書こう書こうと思い、前回から約二ヶ月ほどたつのでは。。。
いろんな事がある日々を過ごしているけど、今回は冨田選手の引退についてです。
今日、体操の冨田選手が国内最後の試合にでました。場所は豊田市総合体育館で行われました。僕が会社から派遣されて来ましたが、僕の中で想い入れがある選手で、一、二番をはるのが実は冨田選手なんですね。。
僕が新聞社で契約カメラマンをしていた時に、インタビュー撮影したのが冨田選手でした。今から約8年ほど前になるんじゃないかな。あのときの冨田選手と今の冨田選手の違いは何かと考えると、実にあまり変化が浮かばない。
初めてお会いしたときのまま時間が過ぎた感じがする。8年前のインタビューの間はずっと「ええ。。」「まぁ。。」と記者さん泣かせの返答ばかりしていた。そんな記者会見の応対が変わらず、そのままで時間が経過したような気がするんだなー。いい意味で冨田選手は自分が知っているままの雰囲気でいたような気がしまっす。だから、たまに大会で撮る彼に何も違和感がなかったんじゃないかなー。
そんな、彼が今回の国内大会で引退っていうのが僕の中ではすんなり受け入れるようで、何か飲み込めない部分がありました。
ずっと、続けてほしいとかじゃなくて、「ああ、終わりがきたんだなー」って今回思いました。それは自分自身にも言えることなんじゃないかなって思います。
話が急に飛びますが、僕はパラリンピックから帰ってきてから、自分がやばいと思うほど日々の撮影のテンションが低下しています。。。これは本当に。。。。。
あまりにもおいしいご飯を食べて、他のものに興味をなくしてしまったような感じです。仕事をするという意味では、今のテンションでは絶対に良くないのは分かっているのですが、この状態を打破するにはどうしたらいいのか今は何も浮かびません。。。
パラリンピックで、ある選手が自分が病気にかかり、その病気がまた娘にも遺伝していたことを知りました。その病気は筋肉が時間とともに収縮してしまう病気でした。娘は12歳でその現実を知り、父であるその人を恨みさけるようになったらしいです。でも、その選手は病にかかってもこの世界で出来ることがあることを娘に証明したくて、試合にでてきます。日々、進行する病状をおさえつつ試合にでてきます。
その前に立ちはだかる最強のライバル達。その選手は二回とも銀メダルに終わりました。最強の男に二回も負け、誰にも知られないMixゾーンで泣いていました。ただ、僕と同じ福井の方言で泣いていました。選手としても、男としても負け、家族に申し訳がないって泣いていました。彼は表彰の場面で、勝利者の尊敬をこめて拍手をしていました。でも、ときたま、悔しさを顔に出してぐっとこらえていました。そんな彼を僕は400mmレンズでずっと見ていました。優勝者そっちのけで見ていました。
なんか、よく分からなくなってしまいましたが、やっぱりこの世は「終わり」というものが確かにあるんだろうことを最近痛感するようになりました。選手生命というのはほとんどの場合は長くはありません。とくにオリンピック、パラリンピックは4年に一度しか来ません。だから、次の大会まで選手でいるかどうかなんて本人にしても判断をつけにくいものだと思います。人生においてもっとも「燃える時間」というものは人それぞれ限られていると思うのであります。
それが、自分にも確かにあるのだと思うようになりました。そして、その時間を家族に費やしたいと思うようにもなってきました。
人から甘いと言われるかも知れないけど、僕は今何よりも家族が幸せであってほしいと思っています。僕の奥さんを筆頭に僕の家族が。そのために僕ができること。それが、僕のセカンドステージです。
いろんな事がある日々を過ごしているけど、今回は冨田選手の引退についてです。
今日、体操の冨田選手が国内最後の試合にでました。場所は豊田市総合体育館で行われました。僕が会社から派遣されて来ましたが、僕の中で想い入れがある選手で、一、二番をはるのが実は冨田選手なんですね。。
僕が新聞社で契約カメラマンをしていた時に、インタビュー撮影したのが冨田選手でした。今から約8年ほど前になるんじゃないかな。あのときの冨田選手と今の冨田選手の違いは何かと考えると、実にあまり変化が浮かばない。
初めてお会いしたときのまま時間が過ぎた感じがする。8年前のインタビューの間はずっと「ええ。。」「まぁ。。」と記者さん泣かせの返答ばかりしていた。そんな記者会見の応対が変わらず、そのままで時間が経過したような気がするんだなー。いい意味で冨田選手は自分が知っているままの雰囲気でいたような気がしまっす。だから、たまに大会で撮る彼に何も違和感がなかったんじゃないかなー。
そんな、彼が今回の国内大会で引退っていうのが僕の中ではすんなり受け入れるようで、何か飲み込めない部分がありました。
ずっと、続けてほしいとかじゃなくて、「ああ、終わりがきたんだなー」って今回思いました。それは自分自身にも言えることなんじゃないかなって思います。
話が急に飛びますが、僕はパラリンピックから帰ってきてから、自分がやばいと思うほど日々の撮影のテンションが低下しています。。。これは本当に。。。。。
あまりにもおいしいご飯を食べて、他のものに興味をなくしてしまったような感じです。仕事をするという意味では、今のテンションでは絶対に良くないのは分かっているのですが、この状態を打破するにはどうしたらいいのか今は何も浮かびません。。。
パラリンピックで、ある選手が自分が病気にかかり、その病気がまた娘にも遺伝していたことを知りました。その病気は筋肉が時間とともに収縮してしまう病気でした。娘は12歳でその現実を知り、父であるその人を恨みさけるようになったらしいです。でも、その選手は病にかかってもこの世界で出来ることがあることを娘に証明したくて、試合にでてきます。日々、進行する病状をおさえつつ試合にでてきます。
その前に立ちはだかる最強のライバル達。その選手は二回とも銀メダルに終わりました。最強の男に二回も負け、誰にも知られないMixゾーンで泣いていました。ただ、僕と同じ福井の方言で泣いていました。選手としても、男としても負け、家族に申し訳がないって泣いていました。彼は表彰の場面で、勝利者の尊敬をこめて拍手をしていました。でも、ときたま、悔しさを顔に出してぐっとこらえていました。そんな彼を僕は400mmレンズでずっと見ていました。優勝者そっちのけで見ていました。
なんか、よく分からなくなってしまいましたが、やっぱりこの世は「終わり」というものが確かにあるんだろうことを最近痛感するようになりました。選手生命というのはほとんどの場合は長くはありません。とくにオリンピック、パラリンピックは4年に一度しか来ません。だから、次の大会まで選手でいるかどうかなんて本人にしても判断をつけにくいものだと思います。人生においてもっとも「燃える時間」というものは人それぞれ限られていると思うのであります。
それが、自分にも確かにあるのだと思うようになりました。そして、その時間を家族に費やしたいと思うようにもなってきました。
人から甘いと言われるかも知れないけど、僕は今何よりも家族が幸せであってほしいと思っています。僕の奥さんを筆頭に僕の家族が。そのために僕ができること。それが、僕のセカンドステージです。