紅狩人のブログ -54ページ目

giver

社会は変わったのでしょうか

歴史は繰り返すのでしょうか

そうなれば社会は変わってません

世界が終末に向かってると言うゆえんは

ただの信者集め理由でしょうか

もし、破滅へと向かわない未来があったら

それは人の手で築けるのでしょうか

そしてそれができる人を生かすことができるのか

なぜなら、新たな思想に人は歴史の中で抵抗を起こしています

常識でないものを排除するのです

(近代でもIT経営者がITに精通してない人達の気に障りました)

(結果的に)変えられる客体はまず拒否します

学問が生まれる時

宗教が生まれる時

科学が生まれる時

新たな思想が生まれる時

新たな技術が生まれる時

それまでの常識を疑わない人が

必ず否定します

しかし新たな要素を否定する人より

受け入れた人が多くなったり

否定する人たちの主導的立場の人(たち)が死んだりすると

そのコミュニティの常識が更新されます

福沢諭吉は人生2度味わう様なものと

変化を楽しんだものでしたが

今の慶應義塾の塾生は違う意味で楽しんでるのかな

(キチ◯イを皆で馬鹿にしおちょくると言う楽しみ)

慶応卒業者で社会に弾かれるほど異端性を発揮する人は

世間にはいないでしょう

塾内の力学でいじめられるはずです

なぜなら常識を疑うのではなく

常識人に教育されるから

非常識な人に慶応を名乗って欲しいとは思わないのでしょう

(ノーベル賞を取りたければ違う大学で研究するべきです)

 

システム思想それは世に出されると言う時

発表者は恐怖に見舞われたとか

(フォン・ベルタランフィのことです)

それから広がった世界

一般システム論

システム哲学

システム工学

システム思考

などから分岐し

サイバネティクス(フィードバックに関する)

創発

ホメオスタシス

オートポイエーシス

ネットワーク構造

(現象モデル<基底、構造、発現>が入ると嬉しです)

これらが補完し

色々な分野の専門の概念や技術などと掛け合わせて

新たな要素を生み

それはシステムに関するものと掛け合わせたり

各分野同士の異質性を掛け合わせたり

システムに通じる共通性を発見したり

各分野の共通性を発見したり

そうすることで分別が働き

システムから知見を深めることも

システムの知見に生かすことも

各分野の知見に生かすことも

抵抗なくできます

そしてそれはイデオロギーにも・・・

 

世界は対立してます

それは歴史の過程を経て

始まりがあります

社会が対立する理由、メカニズムには

内と外のどちらかのエゴにより始まります

新たなものに対する抵抗も

既得権を守る人達のためのエゴによる抵抗で

社会的資源により新たな常識に属する人たちは

社会的制裁を受けます

そうすることで社会が萎縮し

活力が失われます

ではイデオロギーの対立は?

社会的資源をどちらが制するか

信用問題も含まれ

オセロの様なゲームが続いてますが

これは、この現象は

第二次正解大戦後の延長線上にある未来

つまり世界の終末へと向かうのではないかと言う未来が

この先にあると言えます

人がうまく生活する上で

世界的経済不況(世界大恐慌)に対する

知恵はイデオロギーではなかったのです

正確には民主主義も正解でなく

共産主義も、社会主義も、全体主義も

正解でなく

いいとこ取りが正解

つまり具体的にはシステム思想がなければ

どれも成功しなく

どの社会体制でも

システム思想があれば

社会の問題に対する根治が可能なのです

(エゴに関する問題は付き合い続けます、いつまでかはわかりませんが)

宗教がアヘンでなく

企業が人や環境を苦しめるのではなく

システムの問題

社会資源分配システムの問題だったり

投資システムの問題だったり

(これ以前よりマシになったと思いません?)

問題はより具体的に

そして合わさったものを分解して

明確にします、そして初めて帰結が得られるのです

問題がよくわからないと解けないのです

そして世の中の問題に対する

人々の争いに関する解決策は

昔からありました

宗教と経済です

この力学が働かない社会では

ギバーと呼ばれる

チンパンジー社会にはいない人たちが駆逐されます

ゲッターだらけの社会は

犯罪や不信用、搾取、暴力がものを言い

チンパンジー社会と変わらない社会構造ができます

朝鮮や中国の社会から

近代化を導けた人はいません

世のため人のためとい言う思想がないからです

朝鮮は日本を利用して近代化をしようとした勢力がいて

ある程度発展したら日本を悪ものにし

自らの力で成し得なかった近代化を享受する正当化に利用され

子供の頃から徹底的に洗脳し

それは日本に自らの要求する根拠に掛け合わされ

自らに都合の良い理屈だけが正しいとし

日本から何か得ようとします

ギバーがいないからです

正義感はあるけど良心を持つ者など一人もいないのです

アメリカも違いありません

他国から搾取した(主に属国)資源を

アメリカ内で寄付してるだけや

もともとインディアンから搾取した土地を我が物顔で

仕切ってるだけです

そこにはアンフェアな考えがあります

自らを棚に上げ相手の不当性を非難し続けるのです

これこそが争いを起こすのです

つまりエゴが発端となって

今や集めた富を分けることさえ困難になってます

では戻ればいいか?

時代を第二次世界大戦前に戻して

世界大恐慌前に戻せばいいか?

答えはノーです

日本の第9条が

外国との交渉の足かせになってることは確かですが

(日本の企業がどんなに経営努力しても

外交で努力による優位性は失われ

何をやっても報われません

日本に対して構造上アメリカが勝ち優位性は変わらないのです)

今まで通り奪う者が世界を決めるのでしょうか

宗教が紛争に無力で

経済が互恵関係を築けないなら

システムの知見でそれをやればいい

つまり争いを起こさない様には

自分のエゴを棚に上げた理屈を基底とするのではなく

良心を基底とした

ギバーとの互恵経済関係

国連は改革のできる経済システム

国際的な互恵関係を築ける

ギバーが駆逐されない

(援助された国が援助された経済で軍事力を増長し

援助した国を恫喝する様な、日本と中国やの関係や

イスラム社会とユダヤ社会(欧米を含む)の関係を続けるのではなく)

国際経済システムを築くべきです

国際的にシステムの問題に取り組み

世界に良い解決策を導くのです

システムの問題に、具体的には経済システムに

問題がなければシステムがエゴを許さなければ

誰かのエゴが許されては意味がないですが

もちろん改革ができなくても意味がないです

対処療法というより

根本治療でしょうか

それは支配でなく

もうすでに世界はその力を知ってます

経済システムの問題に取り組めば

経済活動システム問題に取り組めば

自然と経済が良くなるのです

システムの問題解決抜きに

今の社会はあり得なく

自国優先主義も

自分たちの過去の政策を反省することなく

自分たちの都合のいい様に

政権が変えられるのも

その政治体制に合わせて

システムの問題を解決できる見込みがあるからだと思うのです

それは同時に世界に基盤がないというか

国際連合に第二次世界大戦後の秩序の未来に

人類の繁栄などではなく

秩序自体が問題を生んでるということでもあり

世界のあらゆる政治で過去を解雇してる様に見えますが

今の問題が今まで通りの対処では手に負えないことも

表している様に見えますが

答えは昔でなく今の、今に至るまでの問題解決にあります

北朝鮮の核武装の問題は

核を持った国が外交力を行使できる現代社会、

つまり核を持たない国が核を使用されてもなんの反論もできず

モルモットの様に扱われ世界で泣き寝入りするしかないからです

憲法9条を押し付けた国でなく

憲法9条を守って軍事力を行使できない国が世界からバカにされるのです

(クウェート市民はまだ日本をバカにしてるのでしょうか)

戦争で勝てば何をしても国際的に認められるから

北朝鮮は負けない様にしてると思えてなりません

果たして原爆を使用された国が裁かれるのでしょうか

資源を絶って思い通りにしようとできるのでしょうか

心理学や社会心理学は何をしてるのでしょうか

(現実社会への実用に耐えないのでしょうか)

追い込めば意固地にさせるばかりじゃないんですか?

核弾頭さえあれば事態を変えられると思うのではないでしょうか

中国がそうであった様に

ロシアがそうであった様に

インドやパキスタンがそうであった様に

侵略を免れて日本の様にイラクの様にならなかったではないですか

状況の違いは多少あっても緊迫度が違えど

核を持たないだけで下に見る

世界構造があるではないですか

不公平を強いてきた国が

世界の秩序を決めてるではないですか

侵略した国の意のままではないですか

意に沿わないから罰を与える

システムは西側にも東側にも

独裁国家にも宗教国家にも

社会の問題にシステムとして取り組むことで

社会を良くすることができます

もちろんその原動力(基底)は良心です

エゴ(利己)より公益を優先するのです

しかしゲッターにより駆逐されやすいのです

(中国がこのブログに対して避難した様なことも

不思議ではなく、私から受ける恩恵に

タダ乗りして当たり前だと思ってるからです

自分ではできないでも)

ましてや欲望が暴れる現代社会、資本主義においては

犯罪に必ず巻き込まれるでしょう

世界秩序は弱肉強食から抜け出せるのでしょうか

ギバーは消える運命なのか

暴力が支配する社会では

暴力に長けるゲッターしか残りません

不満を爆発させ

それを反社会的と扱い

社会的排除したり

ギバーに対しては

薬で従順にしたり

孤立させテレビに支配させるとか

いつまで続くんでしょうか

このパターン

世界でピラミッドを構成してます

アメリカが続ける限り

誰もやめないのでしょうか

核に頼らず国益を守れる国が

この世界に生まれるのでしょうか

核を持たない国を侵略しないことが欧米にできるのでしょうか

欧米に良心はあるのでしょうか(笑)

そんなのあったら第二次世界大戦なんてなかったかもね

世界に富を求めた時から変わってないのかもね

(それとも十字軍が始まりなのか?)

conception

私の人間関係を占ったところ

積極的に人に関わらなければ

よくない状況に陥るとか・・・

果たして積極的に関わっていこうとしてた時に

私を迫害した社会と何が違うので

関わらなきゃ不幸になるのでしょう

関わったら不幸になる社会が

私の活動をいつでも妨害できる社会と

関わってどう私の人生がマシになるのでしょう

自分たちの犯罪的な行為を棚に上げて

私が今悪い影響を与えているそうなのです

と、占いに噛み付いても

私も不安を煽って

自分の意見を通そうとしますし

お金が欲しければそんな手も常套手段でしょう

このブログの読者には悪いですが

毒を浴びてもらいましょう

なんせこのブログは狂ってるのが

正しくないのが本望とするところ

現代社会を問題とする、扱う、

非常に迷惑なブログなのですから

書いたばかりのブログを読めば読むほど

「お前はどうなの?」と言いたくなる様な事を書き

自分のことを棚に上げてという言葉を使ったりしますが

私において同次元で語りかけておるのではなく

俯瞰で語ってることがほとんどです

(与える者に対してです、与えられる者に対しては

失礼のない様に気をつけてるつもりです

「何を?」に対しては直接ではなく

システムの問題解決についてです

かなり多くの人がシステムの問題を解決することによっての

恩恵を浴してます。そして願わくば

貰う側から与える側、解決する側に一人でも多くの人に

参加してもらいたいのです、特に政治において・・・)

えらいのではなく

皆がそういう視点を持たずに

問題を扱うことに

解決案を出すことに

気付いてもらいたいのです

歴史のパターンに

チンパンジーとは違う人間ならではの良き所に

問題のパターンに

社会現象の発現における構造に

問題の扱い方に

あらゆる現象に普遍的見方をするシステム思想に

人間の可能性に与する異質性に

同時にこれまでの再生産の終わりと

新たな再生産の始まりに

そして人間とは何かに考えてもらいたいのです

正常と異常ではなく

なぜなら昔異常と捉えられていた考えが

今は当たり前になってますから

(と、異常な意見を刷り込もうとしてるのです)

 

「基底、構造、機能」と書いてましたが

今回は

「基底、構造、発現」と書いて見ましょう

1+2=3

この式は構造(1+2)とそこから導かれる

発現する(=3)とに捉えられます

基底は何でしょう?

何かのアウトプットの「1」と「2」でもいいのです

りんごが「1」でもみかんが「2」でも・・・

計算式は答えが決まってるものから(線形)

決まってない非線形のものがあると思います

わたしはここでは

上記の「1」や「2」にあたるものを

インプットから来たものとして計算しますが

問題によってこの式は変化しますよね

りんごとみかんの合計でなく

6等分しましょうとか

好みに合わせて分けましょうとか

それぞれの落下時のエネルギーは?とか

これは基底になるのです

そして

a+*b=c

も、問題となる基底が必要です

コンセプトでもいいと書いてますが

機能が理解できると

働きはイメージできます

何に対して働いてるかをイメージできます

おそらく「環境」に対してか「要素」に対してかもしれません

メカニズムとは機能の連携

つまり働きの組み合わせです

ハードだろうがソフトだろうが機能が頭の中で組み合わせられ

複雑なシステムを設計できると

ここから重要な話が何と無く分かります

それは機能の抽象化です

働きを抽象化するのです

ニュートンを察しましょう

りんごが落ちる

月は落ちない

(ガリレオの功績から月は地球を周回してると

知ってたのでしょう、また、ガリレオも木星を周回する

天体を見て地動説を平間いたのかもしれません)

りんごはどうしたら落ちなくなるのか

と思ったかっもしれません

とにかく当たり前でなく

好奇心を刺激したのは

ガリレオが子供の頃から複雑な発明をしてたことと

無関係ではないと思うのです

りんごを抽象化して月に置き換えられたのです

ただ単に置き換えたのではなく

落ちるという機能を問題定義として(当たってるかな?)

それはイメージでしかないと思います

計算ではなく

機能、働きとはイメージするものです

「量」で表す数を扱うのではなく(計算でなく)

こんな可能性が・・・

こうなったら・・・

もし、それができるなら・・・

などと、想像力を働かせるのです

イメージしたものが何の役に立つかわからなくても

何らかの働きをイメージした以上

何かの働きを持つと思います

(すでに世にあるものかもしれませんが)

ここでは

基底(働きをイメージする)

構造(イメージを膨らませる、掛け合わせる)

発現(アウトプットする)

としましょう

計算との大きな違いは

基底の部分だと思います

「質」を扱うのです

数を単位とするのでなく「働き」を「機能」を

駆使するのです。

それにほ基礎練習が必要な様です

有機的、機能的結合

機能の組み合わせ

その組み合わせの複雑なシステムにまで

一人で構成できる考える力

(ガリレオは望遠鏡を作れたと思いますし

ニュートンも小さい頃、発明品で大人を驚かせてたとか)

私がC言語でexeファイルを作れる様になったのは

20代中頃でしたので大人になってからでも

スキルは身に着くと思います

(それ以前より妄想がちな生活をしてましたが

発明らしい発明ができたのはプログラミングができた後でした)

一般システム思想が身につくには

システム思考の勉強をプログラミングの他に

しなければいけないのですが

これまでにもそういうことは書いて来たつもりです

(実はプログラミングに向き不向きはあっても

学歴はあんまり関係ないと思ってます)

 

今回はここまでです

cap

社会システムを分析する時

・経済活動システム、

・権力構造、

・生産活動と消費、

・ゲーム理論、

・インフラ構造、

・権利と義務

・法規制

・エゴと良心

・金、暴力とセックス

というように複合的に見て

結論を出すか、

これらを個別にデータを元に

結論を導くと思います

しかし問題定義はそんなに種類多くないと思います

・貧富について

・不平等について

・保守と改革について

・戦争(暴力)と平和について

これらについて言い方を変えては

最終的には人間の問題となって

社会を語り結論は出ても答えは出ない

というのもよくあることだと思います

答え(問題に対する解決案)は得るには

あるデータを元にすると思います

・条件を設定したアンケート

・数量的データ

・システム図(フローチャートのような)

・事象(事件、事故、災害などのインパクト)を元にした因果関係

・心的調査(動機や過失やインセンティブなどによる因果関係)

これらを論拠に結論付けます

色々な人が昔からある問題を

こうすれば良いと言います

あるいはこうしなければと・・・

 

私はこのブログの中で

あるコンセプトや問題を念頭にして

異なる要素を掛け合わせ

新たな新規結合を導けると言っています

 

話を元に戻します

昔から社会の問題はそんなに大きく変わって(違って)いません

しかし昔と社会は様変わりしました

そうさせたのは技術です

テクノロジーが社会の様相を変えてきました

その過程で昔からある問題を解決しないまでも

問題の影響を少なくしたものや

これまで扱えさえもしない問題までも

取り組むようになりました。

医療が発展して傷病労苦はかなり対処できるようになり

人体の問題みならず

社会の問題、特に経済問題は

人により積極性は違いますが

対処可能になりつつありますが

まだ教育的に確立しきれてません

(人材を育ててる途中みたいです)

システム全般に通じる問題への有用な技術は

まだ完璧でないと思います

(このブログでシステミックな問題の解決の仕方、

アドラー的に言えば「課題の分離」は説明してきましたが

フィードバックによる再帰性の問題、負のスパイラルなどの

問題や他の問題にはもうちょっと時間が必要だと思います、)

 

そこで社会の分析や問題定義など

他の分析した結論が

同じようなコンセプト、問題設定なら

有用な新規結論を導けるのではないでしょうか

具体的に述べますと

 

あるインターネット記事で

富裕層から貧困層をミドル層まで含めた

人生にとって必要な要素な何か

アンケートをとった結果を見ました

そこには

富裕層が重要だと思ってるのは

・努力

・起業家精神

。学歴

とかで

貧困層は

・人脈

・狡猾さ

などだそうです

(ミドル層は忘れました)

その記事には富裕層は自分のおかげで

貧困層は自分以外のせいだと

それぞれ自分の境遇を語ってると述べ

何かのアクションをしなければと結論づけてました

それぞれの項目はパーセンテージで比較され

上記は個別の層の中で比較的多めの結果を

富裕層、貧困層とかで相対的に見ていました

つまり富裕層では

人脈や狡猾さが重要と答えた人は少数だということです

貧富の格差を物語ってるように見えますが

貧困の原因が考え方や取り組み方だと結論づけるのは

ちょっと待って欲しいのです

同じような貧富の格差を

トマ・ピケティは過去の歴史まで含めたデータで

なんと結論つけたでしょう

「r>g」つまり

「資本収益率>経済成長率」

ということらしいじゃないですか

どちらかが間違ってるのでしょうか

どちらも同じような問題を扱って

結論が同じでないのはデータの違いや分析の仕方だと思いますが

私はどちらも本当だとする時

これら違う結論を掛け合わせて

違う結論をここでは述べるべきだと思います

インターネットの記事と

ピケティの言ってることの共通的な視点は

搾取する側は自分の能力のおかげと思い込んでるが

能力に関係なく労働者側じゃなかったから裕福になっただけで

貧困はいくら努力しても労働者である限り

富裕層になれない、と。

つまり経済的成功を収めるには

労働でなく使役する側として努力しなければ

どんなに努力しても成功しないように

資本主義の制度はなってると言えるのです

トリクルダウンに実態世界は成り立たないように

社会の仕組みがなってるのを個人に責任や原因を求めることで

資本主義を回し続けることができ

権力は既得権益を守り続け

自分たちに都合の良いように変われと要求し

自分たちは変わらないのです

ピケティも分析から結論を導きました

「国際的な税の徴収システム」だったかな?

税金逃れを防ぐというものだったような気がします

私は今回のインターネットの記事と掛け合わせて結論づけますと

企業収益に対して社会的責任を義務付けるというものです

社会的責任とは

・雇用の保証

・社会的投資

(地域や国のインフラ投資や寄付による教育などの援助など)

・国際的投資(社会的投資の国際規模版)

などを念頭に

社員に対して使い捨てなどを防ぎ

(本人の意思を尊重とした雇用の流動化につなげる義務づけなど)

社会的発展に伴わない経営者や投資家の個人的利益を抑止する

労働力を利用するには

半公益人として

労働者に利益の見返りを十分に還元するか

労働者を含む消費者の公共的利益を義務付けなければ

搾取がまかり通り

企業活動や投資活動が貧困を生む原因になりかねないのです

利益を産んでも富を分けないからです

インフラに投資して

経済効率を高め利益を増やしても

教育投資して優秀な人材に目をつけて

企業の利益に貢献してもらっても

消費者や労働者が不利益を被って

企業が成長するのは

公害と同じく社会的問題であり

際限ない富の集約には際限ない社会的責任が必要であり

公務員でなくても社会に対する奉仕や義務が

社会資源を利用する立場にある者になければいかません

世の中には金で解決できない問題があります

なのに金さえ儲ければ良いというのは

必ず問題を生みます

健康に、貧困に、人権に、安全に、将来性などに

それらを解決する社会的に機能する技術は

まだ普遍化されてません

だから世の中ではある問題の解決策が

違う問題を生んでるのです

(トランプ政権はそのお手本ですね)

システム思考がその有用技術として研究されてますけど

(経営コンサルタントがよく学ぶ技術です)

決定的なものというより

割とよく有益だよねという範囲です

なぜなら解決策の多くは変化を求めることであり

変化を好まない人に必ず抵抗されるからです

問題に対する変化自体が問題とされるのです

そこにもまたエゴと社会性があるのですが

社会にとって良いことが全ての個人に良いとは限りませんし

人間はチンパンジーと似ているせいか

自らを客観視することが思いもしない人もいます

(自らを批判する視点がなければ客観視とは言わないでしょう)

特に権力を持つと

自分にとって都合の良いことばかりに機能し

公益性を損なうことが昔からあります

憲法はそれを防ぐ働きを持ってますが

外国に都合よく変えられては

主体性など勘違いする人しかおらず

みんなでなら何をしても良いなど信じて疑わないでしょう

(ま、外国を利用して国内を変えるのも手です

昔、伊達政宗がいましたね)

日本のマスコミのように

欧米の意見が正しいというかのように

欧米以外の相違がある意見を持論(自論)と批判しますが

果たしてその問題定義は間違ってるのでしょうか

私にはそう思えません

冒頭で社会システムを扱うには

いろんな視点から扱えるのであり

良し悪しは本質から遠ざかっての論点であり

問題が問題なのです(論点なのです)

結論(意見)は必ずしも問題とはならないのです

教育勅語が問題なのでなく

今の時代は金でいうことを聞かせ

世の中の公益性を自らでなく他人に求めてる者の方が

出る杭打つ方が、楽して良い思いをしてるのです

社会的資源に恵まれておいて

自分の不満ばかり述べて

人の不満に聞き入れようとしないのです

具体的に「芸能人」が

メディアを通じた情報操作で

自分たち(日本のマスコミ)への批判を封じ

扱わず、自分たちの都合のいいように変えようと

自分たちに合わせさせようとするのです

国民の電波を利用して有名人になったら

ここでも自分の能力(才能とやら)のおかげなのです

労働者から集めたお金で

有名になって童貞の労働者から優越を感じるのです

一般労働者より綺麗な人とセックスして

優越を感じてそれを支えるのは

一般労働者です

起業家一人で成し遂げた者でなく

社会資本を利用して

自分の欲望を満たすために利用するのです

(口が上手いですからね)

国民が批判するのは当然でしょう

国民のためでなく

芸能人の都合で政治を動かそうなど

テレビ業界は自分たちの都合の良いことを良しとし

出る杭を打って

日本が世界的に起業家が少なくなっても

まだ国民に謝罪せずに

自分たちは変わらないで

国民を騙そうとしています

IT起業家を情報操作で逮捕まで追い込んだインパクトは

日本に深く刻まれています

北朝鮮の将軍の様に振る舞い

中国の共産党の様に国民に働きかけます

結論から言いますと

日本でビジネスをするより

海外でビジネスした方がチャンスがあるのです

(フジテレビ(日枝?)がある限り変わらない者にとって

都合の良い国としてグリップが効くでしょう)

海外起業で成長しても日本に居たければ

ビジネスの逆輸入すればいいでしょう

ITなら特に

(LINEがいい例です。日本人技術者でも

日本の老人が経営者では潰されていたでしょう)

腕に自信があるのなら尚更です

日本人のビジョンや夢は憲法の様に

日本社会においては叶えられないでしょう

アメリカ人が日本で金儲けをするならともかく

日本で成功しても

アメリカ人にとって都合が悪ければ

日本はいかようでもアメリカによって変えられますから

そりゃ起業家精神が育たないわ

チャンチャン