potential
私が書いてるブログを受けて
同情的な人は私に対して
自らの要求をすることなく
理解を試みようと理解した人
と思うとありがたいですが
私の立場はプライベートなことに
かまっていられない人たちに囲まれた
ストレスに満ちた生活を送るしかないものでもあります
要求があるとそれはストレスとなって
束縛として心の自由も疑えるような
情報や刺激に見舞われます
その人たちにとって私の気持ちより
自分たちの気持ちが大事なので
私をいくら分析しても
私に対する環境に自らが含まれてるため
客観視できず、かといって自分がその立場に
なるつもりもないので(自分が可愛いんでしょう)
私から何かを得ても
未だに気持ちを理解できず(本当に気持ちがわからないみたいです)
私が患ってる病気に対しても
私の治癒に対する望む環境ではなく
自分たちは病気にどう関わってるかも考えず
ひたすら欲求からくるコントロールを続けてます
私を利用とする人たちは
一部のコミュニティーで収まらず
政治との関係が疑われますが
私がその反発でブログを書いているというより
それに関わる人たちに促されて
書くことになってます
マスコミが知識をひけらかす投稿は
一部の人の敵意を買い不快を与えるなど
内容の記事を書いてましたが
私が人の言ってることでなく
自分の勉強した研究内容を
外国の不満を買って非難されたりして
地球温暖化という名目があったにせよ
答えを出した後も書き続けているのは
パソコンに忘れないようただ書いても
アイデアや思索がそのまま筒抜けで
誰かが実現したり本や記事にしてるからで
それなら最初からインターネット上に公開しようとし
あわよくば私のようなアイデアを出したりできるよう
(私のアイデアを盗んで自分の手柄にしたがるので)
考え方や考えるにあたって役に立つ技術的なことを書いたり
メンタル的なことを書いたり
自分が今までに経験したアイデアを出すにあたっての
社会的注意点などを書いているのです
(どうせ盗まれるので無料で公開してます)
黙って自分でアイデアを実現すればいいという話もありますが
そんなこと社会がやらせません
私の代わりに成功したい人が
私のアイデアで社会的報酬を享受したいひとが
私を24時間どこにいても監視してます
(日本人だけとは限りません)
個人的には世界的な発明も
世界的な経済対策もしたので
その経済的報酬を正当に受けれれば
あとは自分の好きなことを考えて
遊びながら優雅に暮らしたいものですが
そんなことは許されず
かえってそんなことを信じてもらえずに
貧困生活の中で図書館通いしながら
親の年金をあてに社会問題を扱いつつ
危ない橋を渡ってます
政治とは恐ろしいものですね
(たった一人の権利を侵害して皆が潤うなら
その一人は皆がその気なら死ぬまで食い物にされるという)
関係とは主従関係でも逆転するときがあります
システムの世界では常識です
医学の世界ではどうでしょう
医学も人体をシステムとしてみるでしょう
しかしシステムの思想を知らない医者は
環境という概念がシステムに対して重要なことは
いくら人体を解剖しても理解が難しいと思います
社会参加をしたがらない相談者、患者に対して
社会不適合と判断するかもしれません(診断はわかりませんが)
身体的原因か精神的原因かは調べてみないとわかりませんが
社会とは正常な人間ならば必ず適応できるものなんでしょうか
そうなると社会的原因も外せないかと思いますが
社会にアプローチする医者よりも
患者にアプローチして患者を社会に適応させる方を
選ぶと思います、どちらかが合わせれば済む問題なら尚更です
人間関係はゲーム理論なら得と損の関係、得と得の関係
損と損の関係それぞれ裏切りと協力とお互いが協力、
お互いが裏切るというような
これらを基底、構造、機能のモデルに応用すると
ゲームのルール上の元(基底)、関係し(構造)
そして損得の結果が社会に対する戦略(協力か裏切り)の広がりを
もたらし(機能)どちらかが裏切れば裏切りの戦略が流行り
Win-Winの関係をとれば全体が活性化し
どちらとも裏切りの戦略を取れば
全体が不活性化するという感じですが
これらの上に考えると協力すればいいじゃないかと皆が思いますが
自分だけは裏切ってもいいんではないかという思いが
心の隙が社会全体にあるいは世界全体に影響を及ぼすのです
会社でも上司の不条理に悩まされる
ブラックバイトに悩まされるということが実際あると思います
部下が利己的だから上司が怒ってるとか
上司を喜ばせることを考えたらいいとかではない場合
重度の鬱になるより医者が診断書出して
会社にその上司と距離を取らせるか
不利無く転職できるようにしたりしたほうがいいと思うんですが
ブラックバイトも医者でも弁護士でも労働環境の問題点を
指摘し不利無くやめられるようにしないと
大企業と下請け業者みたいな関係が意識に上がってきて
労働環境を含め労働生産が一向に上がらないと思うのですが
(人材を使い捨てでは人材が育たず労働効率、スキルが上がることはない)
会社の不条理にさらされ病気になって医療費がかさむより
医者も薬で儲けるよりも
システムでビジネスに関わって
社会側にもつまり会社側にも要求を受け入れるように
ストレスばかりを与え病気になったら後知らないでは
医療費が増えることはあっても減ることにならないのではと思うのですが
社会は会社は人材が第一だと思います
利益第一で人材を使い捨てる社会や会社には
未来を切り開くことはできないと思います
お金さえあれば未来は明るいというものでも無く
誰かを犠牲にして得た成功に磐石なものは無く
それはいずれ世に知られることになり
その成功のプロセスに非難の目が加えられます
つまり特に不正をしたものを賞賛し富や名声や女を与えた社会が
変わらずにその延長線上の未来に同じ世界を望むのは難しく
返せるものがなければ盗んだままでしかないので
結局世界はいくら良くしようと与えたものは
変わりたくない者達の維持コストに回され
変わらず不正をした者に社会的富を与えるなら
良い結果が返ってこないこと
良い未来を築けないことをそのうち知るでしょう。
良いことをしようにも構造が
不正者との関係がある限り
社会も良く機能しないのです
罪を償わずに社会の損失も補わず
そのまま未来が築かれていきます
私がいくら地球温暖化の対策の帰結を導いても
日本は変わらないし
世界は変わらないのです
いくら創発社会を求めても
新しい者を拒み古い者同士で関係するのです
社会は異端との関係の仕方で歴史的評価されます
異端が歴史に残れば社会が異端に何をしたかも残るからです
(異端を扱う映画は綺麗に装飾してるみたいですが)
社会が変わるということは
世界が変わるということは
不正者と関係を絶って
異端と同盟を結ぶべきです
私だけで無く世界中の異端と呼ばれる者と
インターネットにアイデアを公開して
それを実現した者を盗人呼ばわりもなんですが
私の代わりに社会的報酬を得ているなら
私の目的に協力してもバチは当たらないと思うのです
地球温暖化に対する有用な対策をすることは
ビジネスで得たお金自体を使って
投資という形でも可能だと思いますし
じゃないと不正者とみなすかもしれません
今まで私の国を含め先進国と呼ばれる国は
二酸化炭素をたくさん排出してきました
しかし私のした仕事はこれから未来のビジネスに
多く貢献する一旦になると思われ
発展途上国と呼ばれてきた国にも恩恵を与える者だと思います
(西洋により南米の個性は無くなったのでしょうか
キューバを見ると欧米ともアジアとも違った経済発展があるかもしれません)
だから私には未来に対する責任もあるのですが
選ぶのは皆さんであり
私ではありません
私は決めません
ただし私の命は有限なので
いつまでもアイデアを生み出し続けられません
みなさんが人と違ったビジョンを持ち
面白い夢を抱き
志を果たそうとするならば
何も私のやり方にこだわる必要もないと思います
(私のソフトウェアに対する知見は1年程度の実践ですし
C言語のみでしたから)
異端がいれば変えられるし
それは遺伝子では無く
社会が生む
社会にできないことをできてないことを異端がしたり考え
その後で社会ができるようになり考えられるようになる
子孫が残らない場合は社会がそう選択したからだ
異端が人を好きにならないわけでも
愛せないわけでもない
愛されないかもしれないが(笑)
soft
「ソフト」とはなんでしょう
おそらく「ハード」の対比語でしょう
ハード以外をソフトとした時
ソフトとは曖昧な意味まで含まれると思いますが
システムの世界ではこんな使われ方をしてきました
「ハードシステム」と
「ソフトシステム」
前者は手順さえ守れば答えが導ける問題を扱い
主に処理の効率を求めるのが得意です
それに対して後者はピーター・チェックランドが提唱した
答えが一つとは限らない正解が人によって違う問題を扱い
解決策の合意形成を求めるのが得意です
こうとも言います
「はっきりしている問題を扱う(ハードな問題)」側と
「曖昧な問題を扱う(ソフトな問題)」側と。
はて「問題」とはなんのことでしょう
ハードシステムで有名な問題は
ビールゲームです
ネットワークで結ばれた(道路のこと)各小売店に
在庫を切らすことなく工場からどの経路を通って
各小売店にビールを運ぶかというものですが
生産にいく日がかかり経路によっても日にちをロスします
ある店では在庫が切れてて
他の店では在庫だらけでは
在庫だらけの店にビールを運ばないという意思決定が必要ですね
いつも通りにしてては儲けを失くすのです
工場から運ばなくても在庫を大量に抱えた小売店から
ビールを運んでもいいかもしれません
さてソフトシステムで紹介したい問題は
問題の原因がわからないという問題です
(私がこの分野を研究して地球温暖化の解決を試みてたのは
原因が二酸化炭素でも問題は組織が変われないことや
人々が石油のことを経済活動の基底と思ってることなど
人間社会の歴史的経緯があって積み上げたコストを考えると
そう簡単には変われない戦争のきっかけにもなっていることなど
複雑に問題が絡んで立場によっても問題に対して意見も違うので
落とし所を探りつつある結論を導いていけるかもしれないと思ったからです)
企業活動でビジネスが上手くいってても
ある時からビジネス不調になったことがある会社で
不況でも不祥事でも災害でもないという時に
その問題を明らかにすべき会社のビジネス活動を
システム図にして問題をプロセスに求めて
ビジネス上の問題を解決すべく
その活動システムのプロセスを変えたり
新たにデザインしたりします
ただし社内政治の許す限りにおいてです
必要なスキルは
ネットワークエンジニアの知見だったり
ソフトウェア技術者の知見だったり
哲学だったり生物学だったりするのです
要は問題の抽象化です
物理学などでは物体の運動を知るために数式を使って
地球でも火星でも抽象的に軌道を導けます
法則を利用できるかだと思います
法則の抽象化する場合は問題設定が違うはずです
引力が一定で軌道に再現性があって
あえてそこに意識を向けて問いを立てるのです
重いものが早く落ちるのではないなどの理由を考えるのです
円周率を求めるには婉曲したものを扱うのでなく
円に近い線をなぞる多角形を想定して求めるんでしたっけ(自信ない)
物体の軌道、放物線も細かく切り刻んで
細かい直線の集まりとして扱うのも
そのアイデアを導くための問、問題設定があります
それはいろんな具体的な問いを幾つかわかった時に
初めて問い始めの問題が分かると言ったもので
本題の問いをいつまでも繰り返すのではなく
本題の問いに関する具体的な幾つかの問いを立て解明していき
何が分からないか具体的に分かることで
具体的な答えが導けるのです
多分クリティカルシンキングとは
論理的な問いを探求していくことで
深い知見を得られるのではないかと思うのですが
ビジュアルシンキングみたいな
映像を脳内シミュレーションして
例えば福島原発に地下水が流れているなら
深い溝を掘って物理的に遮断するとか
(凍土壁では無意味みたいだったようで)
汚染水の汚染物質が気化しないなら蒸発させるとか
電気分解して水素と酸素にして気化させるとか
海水から真水を作るろ過装置でろ過するとか
科学や化学の知見を利用して解決できないものでしょうか
cosmos
日本の自立を主張すると
日本人に共感を得られないのは
前回のブログの反応で知りましたが
私の考え方というより
私が世界との関わり方を述べるとき
それは旧日本軍のような
世界に主流に反して
常識に歯向かう世界的には許されない
考え方、関わり方、ビジョンでもあります
今もって東京裁判の不当性は立証されておらず
日本が負けたことによる贖罪は
関連国に当然として求められ
そこには火事場泥棒みたいな国の
立派な主張も含まれており
世界が欧米諸国の植民地化を全うした世界ではない
今の世界を当たり前としたフリーライダーの人々により
自己正当化された世界ですが同時に前進しない世界でもあり
前進とは社会としての単位の関わり方
しかしその前提には人との関わり方が根底にあるのですが
そこに自己に対しての環境の最適化があると思います
(環境は社会的、生態系的、経済的のことを指してると思ってください)
現代が自分の都合に合わせるように働きかけ
その代わりは無く働きかけられた対象とされたある環境に値する
社会や生態系や経済的な存在は
主体性を犠牲にして適応するためのコストを払い続けるか
相手とコンフリクトを起こし守勢もしくは逆に適応を求めるなど
その場合、戦略としてより広義な世界に適応させようとしたり
相手の前提(目的、常識)に働きかけたり
妥結を導こうと交渉することもあります
さて価値観が相対的、ある地域に降る雪が厄介ものなら
ある地域の人々によっては好奇な目で関心を寄せ
ビジネスチャンスを生むこともあると思います
共産主義に変えなければいけないだとか
民主主義に変えなければいけないなどと
一概には結論を導けないと思いますが
システムとして扱えば
問題を抽象的に扱え
より柔軟に応用可能なものとして
社会問題に取り組むことができ
システムと環境と捉えるならば
受け身を取るか破壊するか
補完し合うか(Win、Lose、Win-Win)があり
政治的には権力は分けられず
誰かが決めなければ多くの人が困ります
(最終的な権力者に政治が行えられれば
経済問題にしろ、環境問題にしろ、社会問題にしろ
知恵持つ者を利用できればいいのですが
同情や憐みなどでは無く「信」をもって
為されてほしいものです)
しかし政治の知恵はお金儲けと違い
集められるだけ集めれば世の中良くなるのでは無く
社会を良くするためにお金を使ってほしいというニーズに応える
ことにより人々の不満を解消する場面に出会うはずです
政治はビジネスとは違い
税金を納めた分だけ行政サービスが受けられるようでは
全国民に対して責任を果たせません
サービスに優劣があるだけで無くサービスの対象である
命そのものに優劣がつくかもしれないからです
(私は気に入られないだけで近所を含めた地域住民に
騒音や学習能力を利用した嫌がらせ、犯罪に巻き込まれてきました
日本では多数で個人に対してした行為に責任を負わなくても良いという
考えが政治を動かして都合が悪くなると当たり前のように
そのいじめた相手の助けを受けるというのが当たり前の甘えがあるようです)
しかし経済では支払った対価に対しての価値に応じてサービスに
優劣がつくというのは不思議ではありません
しかし経済活動の多くは国によって守られ
あるいはある国において認められて
国内、海外で活動できるのです
どこかの国ばかりが富を得て
資源や特産物を利用された国は貧しいまま
日本と関わらなかった国
あるいは今は石油が潤沢にある地域はそうかもしれません
しかし植民地により朝鮮の近代化は
日本が撤退するまで人口を増やすほど恩恵を与え
中国においては留学生を受け入れ人材を育て
戦後援助をし続けた結果
難民が来る代わりに観光客が来るようになり
日本の援助の事実を無視して
自らの手柄のように吹聴し
豊かになった経済力で軍事力を強化し
結果日本に高圧的態度で自分たちの都合の良いように
関わりあってくる
ここで見た人間は
貧困に困っている人たちを援助し続け
その人たちが豊かになった時自分たちの努力のおかげだといい
こっちの都合にそっちが合わせろと主張してくる
しかしここには悪い人はいないのです
知らない人たちがいるだけです
誰がそれを与えたか
それとは富となるものです
車かもしれないし
スマホかもしれないし
自転車かもしれない
人工衛星かもしれない
人類の力でしょうか誰もがそれらを生み出せるのでしょうか
誰かの優しさは誰かのエゴに利用されるかもしれない
優しくしなければ傷つかないかもしれない
意地悪く接していれば自分は傷つかないものです
相手を悪く思えば何をしても傷つきません
(ここがポイントです)
しかし人が抱える問題の中には
誰かが助けることによって解決する類もあります
誰もが自分のことばかりを考え
他の誰かのことを考えない社会は
解決する問題は解決しないのです
猿にゴリラに宇宙の法則に生きることは可能でしょうか
それ以前に宇宙にある法則、例えば地動説
そして太陽系を受け入れられるだろうか
昼にも星はあると理解できるだろうか
(何を言ってるかこれから話します)
自分しか知らなければ自分のことを考えても
何も問題はないと思うでしょう
相手のことを知れば
例えば男か女かの違いだけでも
接し方はちょっと変わるでしょう
わかりやすく言えば好きな人と嫌いな人とでもいいましょうか
グループの中に帰属意識を持てば
(帰る場所とでもいいましょうか)
自分の都合よりグループの都合
意思決定に従おうとするでしょう
人は昔から世界を治めているのは人間では無く誰かでは無く
神や霊など人知を超えたものでした
それは信ずるものとして
人を治めるものとして従うように生きていました
同時に世界を治めるものでした
神話から決別したギリシア哲学を源流とする
現代科学では宇宙の法則とでもいうのかもしれません
(あるいは宇宙に存在する法則、数学的に言うなれば)
グループによりバラバラだった常識や
神や霊などによって統合された社会体制は
システムという概念によって
改善することも変えることもでき
地域の相対的な常識や価値なども
人類に共通した見方で扱うこともでき
統治システム(社会システム)、
経済システム、エコシステムそれぞれを
システマティックに改善、変更、創造できます
完璧なシステムを提示することに意味はありません
なぜなら環境との呼応の連続した運動が
続くことによって宇宙に呼応することにもよって
人類の未来があるのであり
地球に衝突する隕石の軌道をずらすことによっても
人類の未来があるのです
ただし、ずらした軌道が別の問題を生まないことも
十分に必要な条件ではあありますが
人間社会はしょっ中戦争していては
生活の基盤が壊されることもあるばかりか
人間としての生存に必要な機能をも不自由にしかねず
(枯れ葉剤や劣化ウラン弾やPTSDなど)
全ての国が自国の都合ばかりを相手に従わせようとすれば
おそらく無くなる社会システムがでてくるはずです
なぜなら地域には地域特性の環境があり
(生態系のみならず気候、災害など)
関係ない地域の常識にや都合に従えば
地域との調和が保てなくなり(大げさに言えば)
社会内自体に適応できるものとできないものとの不調和をうみ
社会の崩壊、もしくは分裂ですが
社会を発展させたのは
白人の優越感でも
植民地支配の経済的発展は
機械による産業改革の資本になったかにせよ
機械化による産業改革の発展の先には
環境問題を生み地球温暖化に至っては
その影響を免れるにはもう手遅れになってきている状況で
現代による産業改革に着手するのに遅かったのではないか
未だ意識改革にも成功していないのではないかとも思えますが
経済的に可能なシステム技術があり
社会的可能な条件もあり
(差し迫った経済社会環境的問題は持続可能なエネルギーシステム
に変換することにより解決していく展望があるということ)
現代人が気付き始めた
要素の新結合が経済を良くも悪くもするということです
そして人類を人類たらしめている
生みの親は神でも霊でも無く
異端だと。
反抗者でも反乱者でも無く
異端だと。
この狂った存在が
人類が狂ってしまわないようにしてきたのだと
もしかしたら狂いもしなかったかもしれない
未だ獲物を追い、石ばかり使い
飢えに苦しんでたかもしれない
いつか人類があの時ああしていたから
地球温暖化の被害がこれだけの程度で済んだんだと思えるようになる
一助にこのブログがなればいいのですが
そのためにも人間は世界に心を開き
世界の問題から知恵を得て
解決することによって
世界をよりよくし
人類を知的生命体と言える所以を
社会的財産として残してほしいものです
経済をうまく利用すれば
常識の違いがビジネスチャンスになることだってあるはず
砂漠の植物が日本で高く売れることもあるはず
エゴは何も恩恵を与えないが
利他の心、大我からくる行為は
人に可能性を残している
エゴからは可能性は生まれないと思うのだが
私は日本が自立して
どうあるべきかというよりも
自立して世界にどう関わっていくか
ということに関心がかなりあります
日本が世界にどう働きかけるか
中東に対しての欧米のように
日本に対しての中国や朝鮮のように
自分たちのエゴを満たすような物語に酔いしれて
問題を生み続けるか
この世界を飢餓や戦争などと無縁にして
教育を利用し経済システムの知恵を使って
日本がかつて欧米から学んだように
それぞれが国を発展させ
欧米の専売特許ではない科学の最前線に
欲を言えば飛躍の一助になる程
異端を受け入れられる社会になれれば
本当に進んだ社会を実感できるものと思います
女性にできるかはわかりません
女性は権力の意向に沿わないものを侮蔑しますから
その女性が異端になれるほど
女性同士は甘くないと思いますよ
子に対しても権力が絡むと鞭打つもんです
母親としても女性としても向いてないと思うのだけど
あ、外国の権力に迎合するのとは異端は違う話です
日本の女性に多いけどね。