紅狩人のブログ -53ページ目

concrete

「経産省の若手提言」なるものが

最近ネットに公開されましたが

いかにもシステムの素人が

システムの問題ってこう言う感じでしょ?

ってな具合で仕事をした感が否めません

システムに対するなんの哲学も技術もないのが

私には感じ取れてしまいます

ま、彼らにとって

高校を中退して上ダブって

通信の大学も中退した

私のブログを見るとはとても思えませんが

私は地球温暖化問題に取り組もうとしてから

社会の問題を意識して解決案を捻出する

という作業を重ねシステムに対する研究をしてきたので

それを元に何が悪くてどうすれば良いかを

ここで述べたいと思います

(以前から言ってることの言い直しでもあります)

 

コンピューターシステムのプログラムは

・処理の流れ

・繰り返し

・条件分岐

・命令

から成り立ちます

これを目的に適うよう組み合わせるのです

それはフローチャート図として

プログラミング言語に依存せず

誰もがわかるよう表現できます

上記の要素は実際の業務にも

通じるものがあると思います

上司が判断し部下に命じ

日頃の業務ルーチンをこなす・・・

つまり人間の経済活動も

フローチャート図として表せ

システムとして扱えるのです

その時、命令に当たる要素を

動詞として表現するのです

「営業」ではなく

「訪問する」「プレゼンする」「契約する/しない」

こうすると営業の問題でなく

訪問先のエリアの狭さか

プレゼン内容か

契約条件の問題かに具体化できます

もっといいましょう

シングルマザーの貧困問題を例に、

能力もやる気もあるのに

就労できないシングルマザー問題を

「就労」や「保育」の問題ではなく

就労側の業務管理つまり

勤怠管理のシステムの行政側からの提供

(補助金と違い費用対効果が良い)

とすると

育児に割く時間を確保する調整も楽になり

業務の連携も必要ですが

業務をフローチャート図化して

業務タスクの情報共有や

スキルの最低限の並列化など

問題に取り組むことで

波及効果も期待できますが

年功序列が問題とか

男社会が問題とかと言っても

歳はとるし

男のいいところもあるし・・・(?)

という具合で別の問題を生みかねません

ただし経営者の問題はあります

なぜなら会社の方針を決めるのは

経営者であって

部下に意見が採用されることはあっても

決めるのは経営者です

(船でいえば船長)

経済環境に対応できない会社にするのも

経営者です

社員が新規産業の勉強しても

経営者が新規産業に関する業務を

方針に組み込まなければ

社員の新しく獲得した能力は活かせません

これまで通りの事業をこれからも続けるなら

経営能力でなく運用能力が大事でしょう

会社の方針を変えられるのは経営者のみですから

経営者は常にアンテナを張って

小事が大事にならないようにしなければなりません

大嵐を避けるとか座標をしないようにとか

船員を含め船を生かすも殺すも船長次第です

(もしかしたら船に乗らなきゃ得るものもないかもです)

 

因みに最適解がある問題を扱うことを

ハードアプローチと言えるのに対し

解決策の決まってない不確かな問題を扱うのに

ソフトアプローチみたいなことが言えます

(ピーターチェックランドの受け売りです、詳しくは勉強してね)

計算できるのに対し

問題を取り組み人により解決策が違う場合もあるのです

特徴としましては

・概念操作

つまり実体がないものを扱うのです

経済はインフラを利用し

人や物を移動させて

活動します

ソフトアプローチは

実体のない概念

(この記事でいえば処理の流れの中で

ある条件などから繰り返しアイデアを考える)

情報を変換したり掛け合わせたり

減らしたり付け加えたりするのです

プログラミングで

命令などの処理を有機的に並べ替えるのも

ソフトな作業と言えます

経済活動においてそれができれば

ほとんどの業務問題において

(活動システムにおいて)

その人なりの解決策が導けます

何が問題かが明確になるからです

まさに頭脳労働と言えます

 

官僚になる人が受けるテストをよく知りませんが

実際の社会問題を出して

実力を試さない限り

問題文から意図を汲み取り

出題者の気にいる解答を書く人はいても

問題の本質をついて

問題ある運用システムを変えようとする人は

変化を嫌う人が自分より先輩や上司だったら

結局実行しないで

空気を読んでその人も

変えようとする人を説得する側になるしかないと思うんですが

一体、省庁は国を取り巻く環境が変わってる時に

どう対応するのでしょうか

民間の活力を削ってどうするつもりか

 

言い方か違いますね

 

業務遂行のスキルが足りないのに

問題を扱って

なんのために仕事してるのでしょう

成果も出せないで

仕事してるアピールされても

「さすが」とはならないです

困ってる人は自己責任だとでも思ってるのでしょうか

省庁の誰もがそうだと思ってるなら

省庁に政治家は仕事をさせる意味がありません

誰の役に立つかで

その仕事をした人の評価がされるものです

自分の生活のためなら

評価もそれとなりです

収入はさてどうでしょう?

string

人の魂、それは震え作られるもの

世界で誰もが持って

姿形ではなく

命の限りに収まらない

それは芸術のように作られ

誰かの魂が誰かに影響し

受け継がれたり新たに生んだりする

音楽のように響き合う

誰かが震わせば

誰かも震え

それぞれがそれぞれに影響し

バラバラな場所にいて

一つの旋律を奏でるよう

 

過去(歴史)を見ればそれを時代を繋げた時に垣間見れる

縦に見られるのだ

現代、それは同時代にも見られる

横にも見られるのだ

ただし顕著なのは

人と違う点においてだ

つまり変人。

歴史においては異文化が響きあい

現代においては個性が響き合うのだ

同じものを求めては競争するだけ

自分だけが求めるものに個性は現れる

同じ経験したから同じ未来があるのでは無い

優劣ではなく同異だ

人のアウトプットを

他人が表したものを

真似するだけではコピーするだけでは

オリジナルは生まれない

個性は生まれない

そこに自らの経験、

もしくは目的などに適う構築作業をするのだ

社会に参加するため

モラトリアムは

職業などを目指し

必要な知識や資格を構築するだろう

それは古いか新しいが

人間が見る夢や目標は

常に存在するとは限らない

誤解抜きで

世界にある存在に対する働きかけ(関係)や

位置(空間)を思い描く

(例えば月に行ってステーションを作りたい)

つまり自分が世界にどう関係して

どこにいたいか(だいたい現代は地球だろう)

が重要であり

これまでも人間の歴史を転換させたものは

木星を見たガリレオがその様子を

地球と太陽に置き換えて

(同じ構図として関連づけた)

地動説の根拠としたり

地動説を当たり前とした時代のニュートンが

地上に落ちるリンゴを

地球を周り続ける月と関連させて

重力、つまり地球に落ちないメカニズムを

(数学的に)明らかにし

(子供の頃から複雑な装置を作れたから)

アインシュタインは

重力という常識を否定せず

移動中の運動の見る立場の違いから

(光の速さで)動くものと

動かないものとの関係から

相対性の理論を構築しました

イメージで何かを繋げるのです

ガリレオは望遠鏡を作り

ニュートンは複雑な装置作り

アインシュタインは空想家

(喋るの遅かったからかな)

それぞれ自分の経験を生かしています

それはみんなが求める

お金や富や名声、女のためではなく

ただ趣味のような

自分の境遇を生かしたまさに個性ゆえにです

前回のブログで書いた通り

彼らは構築作業をしてるのであって

問題に答えるという分析作業だけではありません

木星の衛星は回ってるのです

おそらく等しい速度で

そこからイメージを膨らませたのかもしれません

つまり分析して天動説とは違う解釈をし

地動説という帰結を構築し発表したのです

 

現代の教育はどうでしょう

学校で子どもが「人生のなんの役に立つの?」

という疑問になんと答えられるでしょう

現代、世の中はコピー商品が溢れ

物が安くても売れないといわれ

体験を売るなど工夫は見れますが

異質性を排除した結果

どの会社も魅力的な商品が見当たらなくなってるのでしょうか

「ゆとり教育は間違ってない」とか

「これだからゆとりは」など

結局なんのためだったか

ゆとり教育を受けた世代が

なんで悪く言われなきゃならないのか

批判してる人で世界から尊敬されるような仕事を

する人がいるでしょうか

若い世代で世界的に活躍してる人は

昔以上にいるではありませんか

そして旧経営世代に否定され

検察に東芝の旧経営陣は許せても

許されなかったホリエモンは

今宇宙にまでそのビジネスを広げようとしてます

いまや「これだから老人は」となってませんか?

さて子どもが勉強に対して思う疑問に

私はこう答えます

「人間は食べるためでなく

生きるために何かをするんだ

現代に生まれた君達がそのために

これまでの先人たちの力を借りたり

苦労して色々な経験をしたりする

そこで役に立つのが学問の勉強で

昔の人の知恵なのだ」と

そしてあなたたちが

それぞれに経験し学んだことは

あなたたちの表現に生かされ

あなたたちの時代が作られるのだと

それは昔の繰り返しでも再現でも

あなたたち次第だ

未来は変えられる

どう描くか

世界にどんな働きかけをしたいか

そのためにどこにいたいか

 

経験の部分は

辛いところを引き受ける状況もあるけどね

another

問題と解決はセットです

問題があっても解決されないのは

問題設定が明確でないからです

しかし問題設定が上手だから

解決にも優れているとは限りません

脳の使い方が違うからです

どちらも頭脳を使いますが

作り方が違うのです

問題の作り方と解決の仕方

 

結論から言うと

問題は分解、つまり要素の違いを明確化し

曖昧さをなくす

それに比べて

解決の仕方はつなげる、つまり何かとのつながりを抽出する

知識なら知識体系に対して

キーワードをヒントに関連づけられた

言葉や抽象化したモデル、文脈を抽出する

新しい要素なら(新たな解決)

新しい組み合わせの一体化したものを

それは要素と環境つまり

1・機能、要素、性質、メカニズムなどを

(それぞれで組み合わせるもの)

2・場、環境、理由、背景、景色、圏、などに内包して

(「1」と組み合わせるもの)

3・刺激や能力(関連づける)や空間(関係)などを触媒にして

4・反応、運動、発現し始まれば終わる

これらの一式から生まれ

宇宙はエントロピーの増大により決まるのではなく

組み合わせにより複雑化し

均質化ではなく高度(上位次元)の出現位より階層化し

繰り返しながら新たな歴史を刻む

(繰り返しのメタ化により新たに出現した法則をまた繰り返す)

ここに付け加えるのなら

人間にとって問題と解決を媒介するものは

数学であってかつての哲学のように

幾何学にその技術を応用したみたく

現代において数学の応用できる分野は

物理のみにとどまることなく

問題の分析において

集合に利用されるベン図や

位相幾何学における写像も

(以前ブログで載せた図に三つの楕円にそれぞれ要素を時系列で

経過をたどり基底、構造、機能(発現)に楕円を振り分け

機能(発現)が基底に再帰され新たな機能(発現)を生むといった内容)

私には利用可能であり

x軸、y軸(微分積分?)を応用した

座標による傾向にも応用でき

メカニズムを露わにするフローチャートも

アルゴリズムに通じますし

そうした作業を経て現代問題の抽象化及び

一般化した後の応用において非常に利便性が高く

数学の発展ぬきに

未来の課題も解決どころか

分析も難しく問題自体の理解に数学のモデルが

抽象化がされて初めて問題の捉え方の共有や

解決までの思考の流れを共有でき

初めてスキルの共有ができるのです

(先人の才能たる一般化の技術の学習)

(複雑系を説明されるのに線形、非線形などがよく利用されます)

さて問題は、問題設定はどんな技術が必要でしょうか

 

要素の違いをはっきりさせること

これは言葉の問題のようで

論理学の分野です

つまり真理表を作成した人ならわかりますが

条件により網羅することで

些細で余計な可能性を絞ることができ

文脈により問題の成立、不成立が直感でき

表記の間違いなどではなく

真っ当な答えを導くのに不足情報を条件付きで補え

問題設定者に聞くまでもなく

問題設定の問題を指摘でき

答えありきでなく問題に応じて答えを導くことができるのです

例えば

・私は嘘つきです

これはこのままでは嘘つきとも正直者とも取れますが

この話は答え方によるモノで

どんな問いかけをしたかによって意味が変わると思います

・正直にあなたのことを話してください

と問いかけた時、正気者になると思いますが(本当に嘘つき)

・嘘をついてください

と問いかけた時、嘘になると思います(本当は正直者)

(言いたいことが伝わるかな?)

これは真理表に簡単にすることができます

別に先入観や噂は関係ありません

粛々と回答できるのです

 

歴史は正解がないです

今が正しい太陽系とは限らないのです

太陽に寿命が来れば

月がもうひとつできる可能性だって潰しきれないのです

(そうなる時に地球が人間に住みやすいとは考えにくく

できれば科学の力で防げればいい事なのか

人間が自制できずに自らが住みにくくなるよう

環境破壊が収まらなければいらぬ心配ですが)

都合が良い物語を正しい歴史と言いたがります

いつも自分が正しく相手が間違ってると・・・

しかし問題が起きた時

解決策を示したものが当時支持されます

解決策を示さない人は支持か反対します

しかし問題を解決しなければ

事態は治りません(世界大恐慌のことを言ってます)

ヒトラーを否定したユダヤ人は

今やヒトラーの果たせなかった夢の続きを世にもたらせてます

(パレスチナに壁を立てテロを理由に蹂躙してますね)

旧日本軍を否定して国づくりから経済まで日本をヒントにしている

中国や韓国、忘れてはおらず許しているだけだという国

日本に求めずにはいられない

戦後の日本への要求は

アジアの犠牲があったからでしょうか

リーマンショックに何をした人たちでしょう

日本を非難している国々の人達は世界のために何をしたのでしょう

過去日本は挑戦しました

世界の問題について

その結果失敗しました

それをアジア諸国は鬼の首を取ったかのように非難するのです

しかし失敗もしなければ貢献もしないのが

日本の過去を非難してきた人々です

なぜかリーマンショックがこのブログの知識を使えば解決できます

異質性からのコンフリクトはどうでしょう

試みてますがこれまでのやり方に区切りをつけずに

続けられてしまうことも

システムの問題を解決できる人には付いて回る悩みです

発現してる問題を解決したら

変わらないでもやっていけるじゃんと勘違いされ

問題を生む構造を権力側が変えずに

違う形となって問題現象が発現されるのです

ピンチはチャンス、

チャレンジを非難するした人は世界の舞台から降りてもらい

破滅の道ではない道に進む時だと思うのですが

システムの勉強はこれから重要度が増していきます

コンピュータシステムに限らず

あらゆるシステムに通じるシステムの知識が

わたしは正しいか間違ってるかでなく

解決策で競争したいのです

「おまえよりもっと良い解決策がある」

という声は未だ聞こえず

自分の都合に良い「正しい」ばかりを要求する声が聞こえます

違う立場の側はそれを間違ってるというのに

習近平もトランプも北の将軍も

システムが難しいのか

発言に進歩がないと思うのは私の勘違いでしょうか?

まとめてシステムの授業する必要があると思います

(フランスの大統領には期待して良いのかな?)

(プーチンは論外)

と言ってる私が社会から除け者にされ

自分の生活もままならないんですけど

ま、利用されてるから搾取されて

実践するのは私だけという話なんでしょう

アイデアはパクっても

スキルをパクらないのは

私に気を使ってるのか

本当に老人は新しいことを学ばない

生涯学習と言っておきながら

自らは新しいことを学んだ人たちの足を引っ張る

権力者は自分のために

犠牲者を利用して社会的資源を集めたがるけど

その現象自体社会的問題を生んでいる

社会的資源が一部の人たちに偏って集められて

政治によってその活動が保証され

搾取される者は搾取され続け

搾取する者は搾取し続ける

学問によって固定化され

お金によって決められる