 -80ページ目

空はどこから/猫の長靴

日記は苦手だけど、何があって何を思ったのか、あんまり分からなくなるのもねぇ(´Д`)
だからちょっとだけ、記録を残します。

振り返ると4月のことだ。
青山のライブ会場に もちとちーず を観に行って
『Belet of crow style(通称 ベレクロ)』に出会った。

その時買ったCDは車の中でヘビロテした。
ソウルフルな声、自由闊達な楽曲。
妻もすっかりファンになった。

観たい、観たいと思っていた。妻はマメにツイートをチェックしていた。
そしてやっと叶った。

12月3日、渋谷gee-ge
『シブヤdeワン! ツー!! スリー!!! 』

やっぱり、ライブ!
CDとは違う。
怒涛の6曲、
解き放たれた歌声
会場の空気が震えた――


歌姫: BluEさん…これ、名前?(笑)
ピアノマン : クワハラ康スケさん
(因みに、私達と同じ北海道出身。彼らは函館、私は旭川、妻は札幌)


この二人、ビジュアルがいい!
……と言ったら当人たちは驚くかな?
でも、CDジャケットの写真よりも、実物は遥かにいい!

↓これはCDにプリントされていたイラスト

BluEさんの歌う姿
黒いロングスカートを摘まみ、マイクを抱きしめ、跳ねるように踊る
グレーとブルーに染めた髪から、三角の耳が覗く
――この人、エルフだ!


最新曲『eyes』
渾身の歌声で言霊を紡ぐ、
ベレー帽の頭を抱えるようにし、身を捩る――
だって私は強いから……♪

ステージが揺らぐ
迸る情念が黒い炎のようだ

ビアノマンは鍵盤を鳴らしながら、時に立ち上がり、彼女の様子を伺う。

歌姫とピアノマン
いにしえの名作映画が頭に浮かぶ――
繊細な天才歌手と、それを支えるピアノマン
これは音楽映画の定番だ。
例えばジュディ・ガーランドの『スター誕生』
ダイアナ・ロスの『ビリー・ホリディ物語 奇妙な果実』……


演奏後、物販場所に挨拶に行った。
「青山で知ってから、ずっと観たかったんです、今日は女房も連れて来ました」
CDは一種類のままだったので
「もう一枚買いますね。離婚した時、分けられるように(笑)……」

康スケさんはステージ衣装のままだったが、BluEさんはラフな姿に着替えていた。
ステージ上での緊迫感が抜けて、気のいいスタッフさんみたいだった。

↑ブログ用に撮らせてもらった。


興奮覚めやらぬファイミル夫妻は、そのあと居酒屋に寄り、
「これだよね!
こんなライブが観れるのが、東京にいる醍醐味だよね……」
と話し合ったのであった。

私の東京ライブ体験――
さっちゃんに始まってpredia、もちとち、そしてべレクロに行き着いた――
辿ったなあ、と思う。


次のベレクロライブは多分1月、まだ詳細が決まっていない。
ツイートチェックの日々は続く――


右矢印右矢印右矢印右矢印右矢印

この日のもう一つの収穫
『あきは奏しき』

女性ふたりのユニット
素足のピアノ奏者
フェミニンなドラム奏者
ふたりがセッションのように歌声を紡ぐ。

女性のドラムっていいね。
音が優しいんだよ
ドラムセットに囲まれ、せっせとスティックを運ぶ姿は、台所でパスタを打っている若妻のよう

このユニット、結成してまだ2ヵ月。
終演後に当人たちからアンケート用紙が配られた。
私のコメントを読んだ妻が笑い出した
ふたり揃って「早くCDを作って」と書いていた。

こんな編成のユニットは初めて観た
ステージ上の構図がいい!

上手前方にドラム
下手に少し奥まってグランドピアノ
奏でるピアノ、打ち鳴らす太鼓……

「この構図って、風神・雷神みたいだよねっ!」
妻は鼻でふふんと笑った
「左右逆だよ――」
……いや、そういう問題じゃなく(汗)






Android携帯からの投稿
れなしの生誕ブログ
気合いの3部構成である――

右矢印右矢印右矢印右矢印右矢印

【第1章 天使編】


↑ 天使の れなし

柔軟剤のコマーシャル風に――
と、リクエストした。

両目をつぶった れなしの表情は、なかなかにレアなのである。


ウィンクは得意だけどね



半年前、正確に言えば6月8日、DORiveの始動まで、
私は新海令奈というタレントさんを知らなかった。


元々、私はアイドルファンではない。
さちこ+αでタレントさんを知る中で、れなしとチャンネルが繋がった。

それがどれ程ラッキーな事だったかは……
このブログの浮かれ具合でお分かりのことと思う(笑)

今日は フェミニン(女の子らしさ)の化身、れなしの25回目の記念日
このブログ、書くタイミングを待っていた!


この6ヶ月を振り返って思う――
私はこのコの 険しい表情、嫌がる顔を見たことがない

――れなしは笑顔だけで造られている。

いくら笑顔が商売のタレントさんとはいえ、これ程の天使系、癒やし系のキャラは なかなかいない。

ひょっとすると、お母さんはこのコを産む時、陣痛もなく笑顔で産んだんじゃないか?

そして このコもまた、笑顔で「コンニチワ」と言って産まれてきたのではないか?

――このコの邪気のない笑顔を見ていると、そんなことを思う。


険しい表情
……を私のライブラリから探して、やっとこの程度。

これは覚えたてのダンスを一所懸命踊っている 健気な表情である。
まだ上手とは言えない。でもそれ故に、このコの踊りには「可憐さ」という魅力がある。

右矢印右矢印右矢印右矢印右矢印

【第2章 悪女編】

さて、「れなし=天使」で本ブログを終えてもいいのだが、
心の歪んだファイミルは もう一捻り考えた。

人間なら誰だって、胸の奥に秘められた影の部分がある。
だいたい、女の子という生き物を天使と思うなど、男の愚かな幻想に決まってる!
れなしにも、きっと腹黒いところがあるはずだ!?


このコ、こう見えて、実はビール好き、そして遊園地では絶叫系の乗り物が好きである。

若い頃『こんな女は嫁にするな』というハウツー本(?)を読んだことがある。
記憶では、その中に「助手席で怖がる女」というのがあって――
彼氏の運転で助手席に座る女の子、スピードを出すと怖がったりする。それが可愛いく見える。
ところが、いざ自分が運転する時には、結構なスピード狂だったりする。
そんな女の子は絶叫系の乗り物も好きである。
つまり、怖がるのは他人の運転を信用していないだけ――
部屋にひとりで居る時は、プハーッとビールをあおってサキイカをかじる「オヤジギャル」だったりする。


れなしの同郷に、実はそんなキャラの先輩がいる
――さとう玉緒さん
(この人のキャラの貫き方にはインパクトがあったなぁ)


無理強いしてやってもらった(笑)
れなしの「プンプン」ポーズ !


れなしがこんなキャラだったら……それはそれで面白い。
優しい顔で男をたらし、実はガッツリと肉食系――

Sキャラに見えて、実は生真面目な みれにゃん
落ち着いて見えて、実はガラスのハートの さっちゃん

一番 肝が据わっていて性悪なのは……実は れなしかも知れない



おどけて造った この表情、実は れなしの本性?

だとしたら……
脅されてみたい?(笑)

右矢印右矢印右矢印右矢印右矢印

【第3章 れなしの実】

新生DORiveが誕生した当初、私は れなしのことを何も知らなかった。
ただ、さっちゃんと仲良しになってくれればいいな、と思っていた。
そして、その柔和な笑顔に期待した。

今回の れなしブログは、私にとって6カ月間のDORiveの記録である。
そして、ここに記された記事のボリュームは、その間、培われた れなし&DORiveへの愛着の量である。


このコの誕生日をスマホのカレンダーに記した時――
きっと生誕ブログには「優しい子、ウィンクの可愛い子」などと書くのだろうな、と想像していた。

それがどうだ!
ひょっとすると腹黒だぜ、オヤジギャルだぜ、などと冗談まで飛び出している。



誰が腹黒じゃい!のポーズ

私の れなしへのイメージは、大きく膨らんだ。
誰かを知ること、想うことを人生の「成果」だとすれば――
パッションフルーツ「れなしの実」は私の心の中で豊かに実りつつある。



このゆる~い表情、仲良し感。
私にとって、たまらない癒やしである……


最後に――
れなし、お誕生日おめでとう!

ひたすらにフェミニンであれ!
たくましく性悪であれ!

貴女の幸せと、そのための成功を祈ります――


君の瞳に乾杯!






Android携帯からの投稿
日本人が愛した、そして誰もが崇敬の念を抱いてきた高倉健さんが、今月10日、83才で亡くなった。
ブログ等に追悼文を記した人も、さぞかし多いことだろう。


私にも健さんについて語りたいことは一杯ある。
逆に語るべき切り口に迷う。

迷った結果、このー点に絞ることにした。

それは、
「健さんにとって、チエミさんの存在とは何だったのか」
ということ――


NHK『クローズアップ現代“人を想う”~映画俳優・高倉健さん~』

「誰かを好きになること(ここでは映画のスタッフ)」で得られるモチベーションの素晴らしさについて、珍しく熱く語る健さん


そして
NHK『プロフェッショナル――仕事の流儀』

遺作となった『あなたへ』の撮影現場
綾瀬はるかさんと雑談する中で、健さんは重い一言を吐露する
――売れれば、人は寄ってくる。でも、その人達は君の幸せのことなど、考えちゃいない――

愛らしく、才能溢れる若い娘に、アドバイスを告げずにいられなかったのだろう。

右矢印右矢印右矢印右矢印右矢印

健さんは1959年、人気絶頂の江利チエミさんと結婚した。仲睦まじい二人の素顔も映像に残っている。

だが、結婚生活は13年目で破局した。
原因は、まるでシェークスピア劇『オセロ』のイヤーゴウのような悪人の画策

江利チエミさんには長年、生き別れだった異父姉がいた。
この人物がチエミさんに取り入り、やがて財産管理まで任されるようになる。

そして億を越えるような借金をチエミさんに被せ、誹謗中傷で健さんとの仲を裂いた。

その動機は――お日さまの下にいる(人気絶頂の)チエミさんが妬ましかったから……

以前、チエミさんの特集番組で、親友の雪村いづみさん――この人は善良さの塊りのような天真爛漫な人である――が語っていた。
「何にも悪いことをしていない人、あんな良い人に、どうしてこんな酷いことが出来るのか……私は初めて、人を憎い!と思った。」


真相を知ったチエミさんは、その時ハワイにいた健さんの元に駆けつけ、土下座して謝ったという。

でも、この二人を以ってしても、一度壊れた関係は修復出来なかった。


チエミさんが45才で急死した時、健さんは報道陣を避け、ひとり手を合わせたという。
そして毎年ひっそりと、墓参りに訪れていた。

チエミさんの親友、いづみさんや中村メイコさんたちに、日頃から言っていたという
「チエミのこと、よろしくお願いします」

これ程に思っていながら、何故復縁出来なかったのか?
愛情とは、一度壊れると、これ程までに取り返せないものなのか?

健さんが「チエミのこと」と、その名を口にする時、その胸に去来する想いとは、何だったのだろう


だから、私は考えた
健さんを讃えて、もし喜んでもらえるとしたら……
それはチエミさんを誉めることなのではないか

右矢印右矢印右矢印右矢印右矢印

私のチエミさんにまつわる最初の記憶は、実写版「サザエさん」
明るい太陽、元気一杯のサザエさんは、チエミさんの当たり役となった。
昼メロで人情家でバイタリティ溢れる肝っ玉かあちゃんの役を演じていたのも記憶している。

チエミさんは、異父姉に陥れられた億を超える借金を、地方廻りの営業で身を粉にして働いて完済した
――気骨の人であると知ったのは、ずっと後。

そして一人暮らしの虚しさを紛らすためにアルコールに依存し、自室で吐瀉物を気管に詰まらせ、45才で急死した。

チエミさんが亡くなった時、ラジオのパーソナリティが言った。
「戦後最高のヒット曲……と敢えて言わせてください。『テネシー・ワルツ』をどうぞ――」

さすがに戦後最高のヒット曲は言い過ぎだろう、と思った。
でも、この人はそう言いたかったのだ。
この人の記憶にあるチエミさんのために――


「日本映画専門チャンネル」で録りためていたDVDから、チエミさんの映像を探してみた――
1956年(二人が出会った頃)の出演映画
日活『ジャズ・オン・パレード1956年 裏町のお転婆娘』

これは孤児院の子ども達を笑顔にするために、コミカルな歌を歌うシーンである。
明るく、希望に満ち溢れたお転婆娘

こういう人だったんだろうな、と思う。


以上、健さんへの追悼として

高倉健さん、お疲れ様でした。
ご冥福をお祈りします。





Android携帯からの投稿