base
障害者を大量殺害した事件、びっくりしました
問題に要素と要素が結合され
問題を解決する気持ちがあれば
解決する様な機能が生まれる
大量殺人はその行為の被害者の立場からは
いいことではありません
今回の事件で加害者は障害者の家族や関係者について
少し述べてた様にニュースを受け取ったのですが
まるで障害者の被害者の様に述べていました
自分の立場が大きく主張できない人たちは考慮されませんでした
まるで死んだフセインの様に好き勝手言われてましたね
戦争に負けた+*悪い存在
これらが結びついて分別がつかなくなった時
例えば、戦争に負けたからといって悪い存在ではない
戦争に勝ったからといって悪い存在だ
・・・など思慮に欠けてなければ
今回の事件でいう
障害者+*関係者を不幸にしている
などの行為の根拠は崩せたはず
(精神科医にそんな技術がないことくらいわかってますが
今後、このブログを見た人で今回の様な事件に
対応を迫られた時のために一見解を述べてます)
障害者が故意に不幸にしているわけでもなく
障害者が意図してないところを障害者と結びつけても意味はなく
もっと視野を広げたり問題の焦点を決めつけなければ
社会にいる人で過失がない人を責める事で自らの葛藤を消化することを許すと
それは不安、社会に対する不安として人間の活動を不活性化します
(政治ではそれができますが、隠し通せれば責任は問われません)
もっといいます
障害者自体に障害の原因はなく
例えばはっきりしているところで近親相姦を禁止することで
障害を未然に防ぐことは多少可能でも
21世紀の科学の発展は障害者を医療で扱うことも
後天的な同じ様な状態でもアプローチは可能であると思います
別に障害者だから治療を受けなければならないとは思ってなく
当人によってケースバイケースだとは思います
別に今回の加害者の考えが特別ではなく
歴史を紐解けばあらゆる地域で民族浄化
オーストラリアのそれも
移住者達の作った理由、考え方が可能にしました
アメリカでもそうです
アフリカでもそうです
アジアでもそうなりかけましたが
日本が邪魔しましたね
結果は日本が負けたので
日本が悪いと世界に認めました
そうしないと独立は認めないと条件が突きつけられたからです
中国や朝鮮から反省しろと散々言われました
日本が中国に進出しないで
中国は欧米を退けられたのでしょうか
でも世界の考えは
日本が戦争に負けた+*悪い存在
それに意見をとなえると
今回の加害者の様に
怒ります
そして反省してないと
世界中に悪口を言います
一旦要素が結びついて結論が導かれた時
その結論を変えるにはコストがかかります
もう一回考え直すのです
電話とOSが結びついたスマホの便利を知ったら
ガラケーには戻れません
便利だと知ったら、です
今回の事件の加害者は
殺害する事で問題を解決すると結論に至ったのです
第二次世界大戦の結果も
世界秩序を乱さないためには
日本に謝罪させ続け罪悪感を各国が植え付け
日本から自分たちに利害交渉で有利にしようとするからです
そういう状態で権力を手に入れた人たちは
日本が変わることに激しく抵抗します
金や女が絡んでいます
権力についてまわるものです
能力のない者が搾取できてしまうのが権力です
いや、金や女を自由にしたければ
権力にしがみつく能力が養われるでしょう
別に社会を良くする能力はいりません
できる人をコントロールすればいいのです
罰を与えて、罪悪感を植えつけて、恫喝して
社会を良くする方法がいろいろあると
考えられない社会なのです
いろんな考えがあると言っても
自分たちの考えを否定させないため
誰かの考えを変えることはできない方が都合がいいのです
ヒトラーもいきなりアウシュビッツの建設を支持したのではなく
その兆候は社会との関わりの中で時々垣間見れたものかと思います
もし考えを変えることが可能な社会的要素があったら
植民地支配など日本が邪魔するでなく
(日本が植民地支配したと言われる朝鮮では
欧米のそれとは違いインフラ開発や教育などがされ
人口までも増えても日本でのアメリカ人と違い
性的搾取の結果である混血があまり聞かないのはよくわかりませんが
従軍慰安婦が当時の調査と違う結果になる様なことを述べているのは
記憶のいい加減さを考慮しない他人の都合のせいでしょうか?
それとも日本の敗戦後、朝鮮人が日本の女性などに対して
レイプや殺人したことから目を背けさせるためでしょうか
見事に国際社会は韓国がベトナムでした少女の焼肉食いは大して扱いません
みんな許せるみたいですね。そういう社会なのでしょう)
欧米人が白人は偉いという考えで植民地支配していたでしょうか
それもまた
社会が発展した+*発展してない国は劣ってる
や
白人社会が発展した+*白人じゃない社会は発展してない
という結合から他国から搾取しても良いと結論付けたり
(利益を得たいという気持ちからだと思います)
白人は人間だけど他の人種は人間じゃないとの論文を
間に受けたりしてきたのです
白人社会はイスラム社会から数字を取り入れたり
古いギリシアの文献を導入したからです
欧米が白人ばかりだったので欧米社会の発展は
白人社会の発展かの様に受け取れますが
その発端となったイスラム社会が劣っていたとか
悪かったわけでもなく
そこには昔からの社会があり
誰かの欲望を満たすための搾取というより
信仰を基にした決まりを守っているだけなのかもしれません
(テロの話ではありません)
キリスト社会とは違うことが社会と社会の関係の中で起きたみたいです
そうです創発です
イスラム社会でルネサンスの様なことが起きなかったではなく
ルネサンスを起こす様な要素が起きていたと思います(インドの0の導入でしょうか)
創発は違う創発を生むインプットになりますが
創発で生まれた新要素の線形的将来は他要素と無関係ならおそらく消滅でしょう
しかし関係の仕方は戦いしかないわけではなく
相手を利して自分は損するという限りではなく
世界情勢を見渡すかぎり
相手の安全を脅かして自分の意に沿わせるよりも
相手を利すれば自分の意を通すことができるみたいです
もし自分の利と相手の利がどちらかしか成り立たないとすれば
視点をずらせばいいのです
自分と相手だけでなく他も考えて
利を考えるのです
利が薄まっても無いよりかマシかもしれません
(例えばの話でです)
もう少し話します
概念についてです
哲学の専売ではありません
考える上で大変強力なツールです
おそらく子供には難しいでしょう
大人でもあまり使わない言葉です
抽象化はよくやります
「これはこの様なものだ」
「こういうことだ」
イメージとは使い分けたいのですが
「要するに」みたいなことだと思います
何かについてのそれに対応する意味のあるイメージまたは
それを言語化したものとでもいいましょうか
そういうことにしといて
さて概念です
抽象的なものを一般化したものというと
一般的で無いものが一般化できないとも取れますが
例えましょう
抜き足や差し足とは日本人なら分かるでしょう
欧米人に意味はわからないと思いますが
歩くことを言っているのです
右足左足の動作を歩く上で説明しているのです
「抜き足差し足」というのは抽象的と言え
「歩く」は概念の様なものと言えます
喫茶店について言えば
「コーヒーなどを飲んでくつろぐお店」が抽象的と言え
概念的には「軽食や飲み物を多様な目的に使う時間に消費できる場所」でしょうか
こんなこともできます
「歩く」を抽象的に言えば
「右足左足を動かして体重移動する」でしょうか
概念的には
「目的地に移動するためもしくはその行為自体が目的のための行為」かもしれません
わかってきたでしょうか
概念とは対象自体を扱うのではなく
帰納的とも言える他のことにも使える言葉やコンテキストにして
さっき言った様に一般化するのだと思います
私の過去のブログでは
社会の問題現象を
システムとして捉えることで
人間の活動の意である動詞をフロチャートの様に
処理手順みたいに図にして
問題現象の機能を変えたりできるといいました
その動詞の部分の作業
これに概念を使うことで
さまざまな規模の問題現象をシステムとして扱うのです
視点によってはレベルによっては
1「レジ打ち」という動作が
2「会計」かもしれません
1「お客が入店する」ー「お客が商品を選ぶ」ー「レジを通る」ー「お店を出る」
2「商品を入荷する」ー「お客が商品を会計する」ー「売り上げから利益を導く」
どういう問題を扱うかによって
この様に扱う問題やコンセプトによってシステム、概念図は違ってくるのです
「1」は顧客活動「2」は店舗経営活動です
(気に入らないかもしれませんがニュアンスは伝わってほしいものです)
また、システムだけに限らず
扱う問題を概念化すれば
解決策が応用可能で別の問題にも役立つかもしれないのです
(プログラマーが1からソースを書かなくていいのはこのおかげです、多分)
最後に今回の障害者大量殺人の事件は
問題について稚拙な考えが導いた帰結が起こしたとは言えるものの
歴史的には世界的には似た現象は所々であり
また度々起きており個人的には
心理学、精神医学、脳科学うんぬんより
人間のことについて不都合なことからも目を背けずに
理解ができればこのブログがその一助になれば
私も幸いです
教科書に載ってませんが
ネットサーフィンをしていて
巨人なる骨の発掘写真をみると
ネアンデルタール人に関する話も含め
なんか人間の凶悪性を無視してはならず
はたして善悪抜きに活動を見たとき
人間は犠牲抜きに捉えられず
正義の秩序には必ず
悪がいて悪なくして正義が語れないのは
悪がいるから世界ができるのでは無いかと
悪なくして人類の繁栄なしと思ったら
メノッキオ、お前もそうだったよな
被害者の死が無駄になりませんように。
問題に要素と要素が結合され
問題を解決する気持ちがあれば
解決する様な機能が生まれる
大量殺人はその行為の被害者の立場からは
いいことではありません
今回の事件で加害者は障害者の家族や関係者について
少し述べてた様にニュースを受け取ったのですが
まるで障害者の被害者の様に述べていました
自分の立場が大きく主張できない人たちは考慮されませんでした
まるで死んだフセインの様に好き勝手言われてましたね
戦争に負けた+*悪い存在
これらが結びついて分別がつかなくなった時
例えば、戦争に負けたからといって悪い存在ではない
戦争に勝ったからといって悪い存在だ
・・・など思慮に欠けてなければ
今回の事件でいう
障害者+*関係者を不幸にしている
などの行為の根拠は崩せたはず
(精神科医にそんな技術がないことくらいわかってますが
今後、このブログを見た人で今回の様な事件に
対応を迫られた時のために一見解を述べてます)
障害者が故意に不幸にしているわけでもなく
障害者が意図してないところを障害者と結びつけても意味はなく
もっと視野を広げたり問題の焦点を決めつけなければ
社会にいる人で過失がない人を責める事で自らの葛藤を消化することを許すと
それは不安、社会に対する不安として人間の活動を不活性化します
(政治ではそれができますが、隠し通せれば責任は問われません)
もっといいます
障害者自体に障害の原因はなく
例えばはっきりしているところで近親相姦を禁止することで
障害を未然に防ぐことは多少可能でも
21世紀の科学の発展は障害者を医療で扱うことも
後天的な同じ様な状態でもアプローチは可能であると思います
別に障害者だから治療を受けなければならないとは思ってなく
当人によってケースバイケースだとは思います
別に今回の加害者の考えが特別ではなく
歴史を紐解けばあらゆる地域で民族浄化
オーストラリアのそれも
移住者達の作った理由、考え方が可能にしました
アメリカでもそうです
アフリカでもそうです
アジアでもそうなりかけましたが
日本が邪魔しましたね
結果は日本が負けたので
日本が悪いと世界に認めました
そうしないと独立は認めないと条件が突きつけられたからです
中国や朝鮮から反省しろと散々言われました
日本が中国に進出しないで
中国は欧米を退けられたのでしょうか
でも世界の考えは
日本が戦争に負けた+*悪い存在
それに意見をとなえると
今回の加害者の様に
怒ります
そして反省してないと
世界中に悪口を言います
一旦要素が結びついて結論が導かれた時
その結論を変えるにはコストがかかります
もう一回考え直すのです
電話とOSが結びついたスマホの便利を知ったら
ガラケーには戻れません
便利だと知ったら、です
今回の事件の加害者は
殺害する事で問題を解決すると結論に至ったのです
第二次世界大戦の結果も
世界秩序を乱さないためには
日本に謝罪させ続け罪悪感を各国が植え付け
日本から自分たちに利害交渉で有利にしようとするからです
そういう状態で権力を手に入れた人たちは
日本が変わることに激しく抵抗します
金や女が絡んでいます
権力についてまわるものです
能力のない者が搾取できてしまうのが権力です
いや、金や女を自由にしたければ
権力にしがみつく能力が養われるでしょう
別に社会を良くする能力はいりません
できる人をコントロールすればいいのです
罰を与えて、罪悪感を植えつけて、恫喝して
社会を良くする方法がいろいろあると
考えられない社会なのです
いろんな考えがあると言っても
自分たちの考えを否定させないため
誰かの考えを変えることはできない方が都合がいいのです
ヒトラーもいきなりアウシュビッツの建設を支持したのではなく
その兆候は社会との関わりの中で時々垣間見れたものかと思います
もし考えを変えることが可能な社会的要素があったら
植民地支配など日本が邪魔するでなく
(日本が植民地支配したと言われる朝鮮では
欧米のそれとは違いインフラ開発や教育などがされ
人口までも増えても日本でのアメリカ人と違い
性的搾取の結果である混血があまり聞かないのはよくわかりませんが
従軍慰安婦が当時の調査と違う結果になる様なことを述べているのは
記憶のいい加減さを考慮しない他人の都合のせいでしょうか?
それとも日本の敗戦後、朝鮮人が日本の女性などに対して
レイプや殺人したことから目を背けさせるためでしょうか
見事に国際社会は韓国がベトナムでした少女の焼肉食いは大して扱いません
みんな許せるみたいですね。そういう社会なのでしょう)
欧米人が白人は偉いという考えで植民地支配していたでしょうか
それもまた
社会が発展した+*発展してない国は劣ってる
や
白人社会が発展した+*白人じゃない社会は発展してない
という結合から他国から搾取しても良いと結論付けたり
(利益を得たいという気持ちからだと思います)
白人は人間だけど他の人種は人間じゃないとの論文を
間に受けたりしてきたのです
白人社会はイスラム社会から数字を取り入れたり
古いギリシアの文献を導入したからです
欧米が白人ばかりだったので欧米社会の発展は
白人社会の発展かの様に受け取れますが
その発端となったイスラム社会が劣っていたとか
悪かったわけでもなく
そこには昔からの社会があり
誰かの欲望を満たすための搾取というより
信仰を基にした決まりを守っているだけなのかもしれません
(テロの話ではありません)
キリスト社会とは違うことが社会と社会の関係の中で起きたみたいです
そうです創発です
イスラム社会でルネサンスの様なことが起きなかったではなく
ルネサンスを起こす様な要素が起きていたと思います(インドの0の導入でしょうか)
創発は違う創発を生むインプットになりますが
創発で生まれた新要素の線形的将来は他要素と無関係ならおそらく消滅でしょう
しかし関係の仕方は戦いしかないわけではなく
相手を利して自分は損するという限りではなく
世界情勢を見渡すかぎり
相手の安全を脅かして自分の意に沿わせるよりも
相手を利すれば自分の意を通すことができるみたいです
もし自分の利と相手の利がどちらかしか成り立たないとすれば
視点をずらせばいいのです
自分と相手だけでなく他も考えて
利を考えるのです
利が薄まっても無いよりかマシかもしれません
(例えばの話でです)
もう少し話します
概念についてです
哲学の専売ではありません
考える上で大変強力なツールです
おそらく子供には難しいでしょう
大人でもあまり使わない言葉です
抽象化はよくやります
「これはこの様なものだ」
「こういうことだ」
イメージとは使い分けたいのですが
「要するに」みたいなことだと思います
何かについてのそれに対応する意味のあるイメージまたは
それを言語化したものとでもいいましょうか
そういうことにしといて
さて概念です
抽象的なものを一般化したものというと
一般的で無いものが一般化できないとも取れますが
例えましょう
抜き足や差し足とは日本人なら分かるでしょう
欧米人に意味はわからないと思いますが
歩くことを言っているのです
右足左足の動作を歩く上で説明しているのです
「抜き足差し足」というのは抽象的と言え
「歩く」は概念の様なものと言えます
喫茶店について言えば
「コーヒーなどを飲んでくつろぐお店」が抽象的と言え
概念的には「軽食や飲み物を多様な目的に使う時間に消費できる場所」でしょうか
こんなこともできます
「歩く」を抽象的に言えば
「右足左足を動かして体重移動する」でしょうか
概念的には
「目的地に移動するためもしくはその行為自体が目的のための行為」かもしれません
わかってきたでしょうか
概念とは対象自体を扱うのではなく
帰納的とも言える他のことにも使える言葉やコンテキストにして
さっき言った様に一般化するのだと思います
私の過去のブログでは
社会の問題現象を
システムとして捉えることで
人間の活動の意である動詞をフロチャートの様に
処理手順みたいに図にして
問題現象の機能を変えたりできるといいました
その動詞の部分の作業
これに概念を使うことで
さまざまな規模の問題現象をシステムとして扱うのです
視点によってはレベルによっては
1「レジ打ち」という動作が
2「会計」かもしれません
1「お客が入店する」ー「お客が商品を選ぶ」ー「レジを通る」ー「お店を出る」
2「商品を入荷する」ー「お客が商品を会計する」ー「売り上げから利益を導く」
どういう問題を扱うかによって
この様に扱う問題やコンセプトによってシステム、概念図は違ってくるのです
「1」は顧客活動「2」は店舗経営活動です
(気に入らないかもしれませんがニュアンスは伝わってほしいものです)
また、システムだけに限らず
扱う問題を概念化すれば
解決策が応用可能で別の問題にも役立つかもしれないのです
(プログラマーが1からソースを書かなくていいのはこのおかげです、多分)
最後に今回の障害者大量殺人の事件は
問題について稚拙な考えが導いた帰結が起こしたとは言えるものの
歴史的には世界的には似た現象は所々であり
また度々起きており個人的には
心理学、精神医学、脳科学うんぬんより
人間のことについて不都合なことからも目を背けずに
理解ができればこのブログがその一助になれば
私も幸いです
教科書に載ってませんが
ネットサーフィンをしていて
巨人なる骨の発掘写真をみると
ネアンデルタール人に関する話も含め
なんか人間の凶悪性を無視してはならず
はたして善悪抜きに活動を見たとき
人間は犠牲抜きに捉えられず
正義の秩序には必ず
悪がいて悪なくして正義が語れないのは
悪がいるから世界ができるのでは無いかと
悪なくして人類の繁栄なしと思ったら
メノッキオ、お前もそうだったよな
被害者の死が無駄になりませんように。
solution
私が書いてる問題とは何のことについてでしょう
環境問題、経済問題、政治問題という意味でなくて
もっと本質について問題の本質とは・・・
それは物理や数学、化学とは捉え方が違うと思うのです
物理は物体の運動に働きかける力を通して宇宙を
物の理を扱います。主に法則性を導いて現状を明らかにしたり
将来の状態を予測したり運動を力を制御したりします
そこには数学が応用され計算できます。
計算で仕事ができるのです
数学は演繹や帰納、アブダクションなどの考え方を利用して
空間や次元などの謎を明らかにします
必ずしも現実と対応しているかは問題なく
ある原則に則った計算上の整合性があれば
考えた本人以外の人に受け入れられる場合もあります
原則とは方程式などに限定されず
空間や次元などの捉え方の理論でもよく
計算で仕事ができる場合もあるが
数学で扱う問題がすべて計算し尽くせるとは限らないが
数字と記号と演算子を使い帰結を導くことが仕事になるのです
化学は物質の個体や液体や気体を原子を単位として
幾つかの種類の原子の組み合わさり方や
構成が変化する物体を熱や刺激などをの環境の条件を
考慮して物質と物質の関係の変化や状態を明らかにしたり
予測したり実験結果の情報を基にした物質の制御や状態の予測をする
実験の再現性が確保されないと実験した本人以外に最終的に
研究結果が受け入れられないはずです
システムは物質(物と生命体)を有機的に捉え
ある環境との差異の元、恒常性や再帰性が
システマティックを経て確率的に創発性が
システミックを起こしフィボナッチ数列の様に
資源が多様化していき条件によっては選択をして
進化していくがその運動の元である
システム内の要素と要素の関係もしくは
システム内の要素と環境の刺激の関係に
例外はなく時間的焦点を狭くしなければ変わらないものはない
過去の資源は人間の都合により線形的に編集され
刹那的には非線形で関わり合い世界的には制御不可であるが
ある制約下に置いた要素の関係ならある程度制御可能であるが
多様化より選択しある条件下に世界を置いたとき
それは新たな多様化の過程でしかなく
その多様が選択後の世界の環境に対応できるかは別の問題だが
そのときは他の系が発展するかもしれない
つまり環境を考慮して構造を利用して機能を安定化させ
系の適応力を上げる様に動的対応する
工学はある機能を実現するための道具や科学知見を応用し
要素や機能を組み合わせたり掛け合わせたり
手段の目的だけを変えて応用する
(これくらいしか浮かばなかったです)
さてわたしはこれらを踏まえて問題を以下にまとめたいと思います
1・現状を明らかにする
2・予測する
3・望ましくない状態から望ましい状態に移行する
4・既存の解決策や知見を他の目的に応用する
(注意:網羅ではありません)
昭和生まれの高学歴な人は「1」「2」ができる人が
たくさんいると思います。学校でこればっかやらされましたよね
「3」「4」も数学の力が必要です
応用できる要素とケースバイケースに対応する要素がわからなければ
ロジックではなくイメージできなければ抽象的に扱えなければ
そしてロジックで表現しなければ
計算的に帰結を導くのは系によって違ったり
つまり植物にとっての適応力を上げる活動と
魚にとっての適応力を上げる活動は違うのですが
人間にはシステムを知として扱うことによって
人間にもよく植物にもよく魚にも良い活動を
最大限は難しくてもそこそこの適応力を上げることは可能なはずです
(現状はまだまだでしょうか・・・)
特に「3」は正解が一つでない場合があるので
人の多様性の分だけ答えがあると思いますが
選択することになると思います
しかし目的が一緒なら数種類選択可能なほど
整合性に問題はないと思います
コンセプトがかぶってもまた統合できるので
その機能をシステムで運用することに問題がありません
(機能だろうが複数の機能の関係であるシステムであろうが
それらを包括するシステムに統合できれば扱えます)
物理や数学と違って化学に近いかもしれませんが
数学の応用でフローチャートをまた応用して
要素や機能の関係図を化学の様にモデル図にの様にして人々と共有する
そしてシステムの創造して目的の機能を果たしたり
都合の悪い状況システム図を明らかにして
システムの問題機能を変えたり
変えるだけでなくもっと良くしたり
それはレジリエンスにも通用するのでしょうか
いろんな人が問題状況の解決案を導いて
船頭多くして・・・ってことにはならないのです
違う目的だからこの場合困るのです
目的が一緒なら採用されない解決策も
さらに良い解決策のインプットにもなってもおかしくはないですから
これからプログラムを学ぶ人に
関数を掛け合わせるだけでなく
問題を抽象的に捉えて
ぜひスパゲッティプログラムではない
書き方で解決策を導き
問題を構造的に解決する
(国家の運営を役割分担で計算能力が高い人々が
それぞれ処理するといった官僚的の様に自分の頭の中で)
しかし完成したプログラムをただ一つの正解として捉えるのではなく
他の人が違う答えを否定しない様にしてください
なんせプログラムは最低でも動けばいいのですから
(メンテナンスの問題で見やすい書き方は重要ですが
私は人のことを言えるレベルではないのでスルーします)
はっきり言ってプログラミングしたい機能がない人は
プログラミングの楽しさはわからないと思いますが
プログラミングで一通り嗜む問題解決の方法などは
手順ではスパイラルとかウォーターフォールとかいろいろありますが
たとえば算数の移動の距離の問題を
プログラミングで数値入力するだけで
答えを出せる様にするのは
ただ算数を解くだけでない醍醐味があります
速さも出せたり移動時間も出せたりすれば楽しさは広がります
計算し答えがコンピュータにわかれば
ゲーム性と混ぜて制限時間内に何問かを答えさせるとか
次から次へと答えをインプットしなければ画面が出題でいっぱいになり
ゲームオーバーとか
プログラミング言語と言われる様に
言葉なので単語の様に関数や命令語を使ったり文法などの法則性はありますが
ただ単に現状を明らかにする答えと
状態を予測する答えとは違った
利用者の立場で考えたり
改良を続け少しずつ良くなっていったり
自分で考えた機能を実現できるだけの論理力はつきます
多岐にわたる実現は一人ではできないかもしれませんが
なおプログラミングを勧めてますが
考え方の練習の意味で言ってるので
必ずしもコンピューター上のスキルに限った話をしているつもりはありません
どういう問題かどういう方法を利用するかで
考え方が広がるかと思うので
むしろ実社会ではその方が大事かもしれません
コンピュータスキルの応用が。
というよりすべての仕事において
学んだことから応用して問題解決をするのが
これからも必要かと
最後の方は教育の世界の潮流がよくわかってないので
見当違いのことを言っているかもしれませんが
言いたいことはプログラミングのような作業で培うスキルは
昭和とは違ったスキルが多くの人が手に入るといったところでしょうか
環境問題、経済問題、政治問題という意味でなくて
もっと本質について問題の本質とは・・・
それは物理や数学、化学とは捉え方が違うと思うのです
物理は物体の運動に働きかける力を通して宇宙を
物の理を扱います。主に法則性を導いて現状を明らかにしたり
将来の状態を予測したり運動を力を制御したりします
そこには数学が応用され計算できます。
計算で仕事ができるのです
数学は演繹や帰納、アブダクションなどの考え方を利用して
空間や次元などの謎を明らかにします
必ずしも現実と対応しているかは問題なく
ある原則に則った計算上の整合性があれば
考えた本人以外の人に受け入れられる場合もあります
原則とは方程式などに限定されず
空間や次元などの捉え方の理論でもよく
計算で仕事ができる場合もあるが
数学で扱う問題がすべて計算し尽くせるとは限らないが
数字と記号と演算子を使い帰結を導くことが仕事になるのです
化学は物質の個体や液体や気体を原子を単位として
幾つかの種類の原子の組み合わさり方や
構成が変化する物体を熱や刺激などをの環境の条件を
考慮して物質と物質の関係の変化や状態を明らかにしたり
予測したり実験結果の情報を基にした物質の制御や状態の予測をする
実験の再現性が確保されないと実験した本人以外に最終的に
研究結果が受け入れられないはずです
システムは物質(物と生命体)を有機的に捉え
ある環境との差異の元、恒常性や再帰性が
システマティックを経て確率的に創発性が
システミックを起こしフィボナッチ数列の様に
資源が多様化していき条件によっては選択をして
進化していくがその運動の元である
システム内の要素と要素の関係もしくは
システム内の要素と環境の刺激の関係に
例外はなく時間的焦点を狭くしなければ変わらないものはない
過去の資源は人間の都合により線形的に編集され
刹那的には非線形で関わり合い世界的には制御不可であるが
ある制約下に置いた要素の関係ならある程度制御可能であるが
多様化より選択しある条件下に世界を置いたとき
それは新たな多様化の過程でしかなく
その多様が選択後の世界の環境に対応できるかは別の問題だが
そのときは他の系が発展するかもしれない
つまり環境を考慮して構造を利用して機能を安定化させ
系の適応力を上げる様に動的対応する
工学はある機能を実現するための道具や科学知見を応用し
要素や機能を組み合わせたり掛け合わせたり
手段の目的だけを変えて応用する
(これくらいしか浮かばなかったです)
さてわたしはこれらを踏まえて問題を以下にまとめたいと思います
1・現状を明らかにする
2・予測する
3・望ましくない状態から望ましい状態に移行する
4・既存の解決策や知見を他の目的に応用する
(注意:網羅ではありません)
昭和生まれの高学歴な人は「1」「2」ができる人が
たくさんいると思います。学校でこればっかやらされましたよね
「3」「4」も数学の力が必要です
応用できる要素とケースバイケースに対応する要素がわからなければ
ロジックではなくイメージできなければ抽象的に扱えなければ
そしてロジックで表現しなければ
計算的に帰結を導くのは系によって違ったり
つまり植物にとっての適応力を上げる活動と
魚にとっての適応力を上げる活動は違うのですが
人間にはシステムを知として扱うことによって
人間にもよく植物にもよく魚にも良い活動を
最大限は難しくてもそこそこの適応力を上げることは可能なはずです
(現状はまだまだでしょうか・・・)
特に「3」は正解が一つでない場合があるので
人の多様性の分だけ答えがあると思いますが
選択することになると思います
しかし目的が一緒なら数種類選択可能なほど
整合性に問題はないと思います
コンセプトがかぶってもまた統合できるので
その機能をシステムで運用することに問題がありません
(機能だろうが複数の機能の関係であるシステムであろうが
それらを包括するシステムに統合できれば扱えます)
物理や数学と違って化学に近いかもしれませんが
数学の応用でフローチャートをまた応用して
要素や機能の関係図を化学の様にモデル図にの様にして人々と共有する
そしてシステムの創造して目的の機能を果たしたり
都合の悪い状況システム図を明らかにして
システムの問題機能を変えたり
変えるだけでなくもっと良くしたり
それはレジリエンスにも通用するのでしょうか
いろんな人が問題状況の解決案を導いて
船頭多くして・・・ってことにはならないのです
違う目的だからこの場合困るのです
目的が一緒なら採用されない解決策も
さらに良い解決策のインプットにもなってもおかしくはないですから
これからプログラムを学ぶ人に
関数を掛け合わせるだけでなく
問題を抽象的に捉えて
ぜひスパゲッティプログラムではない
書き方で解決策を導き
問題を構造的に解決する
(国家の運営を役割分担で計算能力が高い人々が
それぞれ処理するといった官僚的の様に自分の頭の中で)
しかし完成したプログラムをただ一つの正解として捉えるのではなく
他の人が違う答えを否定しない様にしてください
なんせプログラムは最低でも動けばいいのですから
(メンテナンスの問題で見やすい書き方は重要ですが
私は人のことを言えるレベルではないのでスルーします)
はっきり言ってプログラミングしたい機能がない人は
プログラミングの楽しさはわからないと思いますが
プログラミングで一通り嗜む問題解決の方法などは
手順ではスパイラルとかウォーターフォールとかいろいろありますが
たとえば算数の移動の距離の問題を
プログラミングで数値入力するだけで
答えを出せる様にするのは
ただ算数を解くだけでない醍醐味があります
速さも出せたり移動時間も出せたりすれば楽しさは広がります
計算し答えがコンピュータにわかれば
ゲーム性と混ぜて制限時間内に何問かを答えさせるとか
次から次へと答えをインプットしなければ画面が出題でいっぱいになり
ゲームオーバーとか
プログラミング言語と言われる様に
言葉なので単語の様に関数や命令語を使ったり文法などの法則性はありますが
ただ単に現状を明らかにする答えと
状態を予測する答えとは違った
利用者の立場で考えたり
改良を続け少しずつ良くなっていったり
自分で考えた機能を実現できるだけの論理力はつきます
多岐にわたる実現は一人ではできないかもしれませんが
なおプログラミングを勧めてますが
考え方の練習の意味で言ってるので
必ずしもコンピューター上のスキルに限った話をしているつもりはありません
どういう問題かどういう方法を利用するかで
考え方が広がるかと思うので
むしろ実社会ではその方が大事かもしれません
コンピュータスキルの応用が。
というよりすべての仕事において
学んだことから応用して問題解決をするのが
これからも必要かと
最後の方は教育の世界の潮流がよくわかってないので
見当違いのことを言っているかもしれませんが
言いたいことはプログラミングのような作業で培うスキルは
昭和とは違ったスキルが多くの人が手に入るといったところでしょうか
coupling
創発、もう皆さん珍しくありませんね
方法も何度も述べました
宇宙における創発現象、
つまり星の爆発による新物質の形成
そしてガスが集まって星ができるなど
化学的には新物質形成は熱、圧力、触媒、電気などで
新たな物質ができまたは新たな物質が分解できる
方法も似た様なものです
問題やコンセプトが圧力などの役目をし
既存の要素や機能やコンセプトが
新結合をし新たな役割をするのです。
破壊的イノベーション。
これは何かを創造するときや
破壊するとき何かとは主にシステムだと思いますが
たまにシステミックリスクとも呼ばれてます
これらは何らかの結合の仕方によって影響が違います
リスクと儲けの要素を結合すればリーマンショック
協力関係の一方が変わり関係が不安定になると
イギリスのEU離脱ショック
経済にとってだけではありません
政権とマルクス主義が結びつけば
宗教活動家に対して破滅的影響を与えます
科学と常識が結びつけば
宗教が社会的に与えてた素朴な疑問に対する答え(天動説)が否定され
社会的地位の意味が変わります
新たな結合は既存の要素や機能やコンセプトを否定する形
(スマホとガラケーの関係の様に)
正確には取って代わる形として現れます
しかしそれは一つの現象であって必ずしも
既存のものがなくなる必要はありません
理想は人々の選択によるもので
そこに強制がなければ幸せにつながるかもしれません
マルクスの言ってる宗教は阿片だという意味合いも
マルクスの経済が人々を救う役割を担え切れていれば
それは取って代れたかもしれません(多分)
そうしてシステムを権力者が運用してきたのかもしれません
みんさんご存知の通り
ダーウィンの言葉だったか有名な言葉がありますね
「最も強い者が生き残るのではなく
最も賢い者が生き残るのでもなく
唯一生き残るのは、変化できる者である」
この通りだとすれば
社会はシステムは古いものが滅び新たなものが残る
ということでしょうか
限られた世界では有限の世界ではそうです
地球の資源が少なく競合している種の間柄は
現に人類は現存しているのみです
ましてや恐竜がいた当時は人間は繁栄することは無理でしょう
(当時に人類が誕生したとしても)
今人類に都合の良い様な世界になっているのは
今だけかもしれません。
地球温暖化が人類に不都合をもたらすかもしれません
経済活動的にも資源的にも健康的にもインフラ的にも政治的にも・・・
話を元に戻します
遺伝子の様に最初は多様性がなくても
フィボナッチ数列の様にアウトプットがインプットになって続く様に
子が大人になって大人が子を産みその子が大人になって・・・
そして遺伝情報が多様になっていきます複雑になっていくのです
(1,1,2,3,5,8,13,21,34,,,,,,,,,,,,,)
伝えられる遺伝子は限られているので
それでも伝えられなかった遺伝情報はあるかと思いますが
知としての機能(科学、工学など免疫等以外)を人類は引き継いでいます
(マルクスの知もその一つです)
宗教もその中の知恵の一つです
知は無限に扱うことができますそこに何の問題もありません
つまり社会をシステムとして扱えて
そのシステムを創造、改良、破棄することができると
それは新旧どちらかではなく
古い機能も新しい機能もそれこそ
問題やコンセプトの元、新結合され
新たな社会制度、社会システムとして運用できます
運用主は民でも権力者でもどちらかでもいいと思うし
どちらともでもいいとも思います
システムは知で扱えます
(このブログを読んでる人の中でもうできる人はいるはず)
創造(新結合)、改良(すでにこのブログで扱ってます)
破棄などは人権侵害活動システムといったところでしょうか
システム改良時に危機や問題意識を共有することは大事ですが
利得で諭すのもアリだと思います
何か理由があると行為を客観的に判断できないことが人類には多々あります
行為が起こす問題から目をそらす様に
行為を起こさせる理由にばかり着目するのです
だから似た問題を起こす行為を繰り返し
理由を変え歴史は繰り返すのです
(理由と行為の結合、他の行為に選択が及ばない)
また正しい行為と自分の行為が分別つかず
自分の行為が正しいと思い込み
相手を非難し続けるのも結合のなせる技かと
(自分と正しいの結合で相手が悪い)
なんか今流行りのアドラーみたいなこと言いだしてますね
関係の問題だとか・・・
過去の理由から行為に及ぶ人はフロイト的
目的からなる理由から行為に及ぶ人はアドラー的とでもいうのでしょうか
私はどちらも同じことを言っている様に思えます
過去の資源から未来を描き目的にし
インプット(基底)からプロセス(知の資源と関係性を作る構造)
からアウトプット(何らかの機能をする、問題解決、人生の動力とか)をつくり
そのアウトプットをインプットにして
人生の行為に及ぶ、再帰的というか
人の一生はそんなに生き方が変わることは今の所そんなにないと思いますが
未来はわかりません
映画の様に役者の様に
人の人生を楽しむ将来があっても不思議ではありません
(シュワルツネッガー主演でそんな映画があった様な)
そんな経験をして自分の人生を豊かにしてもいいのではないかと
創発は何が基底で何が構造で何が機能かと言いますと
基底に統合されて構造があり機能していると見るのがボトムアップなら
(原子ー原子構造ー物質)
機能に統合されて構造があり基底があると見るのがトップダウトするなら
(個体ー臓器ー遺伝子、機能はどのレベルで見るか構造と基底がで変わる、
社会ー人間活動ーインフラ)
そして創発は
問題、コンセプト(基底)などに統合され結合され(構造)新機能を生む(機能)
となりこれは方法の現象なので生まれた新機能が生む現象を見たとき
ボトムアップで見たとき
要素、機能(基底)ー新結合(関係性の構造)ー新機能(機能あるいはシステム)
トップダウンで見たときもレベル的に変わらないかと
(同じ現象を扱うので変わらないはず)
台風と雨を扱うときは基底や構造が
どの範囲(関係性)などのレベルで機能を現象を見るかで違います
人間を個体としてみるか社会の一部としてみるかの違いだと思います(単純に)
今日はこの辺で、では。
方法も何度も述べました
宇宙における創発現象、
つまり星の爆発による新物質の形成
そしてガスが集まって星ができるなど
化学的には新物質形成は熱、圧力、触媒、電気などで
新たな物質ができまたは新たな物質が分解できる
方法も似た様なものです
問題やコンセプトが圧力などの役目をし
既存の要素や機能やコンセプトが
新結合をし新たな役割をするのです。
破壊的イノベーション。
これは何かを創造するときや
破壊するとき何かとは主にシステムだと思いますが
たまにシステミックリスクとも呼ばれてます
これらは何らかの結合の仕方によって影響が違います
リスクと儲けの要素を結合すればリーマンショック
協力関係の一方が変わり関係が不安定になると
イギリスのEU離脱ショック
経済にとってだけではありません
政権とマルクス主義が結びつけば
宗教活動家に対して破滅的影響を与えます
科学と常識が結びつけば
宗教が社会的に与えてた素朴な疑問に対する答え(天動説)が否定され
社会的地位の意味が変わります
新たな結合は既存の要素や機能やコンセプトを否定する形
(スマホとガラケーの関係の様に)
正確には取って代わる形として現れます
しかしそれは一つの現象であって必ずしも
既存のものがなくなる必要はありません
理想は人々の選択によるもので
そこに強制がなければ幸せにつながるかもしれません
マルクスの言ってる宗教は阿片だという意味合いも
マルクスの経済が人々を救う役割を担え切れていれば
それは取って代れたかもしれません(多分)
そうしてシステムを権力者が運用してきたのかもしれません
みんさんご存知の通り
ダーウィンの言葉だったか有名な言葉がありますね
「最も強い者が生き残るのではなく
最も賢い者が生き残るのでもなく
唯一生き残るのは、変化できる者である」
この通りだとすれば
社会はシステムは古いものが滅び新たなものが残る
ということでしょうか
限られた世界では有限の世界ではそうです
地球の資源が少なく競合している種の間柄は
現に人類は現存しているのみです
ましてや恐竜がいた当時は人間は繁栄することは無理でしょう
(当時に人類が誕生したとしても)
今人類に都合の良い様な世界になっているのは
今だけかもしれません。
地球温暖化が人類に不都合をもたらすかもしれません
経済活動的にも資源的にも健康的にもインフラ的にも政治的にも・・・
話を元に戻します
遺伝子の様に最初は多様性がなくても
フィボナッチ数列の様にアウトプットがインプットになって続く様に
子が大人になって大人が子を産みその子が大人になって・・・
そして遺伝情報が多様になっていきます複雑になっていくのです
(1,1,2,3,5,8,13,21,34,,,,,,,,,,,,,)
伝えられる遺伝子は限られているので
それでも伝えられなかった遺伝情報はあるかと思いますが
知としての機能(科学、工学など免疫等以外)を人類は引き継いでいます
(マルクスの知もその一つです)
宗教もその中の知恵の一つです
知は無限に扱うことができますそこに何の問題もありません
つまり社会をシステムとして扱えて
そのシステムを創造、改良、破棄することができると
それは新旧どちらかではなく
古い機能も新しい機能もそれこそ
問題やコンセプトの元、新結合され
新たな社会制度、社会システムとして運用できます
運用主は民でも権力者でもどちらかでもいいと思うし
どちらともでもいいとも思います
システムは知で扱えます
(このブログを読んでる人の中でもうできる人はいるはず)
創造(新結合)、改良(すでにこのブログで扱ってます)
破棄などは人権侵害活動システムといったところでしょうか
システム改良時に危機や問題意識を共有することは大事ですが
利得で諭すのもアリだと思います
何か理由があると行為を客観的に判断できないことが人類には多々あります
行為が起こす問題から目をそらす様に
行為を起こさせる理由にばかり着目するのです
だから似た問題を起こす行為を繰り返し
理由を変え歴史は繰り返すのです
(理由と行為の結合、他の行為に選択が及ばない)
また正しい行為と自分の行為が分別つかず
自分の行為が正しいと思い込み
相手を非難し続けるのも結合のなせる技かと
(自分と正しいの結合で相手が悪い)
なんか今流行りのアドラーみたいなこと言いだしてますね
関係の問題だとか・・・
過去の理由から行為に及ぶ人はフロイト的
目的からなる理由から行為に及ぶ人はアドラー的とでもいうのでしょうか
私はどちらも同じことを言っている様に思えます
過去の資源から未来を描き目的にし
インプット(基底)からプロセス(知の資源と関係性を作る構造)
からアウトプット(何らかの機能をする、問題解決、人生の動力とか)をつくり
そのアウトプットをインプットにして
人生の行為に及ぶ、再帰的というか
人の一生はそんなに生き方が変わることは今の所そんなにないと思いますが
未来はわかりません
映画の様に役者の様に
人の人生を楽しむ将来があっても不思議ではありません
(シュワルツネッガー主演でそんな映画があった様な)
そんな経験をして自分の人生を豊かにしてもいいのではないかと
創発は何が基底で何が構造で何が機能かと言いますと
基底に統合されて構造があり機能していると見るのがボトムアップなら
(原子ー原子構造ー物質)
機能に統合されて構造があり基底があると見るのがトップダウトするなら
(個体ー臓器ー遺伝子、機能はどのレベルで見るか構造と基底がで変わる、
社会ー人間活動ーインフラ)
そして創発は
問題、コンセプト(基底)などに統合され結合され(構造)新機能を生む(機能)
となりこれは方法の現象なので生まれた新機能が生む現象を見たとき
ボトムアップで見たとき
要素、機能(基底)ー新結合(関係性の構造)ー新機能(機能あるいはシステム)
トップダウンで見たときもレベル的に変わらないかと
(同じ現象を扱うので変わらないはず)
台風と雨を扱うときは基底や構造が
どの範囲(関係性)などのレベルで機能を現象を見るかで違います
人間を個体としてみるか社会の一部としてみるかの違いだと思います(単純に)
今日はこの辺で、では。