ここでprediaがリリイベをするのは2回目である。

前回は6月21日――この時、私のpredia愛はMAXだった。
そして急転直下……
人間の決意なんて当てにならない、「これからもずっと」なんて嘘っぱちだということを、私は自分自身の行動で知った。





以下は8月26日に下書き保存し、そのままボツになった記事だ。
タイトルは
『王冠に託すもの』
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私が敬愛する漫画家、樹村みのりさんに、こんな作品がある。
ある青年が、結婚の許可を得るべく恋人の家を訪れる。
彼女の父親は、娘との結婚を頑固に反対する。しかし、そのあと、父親は家を去る青年を追いかけ、こう告げる―――
私は娘と君との結婚には反対だ。でも、それでも結婚すると言うのなら……
どうか娘を頼む!
8月6日、メジャーデビューを果たした日、メンバーが言ったらしい
何だか、クラウンに嫁入りした気分………
26日、prediaが上野恩賜公園水上ステージでの






ここで途切れている。
この後、上野野外ステージでのクラウン歌謡ショーの様子を綴るはずだった。
中高年が集まる演歌イベント、私と妻が会場に座っていても違和感がなかった……というよりも、揃いのTシャツで団扇を振って応援するおばさん達より、私たちの方が少しばかり若かった。
このステージで、prediaは可愛い妹分として、先輩歌手の皆さんに優しくフォローされていた。
エロや低俗さで売り出そうという品の無さなど、微塵も感じなかった。
良い会社じゃないか、と思った。
でも、一旦冷めた私のpredia愛が、元の熱量に戻ることはなかった。





6月末、東スポ事件直後に書いたボツ記事もある。
これはあまりにエグイので、とても人に見せられない。
タイトルは『老兵は死なず、ただ……』であった――
この2回の噴水広場の間に起きたことを振り返ると、
私の胸の奥には、何かを嫌悪する一点の曇りが残っている。
その「何か」の正体は、今も分からない。
でも、その嫌悪の対象は他者に向けられるべきものではなかったように思う。
結局、探っていって見つかったのは、自分自身の奥底に潜む「卑しさ」であった。





12月20日――
噴水広場、2階の真正面。私の定位置。
登場したprediaはやっぱり華麗で、愛らしかった。
『BABY KISS』のルナの表情に目を奪われる。
このコは生粋のBaby(童女)だなぁ、と思う。
久し振りに個別握手に行く。
「最近 顔見せなくてさみしいやん」
と言われた。
うん、私は今もファンだよ。
ワンマンライブはその後も欠かさず行っている。
一月のヤクルトホールは落ちついて観られそうなので、妻とふたりで行く。
でも、もう無理はしない。
「熱狂」はしない。
おのれの欲――コアなファンとして認められたいという欲望――に振り回されない。
今の私は「一般の」prediaファンである。

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妻に嫌がられながらも、茶の間に飾ってあるポスター




