fractal
問題解決と創造の仕事はフラクタルをなしており
問題を想像し解決を創造し
創造する為に問題を想像し解決を創造し、という具合に
生活の為に仕事をしている人は
問題解決と創造の仕事を別々に捉える傾向にあり
現場では工程によって
上流と下流と呼ばれ
上流は想像して創造し
(アーキテクトやSEと言われてたかな?)
下流は想像されたものを具現化するために
(プログラマーやSEプログラマーなとと呼ばれてました)
問題を解決するといった役割分担がなされています
なのでプログラミングができないSEも
私が現場にいた時はいるという噂を聞いてました
(そして文系の人がプログラマになることもよく聞きました)
これをみて
「何だ一人では創造から問題解決までできないじゃ無いか」
と思う方は早とちりです
大規模ではそうでしょうが
規模が小さければ稀ですが一人でできる人もいます
そしてアイデアが誕生する過程で
頭の中で問題は解決されており
現実世界に実装するのに
具体的な問題を解決すると言った具合です
昨今叫ばれてるAIに代替されない仕事の一つに
この分野があると私は思います
そして開発道具(プログラミング開発工程)が進歩すれば
大したプログラミング技術なしに
アイデアさえあればシステムを開発できるのです
しかしそのアイデアの発想方法のスキルに
プログラミング技術が精通しているのです
ここでプログラミング技術に関して概略を示します
1・機能(関数)の組み合わせでできてる
2・条件分岐、条件ループ、それらの入れ子になってる
3・全体を通してみると機能(関数)がフラクタルを構成している
上記を想起した課題に適応させてください
と言っても課題(問題)には
具体的なものから抽象的なものまで
様々なレベルがありますから
ここでは誰にも関する「幸せ」について扱ってみます
幸せが目的となると手段が必要になります
幸せになる為に何をするべきか
わかりやすく不幸を減らすとします
まだぼんやりとしてます
幸せが目的となっていてもその大目的は何でしょう
何の為に幸せになるか考えれば
自ずと「人生」や「属する社会」について考えます
なぜなら自分だけが幸せになればいいというなら
誰かが食料を獲り生産して
自分が手に入れられるところまで届け
発電し電線を通し
ガスを採取し貯蔵しガス管を通して家まで届け
治安を良くし財産をも守る必要があり
当然一人の力だけでそれらを成し遂げられませんし
ここで権力を持つものと持たないものによって
考え方が分かれますが
(正確には持ってる能力をどう使うかが人間性が問われるところです)
・自分の為にシステムがあると思い全体の発展を阻む者
・全体の為に自分があると思い全体の発展を勧める者
前者は変化を拒み自分以外が常に悪くて
全体から見ると問題の渦中にます
後者は前者の立場から見ると問題児であり
目の上のたんこぶです
キリスト自体が後者であり
キリスト教会(カトリック)が前者に当たると思います
(現代はそんなに単純じゃなさそうですが・・・)
そして前者は人々を恐怖や借金により自分達の奴隷にします
後者は人々の意識を高め啓蒙し段階的ではありますが解放します
こうして属する社会に自分はどうあるかを考えます
そして人生は人間においてただ食べて寝るだけの生活を意味しません
が、これには段階があるようで
立場(座標軸)とライフサイクルに関わる(時間軸)欲求に
左右されるようです
ここでは自己実現だけを扱います
そして人生で幸せになるということは
自分だけをその範囲に置かないことで
幸せな世界になるということであり
それは自分の問題を解決したり
誰かの問題を解決する手伝いなどを通して
世界を創造することでもあります
一旦具体的な幸せになる手段を考えた後
さらに抽象的な大目的を考えることで
より詳細な幸せ像が浮かんできました
では大目的を考えた時に扱った
人生と帰属する社会の問題を
どのように解決していくか
より具体的(さらなる手段)に迫っていきます
まず人生において「生活」と「自己実現」
というテーマはあると思います
生活の問題を解決するには「発明」ですね
つまり道具の開発です
道具とは何かを解決する機能を備えてます
それは目的を果たす為に用いる手段でもあります
道具を用いることで手間や時間を節約したり
エネルギーを使いより大きな力を利用できます
そして目的が単純ではない
より高度なものやより複雑なものに利用されるのは
メカニズムや応用などが効くシステムを備えた道具です
システムには専用のものと
基本と応用からなる拡張性の高いものもあります
メカニズムはプログラミングのように
複数の機能の組み合わせでできており
それぞれの機能には役割と順番が決まっています
単純な機能を組み合わせることで
複雑な機能をこなすことができるのです
それは複雑な機能同士でも同じことで
AというメカニズムとBというメカニズムは
より高度な目的を果たすため
融合することもあります
このときただ単に足し算のように
くっつければいいというものではなく
再構成して組み直さなければ
目的を果たせない場合が多いはずです
ここはプログラミング技術で言えば「1」と「3」に値します
再構築そのものが目的では
メカニズムをどのように機能させるかがわからないので
再構築しようがないのです
あくまでフラクタルをなしていなければ
目的がない手段(道具)とは無用の長物です
逆に言えば目的があればいくらでも道具は発明されるのです
災害や公害や老築などの問題などを例に
(目的に限らずコンセプトを設定しても同じ効果が見えます)
時間軸と空間軸で考え
問題の着手した具体的な点から
時間をずらし空間をずらして広く深く情報を集め
(スケールの大きな帰納みたいなものです、点と同時に面で見たときの規模次第では新発見も期待できます)
それに紐付いた過去の知恵を集めたり
学問の知恵から使える知識(解決策など)を探したり
プログラミングのように
課題を果たす関数を記述したり
関数を組み合わせて課題を果たしたり
条件次第で発現する機能を変えて設計したり
あるいは既存の道具などを
状況を変え目的を変えコンセプトを変え
(変えると言っても道具の目的を抽象的に捉えて抽象的には同じだけど具体的つまり状況などは違う情報に置き換えるという意味だったり、抽象的つまり目的やコンセプトなどのつながりから似た抽象的なものの具体的な情報にアクセスするという意味です)
そうすることで道具の派生が生まれ
発展し新たな道具としての要素となったり
既存の道具としての要素の代替となったりするのです
問題解決と創造はフラクタルであり
創造が目的であり手段でもあり
問題解決は目的でもあり手段でもある
そして何のためかの意識で
全体の中の問題の中心人物となり
全体における解放者にもなる
そして幸せな世界を作ることが
全体の中で生きる個人の自己実現であり
システムにおいて権力者はただの役割にすぎず
その資源や能力を全体のために使わず
己の満足のためだけに使えば
たちまち全体の発展を邪魔する存在になって
全体のために仕事をする者が目障りになります
そして人類の成長を阻む者は
総じてシステムを良くする能力の持たない者たちです
欠陥のあるシステムを改善できないまま
それを守ろうとします
そうすることで自らの利得にしがみつくのです
彼らの頭の中には自分のことでいっぱいです
その仕事はおよそ世界や誰かの役に立つというより
世界や誰かに迷惑をかけているだけのようにも見えます
sickness
正常、異常とは何でしょう
医者の中には正常が健康で
異常が病気と勘違いしている人もいるのではないでしょうか
人の判断や思考にはクセがあります
決まった座標や時間を軸に(視点)
決まった範囲と情報の中で(視野)
これらは思考や判断のプロセスにパターンを作り
いくら指摘しても
視点を変えたり視野を広げたり
なかなかできません
そして視点が自分からだけで
自分と常識を共有したコミュニティの中だけで
生活の糧としてしか仕事を捉えない人は
異質な存在を嫌い
変化を嫌い
新しさを求めません
その頭脳が考えた理論の中で
優生思想なるものがあります
これを考えた人は自分(達)を異常と思わず
自分(達)を優秀とし
自分と異なる者達を
自分達より劣る者として
ロジックを組み立てます
これに共感した人は他者の軸が盲点と化し
それ自体が目的となり
その目的にそぐわない情報に
聞く耳を持ちません
このメカニズムは宗教対立においても
イデオロギーの対立においても
与党と野党の間にも
場所を変え立場を変え時代を変え
繰り返されます
そしてそれは現実を何とかしたい気持ちの裏腹として
結果的に自己満足しか生みません
そこには新たな価値の創造も
根本的問題解決もありません
どうですか?
あなたに新たな価値を創造する力や
根本的問題を解決する納涼区があるとして
自らを優秀として劣っているとされている者達にしてきた行為は
愚かさを示す行為だらけだと思いませんか
(ミイラ取りがミイラになったような)
魚を釣るのが上手い人が
稲を育てる人ができることをできなくても
それは病気でしょうか、障害でしょうか
もっと言えば
釣具や農具を作るのが上手い人が
釣りができなくても畑を耕さなくても
生活ができるかもしれません
数学者になるには
計算ができなくてもいいのです
楽譜の読めない作曲家がいるように
楽器が弾けない歌手がいるように
音楽家にも色々いるのです
楽譜が読めなくての異常ではありません
つまり作曲の本質は楽譜とは違う所にあるのです
アカペラだって音楽です
音楽で表現したい手段に決まりはないと思います
(ドラム缶だって楽器になるじゃないですか)
同じく数学の本質は考え方の共通言語としての手段とも言えます
つまり地域や時代で違う常識を
数学的にはある時間における
ある座標からの視点のデータに過ぎません
そしてそこからどこまで見て
人や物や情報やエネルギーの(データの)フローを扱うかです
視点を変えると認知に変化が起き
視野を広げると世界観が変わります
(引きこもった部屋から宇宙的視野で情報発信できるのです)
数学的には異常なデータは
新たな発見や盲点の気付きにつながるのですが
そこの扉を開くのには固定観念に囚われないことです
問題の本質は解決にあって
正解にこだわらないことです
間違わないことが間違いなのです
言い換えればたくさん挑戦した中に失敗もあり成功もあると
問題に取り組んで何らかのアウトプットが
誰かのインスパイアを生み
成長した後の自分の足跡となり
世界とつながる方法であり
未来創造の礎となるのです
そう考えてみれば病気は異常とは違うし
病気は間違いでも何でもないと言えます
私はシステム的な見方から
健康とは「構造を基底とした活動の機能不全が病気」だと思います
つまり活動(仕事、生活、食事、睡眠など)における
構造にアプローチしないと根本的治療は不可能なはずです
その構造とは何でしょう
歯の噛み合わせ、筋力不足、生活圏から職場までの移動、
外食メニュー、実務内容、ヘルスケア・メンテナンス、枕、
靴、政治的身の保証、水、人間(親子)関係
などなど様々な関係性の小さな問題が
後々の大きな問題に至るのが病気であり社会的問題でもあるのです
中医は人体だけを診て構造は診ません
大医になるには関係性の機微に敏感で
病気を治すことだけが目的とならず
人勢の自己実現には何をした方が良いかもアドバイスできると
いいかもしれません
なかなか医療でもライスワークは避けて通れませんが
ライフワーク抜きにライスワークの向上は難しいと思います
教育も働き手を訓練する場ではなく
学問の本質に根ざした
考えに深さや広がりを持つ訓練をし
いろんな角度から物事を認識できると
相模原障害者施設殺傷事件の犯人のような
考えには至らないと思うのですが
日本の政治、経済を支配している者達が
悪魔を崇拝している人たちなら
ナチのような優生思想に取り憑かれている人たちなら
あのような事件は防ぎようがなく
テレビの電波を通して
自分達に都合の良いことを喧伝
国民を騙しコントロールし続け
感化された国民が
いつまでも間違った解決方法で対処し
何の新たな価値も創造せず
ただ情報を鵜呑みに消化するだけなのでしょうね
アメリカの狙い通りに
そしてそんな日本人をアメリカ人がバカにするといった風に
なんか太平洋戦争からやり口は変わってないというか
いつまでもやられ続けてる日本も進歩がないというか
altruistic
IQは知能の高さ
EQは心の知能指数
他にもカテゴリがあり
それぞれ関係性がある様です
今回EQを取り上げたいと思います
EQは精神性とも言えます
つまり高さなどで表現したり
深さなどでも表現します
そして想像性にも影響します
ということは創造性にも影響し
そうなれば場合によっては社会にも影響します
すると社会に影響を受ける自分はどうなりますか
人は一人では生きていけません
権力からなる人間関係によって
社会的恩恵も負担もケースバイケースですが
必ず根底には地球の資源に頼ってます
これまで人間社会が豊かに暮らせた分
資源も減り環境も壊しっぱなしで
資源も環境もの回復にかかる時間を削り手間も省いてきました
労働者も生産した富に対して低く対価である報酬を払われます
そして自分の欲望を満たすことばかり考える資本家に
富が集まりその富の力で
政治家に要望を聞き入れさせ
自分達みたいな立場の人間に有利な法を整備し
マスコミを支配して情報操作し
支配が及ばない国に対しては
手段を選ばずに支配下に置きます
誰が格差の解消を政治家に訴えようと
誰が環境保護をマスコミに訴えようと
民主主義だろうが一党独裁だろうと
支配者たちはシステムを変えないので
どんな問題も根本的に解決しません
彼らは自分達さえよければ
誰が困ってようと
地球が壊れようとも
人類の未来などどうなろうと知ったことではないのです
アメリカは民主主義を世界に広めるという
偽りのスローガンを掲げ
本音は世界を支配し思い通りにし続けようとするものです
(本当は世界の国々が民主主義になることより
世界が民主的になれば人類全体の為の選択ができると思うのですが
国連はその生い立ちから
第二次世界大戦の戦勝国の意向が重視されるので
システム的な問題の解決はしたがりません
(世界の本当の敵は未だにドイツと日本という国なのでしょうか)
現代文明に苦しみも恩恵も与えた科学と技術ですが
それは世界の物質と現象の謎を解明してきました
しかしシステムの謎は未だ道半ばです
システムに関する技術は進歩しましたが
システムに関する概念つまり哲学が未熟です
その理由は人間の精神(心)にあります
(脳の細胞、ハードの問題でなく、ファンクション、ソフトのことです、DNA的にはなんとも言えませんが)
精神は関係を通してエントロピーが縮減したり増大します
エントロピーはポジティブとネガティブに分かれ
そのベクトルは自分が他者に向けられ
エントロピーを左右するのは欲望に対する損か得です
そして厄介なのが原因は相手でもあり自分でもあるのです
それがシステムなのです
構造なら取り除いて代わりがあれば問題解決なのですが
システムは支配する人を支えているのは
支配されている人なのです
お金で支配できるのは
お金を信じて欲しがる人です
そしてお金で自分の欲望を満たそうとしたり
自分に便利を叶えようと考えている人です
その人たちの欲望がある限り
支配者の欲望に利用されます
地球の傷ついてしまった生態系の回復や
自分以外の人々の平和で豊かで幸せな生活
そして人類のより良い未来を本気で欲望し行為に移さなければ
取り返しがつかない事態になります
昔の人は言いました「足るを知る」
つまり際限ない欲望を持つといつまでも満足できず
どこかで足りてると思わないと
心は満たされないという意味だと思いますが
実は欲望の内容には決まりがありません
利己的でも利他的でもその目標を達成できたとイメージした時
高揚感(ドキドキ)自体も報酬のうちに入ります
内的報酬というらしいですね
つまり世のため人のためになるようなことをするため
自分が何か損したとしても
ドキドキする限りやり続けられるのです
そうなるともうこれは義務を果たしてるのではなく
権利を行使してるのです
(といってもやりたいからできるわけじゃなく、散々叩かれ切られて馬鹿にされ気ち◯い扱いされ首の皮一枚で引きこもってた期間もありましたが、今は権力者に監視されてるのか注目されてるのかわからなくなってきました)
見方によっては義務を果たす為に
権利を行使してるのかもしれません
(目的を果たすまで目的に縛られるのですから、抽象度を上げてさらにコンセプトを発展させても視野は広がりますが)
そして何を欲望するか
左右するのは精神です
つまり家族からや学校などや本やテレビやネットなどに
受けた影響や与えた影響から
思索して自分の生きる方向性として決めた時
人はレールではなく自分の道を歩き出すのです
それまでに重要なのは人間関係を学ぶ
精神の成長です
大きな声では言えませんが
苦労すると精神的負荷が大きいと
社会で苦労してたり
社会的負荷を強いられてるような人たちの
立場になって考えられるようになって
それが有用なアイデアを生んだりするのです
(子供が大人になって親の立場になった時、親のありがたみがわかるといいます、そして子育てに悩んだ時親の言うことを素直に聞いたり自分がどう育てられたかを記憶を参考に問題を解決しようとするのだと思います)
自分と向き合わない限り
精神の成長は考えられません
他人は鏡といいます
心理学で言えば自分で作り上げたイメージを投影しているだけと
そしてそれは欲望によって作り上げられると
白人以外の白人至上主義者はいません
白人にとって都合の良い世界を勝手に望んでるのでしょう
白人だから優れているという考えは歴史的にはありえません
西洋が科学を生み出す前
ルネサンスが起こる前
西洋がどんな社会だったか
今の北朝鮮みたいと言っても過言ではないと思います
自力で現代のようにまで発展したのではなく
イスラム社会の恩恵を受け
世界中を植民地にして資源や労働を搾取しての繁栄です
そして当時中国がイギリスにあっさり降伏したので
アジアの国々の主権は
日本が文字通り欧米と戦わなければ
未来永劫ありませんでした
そして中国や朝鮮は
自分達が欧米と渡り合えなかったのにもかかわらず
欧米に負けた日本を非難し
非難をし続けてる上
賠償だ謝罪だと食い物にして
様々な援助も受けときながら自分達の手柄にし
日本は与えた技術によって
安く似たものを作られて
国際競争力は落ちました
すると彼らは日本に対して
一層強気に出てさらに大きく非難します
こんな精神から人の役に立つ
有用なものやシステムがどうやって生まれるのでしょう
(中国は中国の為に創新を掲げてますが、この際アメリカに対しても一言言いますが、自国の利益だけを考えて他国に損害を与えては他国が必ず報復します、経済の儲けの構造も同じです、返って反対勢力(貧乏)を拡大させて自国の立場(売り手)を弱くし全体が(市場、世間)不活性化し社会システムが不安定化します、軍事産業で儲けるビジネスモデルを作ってもシステムの問題はついて回ります、システムは全体の為に個を犠牲にしても個の為に全体を犠牲にしてもバブルしか起きません、本当に創発を狙うなら誰かやみんなの困ったの為にシステムを改善し機能(ソフト、ハード)を生み出すということです)
彼らがいくら勉強しても
精神がエゴにまみれて平気で嘘をつき不誠実なままで
想像力を人の為に使えますか?
誰が何に困ってるか想像力以外の力で
どう解決して感謝されたり対価をもらえると?
問題がよくわからないと答えが導けないよう
システムのような複雑な問題を解決するのに
関係を扱えるシステム図を使います
それを描くのはイメージの力です
なぜなら関係は目には見えないから
投影の反対語は共感でしょうか
それとも人間は永遠に投影しあう関係しか築けないのでしょうか
どうでしょう
もし誰かやみんなの困ったを解決したシステムを欲望して
既存の社会システムに実装できたら
そのシステムは解決した人のような他の人の分まで
恩恵を与える良いシステムが出来上がると思います
(機能、道具についても同じことが言えます)
被害者を恩恵者に変えるのは
心がけから生まれる想像力だと言いたいが
一人で悩む必要は必ずしもなく
カウンセリングなどを利用するのも
安全に自分を見つめる手段だとも思います