紅狩人のブログ -14ページ目

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Xは目的Aは手段、手段は目的の対して複数ある。

ある手段bを因数分解するとa1とb1になってる

Xとは違う目的のYという目的に手段bを応用するには

b自体をYをかなえられるcを掛け合わせるか

bの要素の一部であるa1もしくはb1にdを掛け合わせて

cを創造させYをかなえたら目的Yの手段cとなる

 

メタシステムXに対してあるシステムA

あるシステムAに対してある機能aもしくはb

ある機能bに対してある要素a1もしくはb1

異なるメタシステムYをかなえるため機能bを応用するなら機能b自体にメタシステムYの目的を達成させるシステムcか機能cを創造する、システムcは機能bの対して機能dか要素dを掛け合わせることで新たなシステムcが創造できる

 

国家Xの社会システムAが問題を抱えてるとする

社会システムAを因数分解すると要素bが問題だと断定したとして要素bが人や組織だとすると国家Yは要素b自体を国家Yの都合よくするため要素dに変換しようとしたり要素bの部分要素a1もしくはb1を要素dに変えようとするか問題要素bを国家Xの社会システムAから削除しようとする、国家Xからしたら国家Yの都合が問題となる

国家Yの欲望に従えば国家Xは主権が脅かされる、国家Xにメリットがないなら尚更だ、自分の欲望や目的や課題に他者を利用するなら他者にメリットがないと他者の損害となるエネルギーを奪われるからだ、国家を含むメタ社会システムのメリットを欲望や目的や課題にすれならば国家Yの欲望や目的や課題が問題となるが、国家Yがメタ社会システムのメリットを欲望や目的や課題にしていたら国家Xの損害にならない様な問題を解決するはずだなぜならメタ社会にとっての問題があるのでその問題解決にはコンフリクトはそれ自体が問題となる、メタ社会システムの欲望や課題や目的を共有することで協力関係に修復できるのだが、メタ社会システムの欲望や課題や目的にコミットできる精神を持ち合わせてる国家指導者はエゴの課題や目的の政治ゲームに駆逐されるだろう

 

Yは経験や知識から導かれたビジョンや目的やコンセプトにあたる、Yが欲望でbが対象に時bが手段となりαやβの作業では欲望を満たすcと結び付けられたり結合する。Yは自分→家族→仲間→コミュニティ→地域→国→世界→人類→地球生命体→太陽系生命体→銀河生命体の順に集合値の振動数を上げたり(価値のある何らかの創造)下げないため(何らかの問題解決)のbやAやXにアプローチする、Xは量子の世界(量子力学)→原子の世界(物理学や化学)→分子の世界(〈材料〉工学や化学)→構造の世界(物理学〈力学〉やソフトとハードの構造〈力〉学)→システムの世界(情報数学やソフトとハードのシステム思考)などの中での解像Aやaやbなどのこと、cも同じ世界構成のデータベースより導かれるが、量子に対して量子的アプローチとは限らず原子的、分子的、構造的、システム的アプローチなどメッシュ関係になってアプローチされる、がXが国や人などの場合でYの振動数を上げるためや下げないために手段とされた場合XにとってYが問題でもある、この場合XとYを包括する集合値の振動数を上げたり下げないようにするゲームにチェンジするか、XとYが利用するシステムのアップデートによる運用を変えて競業から協業のミッションにコミットするようにインセンティブをつけたりする、強制力が効かない時にインセンティブによるベクトルは事態を制御可能にする。

 

左の図は5次元認識による分析であり下位次元は別のマトリクスとなる、5次元の分析の世界においての演繹は集合値を包含する外側の集合値へ広げていくことで、アブダクションは集合値に包含される内側の集合値に入っていくこと、そして帰納はある集合値を包含する集合値の外側から見た視点で包含されてる集合値観察し帰結を導くこと。右の図は主体者の脳内メカニズムを5次元的に表現したもので、演繹は左の図から線形に導かれる何らかのcを結び付けたり結合してYという世界に(テストに合格したら)具現化するか、主体者のデータベース及び外部データベースにあるcから左の図の何らかの要素に結びつけたり結合してYに実装する、帰納は左の図の何らかを包含しているレベルの集合(要素では無い)から観察される要素から導かれる帰結cを結合か結びつけてYに実装する、Yという世界からピックアップされる何らかを左の図から集合のレベルに含まれてYに見合う何らかの要素と主体者の保持してるデータベース及び外部データベースの中からcと結合もしくは結びつけてYに実装する。

 

創造の上では量子→原子→分子→構造→システム→メタシステムの構成で複雑化していきシステムを創造するには構造が必要で構造を創造するには分子が必要で分子を創造するには原子が必要で原子を創造するには量子が必要です、しかし想像するには量子に対してシステム的なアプローチをしたり量子をシステム化する事もできます、一つ想像のコツとしてメタシステムを含む環境や場や状況やシナリオの結末や次元などから見たり逆算したり想定すると最適化されたメタシステムを想像しやすくそこから最適なシステムを創造しやすくそこから最適な構造を想像しやすくそこから最適な分子を想像しやすくそこから最適な原子を想像しやすくそこから最適な量子を想像しやすくそこから創造がしやすくなります、ソフトな想像はメタシステム及びフォーカスしてる複雑性のフラクタルな想定される最も外側から、ハードな創造はメタシステムのフラクタルな最も内側にある量子から仕事がなされます

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悪と言われるものは分離の意識が生んだ心の内の影の部分です

その根底には依存に対する不安があります

依存対象が悪として扱われますが

依存対象へ依存できないことへの不安を

誰かが自身のエゴを満たすために依存している人を

その道具とすることが問題なのです

しかしこの関係は愛がないのでお互いに成長はありません

関係を続けるためのフィードバックは得られますが

その関係から学べることができないのです

そこには共同体の意識の欠如があります

投影がエゴからくるものだとすれば

貢献は愛からくるものです

前者は自分は正しくて自分以外が間違ってるとし

間違ってるものを自分の価値観に従え搾取します

後者は二元論でなくより大きな共同体をデザインし

デザインされた目的に主体性を持ってコミットします

価値ある発明のアイデアを出せなくても

より大きな共同体に貢献することはできます

権力やテクノロジーや知識を持って支配し支配された者を

自らのエゴの道具にする者もいます

悪とは共同体への愛に目覚めるための進化圧です

海の生物にとって陸への進出がフロンティアだったように

より大きな共同体への愛というフロンティアへの進出のきっかけが

悪と呼ばれてるだけです

より大きな共同体への愛へ滅亡をかけた進化の過程です

知的生命体は問題や困難にぶち当たるたびに

フロンティアを開拓していき進化するのです

つまり地球人を人類として進化させたくなければ

特定の何かに依存させておけばいいのです

もう一つ言いましょう

分離の意識とは悪とは

解像度を細かくします

白にいろんな白が表現されるように

時には意表をつく私みたいな人間に成長させる糧にもなるのです

しかしいくら私のような人間の糧になれたとしても

悪自体は分離以上の何かを生み出せません

性質上統合や創造といったものは分離の意識で到達できません

支配者と非支配者の関係は分離ではありますが

支配者が被支配者に貢献することが何かあれば

非支配者は支配者のエゴの道具とはなりません

しかし創造において創造者と非創造物の関係は

創造者がいかに愛を込めようと非創造物は旅をします

非創造物が創造者になる旅もあれば

非創造物が誰かのエゴの道具になる旅もあります

無用の長物になる旅だってあるのです

親子の関係に似てるかもしれません

 

meta

今日はメタ認知について共有したいと思います

認知とは知覚の軸と捉えてください

X軸Y軸Z軸の三次元空間軸で使われますが

ここにα軸やβ軸が加わるといった話ではありません

X軸Y軸Z軸は座標を扱う認知軸であって

空間における点を扱うためです

中学の授業で微分積分にて物理現象としてX軸Y軸の交わる点にしるし

計算して扱って予想したと思います

ここに時間軸が加わると

微分積分にて扱った物理現象の座標の点が

連続されたものとなり線になります

そしてその時間軸を持って運動された対象の観測地点が

一つとは限らない認知を相対性と呼び

光の速さを基準とします

先ほどのX軸(縦)Y軸(よこ)Z軸(奥行き)の3軸をとって

3次元とするとき時間軸が加わることで4次元とすることができます

3次元では点を扱っていたのが4次元で線を扱うことになったことで

複雑性が増したと思います

しかし点がなくなったというより線の一部として内包されてます

点、線ときたら次は円(面、球)だと言えるでしょう

3次元空間に時間軸にさらにメタが加わって

時間軸や空間軸やそれらを合わせた時空の

点や線などの解像度を扱います

メタに対義語がないためここでは

フォーカスアウトをメタ

フォーカスインをその対義語として使います

点や線などの解像度が荒くなる事をフォーカスイン

つまりよりミクロに見ること

解像度が細かくなる事をフォーカスアウト

つまりよりマクロに見ることとした時

扱う時間軸や空間軸や時空によって

現象の捉え方や情報量の違いがあることに気がつくはずです

フォーカスアウトすればするほど情報量は少なくなり

捉え方は大雑把になりますし

フォーカスインすればするほど情報量は多くなり

複雑性は増します

ここで注意があります

観測視点や視座や視野は肉体に制約されません

つまり観察者が地球のどこに居ようが

その認知は地球をメタ認知したり

あるいは自分をも含む地球としてのメタ認知ができます

もっと言えば量子力学の二重スリット実験において

観測者が実験の結果に左右するという現象は

自分をも含む実験の現場のメタ認知が必要だということになります

そして社会現象や地球現象の複雑性は

フォーカスアウトした大雑把な変数で

非線形だった現象を線形に捉える事もできます

自分を含む社会のメタ認知をしたとき

例えば国単位での外交や交流や紛争を

自分を含む時空のメタ認知した時

人々に価値を与えたか、人々の問題を解決するためだったか

という価値の創造と問題解決のために

時空の認知範囲の中でコミットしたか

自分のため金のため今さえ良ければいいと

社会のガンとなっているか

自分が生きている内にどんな仕事をしたか

誰かに引き継がれたものはどんな仕事か

メタ認知のできないものは

自分の仕事の責任を誰かのせいにします

自分のため金のため今さえ良ければいいとしたことを誰かのせいにし

世のため人のためにしたうまく行かなかった結果を

自分のせいとする人もいます

戦前の日本が国際会議の場で

人種差別に反対しなければ

名誉白人として満足していれば

アメリカは日本を支配しようとは思わなかったかもしれません

世界大恐慌がなければ二二六事件はなかったかもしれません

そもそも東京裁判なんて茶番もなかったかもしれません

靖国神社でA級戦犯が問題視されることもなかったでしょう

メタ認知さえ常識だったなら

現在のロシアとウクライナの問題も

メタ認知さえ当たり前ならば

欧米がロシアを刺激することはなかったでしょう

第三次世界大戦も現実味を帯びなかったかもしれません

しかし日本にしてきたことと同様

その延長線上にある国連にはメタ認知の入る余裕さえありません

地球人はそれほどおバカな種族なのかもしれません