紅狩人のブログ -56ページ目

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最近、ものを組み合わせてみる試みが
流行歌のせいで流行ってるのか
料理でもいろんなアイデアが出て
この調子でいけば主婦が育児の合間に
アプリを開発する時代が来るのではないか
と思うほどです
(流行するということは廃れることもあるのですが)
もちろんプログラムはそんな単純ではないですが
流行歌がコツでもあります
 
ある①のシステムの要素(関数(機能に当たる))が
1、A(例:データを扱う変数だったり)
2、B(例:文字を画面に表示する機能だったり)
3、C
4、D
であり
これらを処理の順番に並べ
条件分岐やループなどで組み合わされたとします
もう一つ②のシステムの要素が
1、H
2、J
3、K
4、L
5、M
だとして
ある課題、(例:ゲームを作る)を設定した時
①と②の要素がそれぞれ一部役に立つかもしれないと
気付いたとします
例えば①がブロックを組み立て道具や建物を作ったりするゲームで
②がインフラを敷いて街を発展させ目標の売上高を達成させるゲーム
とします
一方は要素を作るのが楽しいし
もう一方は要素をつなげるのが楽しいです
さてこの特徴をそれぞれ兼ねた「スマホ(汎用OS+携帯電話」のような
やり方でゲームを作ろうとします
面白くなくちゃいけないゲームです
研究のためのシミュレーションゲームでも
学習のための教育ゲームでもなく
ゲームに没頭させるのが目的です
ブロックを基底にそれらを組み合わせインフラまでも組み立て
建物を積み上げて作ったり
条件を満たして列車や船を発明するのです(①の部分)
建物の経済的価値は立地や用途目的によって自動で設定され(②も部分)
ブロックの改築や増築で多少影響し安全性や災害は無視して(①の部分)
SNS機能もつけてグループを作り他ユーザーの街とインフラを
つなぐことができ人や物を送ったり送られたりする(②と新要素)
SNSでグループに入ると特別な建物や要素が用意されたり
(国際空港や新幹線の駅やパイプラインや豪華客船)
公的機関を設置する時(税務署や図書館、市役所など)は(以下①の要素に近い)
ブロックを組み立てるのではなく建物を買ったり
手間を省くこともできたり(グレードアップできる)
3階建て道路や(1階は歩行者天国、2階はバス、トラック、3階は乗用車)
高層ビルが雲海を突き抜けてたり
大型から小型までの船を寄せ集めてで街を作ったり
ビルの2階に線路が敷いてあったり
そんな寄せ集めみたいなシステムを作ろうとする時でも
ただ組み合わせれればいいというもんじゃなく
引き算も恐れない融合というか
構造が同じであればあるほど違和感や
一般的に不都合、障害や問題が少なく
ここでいう構造とは
動物で言えば骨に当たるところで
機能のための役割を支える形のようなものと考えてください
構造を支えるのは細胞で
それはそれで支えるものがあるのですが
機能を支えるのは構造です
具体的にシステムの構造とは
概念(コンセプト)、目的、狭義では課題(問題)です
人間は動物ですが
他の動物との違いにおいて
顕著なのが生存、繁殖に直接関わらない働きをすることです
動物は川の氾濫が問題だと対処しないと思います
人間は家や畑や家畜を失う恐れのある洪水に対処します
人間以外の動物は山火事を消火しようと思わないでしょう
人間は家や街を守るため命をかけて消火しようとします
生活レベルを維持するためです
もう狩りだけで生活できないのです
誰かが快適な生活をしていれば
自分もそうありたいという願望を抑えきれないのです
そうでないことが許せず不満をためます
何かが良くないと思うのです
答えは「貢献」にあるのですが
多くの人間は自分が悪くないが現状に不満があると
不当性を述べてケアしてもらおうとします
しかしその卑しい心では貢献しようという思いは起こりません
子供がおもちゃが欲しい時
「みんな持ってるのに自分だけ持ってない」というじゃありませんか
みんなじゃなくても言います
誰かが持ってることを羨ましく思ったのでしょう
大人も同じです
スマホが世に出る前は不満なかったのに
今はスマホを持ってないと不満を言います(どこの国でも)
そのために罪(嘘さえも)を犯しても反省しないでしょう(政治家もマスコミも)
そもそも貢献は見返りが無いとも言っていいでしょう
善意に通じ自らの利益に誘導することなく
自らの労力を注ぎ
自分以外の誰かの役に立つことでもあります
それがあって初めて科学が発展するのです
街のためにインフラを敷いて街が発展するのです
インフラは街で人やものが移動するために必要な施設で
上下水道、通信網、病院などを含めた
社会活動を機能させるための基礎、「骨」にあたります
インフラを支えるのは人と人に付随する技術ですが
インフラが整っていない街は機能が限られています
東日本大震災のとき
津波で孤立した病院などは
物資の補給を断たれ建物が水浸しになり
病院としての機能が何日も維持できなかったと思います
震災を生き延びたとしても
病気以外で死ななかったとしても
生きるだけで精一杯だったかもしれません
上下水道も利用できず
通信もできず
道路も利用できなければ
もはや無人島のようなもの
やはり社会を機能させるには
インフラが大事で
インフラ次第で社会が実現できる機能は限られます
港があればどんな船でも
寄港できるわけでなく
港の水深や設備にもよって船は限られます
 
システムを支えているのが構造で
構造とは動物で骨にあたり
それはどういうものかを説明してきましたが
構造を例えないでそのまま解説すると
土台に当たるわけなので
形などの「共通」に関わるか
機能を統一させる「統べるもの」に左右されます
お城はお城でも
西洋風、和風で機能を支えるものが構造が違うのです
兵糧攻めの対策は
囲いの中に食料をためて置くのでも
西洋のように街ごと要塞にする方法もあれば
日本のように城の壁に代替食料を建築材にしたり
石の建築と木の建築の違いが出るものです
石垣が崩れなければ城は火事でも無い限り地震でも崩れにくいものの様です
石額の様に構造も真四角に積み上げないでも
石と石に隙間があっても
組み合わせが同じ石(同じ強度)であれば
面が設置しなくても点で支えて組み合わせるのも
一つの知恵ですが(地震に有用な対策かもしれません)
支えるにはいいけど一点に力を加えられたら
全体を石垣で作った時に総崩れになる恐れがあり
それは西洋の煉瓦造りの方が良いかもしれません
構造は石なら石同士(石垣)
木なら木同士(建築)の組み合わせが安定します
維持、補修のコストを考えれば
丈夫で補完、補修しやすく経済的に安ければいいのですが
それには資材が大量にあってどの地域でも手に入りやすいもの
が重要で環境汚染しないものがいいでしょう
ゲームで言えばグラフィックとシステムでしょうか
これらに統一感があるととっつきやすく
操作性は好みだし
反応は性能によるものだと思います
構造における形は機能に合わせて特性が生かされ
機能を支える共に通じる性質は(共通に当たる部分ですね)
0と1で扱えるデジタルのものから
電磁波で扱えるネットワーク関係
磁場による地球上の方角(フロンティアでは?)
など物理を基底としたものから化学を基底としたものまで
人間が発見したフロンティアほどあり
スマホを拡張すれば将来は
地球規模で魚群を確認できたり
リアルタイムで地球の温暖化ガスの量を確認できたり
上空の自然現象を研究する人たちが
ドローンを使いスマホ片手に調査すると思います
(あるいはドローンと気象凧のハイブリッドとか)
 
ちなみに組み合わせばかり話してますが
悪い組み合わせは
違うものと組み合わせ直したり
別々にしたりすると
システムに与える悪い現象は治ります
システム全体に影響を与えることを
システミックと言いますが
金融商品とサブプライムローンの掛け合わせが
リーマンショックを起こした様に
携帯電話と汎用OSの掛け合わせは
スマホとなりイノベーションを起こしました
前者は金融商品という構造を元に機能し
(分離させれば金融システムに対する信用は持ち直すのですが)
後者はCPUやメモリなどの構造を元に機能してます
スマホが使いこなせない人向けには
わかりやすく電話モードとアプリや設定モードに分けると
混乱しにくくなるはずです
(システムとして簡略することも有効だと思います)
そこで地球温暖化です
車のガソリン車を禁止すれば
空気もきれいになり
温暖化ガスも減り
火力発電を最悪残しても
問題の矮小化はできると思うのですが
ガソリン車でなければ
経済が持たないという理由は聞いたことがありません
不確かな問題でも対処しないのはナンセンスです
何の問題もないわけでは無いのですから
車の運転が自動化すれば
ガソリンで動くより
ルンバの様に電気で動いた方が
無人インフラで済むし
水素だと安定供給できそうですが
効率的課題がまだあるみたいですね
船にもってこいだと思うのですが(太陽光で海から水素を作って船の燃料にするとか)
雷を避雷針に落とし蓄電するシステムできないものか。
 
 

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何でしょう、この虚無感
労は報われず
主張はスカされ
自分がコトに打ち込めば打ち込むほど
こころに広がる虚無は
世界を良くしたいという思いを
嘲るように
変わらない世界を見せつけます
いや、世界は変わってるのですが
変わってきてるのですが
私の前に現れた世界は対峙してる世界は
みなさんがこうなりたい世界とは違い(おそらく)
こうである世界とも違い
(私にはわかる嘘が常識に組み込まれているというコトです
あるいは私だけについてる嘘が皆さんにあるか)
世界の問題に取り組もうとも
世界とその問題を共有していても
私の答えの行き着く先と
皆さんが享受する解決策は
私の思う世界の一部であり
答えの途中なのです
このブログを読んでいる人にとっても
いくら問題を暴露しても
権力が絡む以上
私の見えてる世界は皆さんと共有できていないのです
正確には虚無感がそれを指してるのではなく
皆さんとの乖離(の距離)が虚無感に現れているのではなく
人間としての本領を発揮する時
猿の部分を見せてくる人たちとの距離
利他の心に対して利己の心で対峙してくる人類にあります
この現象に虚無感を覚えるのです
利己心を満たそうと利他心を求める人たちに
何のコストを負わないマスコミたちが甘やかすのです
宗教家でもないのに
マスコミは善悪の判断を受け手に押し付け
権力に対して批判するのが仕事としながらも
権力に迎合し(利を見て)
専門家を自らの意向に合うように利用し
論拠も曖昧なまま政争の具に歴史を引っ張り込んで
過去の否定から評価する要素を認めず
反省という名の貧相な歴史観で
過去の延長線上に未来を捉え
政治やイデオロギーのみ戦争と絡めて論じてますが
経済が政治に与える影響や
常識が支配する正義
一部の都合による不公平なその歴史の不都合さ
あるいは歴史を扱う常識が変わっても
権力の都合による常識には踏み込めないなど
私にはインターネットのフェイクニュースと等しいくらい
マスコミ大手にも問題があると思います
少なくともマスコミは批判してもいいが
マスコミを批判すると不利益を被る
あるいは許さないという風潮は
何の進歩も社会にもたらさないし
社会を良くもしないというものです
日本は安全保障の根底をアメリカに依存してるので
それを理由にイラク戦争を反対できなかったのは
かえって日本の安全保障にマイナスという現象を起こしています
(テロの対象に日本が含まれているとの宣言がありましたね)
日本に独自の戦略がアメリカの気分によってしか保証されない現状は
世界を不安定にし中東との緩衝的な役割を
世界からなくすもので
世界にとっても有益でないはずです
(歴史的に日本は中東との衝突より互恵関係が多少ありましたから
「盗賊と呼ばれた男」でしょうか)
欧米と中東との関係が過去の延長線上にあれば
お互いにとって良くないことが起きそうですが
日本が自立的であれば
中東との互恵関係は願ってもないことですし
その関係に今はともかく怨恨はなかったと思います
怨恨といえば
中国や韓国ですが
これらの国に利他の心の国民はなく
もれなく日本の援助を受けて近代化をし
それを政治の求心力の関係から
政敵に置きちょっと前までボロ漁船で大挙してきた国民が
日本で買い物三昧です
中国だけではなく他のアジアの国も裕福になってきてます
軍事的には問題を生んでますが
これがなぜ中東でできないものか
日本と中国のように軍事的バランスの問題が
(日本ってバカみたい)
欧米と中東との間に生まれるかと思いますが
もっといえば
欧米はポチ化しなければ経済協力しないというのは
良くいえば欧米の賢さで
悪くいえば傲慢ともいえますが
日本みたいなバカな目にあいたくなければ
必ずしも国際常識上利他の心がいいとはいえませんが
人類がここまで発展してきた理由に
「貢献」ということがあります
「科学」こそが発展の源だという意見もあるかと思いますが
科学自体使い方次第では人類を破滅へと導けるのです
「シェア」やそれこそ「利他の心」でもいいかとは思いますが
学問の探究心からくる研究への没頭は
必ずしも利他の心と結びついておらず
研究結果のシェアは必ずしも悪用されないとも限りません
貢献では主体者が裏切られることはありますが
受益者には適応力を上げるということがありますが
被害者となる場合は主体者が貢献してるとは思えません
ですので「貢献」、社会性や科学の発展の意も含めてです
しかしこの貢献について
人類が正しくというか
適切に対処してるとは限りません
正確には人間社会には善意に対して昔から
無くさないような社会的努力がありました
「うわさ」です
噂により評価を与え
善意により自らの適応力を下げて誰かの適応力を上げたら
評価したりズルして自らの適応力を上げようとすれば(食料を不当に多く取る)
評価し罰を与えるのです
だがそれは科学の隆盛と交代するように
欧米の植民地支配による侵略で
その世界、良心を無くさない世界が社会が世界的に消滅しました
そして搾取の時代になり
今はちょうど社会還元と社会投資が芽生え始めてるという所でしょうか
しかしここでの還元されるものや投資されるものは
お金じゃなく機会です。つまりチャンス
貧しい農家の子供に食事を与え教育をして
成長したら貧しい農家しか営めないのではなく
パイロットや教師、医師になったりでき
もっといえば収入の面で少しでも豊かになれるというチャンスです
農家を無くそうということでなく
望めば農家でもでき
収入も増やせることもできるというものです
そこでシステムでもあるのです
以前、このブログで
統治にはイデオロギーではなく
システムの知見で運用し改善し問題を解決するというのが
望ましいと書きましたが
当然社会の問題は社会システムの問題
システムの知見で解決できるというものです
システム哲学が盛んじゃなくても
システム技術はシステム工学は広く知られてます
システムの知見は経営などの判断に利用される時
だいたいシステム思考などといわれ
ハードシステム系
(現状のシステムから理想のシステムへの効率的な移行)
ソフトシステム系
(問題定義を概念の関係でシステムとして表し多角的視点で解決に挑む)
私は後者を社会問題の解決の応用してますが
要はやり方の問題です
目指す頂は同じでも径路が違うような話です
(これまでの政治問題や社会問題への取り組みなどは)
ちょっと比喩をしてみましょう
基礎技術が確立されたようなスーパーコンピューターのハード分野で
いくら世界一位を取り続けても
ノーベル賞は取れないでしょう
誰も思いつかないコンピューターは取れるかもしれません
しかし功名心を満たすのに成果が認められやすいのは
スーパーコンピューターの研究で世界一位を取ることの方が
わけのわからないし有用かもわからない
誰もが思いつかなかったコンピュータ設計に投資するのは
リスクがあるでしょう
コストが限られてたら尚更です
しかしルネサンス期の西洋では
権力の基盤である教会の教えとは違う意見の研究が
社会から抹消されなかったのです
(中国が某ホテルに対してとる態度とはえらい違いです)
ガリレオはその当時でも有名人のように扱われ
宗教裁判の問題はありましたが
火あぶりなどや拷問はされなかったようです
結果西洋に光明をもたらした件となり
(自由な学問が認められないのはその文化にとって不幸でしかありません)
この後も科学者という立場の貢献は続きました
ノーベル賞とはこういった辛苦に報いるためのものなのかもしれません
しかし文化にとってそういうものはあっても
経済においてそういうものがない
つまり経済界は搾取の時代が始まって以来というか
資本主義なるものが台頭してきた頃より
金が力となり利己的であればあるほど儲けられ
宗教の教えを知らない人にとっては
富を分け与えることも
公共心すらありません
そして富を失うことに恐れ
人を信用できなくなり
金=幸せ、でないなどというのです
 
学問の発展により問題解決能力は上げられます
学生時代に勉強しなくても
社会に出たらずっと勉強です
勉強する限り人は成長すると思います
学問だけでなく人生勉強も
雇い主が労に報いればいいのでしょうか
会社の貢献したらそうでしょう
社会に貢献した個人は
誰が労に報いるのでしょうか
社会って誰?ってはなしです
私は最低でも受益者だと思います
お礼を返すだけで済む場合もあれば
自分も誰かのために何かするということもあると思います
少なくとも貢献した人を馬鹿にしたり
悪用したり不条理を負わせることがいいとは思いませんが
現代の経済界ではあるのです
貢献者に対して罰というものが
受益者が貢献者に対して不条理を与えるのです
ゲーム上高得点が取れることをするのです
協力に対して裏切りが・・・
もう30年ソレと付き合ってきましたが
(これが虚無感を生んでるのではないですよ)
まだまだ貢献にまわる人が少なすぎます
経済の停滞があるとすれば
協力関係が構造的でない
裏切りが蔓延してる世界だからです
人との間に垣根を作り交流が少ない
いわゆるお祭りごとがコミュニティーを包括してない
ということもあると思いますが
それもシステムに出口があると思います
システムの関する知見
・レジリエンス(元々物理の言葉らしいのですが)
・フィードバック
・環境(オートポイエーシスに関する概念)
・ループ
これらだけでも
レジリエンスによる評価でエネルギーシステムやインフラシステムを構築し
フィードバックやループを使い動詞を駆使して概念で
システム問題図を暴露し
環境との組み合わせで
適応や不適応を選り好み
権力者が反権力や敵を排除するように
システムの機能に関する問題を排除し
環境に不適応を起こさず
これらがシステムのあらゆるレベルで
実践、運用できれば
世界が悩んでる問題の多くは解決できますし
私だけでなく多くの人がこれらに参加できれば
システムに関する「継承」にも一役買うかと思います
 
誰もが貢献する世界の先に
違いが機能して役割になり
社会を補完することができれば
違いを許せない
同調圧力で苦しむ
画一的な社会より
自由で活発で承認欲求も認められ
その上後者より発展する社会なのは
間違いないのです
 
 

darkness

今回はちょっと仕事しようと思います

児童労働についてです

世界にはまだ親が貧困のせいで

工場や農場に子供が労働力として身売りさせられたり

親の仕事を手伝って勉強できない子がいます

必然とそういう子の将来の職業の選択は狭まられ

なかなか貧困から抜け出せません

貧困家庭の子供が貧困家庭を築かざる負えないのです

うまく経済成長の波に乗って

貧困から抜け出せるといいのですが

世界中で高度経済成長は頻繁に置きてませんし

システムの性質上、自力で発展は難しく

何らかの環境の刺激が必要でもあります

(それらは政府にコントロールされやすいものです)

教育は貧困からの脱出に最も有効な手段とも言えます

ちょっと大げさにいうと

環境の刺激に応じて自らのシステムを変えるという

自国のシステムを変える革命なる手もあります

古いシステムを発展した国のシステムのように運営するのです

その手には赤い血が流れやすいのも人の歴史ですが

平和に教育が現代では成功に近いかとも思います

 

田舎の山奥に緊急時の発電機しかない村に

どう教育を届けるかという問題があります

しかもお金が潤沢にあるわけでもない私が

この問題に首を突っ込もうとしてるわけですが

一度に全て貧困者は救えなくても

努力で抜け出せそうなところから抜け出してもらおうと

そこで「スマホ」です

先進国ではスマホを買い換えるのが習慣となって

日本ではキャリアの割引サービスが受けられる

2年毎の買い替えが当たり前でしょうか

その分中古スマホが新機種発売毎に出るのです

世の中では都市鉱山として「金」に変える運動もあるそうですが

性能が少し劣るだけで

十分通信やOSやアプリが使える機種を有効活用しようとなると

電車の忘れ物のスマホや買い替えの中古スマホを

初期化して貧困家庭に配って

(通信費は別問題)

どの家庭にもスマホがあって

アプリの利用や情報収集ができ

(村に一機だけ通信ができる機種があればデザリングでなんとか)

もし

USBリーダー(USBメモリの端子を変換すればいいだけかも)

カードリーダー

DVDプレーヤー

ハードディスク

テレビへのビデオ端子出力などが

スマホでwifi経由で(アプリ)管理でき

インドの村で日本人が行ってる教育システムが

(一流講師の授業をビデオで録画して村に届ける)

電波が届いてるところでやれれば文句なしですが

テレビモニタがあれば、なくてもスマホの画面で

授業が受けられて農業の合間に勉強ができたり

親に理解があれば

(子供のためと思ってくれれば)

大人が知らないことでも

授業を受けられるので

スマホがとにかくあれば

教育貧者がいなくなるかもしれません

実現されれば少しは減ると思います

何処かの国の子供がツィートした内容がビジネスを変えても

おかしくはありません

(特許庁にツィートすればいいのかな?)