オレタチはお前を待っていた!
先日、桃太郎スタジアムで幸せを味わった親子がいた。
昼間に悔しさ、
夜に喜びを
味わった親がいた。
昼間に総体で悔しさを味わった弟
夜にJFLで喜びを味わった兄がいた。
藤定孝章。
岡山で生まれ、岡山で育ち、岡山でサッカーをしてきた青年がJFLの舞台に堂々と立った。
サッカーが大好きで、「岡山の為に」このクラブのエンブレムを背負うことを決意した青年。
岡山の空気を吸い育った少年は、いつのまにか子ども達に夢を与える青年と成長していた。
「エンブレムに恥じぬように戦いなさい。
ファジアーノに関わっている全ての人達、全ての歴史に対してリスペクトした行動をとりなさい。
今までは、自分の意思で好きなようにサッカーを続けてきましたが、もうそんな甘い世界ではないのです。
ファジアーノの看板を背負い、ファジアーノのユニホームを着て、ファジアーノのボールでサッカーをさせていただく事は、応援されている方々のおかげでできているのですから。
その事を、常に肝に命じ感謝しなさい。」
彼に対して彼の両親はこのように思い言っている。
昨年度、そんな彼を大怪我が襲う。足の甲の骨折。
彼は、殆んどボールを蹴ることができないまま1年を過ごした。
悔しくて悔しくてたまらないはずなのに、彼は練習や試合会場で「ありがとうございます!」とサポーターに笑顔で挨拶をしていた。
彼は怪我をしている間も、決して腐ることなく、送り迎えや準備や片付け、スカウティングなど裏方としてチームを支えた。
自分に何が出来て、何をしなければいけないのかを考え行動していた。
彼は、岡山でサッカーをしてきた人間だからこそ、岡山のサッカー環境を変えたい、子ども達の為に頑張りたいと思っている。
決して恵まれた環境にはない岡山のサッカー界。全国大会に出れば、相手チームは岡山のチームというだけで喜ぶ状態だった。
彼は、それを実際に味わってきた。だからこそ、岡山の子どもたちの気持ちが誰よりもわかる。
JFLデビュー戦、GATE10から誰よりも大きな声援を受ける彼がいた。
ピッチでは、試合後に仲間から祝福を受ける彼がいた。
彼は仲間から弟のように愛されている選手だ。仲間は彼の存在の大きさを知っている。いつも彼の周りには笑顔の仲間たちがいる。
そして、忘れてはいけない事がある。
彼の出場を世界で1番嬉しく思い、また心配していた人がいる。
それは、両親だ。
ご両親が辛かったり気苦労してきた事を知っている。そんなことを言ったら、「私たちより選手のほうが……」と話すだろうが、選手たちと本当の部分で明と暗を共有するのは家族だ。
彼がファジアーノに入ってから経験してきた苦しみや辛さは、想像を絶する。
そんな、苦しみも悲しみも全てを共に受け止めてきた彼の両親。
ここには書けないが、やっぱりそれはサポーターとは比べものにならない。
彼の両親は彼だけではなく、全選手達に同じような眼差しを持っている。まるで、それは彼らの親のように。選手たちが気付いているのかは知らないが、様々な気配りをしている。
決して「してやった。」という気持ちではなく、当たり前のようにする姿に、僕は何度も感動したことがある。
諦めなければ夢は叶う。
そんなわけはない。
いくら諦めなくても、叶わないものは叶わない。できないものはできない。
でも、諦めたら夢は叶わない!!
何のためにこの道を歩んでいるのか
何のためにこの道を歩もうと思ったのか
誰のおかげでこの道を歩めているのか
彼は答えを知っている。。
彼が、己に勝てる人間だということを僕は知っている。
そして、君も答えを知っているはずだ。待っているから。
昼間に悔しさ、
夜に喜びを
味わった親がいた。
昼間に総体で悔しさを味わった弟
夜にJFLで喜びを味わった兄がいた。
藤定孝章。
岡山で生まれ、岡山で育ち、岡山でサッカーをしてきた青年がJFLの舞台に堂々と立った。
サッカーが大好きで、「岡山の為に」このクラブのエンブレムを背負うことを決意した青年。
岡山の空気を吸い育った少年は、いつのまにか子ども達に夢を与える青年と成長していた。
「エンブレムに恥じぬように戦いなさい。
ファジアーノに関わっている全ての人達、全ての歴史に対してリスペクトした行動をとりなさい。
今までは、自分の意思で好きなようにサッカーを続けてきましたが、もうそんな甘い世界ではないのです。
ファジアーノの看板を背負い、ファジアーノのユニホームを着て、ファジアーノのボールでサッカーをさせていただく事は、応援されている方々のおかげでできているのですから。
その事を、常に肝に命じ感謝しなさい。」
彼に対して彼の両親はこのように思い言っている。
昨年度、そんな彼を大怪我が襲う。足の甲の骨折。
彼は、殆んどボールを蹴ることができないまま1年を過ごした。
悔しくて悔しくてたまらないはずなのに、彼は練習や試合会場で「ありがとうございます!」とサポーターに笑顔で挨拶をしていた。
彼は怪我をしている間も、決して腐ることなく、送り迎えや準備や片付け、スカウティングなど裏方としてチームを支えた。
自分に何が出来て、何をしなければいけないのかを考え行動していた。
彼は、岡山でサッカーをしてきた人間だからこそ、岡山のサッカー環境を変えたい、子ども達の為に頑張りたいと思っている。
決して恵まれた環境にはない岡山のサッカー界。全国大会に出れば、相手チームは岡山のチームというだけで喜ぶ状態だった。
彼は、それを実際に味わってきた。だからこそ、岡山の子どもたちの気持ちが誰よりもわかる。
JFLデビュー戦、GATE10から誰よりも大きな声援を受ける彼がいた。
ピッチでは、試合後に仲間から祝福を受ける彼がいた。
彼は仲間から弟のように愛されている選手だ。仲間は彼の存在の大きさを知っている。いつも彼の周りには笑顔の仲間たちがいる。
そして、忘れてはいけない事がある。
彼の出場を世界で1番嬉しく思い、また心配していた人がいる。
それは、両親だ。
ご両親が辛かったり気苦労してきた事を知っている。そんなことを言ったら、「私たちより選手のほうが……」と話すだろうが、選手たちと本当の部分で明と暗を共有するのは家族だ。
彼がファジアーノに入ってから経験してきた苦しみや辛さは、想像を絶する。
そんな、苦しみも悲しみも全てを共に受け止めてきた彼の両親。
ここには書けないが、やっぱりそれはサポーターとは比べものにならない。
彼の両親は彼だけではなく、全選手達に同じような眼差しを持っている。まるで、それは彼らの親のように。選手たちが気付いているのかは知らないが、様々な気配りをしている。
決して「してやった。」という気持ちではなく、当たり前のようにする姿に、僕は何度も感動したことがある。
諦めなければ夢は叶う。
そんなわけはない。
いくら諦めなくても、叶わないものは叶わない。できないものはできない。
でも、諦めたら夢は叶わない!!
何のためにこの道を歩んでいるのか
何のためにこの道を歩もうと思ったのか
誰のおかげでこの道を歩めているのか
彼は答えを知っている。。
彼が、己に勝てる人間だということを僕は知っている。
そして、君も答えを知っているはずだ。待っているから。