紅狩人のブログ -68ページ目

nonliner

NHKの不寛容な社会についての番組を見て
このブログも匿名のまま社会や個人を批判しているな
と思って反省しました
(マスコミの皆様、日枝様すいませんでした)
(中国の政権にも文句を言ってすいませんでした)
(アメリカのしてきたことを批判してすいませんでした)
(経営者の皆様、批判してすいませんでした)
(老人の皆様身の程知らずですいませんでした)
匿名の身でインターネットを利用してストレスのはけ口にしたりして
本当に現実社会で気持ち悪がられてきたこと
身をわきまえなければいけないこと
様々な人に不快な思いをさせて今更ながら恐縮します
でも現実社会でモノを言ったりしてクビにされてきたので・・・
そもそも匿名なのは2006年頃「地球気候問題にはシステム思考だ」と言って
当時勤めていた会社にシステム思考の勉強をやめなければクビにすると言われ
「やめない」と言ったら本当に自己都合でクビにされ
その後もサラリーマン達に執拗に嫌がらせを受けてきたので
これ以上自分への被害を抑えるために匿名にさせていただいております
(一部の経済コミュニティーでは要注意人物としてマークされています
反社会的とか異常者とか頭おかしい人として)
ちなみに病気(蕁麻疹がまだ治りません)になる程
サラリーマン達に嫌がらせを受けてもまだシステム思考の研究や
気候問題に意見を言うのはまだ解決済みとなっていない問題だからです
注目はされていませんが
まだこの問題は解決されていません
2016年の今、日本経済は地球温暖化に対応しつつありますが
世界的にはまだ対応しきれていません
でもだからと言って中国の政権を批判したり
石油消費を加速させるあらゆる戦争、覇権、経済ゲームを
私の思い通りに変えようなどともしません
いくらその通りにしたら地球温暖化による受益者が増え
被害が少なくなると思っても
嫌がる人に無理矢理というのは私がする必要はないのです
そんな趣味ありません
というよりそこまでこの問題にこだわっっていません
絶対なんて思ってもいないですし
ベストは尽くすが何が何でも最適解を出す意気込みはそんなにありません
あわよくば・・・くらいです
私は別に世界中の人がモラリストになればいいと言っている
わけでもありません
共感や刺激されたり何かのヒントになればいいなぁくらいです
(出したアデアや意見はただの1アイデアや1意見です)
ただ地球温暖化を考えると
世界各国の協力が必要で
そのためにはエゴによる裏切り的な行為より
問題を共有した関係でいろいろな解決策や
包括的な対応、特に経済に対する構造の転換
(変更というと反対する人がいるみたいなので)
スライドと言ってもいいほどこれまでこだわってきた
ある構造をすり替えていくのです
エネルギーシステム(まだまだ再生可能に余地があると思っています)、
送発電の構造(これは進んでるのかな)
エネルギーに極端に比例しない経済発展
(パソコン上や頭の中で機能や要素や道具を組み合わせて新たなものを発明したり)
これらを成功裏に行うためにも社会システムの被害者に対する
ケアする社会的機能、活動
無論その変化で経済的不況では問題解決が進まないので
経済が好循環になるのを邪魔する要素の暴露と対応策
(はて私のことでしょうか?私のエゴが社会の邪魔しているのでしょうか
それとも社会にいる人のエゴが私の邪魔をしているのでしょうか?物は言いようですね)
と様々なことを考えてしまうのです
ただ2006年から時間が経った2016年を見てみると
大学もだいぶ変わったし経済市場を見ると
いろいろなエコ発明が発売や開発され続け
私が憂いている
経済の資本である自然が環境の変化に対応しきれず
自然の資源が縮小したり(畜産、農業、漁業や絶滅による知的発見の消失)
気候の変化にインフラが維持できなかったり
快適を求めるあまりエネルギーの更なる消費
を考えると
最悪の事態の方向ではなくなってきているのかもしれません
その根拠にこれというのはないですが
このブログでは少なくとも対応するにあたりヒントになるものを書いてきました
これからもヒントになるようなものを
なるべく誰も傷つけずに書き続ければ
少しは未来はマシになるかもしれません
石油はいずれ枯渇します
一気に使いすぎてその影響にコストをかけ続けるより
今からでも社会、経済、エネルギー構造を転換し社会システムを改良して
これから払うコストを少なくするどころか
逆にこれを転機にさらに良い社会システムにすることも可能ではないはずです

過去は意図により編集できあたかも線形にように捉えられますが
今を生きる人はいろんな刺激を受け続け
関係したりしなかったりでその関係の仕方も多様で
社会は非線形を模してます
未来をデザインしてもそれは時間を消費してできた過去のもので
決定ではなく未来は人の生き方選択でいかようにも変わります
それまで良くてもこれまで通りでは良くないこともあるのです
それこそ志次第で未来は良くも悪くもなるものです
これまでが悪くてもこれから良くなることだってありえなくはないのです
そして空間は固有で他の空間は参考にならないかもしれません
(火星を地球のようにしようとしてもその分のコストを
地球にかけたほうがいいこともあります)
しかしこれまでの資源を利用し学習したことからは
応用できる知見があるかもしれず
その知見をまたメタ的に扱うことでもまた知見を得ることができ
論理を利用した応用は空間を超えて通じるものがあり
通じるものは決して不本意ではない主体的な活動に繋がるはずです
人間とは主体的な活動から学ぶものかもしれません
(教育は隷属させる無意味さを学べるかな?)
ノーベル賞の学問の分野で受賞した人たちは
研究を人から言われて嫌々やったというより
頭おかしいと言われながらも夢中に突き詰めてきた人たちだと思ってます
みんながそうなれとは言いませんが
世界はそうやって進んでいくのかもしれません
誰もそうしないと世界はただのルーティンに終わるでしょう
なんのためのルーティンになるのかもわからないまま
それこそ文明的ではなく生きるためにただ・・・
こういうことは偉い人が地位のある人が言うことなんでしょうか
(私は何様だという意見に地位がなきゃものも言えないのかと
言いたいものです。インターネットのいいところがここですね)
そう、今はスマホさえあれば世界中の情報が利用できるのです
自分の経験を生かして学ぶのも
情報から学び取って体験に生かすも自由ですし
ネットにある情報はいつまでもあるものとは限りません
おそらく情報を思い込んでいたり
コントロールしようとすれば
社会の、人間を勘違いするかもしれません
私が相手にしているこのブログの対象としている相手は
チンパンジーに似た人間ではなく
人間に似たチンパンジーでもありません
人間であり生きている人間であり
その人間とは否定していてはお話にならない人間です
まんま扱っています
正しくもなく答えでもなく一人だけでもなく
人間を相手にモノを言っていますが
システムのお話をしてても扱ってても
人間の理解できるようなことを書かなければ意味がなく
政治家だろうが、学者だろうが、男だろうが、女だろうが
通じるものをかければと思います
知らない社会は扱わないので
通じるものが得にくいとは思いますが
扱われた社会は迷惑がっているみたいなので
今後もブログの書き方を変えていければと思ってます
なんせ私も非線形な世の中で生きているのもので
変わることもあるのですが
地球温暖化を扱うことはやめないでおこうと思います
(それに付随したことも)
だけど決定ではないです
あくまでそのつもりということで・・・・

memory

私には開発する技術は無いですが
アイデアならこんなのがあります

タブレットやパソコンにペンで書いた
ある条件下で線や図を描き色や重みや機能をつけて
それらを組み合わせていろんなものを作る
ある条件下とは重力の影響下とか
海中での条件下や
空気抵抗の中の条件下などで
線や図にいろいろな働きなどを設定でき
伸縮する線や回転する線
軽くて摩擦抵抗の無い図でピンを倒したり
高いところから球を落としからくりなどを通って
ゴールに着く作品を作ったり(ピタゴラスイッチみたいな)
ドミノの演出に簡単なゲームを取り入れてその後の展開を左右したり
簡単に言えばCADの機能のシミュレーションができるアプリケーションです
ソフトにSNS機能みたいなのをつけ
機能を投稿して売ったり
キャラクターの作図を売ったりして
そのまま3Dプリンターに出力したり
簡単なプログラミングで機能を追加できれば
インスパイアされた作品で新たな発明品ができるかも
(スマホを超えたイノベーションが起きてもおかしく無いかも)
2Dを3Dにしたりする機能もつけたり
Linuxのアプリケーション版みたいなの
スマホでアプリ上で部品を組み合わせて発明する
そんなことがプログラミングスキルの無い人でもできるかも
それこそレゴ感覚で

空間は固有の座標を持っているはずです
存在は空間上ダブったりする様なことはなく
所属している世界がシステムが複雑化していけばいくほど
固有の問題を抱えていたり固有の視点があるはずです
二人以上が同じものを見ていても角度が違うものです
人間は言葉を使えるので
違う視点で見た世界を自分が見た様に脳の中で再現できます
あるいは経験を重ね違う立場の人の状況をイメージできるとか
ブラジルのジャングルの中で
金を採掘するべく地面を水の力で採掘している様子を
土砂崩れにあった人を救出するために
同じく水の力で土砂を削る様にも考えることはできるはずです
(建物の隙間にいる人は救えるかもしれないです)
ある状況を克服するべくアイデアは
応用可能ならばあるいは応用できるまで抽象化できれば
そのアイデアは他の似た状況に使えるかもしれないはずです
体の不自由な家族を思って考えた便利な道具は
赤の他人の体の不自由な人の助けにもなりうるのです
経済はそこをうまく機能させます
自分がかけたコストで誰かの適応力を上げた時
経済はお金はそのコストを補うことができ
アイデアを出す人とそれを享受する人どちらとも損はしにくいのです
しかも多くの人に役に立てば立つほど儲けられ
多く設けた分、税が多く入りさらに多くの人の役に立つのです
(本来ならば経済はそうなってるはずです)
誰かの都合でそうはなっていないかもしれません
それをエゴと言います
いろいろな理由が作られます
私はかわいそうな人だとか
あなたが我慢しなければみんなが困るとか
あなたは困ってても私が同じ立場なら困らないとか
あなただけが我慢しているのでは無いなどなど
搾取する理由は自分を棚に上げて我慢を強います
だいたい相手に我慢をさせている人は
自分が我慢してません
宗教でもありましたね
修行だとかいって信者に苦痛を与え
教祖自らはあらゆる贅沢に女遊び三昧と・・・
もちろん隠れる様に・・・
じゃないと美味しい思いが続けれらません
もし自分は違うというなら
人の仕事にちゃんと対価を与えるか
それに見合うお返しができてるかどうか
もしそうで無いのに自分が享受しているものは
自分の能力のおかげだと思っているなら
誰かが我慢しているかもしれません
人を傷つけ傷つけられた人が自らを癒しているものを取り上げ
それを商売にする・・・
相手の嫌がることをし続ければ
いくらでもこんなことができます
言い訳さえあれば・・・ね。
さて誰のことを言っているのでしょうか
多分気付かないでしょう
本人に自覚は無いですから
自分に能力が無いのに社会的評価を受けたければ
誰かが犠牲になるもんです
会社だろうと、国際政治だろうと、宗教だろうと
学校だろうと、家庭だろうと
ま、経済は人がエゴを満たそうとすると
うまいこと続かないものです
一時は良くても後は落ちる一方です
そこから立て直すことは元々能力が無い人にはできません
エゴを満たそうとしてきた人に
他人に奉仕できません
自分の状況が悪くなってくる理由を他にも止め
自分は変わりません
それでは経済は良くなりません
私が思うに経済は
みんなが得する様に人が動くと
経済が良くなる(すごくではなくても確実に徐々にでも)
しかもなんでもできる有能な人のおかげで経済が良くなったとしても
その人だけがその果実を得ても
良くなった経済は良く続かないのです
それは貧富の差ではなく
社会的財産というか
社会が有する能力が確かでなければ
社会として能力がなければ個人が頑張っても
あまり効果は無いのです(続かないのです)
人材の使い捨てはもってのほかですが
現代はコミュニケーション道具が発達しているので
誰か特定の人を社会から排除したければ
難なくできます。合法的に。警察も取り締まれないでしょう
男性の草食化は監視管理された社会のせいだと思います
聖人君子でも無い人が誰かを監視管理すれば
自分の都合の良い様にコントロールしようとするものです
(監視管理する人とされる人が同じ異性を好きなら
監視管理する人は相手を異性に近づけさせない様に
理由にかこつけて働きかけますし仲間と一緒にいじめるかもしれません)
管理しづらい人は社会から追い出されますし
社会に残るのは自然と草食ばかりなはずです

生きづらい社会を支えているのは経営者です
若者が挑戦しないのも
IT業界が内向きで世界に通用しないのも
地方や国の財政が赤字体制なのも
経営者の年代
つまり老人のせいです
老人のエゴがこの国の将来に暗い影を落とすのです
40代50代が変えようとしても
足を引っ張るのは老人です
邪魔をするのは老人です
老人たちのわがままに若者の人生が虐げられるのです
老人が日本をここまで発展させたのではなく
若者に負担を押し付けて発展してきたので
老人の恩恵はどこにもなく
若者は恩を着せられて負担を払うのです
私は若者は日本を出て移住してもいいと思います
差別は日本にいてもが外国人から受けますし(在日米軍の意識がそれです)
日本の若者は日本にいても人生を楽しめないと思います
安くこき使われて同年代の異性に相手にされず
少子化を他人事の様に語り保育園もろくに整えない政治家たちは
自分たちのこれまでがあるから今の社会の現状があるとは思ってもいません
変わるべきは老人で若者ではありません
老人に権力やお金をもたせても
今の社会は良くなりません
なんせ老人があれこれ考えても何をやっても
その負担は全部若者です
若者が政治を決め若者にお金を投資し
若者が老人を管理するくらいで無いと社会は良くなりません
老人中心ではなく
若者中心
せめて若者がすることくらい
老人は応援しないと
老人のエゴは国を滅ぼします
いい歳こいてまだ未練がましくこの世にしがみつくなんて
老人の人生の不満は若者のせいではありません
自分の人生に責任を取れないの生き方が
そのまま国や地方の財政に現れています
めーわくだーめーわくだー
ろーじんはめーわくだー
日本のIT企業の勢いを削いでは
日本の家電企業を外国に売って満足してますが
マスコミや老人が潰さなければ
いろんな業界でIT業界が絡み
さらに社会が発展していたと思います
今となっては外国のIT業界が頼りですが

さて愚痴はこの辺で
宗教の黄金律とシステムの知見と
経済と社会の知見、これらを組み合わせて
世界の国々を平和的に発展させられるものと思ってます
戦争で対立する国の体制を崩壊させないでも
安全保障上相手の国を弱体化させることは
理にかなってますが、偏った目で見なければ
どこも完璧なシステムで運用している国はなく
正義が勝つとはならないのです
今の所、軍事的優位に立った国が勝つのは確かで
大義とは関係なく、当然
武力でなんとでもできる世界であり
そうしてきた世界でもあるのです
この延長線上にとても平和的発展は望めませんが
人類がここまで発展してきたのには
問題に対して協力を選んできたからであり
適応力を上げてもらった国々がその恩恵を与えた国々に
傲慢な政策をとったのは人類ならではでなく
西洋ならではだからであり
これから先、西洋の都合に何が何でも合わせなければ
これまでと違った未来、
例えば世界の問題に対する技術的解決に
政治がコミットするなど
政治だけで解決するのではなく
テクノロジー(システム的な知見を含む)を
さまざまな社会や経済の問題解決に応用し
宗教の黄金律も生かしつつ
平和的発展にそれぞれの知恵が生かせるのでは無いかと
しかし現状やこれまでを踏まえて考えると
安全保障をないがしろにして事が進むとは思えず
それなりの発言をするにはそれなりの武力が無いと
まず誰も聞く耳を持たないでしょう
もしこのブログを読んで
絵空事など寝言など思う人がいるなら
あなたは忘れています
システムが崩壊する危機があったことを
リーマンショックを忘れています
システミックリスクを忘れています
また起きたときあなたは解決できますか?
新興国の勢いが無い今それが起きたら?
兆候はなかったですか?
起きたとき関係者はどうでしたか?
はて私が書くブログの内容はシステミックリスクを起こしそうですか?
ただの異常で狂った内容ですか?
冒頭のアイデアは経済崩壊起こしそうですか?
ちょっと前を思い出す余裕は今あると思います
そしてそうならない様に働きかける事ができるはずです
(アメリカ人なら学ばないかもしれませんが)
せめて大学でそういう勉強ができればと思うのですが
残念ながら社会の運用システムを変えようとすると
社会では生きられません
民主主義に異を唱えても
独裁主義に異を唱えても
許されません
どちらも富を持ってる者達にコントロールされます
言い方がまずいのでしょうか
社会の運用システムを改良するためにアイデアを出す
とすれば受け入れられるのでしょうか
誰かが解決してくれると思って
その解決の邪魔してませんか
日本では特に老人がそれにあたると思います
たぶん厄年の経験
(コミュニティの役割が負担が増す歳)
をしてこなかったかもしれません
仕事ばかりで人の世話をそんなにしてこなかったのかもしれません
若者の適応力を上げ
子供を増やせるのは
今の老人しかできないかもしれませんが
自分のことばかりで嫌になっちゃう・・・
ぶーぶー

local

この宇宙に含まれる世界をシステムと捉えると
今の所、時間を消費して
フィボナッチ数列の様に
アウトプットをインプットにしてまたアウトプットを捻出し
さらにそれをインプットにして
(0,1,1,2,3,5,8,13,,,,,,,,,,,)
世界は複雑化というか多様化していき
それは何らかのアウトプットが
システム全体(環境と区切られた)に広がり
システム内の何らかの要素のインプットになり
新たな要素を生んでアウトプットになり
いくつかのアウトプットの中から全体に影響を与えたものが
(必ずシステム全体に影響すべきではなくそこには優位性があります)
また何らかの要素のインプットになるという繰り返しで
銀河系や恒星系や自然システム、社会システム、文化システム
経済システム、生命システム(個体ではなく種として)
などが運動しているかのようにダイナミックに
システムが成り立ち
その流れの一部分を切り取って
体系つまりシステマティックとして認識し
あたかも人は今が完璧に出現した様に思い
進化論などのDNAの掛け合わせなどの考えを受け入れ難くし
信念に基づいた幻想にあたかもこの世の真理の様に勘違いし
社会を設計し暴力なや権力などで人々を従わせたり
環境に手を加えたりします
しかしそこにはこの世の空間が絶対座標などがなく
アインシュタインが見つけた不変なもの光さえ
速度は基準に使えても座標には使えないかもしれなく(多分)
空間は相対的でお互いのあるいはシステム内の関係性によって
+-、++、--、+*、-/の様な働きになり
(システム実態はこれらの組み合わせの関係でしかないかもしれない)
関係性が複雑になれればなるほどこの世界の固有の(完璧とは違う)
要素、座標の様なものになり
もしある座標のシステムに他のシステムが合わせなければならないとしたら
(アメリカの覇権主義や中国の覇権主義のことを言ってます)
合わせるシステムの固有性は失われ世界は多様性を失い
将来の財産(要素)を失うことであり
ある種の主体性をと引き換えにある程度世界は
過疎化に進んでいくかと思われます
(官僚が一律に地域設計をした結果、地域の過疎化が進み
地域が危機感を感じて自ら考えることを放棄し
若者が活躍できる地域にはせず
結果東京に若者が進出するのようなことが
世界で起きアメリカ人や中国人しか活躍や評価がされない様なこと)
ビジネスの成功で言えば
ある立場の人のことを考えてビジネスをするということです
(受益者というか被害者の様な存在かもしれません、受け売りですが・・・)
人間にもというか想像する生き物ならこれができるはずです
人間が考えられるのは論理だけでなく
誰かの立場を思って、ある災害の被害者を思って
貧困である立場のものを思ってなど状況を思い浮かべることができるはずです
(経験者や当事者などがいちばん状況をわかっているかとは思いますが)
知能は問題解決にこそ大いに発揮されるべきで
そこには個人的なものより、より多い受益者のためであることが
評価されやすいこともあり精神的な活力になりそうだと思いますが
だからと言って個人的な問題が無視すべきということが言いたいのではありません
自分一人で悩んでいても案外同じ様な問題を抱えた人は
同じ社会ならいる可能性があります
ましてや同じ人間なら、と思うのですがうまくいくかはわかりません
世界はシステムは複雑化あるいは多様化していくと申しましたが
時間を消費してとも言いました
そのあと空間について述べたので
空間を利用して、と付け加えておきましょう
時間的な軸と空間的な軸があるということです
付け加えておきますと
空間はシステムとして環境と区別できますが
関係性もまた時間を消費して成り立ち
瞬間に成り立つわけでもなく
何らかのプロセス、経過を持って育まれるものです(良くも悪くも)
悪く働きかければやり返されるし
よく働きかけたからといって恩を返されるとは限らないのです
仇で返すことだって人間にはあります(特にお金が絡むと、ね。)

話は変わりますが、政治は社会システムを統治してますが
政治の管理の元、経済、文化、医療、福祉などのシステムが制限せれます
制限はシステムの受益者に良く働くこともあれば被害者に悪く働きます
古い法だから良いわけでもなく悪いわけでもないですが
時間を立つとシステムは複雑、多様化していくので
対応しきれないこともあります
特に新技術、新知見、新発想などには政治だけでなく
それらに疎い社会の関わる人々がよくわかってません
出る杭は打たれるなどと言っても
日本が高度成長期に社会の活力となったのは
若者に活躍の場を与えるということも一つであったとしたら
若者がコンピュータースキルを使って社会で活躍するのを
日本のマスコミや司法を罰したわけで
社会の活力がなくなる一つの要因であることは間違いでなく
未だにその経営者が残ってたり司法が変わった実感が無いなど
個人的には言いたいことはありますが
広島でのオバマ大統領の演説を聞く限り
社会の制度を発展させるとか。
(科学の知見や技術を良い方向に利用しようなどという意味と捉えて)
はて、権力者が運用する社会で不満を述べたら
この世界で安住の地があるのでしょうか
権力者はそのとき施しを与えている者への不当なわがままだと思って
罰を与えないでしょうか
家族もろとも一族もろとも罰を与えて
身近な人が不満を述べない様、権力者を批判しない様するのでは無いでしょうか
アメリカも含めてです
(アメリカ開拓者?がインディアンにしたことを含め
その後世界中にしてきたことを相手を常に批判することで
自らを正当化し自らの落ち度には目もくれない人が多くいます)
自らの不正をあらゆる理由をつけて正当化していては
自らが不正を受けても誰も弁護できません。
もちろん圧倒的武力や経済力でそれは可能です。これからも。
しかし人類がここまで発展してきた力はそういう物ではありません
ここまでの発展を享受できた科学の力は
科学者の学問への奉仕というか貢献です
自らを正当化し相手を非難して政治的相手の優位に立つことは
その社会がさらに優位に立ち相手側をより不利にすることがあるため
世界中で盛んに政治家がその戦略をとってますが
それはチンパンジー社会と同じ原理で
知的でも人間の特性でもありません
政治家はそうするのが頭が良いと思っていますが
チンパンジーと同じレベルです
別に政治家をバカにしてるわけでなく
そういう戦略を知的といえないというわけです
(チンパンジーは知的ですよ)
科学に貢献してきた者は
その知性で社会的評価より
批判と戦ってきたのです
皆が発見した知見を褒め称えて金や女を手に入れて
その子孫代々まで優雅に暮らしたわけでなく
ある者は裁判にかけられ
ある者は死の商人と言われ
ある者は精神病棟に入れられ
ある者は決闘で死に
ある者は謎の自殺
もちろん金や女を手に入れた人もいますが
学問に貢献する人々はそれが目的というわけでもなさそうで
世界観はその時代の社会の影響を受けますが
文字などを通して継承した知見を
次の知見に繋げられるような発見を喜びとし
疑問で頭をいっぱいにし
世界を知りたくてしょうがない
とにかく好奇心からくる一途な思いというのが
大袈裟な様でしっくりくるかと思います
社会に対するこの様な思いがある人がいるなら
その芽を摘むことは社会の発展に良いことだとは思いません
武力をもってクーデターせずとも
現代ほど学問の知見が進んだ時代で
知識層に訴えるだけでも
政治家も知識層を利用し社会統治を成功させるなら
論文で発表という手もありますし
私は・社会のどの様な問題か
・問題に対して何らかのアイデアや方法を示す
・上記の最低どちらか一方を満たした意見を何らかのメディアに乗せる
問題がわかればそのことについて
他の意見が述べることができ
問題自体に社会統治上不利があれば
政治が動く動機になり
組織が動く動機になり
人が動く動機になります
動くというのはもちろん解決に向けてであり
社会統治上落ち度の無い被害者を放っておくのは
政治の怠慢であり統治の失敗でもあると思うからです
(統治者に相応しく無いとも言えます)
今の時代、外国の手を借りて問題解決をしても良いかと思いますが
その知恵は自らの勝手な願望を写したSFのような
社会の実現に使われるべきでなく
問題を解決することにより違う問題を起こすようでは
社会、世界の発展でも何でも無い
ただの政治家の自己満足に知見を利用するという
科学を戦争に使うのと何ら違いなく
オバマ大統領の広島の演説は寝言で終わるでしょう
アメリカが自らを棚に上げ他国に強要する様では
これまでの国際社会と何も違いはありません
当然政治家に言い訳させない様な
社会(社会科学)の知見の発展は外せないでしょう

一つ社会科学について
社会をシステムとして捉える時に
プログラミングと違って線形とはならないかもしれませんが
人の仕事(活動)をフローチャートの様に
順を送ったり(A動作⇨B動作)ループさせることで
社会の活動ゆえに捻出している問題現象(金融恐慌や雇用の問題など)の
構造というかからくりが図に書き出すことで把握することができます
頭の中でだけで作業するのは難しく
というのも人間の考えられる一時的作業量は限界があるらしく
問題を明らかにすることと
解決案を捻出することを同時にするのは
大変なはずだからです(少なくとも私には一遍にできません)
私はその時に
人の活動(仕事)の関係や人間関係(主従関係)や
人間の動機なども考慮します
基底(動機)、構造(人間関係)、機能(仕事)
のように全部揃わなくてもなるべくこれらを明らかになる様努力します
(私は完璧では無いです)
皆さんも私の知らない私が気に留めなかった知見を用いて
皆さんなりのやり方をしても別に良いとも思います
ただその活躍の場がどこなのか私にはさっぱりわからないのです
インターネットかマスコミか議会か学会か
それともどれでも良いのか私にはさっぱりですが
とりあえずブログでその様なことを書いてます
わたしは気候変動解決のため
エネルギーシステムを安全に変えようと
それをきめてる政治的力学である経済について
社会システムの変化を阻止する構造的な問題を提起し
システムなどの知見を利用し平和的に目的に叶う様
文章を持って訴えかけ
私が享受した文明の被害者になってしまう人達の
損害を控えめにしできれば恩恵を与えたいと思っています
できればですが、できない言い訳は山ほど手にしてます
それこそ人のせいにして。
運が良いことにインターネットを利用して
それ(訴え)ができるわけですが
同じことをしない人が悪いと言うつもりもありません
なんせ私の様な暇人は滅多にいないでしょう
こんなことをせず多くの人が仕事をして忙しいから
ブログが書けるし見れるとも思います
何とも皮肉なものです
社会に追い出されたものが社会の将来について考えるなどと
やっぱりこのブログはおかしいです