Fagiale ~僕らの街には夢がある~ -16ページ目

この歌に込めて!

明日の津山でおこなわれる試合から新しいチャントが登場します。

メインスタンドも、バックスタンドでも、座っているところは関係ありません。

僕らの街の僕らのクラブを愛する者同士、すべてが共に固い絆で結ばれています。

ぜひ、選手に手拍子と声で勇気を与えましょう!ファジアーノに思いを伝えましょう!




■歌詞

ラララララ・ララ~
さあ立ち上がれ
ラララララ・ララ~
さあ飛び立とう

ラララララ・ララ~
誇りを胸に~
ラララララ・ララ~
共に戦おう

俺たちのこの気持ち
この歌に込めて
俺たちのこの思い
この胸に込めて



■原曲
http://www.agrupacionnuevoboca.com.ar/Downloads/audio/cantitos/La12-SiQuierenFiesta.mp3

夢を乗せて走る車道、明日への旅。

夢みることがなければ始まらない。
常にチャレンジすること。僕等はそういう街になりたい。






地元の愛するクラブを応援するということは街づくりだと、僕は思っている。

2008年6月21日、場所は美作ラグビーサッカー場。

街に入れば、この街のクラブチームの存在に気付く。

恐らくファジアーノ岡山が、公式リーグ戦としては最後となる美作での戦い。

そのMDPは、岡山湯郷BelleのMDPかと思われるぐらいの記事にさせてもらった。

それは、「SUPPORTER'S COLUMN」に書いた通り「ファジアーノは岡山を共に創りあげていく仲間たちの活躍を祈る」存在だからだ。

「ファジアーノがJに行きました。……それだけでは意味がないんだ。」と、ファジアーノのフロントの人が話してくれたことがある。

世間では、何かと因縁をつけたがる岡山のスポーツ界。しかし、現実は大きく違う、と僕は感じている。例えば、陸上界はファジアーノの試合と重なった日、最大限の好意をみせてくれた。

馴れ合いの関係は必要ないと思うが、互いの存在を認めた上で切磋琢磨していけば、僕たちの地元はもっと熱くなるんではないだろうか。

共に笑ったり泣いたり、励ましたり励まされたり、感動を与えたり与えられたりして歩む。それは1つのクラブ内だけの話ではない。

この街には、様々な立場から様々な場所で挑戦している「岡山の仲間」がいる。ファジアーノだけで、この街は幸せに溢れた街にはならない。

互いの存在があるから刺激を受け、強くもなれるし成長もできる。

ファジアーノが人と人を繋げ、岡山と僕らを繋げる存在だと2007年のMDPに書いた。それと同じように岡山と岡山を繋げる存在であってほしいと思う。



「強い思いがあるならチャレンジするべき。」とは本田美登里氏の言葉。

本当に願うべき結果を求めているなら、それは言葉を発すると同時に行動にでている、と僕は思う。


チャレンジとは、すなわち己との戦いだ。己との戦いほど苦しいものはない。なぜなら、妥協を常に持ちながら戦っているのだから。あまい誘惑なんて毎日のようにある。

心が折れそうな事もあるだろう、出口が見えない時もあるだろう、答えを早く知りたいこともあるだろう。

時には、悩んで立ち止まることもありだと思う。そこから、また始めればいいんじゃないかと思う。
そういったことを乗り越えるから挑戦は人を成長させるのだから。


ただし、問題は自分の外にあると考えるならば、その考えこそが問題である。
言葉は悪いが、たいていの場合が問題は内にあり、外に求めた時点で成長は止まる。

スポーツ競技など、正にこの言葉があてはまる。それは、プロだとかアマチュアだとかレベルなど関係ない。

「何でパスが通らないんだろ?あいつのパスの精度が悪いからだ。(あいつのポジションが悪いからだ。)」と思った時点で、そのチームの未来は限られてくるんじゃないだろうか。

「もっと走ってやろう。もっと声をかけてやろう。もっとパスの精度をあげてやろう。」と思った時点で、そのチームの未来は無限大に広がるんじゃないだろうか。


例えば、「サッカー環境が悪い。」と嘆いたところで、何かが変わるわけでもない。

「サッカー環境が悪いから、俺たちで変えてやるんだ。」と思った時点で、彼の周りのサッカー環境は少しずつ変わっていくはずだ。

岡山、笠岡、美作でキャプテンマークを巻く3人は、決して責任を外に向けたりはしない。
故に3人の姿にメッセージを見ることができるのかもしれない。

チャレンジする人間に言葉など必要ない。





みんながチャレンジしていく街であってほしいと思うし、その先頭で証明していく人間であってほしいと思う……。

このクラブに関わる人間たちは。

関わった人間たちは。

いつまでも………。







『夢みることがなければ、そこからスタートしなければ何も始まらない…。』岡山湯郷Belleは、この言葉と共に町をあげての挑戦をしてきた。このクラブや町には、私たちが学ぶべきことが数多くある。例えば地域とクラブとの繋がりだ。どんなに苦しい時も、若者も老人も、クラブと町が結束し、挑戦してきた。ここ美作は、クラブの成長と同じように、町自体が成長を続けているスポーツの町だ。
 Belleの本田美登里監督はあるインタビューで、こんなことを言った。「自分が限界だと思った時点で限界。限界は人が決めることではなく自分で決めるもの。強い思いがあるならチャレンジするべき。」
 今、ファジアーノは毎試合ギリギリの戦いを続けている。その中で、チームは開幕戦から「挑戦」を続けてきた。新しいポジションへの挑戦や、レギュラー獲得を目指す選手。1日も早い怪我から復帰を目指し苦しいリハビリをするなど、己への挑戦をしている選手もいる。現状を変化させるためには勇気と覚悟が必要だし、不安がつきまとうものだが、それでもやってみなければ夢を叶えることはできない。それを岡山夢郷Belleとファジアーノ岡山は、私たちに教えてくれているように思える。
 では、私たちサポーターはどうだろう?サポーターも前回より新たな挑戦をしていけば、この岡山と共に自分自身も成長していけるし、それが共に戦うということでもある、と私は思う。私たちは挑戦者だ。恐れることなく、新しい自分を見つけに行こう。

(2008年 第17節号 FAGIANO MatchDay Program)

オレタチはお前を待っていた!

先日、桃太郎スタジアムで幸せを味わった親子がいた。


昼間に悔しさ、

夜に喜びを

味わった親がいた。


昼間に総体で悔しさを味わった弟

夜にJFLで喜びを味わった兄がいた。





藤定孝章。





岡山で生まれ、岡山で育ち、岡山でサッカーをしてきた青年がJFLの舞台に堂々と立った。

サッカーが大好きで、「岡山の為に」このクラブのエンブレムを背負うことを決意した青年。

岡山の空気を吸い育った少年は、いつのまにか子ども達に夢を与える青年と成長していた。


「エンブレムに恥じぬように戦いなさい。

ファジアーノに関わっている全ての人達、全ての歴史に対してリスペクトした行動をとりなさい。

今までは、自分の意思で好きなようにサッカーを続けてきましたが、もうそんな甘い世界ではないのです。

ファジアーノの看板を背負い、ファジアーノのユニホームを着て、ファジアーノのボールでサッカーをさせていただく事は、応援されている方々のおかげでできているのですから。

その事を、常に肝に命じ感謝しなさい。」





彼に対して彼の両親はこのように思い言っている。



昨年度、そんな彼を大怪我が襲う。足の甲の骨折。

彼は、殆んどボールを蹴ることができないまま1年を過ごした。

悔しくて悔しくてたまらないはずなのに、彼は練習や試合会場で「ありがとうございます!」とサポーターに笑顔で挨拶をしていた。

彼は怪我をしている間も、決して腐ることなく、送り迎えや準備や片付け、スカウティングなど裏方としてチームを支えた。

自分に何が出来て、何をしなければいけないのかを考え行動していた。


彼は、岡山でサッカーをしてきた人間だからこそ、岡山のサッカー環境を変えたい、子ども達の為に頑張りたいと思っている。

決して恵まれた環境にはない岡山のサッカー界。全国大会に出れば、相手チームは岡山のチームというだけで喜ぶ状態だった。

彼は、それを実際に味わってきた。だからこそ、岡山の子どもたちの気持ちが誰よりもわかる。



JFLデビュー戦、GATE10から誰よりも大きな声援を受ける彼がいた。


ピッチでは、試合後に仲間から祝福を受ける彼がいた。

彼は仲間から弟のように愛されている選手だ。仲間は彼の存在の大きさを知っている。いつも彼の周りには笑顔の仲間たちがいる。



そして、忘れてはいけない事がある。

彼の出場を世界で1番嬉しく思い、また心配していた人がいる。

それは、両親だ。

ご両親が辛かったり気苦労してきた事を知っている。そんなことを言ったら、「私たちより選手のほうが……」と話すだろうが、選手たちと本当の部分で明と暗を共有するのは家族だ。

彼がファジアーノに入ってから経験してきた苦しみや辛さは、想像を絶する。

そんな、苦しみも悲しみも全てを共に受け止めてきた彼の両親。

ここには書けないが、やっぱりそれはサポーターとは比べものにならない。



彼の両親は彼だけではなく、全選手達に同じような眼差しを持っている。まるで、それは彼らの親のように。選手たちが気付いているのかは知らないが、様々な気配りをしている。

決して「してやった。」という気持ちではなく、当たり前のようにする姿に、僕は何度も感動したことがある。


諦めなければ夢は叶う。

そんなわけはない。
いくら諦めなくても、叶わないものは叶わない。できないものはできない。


でも、諦めたら夢は叶わない!!



何のためにこの道を歩んでいるのか

何のためにこの道を歩もうと思ったのか

誰のおかげでこの道を歩めているのか

彼は答えを知っている。。
彼が、己に勝てる人間だということを僕は知っている。







そして、君も答えを知っているはずだ。待っているから。