さて、今年の漢字は何にしようかなと考えたところ、「両」にしようかなと。両方というか同時進行で何事も物事を進められるようになりたいなという考えからです。

 今も昔も、まともにひとつのことを満足に進められないんですが、最近記憶力が本当に悪くなってきていてやばいなーって思い、できるだけ刺激を自分の脳に与えるべきと考えたところ、同時にいろんなことをやってみたらいいんちゃう、と。。。思いやした。。。。

 記憶力もそうなんですが、感性も刺激しないとやっぱり鈍くなってしまいます。感覚が抜け落ちるというか、見えなくなるというか、聞こえなくなるというか、、、、

 一番こわいのは、自分の感性の伸び代がもうないのではと感じる時です。それは回避する方法はありますが、回避するにはやっぱり日々の行いが大事だと思いやす。本当に。。。日々磨いている人はやはり輝いていて素敵だと感じます。

 なんでまたそんな風に思ったかというと、この間、高校バスケに行き、今回の写真と三年前の自分の高校バスケの写真と比べたら、、、、あきらかに今回の写真にはパワーが、、、、、無くなっていました。。。。三年前の僕の写真は遊んでいました。なんというかオモロい感じで縦横無尽に。。。

 原点に戻り、今一度自分の源流を見つめるべきと思い「源」という漢字も考えましたが、ともかくいろいろと早急にレベルアップしないといけません。。。そのためには勉強もしないといけないし、感性も刺激しないといけない。

 ゆえに「両」です!ゆえに!!!

 やるしかねぇ。

 だべ。
 年賀状でつながる関係は確かにあると思う。

 年に一回、日頃連絡が不通の相手に手紙を出せるというが年賀状だとおもう。そういう意味では年賀状の役割は大きい。

 年配の方は特にそう思うんじゃないかな。。ああ、今年もあの方は元気で過ごしておられたんだなって。

 今回、僕も久しぶりに年賀状を書いた方々がいました。今から7~8年前に僕がヒッチハイクで旅している時に、わざわざお家に泊めていただいた方々にです。(改めて本当にご親切にしていただいてありがとうございました。)
 その中には結構高齢のおじさんもいて、本当に久しぶりだったので健康とか心配でした。年賀状が帰ってこなかったからどうしょうかとちょっと心配にもなりました。
 でも、今日、家に帰ると年賀状が来ていて本当に嬉しかったです。近くによったら是非連絡くださいって書いてあったのが本当に嬉しかったです。
 次はいつ逢えるのか本当に分かりませんが、絶対にいつか再会することはあるとは思っています。互いに出会った時の記憶しかなく、顔もはっきりと覚えていないと思います。僕もじつは今は朧げにしか顔を覚えていません。ほんの数日の時間を共にしただけですから。。。。。

 でも、それでもいいんですね。出会った時の記憶が薄れても、出会えたという事実は変わりやせんからね。

 その事実を年賀状がつないんでいるんですな。遠くなるものがどんどん遠くなって、輪郭もはっきりとしなくなって色も薄らいでも、消えないようにしてくれる。

 年賀状は贈り物だと思いやす。遠くから来る、あいまいでほのかに温かいものです。
 明けましておめどうございます。今年は出来る限りブログを更新しようと思います。

 年末年始は盛りだくさんでした。30日の夜に新宿から嫁さんの実家の大阪に夜行バスで帰り、31日は嫁さんの実家で年越しをして、元旦は嫁さんご家族を連れて僕の実家である福井に帰省。今年は結婚式をあげることもあり、両家で新年のご挨拶とありなりました。

 正月、実家に帰ってから気づいたんだけど、正月に自分が実家にいるのは7~8年ぶりじゃなかったかと思います。だいたい、いつも年始のスポーツを撮っていたから。高校ラグビーやニューイヤー駅伝や、近年は必ず箱根駅伝を撮っていました。だから、テレビでみる駅伝はなにか不思議な感じがしました。ああ、普通ならあそこにいるんだなーと思い、年末年始、僕の代わりに撮影をしてくれた同僚や先輩にはただただ感謝っす。

 今年の自分の漢字一文字は?と、毎年決めるのですが、まだ定まっていません。。。ちなみに去年は「実」でした。って何も実のってないじゃないか!と改めて新年へこみました。。。。。
 みなさんは選ぶならどんな漢字を選びますか?
 
 今年初の撮影で、今日の19時からバスケ全日本を撮りに行くので、行く道中のあいだに漢字考えてみようとおもいやっす。

 
 また、久しぶりの更新です。

 ニュースを見ていると、「あと、のこすところ」とよく聞くようになりました。あと、何日かで今年も終わりますが、一年を振り返ってみていろいろあったなーと思うのか、それともまだまだやり残したなーと思うのか、みなさんはどちらでしょう?

 僕は間違いなく、色々あったなーって思いつつ、やり残しっばっかやんって去年と同じ思いです。日々進歩していません。。。

 ちなみに今年を振り返って書き出してみると、僕は進歩してませんが人生のビッグイベントである結婚をしました。あと引越しもしました。17年生きた愛犬がこの世を去りました。
 印象に残った撮影でいえばマドリッドであったバスケ日本女子代表北京オリンピック最終予選、北京パラリンピック、フィギュア中国グランプリ、などなどです。国内で行われたイベント撮影ももちろんいろいろ印象に残っていますが。。。今年もどっぷりスポーツ三昧だった年でした。(スポーツカメラマンなので当たり前ですが。。。)

 フレッシュですが、今日あった高校バスケ・ウィンターカップも良かった。やっぱり高校ものはおもろい。負けたらその場で終わりやからね。選手の鬼気迫る迫力はやはり写真を撮っていて胸が高まります。


 うーん、しかし、全然ブログを書かないから大切な事を自分の中でアウトプットできず、日々のおさらいが不十分ですな。。。。。物事に対して己の感性が鈍くなって来ています。。。。。最近痛感していたんだけど、日々、何かしら制作していないとほんとにやばい。。。にぶにぶになってしまって、昔感じていたことが今は反応しなくなってきている。、、、、、こいつはやばいぜ!!!と思いますぞ!!

 なので、来年は出来る限りもっとまめに更新を~しないとだめだ!!

 と、思う年の瀬です。

 のこすところ、もうちょっとですが風邪にはみなさん気をつけて。ではまた次回。ん、そういえばパラリンピックの追記全然しなかった。。。やばいなー、ほんと。消化せずに。。。。。おいおい、ほんとおいおい追記します。。。絶対に。。。

 書こう書こうと思い、前回から約二ヶ月ほどたつのでは。。。

 いろんな事がある日々を過ごしているけど、今回は冨田選手の引退についてです。

 今日、体操の冨田選手が国内最後の試合にでました。場所は豊田市総合体育館で行われました。僕が会社から派遣されて来ましたが、僕の中で想い入れがある選手で、一、二番をはるのが実は冨田選手なんですね。。

 僕が新聞社で契約カメラマンをしていた時に、インタビュー撮影したのが冨田選手でした。今から約8年ほど前になるんじゃないかな。あのときの冨田選手と今の冨田選手の違いは何かと考えると、実にあまり変化が浮かばない。
 初めてお会いしたときのまま時間が過ぎた感じがする。8年前のインタビューの間はずっと「ええ。。」「まぁ。。」と記者さん泣かせの返答ばかりしていた。そんな記者会見の応対が変わらず、そのままで時間が経過したような気がするんだなー。いい意味で冨田選手は自分が知っているままの雰囲気でいたような気がしまっす。だから、たまに大会で撮る彼に何も違和感がなかったんじゃないかなー。

 そんな、彼が今回の国内大会で引退っていうのが僕の中ではすんなり受け入れるようで、何か飲み込めない部分がありました。
 ずっと、続けてほしいとかじゃなくて、「ああ、終わりがきたんだなー」って今回思いました。それは自分自身にも言えることなんじゃないかなって思います。

 話が急に飛びますが、僕はパラリンピックから帰ってきてから、自分がやばいと思うほど日々の撮影のテンションが低下しています。。。これは本当に。。。。。

 あまりにもおいしいご飯を食べて、他のものに興味をなくしてしまったような感じです。仕事をするという意味では、今のテンションでは絶対に良くないのは分かっているのですが、この状態を打破するにはどうしたらいいのか今は何も浮かびません。。。

 パラリンピックで、ある選手が自分が病気にかかり、その病気がまた娘にも遺伝していたことを知りました。その病気は筋肉が時間とともに収縮してしまう病気でした。娘は12歳でその現実を知り、父であるその人を恨みさけるようになったらしいです。でも、その選手は病にかかってもこの世界で出来ることがあることを娘に証明したくて、試合にでてきます。日々、進行する病状をおさえつつ試合にでてきます。

 その前に立ちはだかる最強のライバル達。その選手は二回とも銀メダルに終わりました。最強の男に二回も負け、誰にも知られないMixゾーンで泣いていました。ただ、僕と同じ福井の方言で泣いていました。選手としても、男としても負け、家族に申し訳がないって泣いていました。彼は表彰の場面で、勝利者の尊敬をこめて拍手をしていました。でも、ときたま、悔しさを顔に出してぐっとこらえていました。そんな彼を僕は400mmレンズでずっと見ていました。優勝者そっちのけで見ていました。

 なんか、よく分からなくなってしまいましたが、やっぱりこの世は「終わり」というものが確かにあるんだろうことを最近痛感するようになりました。選手生命というのはほとんどの場合は長くはありません。とくにオリンピック、パラリンピックは4年に一度しか来ません。だから、次の大会まで選手でいるかどうかなんて本人にしても判断をつけにくいものだと思います。人生においてもっとも「燃える時間」というものは人それぞれ限られていると思うのであります。

 それが、自分にも確かにあるのだと思うようになりました。そして、その時間を家族に費やしたいと思うようにもなってきました。

 人から甘いと言われるかも知れないけど、僕は今何よりも家族が幸せであってほしいと思っています。僕の奥さんを筆頭に僕の家族が。そのために僕ができること。それが、僕のセカンドステージです。
 
 すぐに感想を書くといいつつ、滞ってしまってすみません。情けないことに張り詰めていた気を緩めた瞬間、風邪を引きやんした。しかも、おなかに来るやつ。。。

 ひとまず、今回、取材中に速報用に写真が使われたページのご紹介をします。けっこうな量なのですが見てもらえて、もう一つのオリンピックに興味がちょっと湧いたら幸いです。


 http://sportsnavi.yahoo.co.jp/other/para_beijing/text/200809080001-spnavi.html

 http://sportsnavi.yahoo.co.jp/other/para_beijing/text/200809080006-spnavi.html

 http://sportsnavi.yahoo.co.jp/other/para_beijing/text/200809100003-spnavi.html

 http://sportsnavi.yahoo.co.jp/other/para_beijing/text/200809100001-spnavi.html

 http://sportsnavi.yahoo.co.jp/other/para_beijing/text/200809120001-spnavi.html

 http://sportsnavi.yahoo.co.jp/other/para_beijing/text/200809130001-spnavi.html

 http://sportsnavi.yahoo.co.jp/other/para_beijing/text/200809170003-spnavi.html

 http://sportsnavi.yahoo.co.jp/other/para_beijing/text/200809180002-spnavi.html
 先ほど日本に帰ってきました。2週間ほど北京にパラリンピックの撮影で行っていました。

 撮影を終えて、今回の撮影では考える事がたくさんあり、自分の今までの障害者スポーツの考えが大きく変化したと思います。

 前半は圧倒されるばかり。中盤は独特な競技への驚き。後半はもう普通にアスリートを撮っている感じ。

 色々なフィルターをかけてみている自分に気づくまでに結構時間がかかりました。また、それがいいのか悪いのか混乱し、そして、それを写真に変換するには正直時間が足りなかったかなーって思います。でも撮影的には「作品」を何枚か撮れたから、それをできるだけはやく何らかの形で発表したいなと思っています。

 この撮影の感想続きはまたすぐ書きます。

 
 ひさしぶりのブログです。

 夏本番に入り、イベントの連続です。特に今年はオリンピックのために取材数はわんさか。

 残念ながら僕は北京五輪には行かないんですが、その後のパラリンピックに行くことになっています。五輪に行けないのは正直なところ悔しくもあり残念でもあるけど、その後の撮影にかなり気合が入っているのがほんとのところかな。

 僕は五輪に行くのが夢で今の会社に入りました。そんで今年で3年の月日が流れて五輪の年に。行けないのがほんとに残念だけど、心の中ではそれもありかなと思っていやす。もし、行けてたら僕は絶対に調子こいたでしょう。その後の僕の写真もいい方向に向かったかは分かんないでやんす。ほんと行けないのは残念だけどね。
 ともかくパラリンピックでは好き勝手やるつもりです。これはずっと行きたいって会社に交渉していて承諾されたのが嬉しいし、誰も見たことがないもん撮って来ようと思っています。おもいっきし暴れたいと思っているのです。

 五輪関係は置いといて。今、インハイがピークに向かっているけど、インハイっていいねー。。。ほんとに。あのパワーはすんごい。普通に予選から決勝まで一日でやってしまうんですよ。炎天下の下で。

 そんで、応援している子達はね、負けてるのに自分達が勝つって信じてるんだよ。みんな。子供達だけじゃなくて親御さんも自分のためじゃなくてねチームのために声枯らして叫んでるんだよね。馬鹿ほどに。。。
 いやはや、ほんとまぶしくて直視できないっす。青春のど真ん中にインハイはあるんですよ。そんな時間はもう絶対にこない時間なんです。その後のアスリート人生は他にもいろんな事が絡んで来て、無我夢中で競技に打ち込むこと、純粋に他者を応援できるって事はもっと少なくなってくる。涙流しながら応援できる行為はもっと少なくなっていくと思う。うーん、ずっと記憶に残る時間で散らない春だから青い春なんだなーーー。

 力をほんともらいます。北京にみんなの目が向いているときだからこそ、自分がインハイ、全中に撮影にいける以上は、他にもある夏の炎天下の時間を写真におさめたいと思います。それぞれの夏を。そんで、その夏はパラリンで僕に新しい絵のエッセンスをくれると思っています。

 またまた久しぶりのブログです。書くペースが不定期で申し訳ありません。。。こんな更新が滞るブログですが、アクセスは毎日だいたい決まった同じ数字が出ている。
 毎日、決まった人がアクセスしてくれているのかと思うと、ありがたいと同時に更新しないから申し訳ないなーと思いやす。
 僕も毎日だいたいチェックする知り合いや他の人のブログはあるのですが、なんか人のブログって更新されてるのを気になってクリックするのが日課みたいになってしまうもんなんですな。とりあえず押してみるかって。。まぁ、これはこれぐらいで。

 今年の梅雨は空梅雨のような気がして水不足が心配になったりするんだけど、そう思うと日本のどこかでは最高降雨量を記録する豪雨が降ったりしている。バランスが狂ってきてるんだなーと最近は思うようになってきたけど、狂ってきてるんではなくて変わってきてると認識したほうがいいじゃないかな。じゃないと、毎年毎年、異常気象と聞いていると正直滅入る。。。。何が普通なんやろと考えるのがめんどくさいのです。

 僕らの子供の頃の気象と今の気象は確かに違う。僕らの親の世代もそうだろうし、その上の世代もそうだと思う。とりあえず変化しつづけて、そんで人が過ごしやすい環境ではなくなってきている。しかし、この50年で地球の気象ってすんごい変化したんだろうね。ものすごいスピードで。

 今、サミットのおかげで環境問題が注目されて報道されているけど、気になるのが「エコカー」なるもの。エコカーもいろいろあると思うんだけど、ハイブリットカーは確かに燃費がよくて、化石燃料の消耗は減らせると思うけど、でも電気作るのも化石燃料を必要としやす。トータルで考える省エネって結構難しいとおもうんよね。。。。一時的ではなく長期的で広い範囲で考えた省エネってなんですかね?-。原子力発電も人体、環境への安全性とかが保障されたら、ものすごいエネルギーだと思う。。。
 こういう技術って今、もっとも必要なんやろね。50年の気象の変化を5年で元に戻せる技術が必要とされているのが環境問題ではないでしょうか。。。あんまり環境の事を知らずに書きましたが、ともかく電気は小まめに消して、少しでも化石燃料を燃やさないようにと。。。微々たるものですが。。


 話が急に変わりますが、最近自分の実家で飼っていた犬が電車にはねられて亡くなってしまいました。飼い始めて今年で17年目でした。最近は目も耳も歳で衰え、おばあちゃん犬でしたが歳をとればとるほど愛くるしい犬でした。
 東京に来てから、愛犬に会えるのは年に数回になってしまいましたが、実家に帰省するたびにまだまだ愛犬は長生きするなと思っていました。
 予期できない別れでしたが、正直、「別れ」という実感がわきません。離れて暮らしているからか実感がわかないのです。実家に帰ったら普通に愛犬が居るような気がします。いつもの場所で寝ている気がします。
 ただ、その「気がする」という感情の中に「もういない」という感覚をぶつけると、なんとも言えない感情が胸に生まれます。悲しいや寂しいではなく、虚無感というのでしょうか。これを感じると、ああ、人というのは簡単に「穴」があく生き物なんだと思います。それはそれは簡単に。大切なものほど深層にあるんですな。そして、それは時間をかけてゆっくりと深く深く潜るのです。

 実家にいる家族全員で愛犬のお墓を掘って埋めてあげたみたいです。まんなかの兄が(僕は兄弟で一番下です。)愛犬を埋める前と埋めた後にその場で泣いていたと聞きました。
 それを聞いて、その光景を僕は自分がその場にいるようにイメージできました。梅雨の降り続ける雨のなかで兄は愛犬に別れをつげて、しとしとと泣いていたのだと想像できたとき、僕の中で愛犬が居なくなって生まれた「虚無感」が悲しさと寂しさに変わりました。そして、それは大気が生命に満ちる梅雨という時期には不恰好で似合わない感情だとただそう思うのです。
 
 今回、マドリッドに来たのは2回目ですが、初めて訪れたのは僕は高校生の時でした。それから10年の月日が流れやした。

 いやー、なつかしいなーって思うことがあるのかと思うと、実は何一つない。というか、僕は本当に来たのかと思うぐらい、当時を感じれるものは何もありません。

 ただ、その時は美術館を巡って旅をしていたので、美術館にいけば何か思い出すんじゃないのかーって思いますが、それもどうなるやら。

 不思議に思うときがあります。10年前に高校生の自分がヨーロッパを放浪した事を。今、その体験がなにかしら自分とリンクしていればなるほどねーって思うんですが、今、僕はカメラマンで画家になったわけでもないし、自分のやっていることが創造の最たる場所にいるわけでもありやせん。むむ、なんでまた放浪したの??って実際思っちゃいます。

 当時、何にわくわくして、何に目を奪われていたのか。今回、仕事の時間がもっとも重要ですが、ちょっとした移動のときに、10年前の自分と寄り添って街を歩いてみたいです。その変化を感じてみたいです。
今の僕は高校生の自分からしたら、どう映るのだろうか。「いやー、やっぱり」なのか「えー、そう来るの!?」なのか。。。。落胆されたらどうしょう。。自信ないな。。。。。

 なんというか、二度目の場所とかは記憶の断片をつなぎあわせてみたいです。そんで、つなぎ合わせる行為が増えていくことが歳を重ねるということなんではないっすか。。。っすか。。。ふぅー、老けたな自分。考え方が老けやんしたな。まぁ、それもよしとしやしょう。の、高校生の自分。