空はどこから/猫の長靴 -117ページ目

空はどこから/猫の長靴

日記は苦手だけど、何があって何を思ったのか、あんまり分からなくなるのもねぇ(´Д`)
だからちょっとだけ、記録を残します。

「Hey Now!!」のリリイベの時、あかねんにサインを貰いに行き
「あかねんは俺が生で聴いた中で最高の歌い手だよ」
と言ったら、怪訝な顔をされた。

……うん、これはお世辞だった。
でも、記憶に残る歌手のひとりであることは間違いない。



12日、『もちとちーず』のライブを聴きに行った。2回目である。

椅子席である。しかもテーブル付き。
ジントニックを置いてゆったりと。
1ドリンク制のライブって、本来こういうものなんじゃなかろうか。
オールスタンディングでスシ詰めにされて、いつドリンクを飲むんだよ、と思う。



今回は『もちとち』の出番が最初だった。
「Cherry Love」で軽快に始まる、安定の滑り出し。 

そしてアッキー、その存在感。
このコを包むオーラは見てて飽きない。
スラックス姿の小さな膝小僧が可愛い。


今回特に印象深かったのは「Eyes2Love」

この曲はサブボーカルが初めてマイクの前に立った曲。
当時の振り付けでは、間奏で5人がマイクスタンドの間を縫うようにしてポジションチェンジをしていた。
胸を張り、膝を高く上げた、ルナの誇らしげなウォーキング姿が記憶に残っている。


都会の倦怠を感じさせる曲調。

♪あなたの肩越しに星も堕ちていく

弧を描く流星が見えた気がしたのは、私がこの曲に入れ込んでいる証拠。



2組目は『神田莉緒香』さん
21才、キーボード奏者のシンガーソングライター
明るく溌剌としてたけど、歌詞が若過ぎてこそばゆい。


3組目は『AKANE』さん。
美人だな~と思ったら、元SDN48のメンバーらしい。
器量が良いからアイドルでスタートしたんだね。
曲間のトークがユルかった。
もっと年輪が必要だなぁ


トリは大阪から来た『伊禮恵』さん
この人は良かったな~
細身にマキシのドレス。抱えるギターが一回り大きく見える。
靴がダサかったね、いっそ裸足で歌ったら、もっと雰囲気が出たかもね。
歌詞も良かった。
特に人を励ます歌の、素直な感性が良い。




それにしても、私がライブハウスに通うきっかけが、アイドルのあのコではなく、こういうアーティストだったなら、私の都会生活は違ったものになっていた。

少くとも、身体と財布は随分と楽だったことだろう。

精神的にはどうかな……オールスタンディングの喧騒(もはや荒行)、prediaへの熱烈な片思い……都会生活を乗り切る上で、やはり必要だったのかも知れない。



やっと『もちとち』のCDを入手した。


十枚に一枚、メンバーのチェキが入っているというので、2回買ったが当たらなかった。
2回目はメンバーが物販場所に現れて、ひとこと言葉を交わしての購入だった。

この先、ライブに来る度に、このCDを買い続けることになる。

同じCDを何枚も買うなど、アイドル商法に出会う前は考えもしなかった。



ちなみに、
これまで、私が一番CDを持っていたアーティストは『たま』だった。

ライブ通いをしたのも『たま』だけだった。



この歳になると、若い子の歌がなんだか苦手になった。
prediaの曲は私の脳裏にしっかり刻み込まれているが、それ以外の女の子の歌には、もはや共鳴できないようだ。




無性に『たま』が聴きたくなった。

内臓を掻き回されるような知久くんの歌。

今はソロ活動をしているらしい。
ああ~、聴きに行かなきゃなあ

私自身がいつまで首都圏にいるか分からないし、
それ以前の問題として、彼、多分長生きしないよ













Android携帯からの投稿
アコースティック・ユニット『もちとちーず』
「もち」は、あかねん
「ちーず」は、るーちゃま
ちなみに、あっきーは「きなこ」らしい

この3人にガールズバンド『BAND-MAID』から2人加わって5人のユニットが結成された。

ブログタイトルの「トウガラシ」は私の心境である。



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このユニット、prediaファンには秘密裏に始動した。

アイドルの対バンでオタの取り合いをしても、パイは知れている。
実力派ボーカルふたりで新たなファン層を獲得しようという目論見とか。

ところが路上ライブで始まってライブハウスも出演したけれど、客がさっぱり集まらない。
こりゃいけないとprediaファンに告知した。


これを知って、私は落胆した。

それはこういう意味だ──

ファンに告知しないということは、来てほしくない、ということだ。
prediaファンは拒絶された。
お前たちは邪魔だから来るな──私はそう受け取った。


新規ファンを獲得するためなら、秘密を貫くべきだった、という人たちもいる。

私はそうは思わない。

ファンの中で、私もだんだん古株になってきた。
特に誰かとつるむ、ということはしていないが、会釈をし合う「仲間」は徐々に増えてきた。
もちろん私より古参のファンもいっぱいいる。

アーティストとコアなファンとの関係は、夢を追うという点で「仲間」なのだと思っている。

いつものファンが来たって良いじゃないか。

夢を叶えるのも、例え地獄を見ようとも、みんな一緒にいようよ───と、私は思う。



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昨日のアコースティック・ライブ
会場に入ると、前半分にパイプ椅子が並べてある。
ありがたい。
これならゆったりと聴ける。

4組、各30分、間に10分ずつの休憩(後部でタバコが吸える)
アコースティックライブは快適である。


1組目、『シギ』さん
ギターの弾き語り。
曲調が暗い、照明も暗い。
こういう「暗い子ブリッ子」って、オフでは脳天気で明るかったりする。
もっと陽気な曲も作ればいいのに、と思う。
「好きで」音楽をやってるんだから


2組目、『あきいちこ』さん
名古屋から遠征してきたキーボード奏者
名古屋と聞いて、八神純子さんを連想した。
昔──ある音楽フェスティバルでのこと
八神さんが弾くキーボードの正面には、大きな字で「YAGAMI JUNKO」と書かれていた。
世良公則さん達、男性アーティストがいたずらして「JUNKO」の「J」の字を消した。
ステージ後にこれを見せられた八神さんは崩折れて泣いたそうだ。
こんな逸話を思い出して、ひとりほくそ笑んでいたのは、あきいちこさんの歌で満たされた、この空間が居心地良かったからである。


3組目は『breath of Minority』
ゆったんの体型のバランスを変えたようなボーカルと、おでこが桜子並みに可愛いキーボード。メンタリストに似たギターは男性である。
このボーカルの女性、腹から喉にかけてが楽器のよう。歌声にパンチが効いていた。


こういうアーティスト達を見ていると、正に好きな仕事に打ち込んでいる──音楽を食べて生きている人──というキラキラ感がある。

アイドルのように商品化され、性(さが)を切り売りさせられている世界とは空気が違う──と私は感じる。



さて、『もちとちーず』
BAND-MAIDからの二人を初めて見た。
予備知識がなかったから、フリフリのアイドルかと思ったら、落ち着いた大人だった。
演奏がしっかりしている。
特にパーカッション──箱型の打楽器の上に座り、素手で叩く──が面白かった。

あっきーは発表会で緊張する少女のよう。
鍵盤を追う、伏し目勝ちの表情。
そして時々「ん?」と眉を動かす。
その風情が堪らなく可憐である。

それでいて、トークシーンでは柔らかなしゃべりで繋ぎ役を務める。
そのお姉さま振り。
このコの存在感、やっぱり素晴らしい。

そして、ボーカル
このふたりの私服での立ち姿。
一昨年夏、ボーカルふたりだけで出演した、BeeBee主催『Night Cafe』を思い出した。
その時のバラード調の「Sunburnd Heart」の素晴らしかったこと!

『breath~』のボーカルと較べるとパワフルさは劣るかもしれない。
だが、エレガントで情感溢れる歌声、その佇まい───いろんな意味で「美しい」のだ。


今回、ラストは「Cherry Love」
軽快な歌声、あっきーのマラカス、会場に広がるクラップ(手拍子)

──私は楽しかった。



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ライブ後、メンバー自らが物販をするという。
2曲入りのCDが3パターンあるらしい。

ところが、物販のテーブルの前に人だかりが出来て、あっという間に売り切れ。

仕方なく、一緒に並べてあったprediaアコースティックライブのCDを手に取った。
すると、脇にいたマネージャーのSさんが
「これはこのユニットの元となったグループのCDで……」
と丁寧に説明し始めたので
「はい、よく存じております」
と私も丁寧に答えたのであった。



結果として
私はこのユニットが気に入った。

観ていて、聴いていて心地よい。
だからライブにはまた出掛けるつもりである。



トウガラシな想いがあったとしても───





CDが入手出来なかったので、サムネイルはフライヤーの写真










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夏目漱石の『吾が輩は猫である』
初めて読んだのが中学生。
その連載第2回。

苦沙弥先生が猫を膝に乗せて年賀状を見ている。
猫が踊っている絵が描かれていて
「猫じゃ猫じゃ」と書いてある。
苦沙弥先生、はてなと首を傾げる。
名もない猫が、人間観察の小説を書いてブレイクしていた、ってことを知らない体だ。

「猫じゃ猫じゃ」ってどんな曲だろう、とずっと疑問に思っていた。

学生の頃、時代劇(多分、暴れん坊将軍)の再放送を見ていたら、居酒屋の宴会シーンで唄われていた。
店の女将が三味線の伴奏で「猫じゃ猫じゃ」を賑やかに唄い、町人達が手首を曲げて猫のポーズで踊っている。

ああ~、これかぁ~!
と感慨深かった。


その後、端唄にハマった時期を経て、数年前に梅吉姐さんのCDで、ついにこの曲をゲットした。
でも、違っていた。
声がキレイ過ぎる。上品過ぎるのだ。


この曲はむしろ濁声で、蓮っ葉に唄うのがいい。


ねこじゃ
ねこじゃと仰いますが(チョイト)
猫が
猫が下駄履いて 
絞りの浴衣で来るものか


歌詞の意味は諸説あるようだが、私はこう解釈している。
猫は芸者の隠語──

芸者を猫じゃと莫迦にすんない!
猫がこんなに粋に澄ましているものか!



さて、吾が家の「猫じゃ」
あっき と けいた

名前は瞳のキレイな女のコにあやかったのに、今だに懐かない。

生まれたのが4月(推定)、確保したのが9月。
もう5ヶ月も暮らしているのに、
私の目を見て後ずさりするとはどういう事だ?


猫ブログが途絶えていたのは、その理由に尽きる。
進展がないのだ。
生後数ヶ月で染み込んだ、「野良猫根性」とは、斯くも根深いものなのか。



エサやり場にしているので、ゲージには入る。
私が近づくと逃げる。



かつて、ふぁい・みるは捨てられてすぐ見つけたから、野良の経験がなかった。
今思うと、どんなに扱いやすかったことか。

あき・けいはゴミ箱を漁り、発泡スチロールをかじり、靴に小便をかける。
呑気な けいたは、それでも見えるところで寝そべったりするが、
あっきはほとんど姿を見ない。まさに「家庭内野良」


甘かったな~、こんなに信頼されないとは。
愛情って……我慢とか、辛抱とか、いろんな苦い思いを含んだものだったんだなぁ



実はこの記事、前半部分だけ書いて、トピック待ちをしていた物。

そして……

あっきがダウンした。

一昨日、ゴムチューブを吐いて、以後、エサが食べられなくなった。

昨夜は一晩中吐き続けた。
エサを一粒、口元に持っていっても、飲み込めずにポタリと落としてしまう。
精気がみるみる褪せていく。


私はこれまで、「野生」の生命力は強靭だと思っていた。
野良猫は何でも漁って悪食し、当たればゲエゲエ吐くけれど、やがてケロッと回復するのだと……

違う
悪食の末、身体を壊せば呆気なく死んでいく。
命は粗末に消えていく、それが野良の世界なのだろう。


あっきは衰弱に向かっている。
放っておいたら死ぬ。
だいたい、ゴムチューブを飲み込むとは何て莫迦な奴だ。
そして、ドジった奴から死んでいく。



寝不足の私たちは、今日あっきを病院に連れて行った。
朝一番で出掛けるはずが、カゴのジッパーを壊して脱走し、昼ごろになった。

さすがに絶食で時間が経つと、もう逃げるのも億劫になったのだろう。
結局はカゴの底にへばりついてグッタリしている。
私があっきの身体に触れられるのはこんな時だけだ。


腹の毛を剃られ、エコーの診断を受ける。
仰向けで足を上下に伸ばされ、猫にあるまじき姿で横たわっている。
パニックにならないよう、その顔を手で覆う。

異物は見つからなかった。
胃から上にはない、十二指腸から下は、判別しきれない。
液溜まりがある。
その陰に、上にも下にも行き場を失った異物が隠れているかもしれない。

脱水症状が出ているので、点滴した。
明日、もう一度検査する。
何かが見つかれば開腹手術になる。
あるいは、このまま投薬だけで快癒に向かうのかもしれない。

いずれにせよ、今回で死ぬことはないだろう。
この子はもはや『家猫』なのだ。



壁際に潜むあっき




スケーターを襲うけいた









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