空はどこから/猫の長靴 -116ページ目

空はどこから/猫の長靴

日記は苦手だけど、何があって何を思ったのか、あんまり分からなくなるのもねぇ(´Д`)
だからちょっとだけ、記録を残します。

愛猫 みる は、野良猫根性こそなかったが、食い意地は汚かった。
なにしろ、乾エサを噛まずに呑み込む
──自分の分を早く平らげて、ふぁい の分まで取っちまおうという、兄弟で良くあるパターンね。

そんな食い方をするから、よく吐いた。
食道の形そのままに、もろ~ん、と。

ごみ箱を漁ることはなかったが、天然素材──おから──で出来たトイレの砂を食べてた時は、我がコながら情けなかった。

そういうヤツだから、歯垢は付きやすかった。
猫用の練り歯磨き──歯茎の周りに付けて、これをペチャペチャ舐めさせるだけで歯磨き効果があるというもの──を与えたとき
これが美味しかったらしく、

あにゅあにゅ あむあむ あにゃにゃん
と言いながら舐めた。

この鳴き声があんまり可愛かったので
私たちは
♪あにゃにゃん、あにゃにゃん 
 あにゃにゃにゃにゃん
と踊り出した。

ふと気が付くと、カーテンは開いたままで、夜の窓ガラスに自分たちの踊る姿が写っていた。
隣の家のカーテンがサッと閉められた。

……まあ、新婚当時である( ̄。 ̄;)



猫の食べ方にも家系の癖があるようで、月子系(あっき、けいた)は食べるのがヘタである。
皿の中のエサを、奥から手前にしゃくるようにして食べる。食べるのが驚くほど遅い。
そして、まるでひたいで押し出すように、エサがポロポロとこぼれ落ちる。
すると、皿の中を中断して、こぼれたエサを先に食べ出す。
これも野良猫根性なのだろうか。

かつて、野良生活を知らなかった ふぁい は、床に落ちた物を決して食べようとはしなかった。
このコはレディだった。



さて、食べながら声を出すことを、私たちは みる にあやかって「あにゃにゃん」と呼んでいたが、
あき・けいも、時々声を出す。

先程、みる が ふぁい の分もエサを取ろうとした、と書いたが、あき・けいの場合は けいた がそれに当たる。
自分の分を平らげて、あっきの皿に頭を突っ込んでくる。

そこで、わんぱく兄ちゃんに取られないように、あっきには手の平に載せたエサをあげるようになった。

あっきは、お椀状にした手の平に頭を突っ込み、不満なのか嬉しいのか、声を上げながら貪るように食べる。
ぐにぐにぐに、あんにゃんにゃんにゃん、ぐるにごに……

ある時、余程空腹だったのだろう
あんまんまんまん、と口の中で唱えた後

ぷくにゃん!
と言った。

「今、ぷくにゃん!って言ったよね!?」
私たちは顔を見合わせて爆笑した

……さすがにもう、踊らなかったけどね( ̄∇ ̄)ゞ



んなわけで───



ぷくにゃん・あっき!








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以前、浅草の古本屋で偶然見つけた。

『我輩ハ猫デアル』初版復刻本


全三巻



うわ~、と思って値段を見たら──
2,000円
う~ん、欲しいな~と矯めつ眇めつ
……ん?3冊で2,000円?

「何でこんなに安いの?」
と店のおばさんに聞いたら
「復刻本だからね」──

そういうもんかねぇ

私は本を骨董品扱いするのは好きではない。
古いから、初版だから値が高いって……切手じゃないんだから


でも、昔の活字で読んでみたい、とは思う


どうだい、この活字
「時代」が匂い立つようだ。

誤字も脱字もそのまんま
「細君」とか「御参」とか、当時の校正者はどう思ったんだろう。
細君って、どう考えたって元は「妻君」だろう。
漱石が堂々と間違い続けたから、正式な言葉になっちゃった。
江戸っ子漱石は「偉大な粗忽者」なのである。




奥付けも風情があるじゃないの
当時は作者の印鑑が押してあったのだ。
私の若い頃には、まだ名残があったよ
もう印鑑はなかったけど「検印省略」の文字があった。


そしてこれは知らなかった
チラシを折り畳むようにして、8ページ分まとめて綴ってあるんだ。
つまり、ページ毎に切り分けないと読めない。

これ用にペーパーナイフを買って、
スリスリスリ



まさか、漱石で「袋綴じ」を経験するとは思わなかったな~
興奮するぜ!



『吾が猫』は何度も読んだ。
ジュブナイルで、文庫本で、そして尊敬する叔父さんから貰った全集本の一冊

年齢に応じて楽しみ方が違う

子どもの頃は、
カマキリ相手にちょっとまいる
そしてムシャムシャ食ってしまう
……といった、いわば猫ギャグに大笑いした。

学生の頃は、インテリオジサン達の洒脱な会話が面白かった
「君、そいつぁ愚だぜ」って感じね。

そして大人になると、漢学者が登場する辺りからの『則天去私』の思想の芽生えに、う~むと思った。


私が感じる漱石の魅力は、虚栄心のなさにある。
講演集なんかを読んでも、威張った感じがない。

もともと、国家のエリートとして英国留学しながら、西洋に馴染めなくて心身疲労で帰ってきた人。
自分がエラいとは思っていなかったんだろう。

自分の短所が見えているから、尊大にならない。
そして卑屈にならないような天性の明朗さもある。
そんな人だったのではないかと思う。



さて、『吾が猫』

どこを読んでも面白いのだが、一巻目のラスト、第五回──

ん?こんなくだりあったっけ?
……面白くないのである。

それはこんなシーン
主人公(猫)がネズミ退治を企んでいる。
ネズミの現れそうな箇所は3つ
さてどこから来るか、と悩んでいる
──そこにバルチック艦隊を待ち受ける、東郷平八郎をオーバーラップさせている。


この小説が書かれたのは日露戦争の真っ最中、つまり時事ネタである。
無理に盛り込んだから、面白くない。

でも、漱石君(今の私よりはるかに年下)、
同時代を生きる者として、この歴史的なイベントを記したかったんだろうな、と思う。

つまり、これって……

漱石のブログなのである!



では、最後に──


吾輩モ猫デアル

名前ハ……けいた!












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投稿のタイミングを逃してしまい、これはボツ原稿になっていた。

今朝、珍しく日帰り出張でб時に出たら、雪が降っていた。
ということで、新幹線の中で記事復活──


▷▷▷▷▷

ブログは日々の思いを綴るもの
だったら、書いとくべきだろうな~

昨日(8日)の大雪!





関西に住んでいた頃、雪のない冬に戸惑った。
冬なのに庭木に花が咲いてやんの……なんだよこれ

滋賀県の山の現場に行ったら雪が積もっていた。
大喜びでラッセルをやった。

ラッセルってのは、先頭を切って深雪を踏みつけて歩くことだよ
♪犬は喜び庭駆け回り~
の、あの心境だね。


子どもの頃の旭川は寒かった。
朝のニュースでマイナス20度なら学校が一時間遅れ、30度なら休校だよ。
午後に吹雪くと、体育館に全校児童が集まって集団下校。
小さな子を真ん中に上級生が前後を固めて隊列を組むんだよ。

今でも、変質者が事件を起こすと集団下校があるらしいけど、私の頃の「魔」は自然現象、「雪」だった。


ぐっと幼い頃は、まだ馬橇が走っていた。
街の鍛冶屋では馬に蹄鉄を打っていた。
真っ赤に焼けた鉄と、白く立ち上る蒸気──子どもたちは飽かずに眺めていた。
馬橇が走っているということは、道路の雪面は黄色いということだよ──馬糞ね


子どもたちは「ゴジラ!」と言い合って白い息を勢いよく吐いた。
鼻をつまんで手を離すと、粘膜がくっ付いて鼻がペタンコになった。
そう言えば、目玉もベタベタしてたなぁ
温度が低いと体表の水分が濃くなるんだね。
寒気を吸い込むから、肺は痛かった。



大気中の水分が凍って、キラキラと光っていた。
これに「ダイヤモンドダスト」なんてしゃれた名前があることを知ったのは、ずっと後。



雪は冷たい、と思っている人は多いだろうけど
それは間違い。

雪は冷たい空気をきゅっと封じ込めたもの

冷たいのは雪が水に変わる時

雪は暖かいのです。


▷▷▷▷▷




そして今日(9日)、早朝の雪景色を撮るつもりだった。
寝坊してしまい、9時にはこの状態。


清少納言が言っていた

春は曙 夏は夜 秋は夕暮れ

そして──
冬はつとめて(早朝)

雪に包まれた冬の朝は凛として清々しい
汚れたものをみんな包み込む蒼白い雪灯り

でも、陽が登ってしまうと……
樹上の雪が融け、ボタボタと落ちてくる。

清潔感が急速に失われ、雪面もまだらになって……悪(わろ)し








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