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急行越前のブログ

日々の生活で感じた事や趣味の事を書き綴っています。
不定期更新ですが、お時間があったらご笑覧ください。

私と妻は、秋の終わりから春にかけて、ウォーキングをすることにしている。本当は、一年通して歩きたいのだが、春から秋のシーズンは田んぼや畑の仕事が忙しくて、歩いている暇がないのだ。秋の収穫を終えて、田んぼや畑が片付くと、我々の散歩シーズンが始まる。たとえ、多少雨が降っても、風が強くても、我々は歩くことにしている。まさに、「雨にも負けず、風にも負けず」である。
はじめは、ただ歩くことだけを心掛けていた。しかしある時、目標を持ったら、もっとやりがいが出来るのではないかと思った。そこで、時刻表の東京から神戸までの営業キロを記載し、毎回歩いた距離を記録していくことにした。つまり、東海道を歩いたと仮定して、どこまで進んだかをわかるようにして、やりがいにつなげようというものだ。
少しずつでも積み重ねるということはたいしたもので、先日、東京から神戸まで達して、東海道本線を完遂した。今は、引き続き山陽本線を西へ向かっている。今後、西へ西へと向かい、目標は我々の聖地、長崎である。いつ、長崎に達するかはわからないが、無理をせず、自分たちのペースで進んでいこうと思う。

歩くことは、体力づくりや健康維持には非常に良いという。しかも、ストレス解消になるし、認知症予防にも良いらしい。良い事づくめではないか。
春になると、我々の散歩道の途中に美しい桜並木が姿を現す。古いお寺の門前に、美しい桜が人知れず花をつける。この桜を楽しみにしている人がいったい何人くらいいるのだろうか。
あと、1か月と少しで、花のシーズンがやってくる。その時期を我々は心待ちにしている。持病の花粉症はピークの時期だろうけど・・。

 

この時期になると、さださんのこの歌を思い出す。

 

「あなたが銃弾に倒れたのは・・」という歌詞で始まる「あと1マイル」という曲である。戦場で愛する恋人のために書いた恋文が、戦争が終わった翌日に届くが、その一週間前に彼は戦死していたという歌詞である。

私の曽祖母の一人息子は、23歳の若さで異国の地で命を落とした。まだ結婚前の、若い真面目な青年であった。インパール作戦という、日本軍の上層部が考えた無謀な作戦のために、若い貴重な命が奪われた。曽祖母は、戦死の一報を受けても決して信じなかった。あの子は必ず帰ってくると。それから、ゲートルの靴音がするたび、あの子が帰ってきたと言って家を飛び出したという。何とも切ない親心である。

しばらくして、曾祖父は息子のために立派なお墓を建てた。大事な一人息子を失い、年老いた夫婦は貧乏で苦しかったが、お国のために命を落とした息子へのせめてもの親の気持ちだったのだろう。

そのお墓に、ある時花が添えられていた。一体誰が息子のために花を手向けてくれたのだろう?近所の人に聞いてみると、見たことのない若い女性が花を上げていったようだとわかった。もしかしたら、若い息子には約束した女性がいたのかもしれない。年老いた両親は、悲しみを新たにした。

それから70年近くたったある日、私はある人から思いがけずその女性の話を聞いた。その女性は、なくなった曽祖母の息子と結婚の約束をしていた。戦地から帰ってきたら、君を貰いに行くと。あの戦さえなければ、あの無謀な作戦さえなければ、幸せをつかんだはずの若い二人であった。

毎年この時期になると、私の住んでいる市では戦没者の慰霊祭を開催する。私は、できるだけ休みを取って参加するようにしている。現在の平和は、72年前の戦争で犠牲となった、幾多の人々の尊い犠牲の上に成り立っている。われわれが、こんな平和で豊かな社会に幸せに暮らせるのは、自分の幸せを犠牲にして異国の地に散って行った、多くの若者のおかげである。

 

決して忘れるまじ。

決して繰り返すまじ。

 

このことを肝に銘じなければならない。

我が家の農繁期がやってきた。

 

月曜日から土曜日の午前中まで職場で働く私にとっては、土曜日の午後と日曜日が貴重な農業の時間である。したがって、GWともなれば、ここでまとめて農業をする農繁休暇となる。

今年も、まずJAから稲の苗箱を引き取ってきて、苗場を作り、苗箱を設置した。次に、田んぼに肥料を撒き、そのあとトラクターで耕した。さらに、畑もトラクターで耕し、トマトやナスを植え、大根やキュウリの種を撒いた。

しかし、今年のGWはそれだけではない。妻が町のイベントで、アロマテラピーの講座の講師をするので、私も手伝いでイベントに参加した。その上、コンサートも聴きに行った。

我ながら、よくもまあ、3日間でこれだけやったと思う。

先週末は、土曜日の午後に田んぼの代掻きを行い、そのあと、庭の草取りを行った。翌日の日曜日は、妻の母の法事で東京に行ったため作業はお休み。その代わりに、月曜日に仕事から帰ってから、トラクターで田んぼに行き、再び代掻きをして仕上げる。翌火曜日は、仕事から帰ってから、昨日代掻きした田んぼをレーキで平らにならし、そのあと田植え機の整備を行った。これで、田植えの準備はほぼ整った。

 

独身の頃は土日が休みで、ずっと録画したビデオを見ながらゴロゴロしていた。思えば、なんて贅沢な時間を過ごしていたのだろうと思う。今は、休みも少なく、その休みでさえも農業でつぶれてしまう。なぜ、好きでもない農業を、そんなに頑張ってやるのだろうかと自分でも不思議に思うことがある。親が出来なくなってしまったから、自分たちがやらなければならないという義務感はある。しかし、それだけだろうか?日ごろの職場では味わえない、仕事の充実感。ストレスのほとんどない、自然との共存。自分のした作業が、適正に評価される満足感。成果物を譲渡した時の顧客の笑顔。すべてが、今の職場には無い、満たされた環境。

 

ふと、仕事とは何だろうと思う。お金を稼ぐこと?それはどうでもいいことだ。自分の仕事に対する、適切な評価、感謝の気持ち。それらがやりがいと幸せにつながっていく。お金をいくらもらってもむなしさしか残らない。でも、「ありがとう」の言葉が、何よりのやりがいになる。人は、「やりがい」という報酬が最もやる気につながる。

 

逆に「やりがい」さえあれば、人は相当な苦労でも喜んで引き受ける。GWが農繁休暇でも、それほど苦痛に感じないのは、やりがいという報酬があるからだと思う今日この頃である。

 

 代掻きが終わった水田

 

15年ぶりに車を買い換えた。


家の車としては、一番古株になっていた私の通勤に使用している車だが、さすがに15年乗っていると愛着があった。よく、無事故・無違反で、長年にわたって走ってくれたと思う。一度も故障したこともない。トヨタのカルディナで、2000ccの車だったが、すでに現存しなくなって久しい車種であった。典型的なツーリングワゴンのガソリン車で、2002年車なのでエコカーでもなんでもない。それでも、私の運転でリッター13km位走ってくれていた。当時の2リッターの車としては良い方である。

さて、新しく我が家に来た車は、今をときめくハイブリットカーである。燃費はどのくらいなのか楽しみなところではある。
プリウスαにするか相当悩んだが、燃費や税金、スタイルや使い勝手等、総合的に判断してカローラフィールダーにした。プリウスαは今っぽいファミリーカータイプで、売れに売れている人気車種だが、私的にはもっとツーリングワゴンぽい車にしたかったのだ。しかも年甲斐もなく、エアロパーツやバケットシートで、タイヤもちょっと薄めの、特別仕様車、エアロツアラーにした。見た目的にはシャープなスタイリングは、精悍に海原を泳ぐイルカ、もしくはちょっとワイルドなサメのようなデザインだと、非常に気に入っていた。
しかし、車庫に納まったフィールーダーを見て妻は一言。
「アンコウみたいで可愛いね。」

「ガーン!!アンコウ?!」

フィールダーと私は、いまだにショックから立ち直れないでいる。

 

注)写真は冬用タイヤを装着しているため、本文の特別仕様のタイヤと異なります。

確かに「アンコウ」に見えないこともないような・・・。

謹賀新年。

 

新しい年を迎えた。

いつも思うことがある。年末までは年の暮れでせわしなく動き、一年の終わりの感傷に浸る余裕も無く、気付けば大晦日の夜となっている。そして午前0時を迎えた途端、世間は正月となり、急にTVやラジオでは正月モードになる。この急変振りが、私には付いていけない。

まだ、頭の中は除夜の鐘が鳴っていて、完全な年の暮れモードなのだが、急にTVの「行く年来る年」ではでは、「新年明けましておめでとうございます」とアナウンサーが神妙に挨拶し、正月モードに切り替わっている。私1人が、年末に取り残されているのだ。TVの画面をみても、数秒前までの年末となんら変わっていない。初詣のために、深夜に神社やお寺で並んでお参りする時を待っている人達にとっては、なんら変わらない景色の中で、時間だけが勝手に新年に移行し、日本中の人が明石標準時のもとに新年に移動させられている。非常に不思議な現象なのだか、誰一人としてその異常さに気にも留めず、いつものように年を越していく。

この光景を異常と捉えているのは、もしかしたら私だけなのだろうか。私だけが、時間と日付からかけ離れた場所に取り残されて、皆さんの様子を不思議な面持ちで見つめていたのだろうか。

子どもの頃から感じている、年越しのこの違和感。

独特の世間と時間からの疎外感。

 

私だけ?

収穫の秋である。

 

雨が続いていて田んぼに入れないまま、時間だけが過ぎて、今年は稲刈り出来ないのではないかと困り果てていた。その上、ギックリ腰になってしまい、歩く事さえ困難な状態になってしまった。これでは、ぬかるんだ田んぼの中を機械を操作しながら歩くなんて、出来るはずがない。今年は稲刈りを断念しなければならないかもしれないと絶望的な気持ちになった。しかし、半年間、毎週末草刈りしたり、草取りしたり、毎日朝晩水を調整したり、ずっと頑張ってきたのにそれが全て無駄になるなんて悲しすぎる。

 

10月最初の土日、ようやく晴れた。千載一遇のチャンスである。一週間前にギックリをしたにもかかわらず、迷わず稲刈りを敢行。腰の痛みに堪えつつ、ぬかるんだ田んぼで、機械がスタックしないように注意深くコントロールして、正味1日で何とか刈り終えた。しかし、稲刈りはここで終わりではない。まだ、1/3しか終わっていないのだ。この後、田んぼ中から全ての藁を集めて、物干しの様に藁を架けなければならない。この作業に正味2日間かかる。機械によって田んぼに放り出された藁は、ぬらすと発芽したり腐ったりするので、出来るだけ早く集めて干さなければならない。夫婦で暗くなるまで藁をかき集めては、干していった。そして、3日目の午後1時過ぎ、ようやく全ての藁を架け終えた。全ての作業を終えて家に帰ろうとしたとき、俄かに雨が本降りになった。まるで、神様が見ていたかのようなタイミングである。
そして、現在下の写真の様に、幅75mの田んぼに2列に稲が架けられている。これが、夫婦2人の努力の成果である。

 

今年の収穫は、いつに無く苦労した。その分、美味い米が食べられると思う。

 

新米が食卓を飾る日を、今から夫婦でとても楽しみにしている。

 

先日、私達の挙式をしてくださった牧師さんご夫妻が我が家に御来訪した。


私達は、軽井沢の教会で挙式したが、その時たまたま司式を担当してくださったのが、その先生だった。大抵の場合、その時だけでその後はお会いする事もない場合が多いだろう。しかし、私達の場合は違った。

先生の、「いつでも帰ってきてください」というお言葉を真に受けて、本当に年数回、軽井沢の教会に先生に会いに行った。やがて、色々なお話をしたり、時には人生の大きな岐路における相談をしたりして、先生とはとても親しくなった。しかし数年前、先生は軽井沢の教会をお辞めになり、御殿場の教会の牧師になられた。これで、なかなか会えなくなってしまうと我々は思っていたが、神様はそうはさせなかった。


住む場所が200キロ以上離れた現在でも、先生が我が家を訪問してくださったり、われわれが先生の教会を訪問したり、一緒に旅をしたり、以前にも増して年数回お会いしている。


先日は、先生が我が家を訪問してくださり、1泊して一緒に観光した。一緒に食事したり、お茶したり、美術館やワイナリーを見たり、2日間の時間はあっという間に過ぎていった。


今でも不思議に思うことがある。我々が挙式に軽井沢の教会を選んだものも偶然で、その日たまたま司式を先生が担当してくださったのも偶然、しかしながらその偶然から一生の長い付き合いになるとは、思いもしなかった。神様は時々素敵な偶然をくださる。でも、それを生かすか生かさないかは自分次第である。


神様が与えてくださった素敵な偶然に心から感謝したい。



先日、Nゲージで中古の掘り出し物を見つけた。


最近、KATO製のC50が発売されて話題となった。KATO50周年記念ということで、完全新規製作による最新モデルである。さすがに、力の入ったもので、出来は本当に素晴らしい。しかし、何といっても値段が高い。なんと、機関車1両で、税抜き20,000円。KATOのHOゲージのEF510が12,800円なのに、Nゲージで2万円である。私には買えない・・・。

しかし、残念ながら旧製品はもう売られていない。税抜き6,500円というリーズナブルな設定だったのだが・・・。

そんな折、銀座の某中古模型店で、積み重ねられた箱の中から旧製品のC50を見つけた。要調整と書かれていたが、試験走行してみると意外にスムーズに走る。しかも、本体に傷みはない。大分走りこんでいるらしく、全体的に消耗している感はあるが、安かったので購入した。

家で走らせて見ると、元気良く走ってくれた。手持ちのオハ30を3両くらい牽かせてみると、非常に見栄えがする。このオハ30も旧製品で、定価は800円というリーズナブルな設定だった。私は、最新の製品も、非常に出来が良くて好きだが、こういった旧製品を整備しながら走らせるのも好きである。高校生の頃中古で入手した、TOMIXのDF50は、既に35年くらい使っているが未だにちゃんと走ってくれる。牽かせる客車も、当時小遣いを貯めて買った14系座席車や24系客車。KATOの485系や185系も、高校生の頃からの大事な想い出が詰め込まれた宝物である。

KATOやTOMIXの製品は、そんな35年も前の製品でも、整備していればきちんと走ってくれるところが素晴らしい。勿論、今の最新の製品に比べればディテールなどは全然違うが、それがまた味があるというものだ。古い物を大事にするという文化は、世界遺産だけではない。自分の大切な思い出も含めて、大事な宝物である。

故きを温めて、新しきを知る。最新の製品があるのは、古い製品があってこそなのである。

ゴールデンウィークは農繁休暇である。


世間では、ゴールデンウィークに出かけるらしいが、我が家ではもっぱら農作業に勤しむ週間である。我が家では、週末や連休には、日ごろできない農作業を集中して行う。渋滞や帰省ラッシュなど全く縁がない。逆に、春のゴールデンウィークと秋のシルバーウィークが無かったら、我が家の農業は回らないだろうと思う。平日は基本的に職場で働く。従って、農業は休みの日にするしかない。よく、「休みの日も仕事をして、いつ休むのですか?」ときかれるが、実際のところ休みは無い。

しかし、考えてみれば週休制など、ほんの100年くらい前からの事であり、その前までは日本人は1年365日、殆ど働いていた。休むまもなくである。中には、泊り込み、住み込みで働いていて、24時間体制で働いている人も多かった。たとえば、大奥で働く人など、完全な住み込みで家に帰る事も許されない。職場に寝泊りし、何か事が起きれば、いつでも対応できるように待機しているようなものだ。プライベートな時間など全く無いのではないだろうか。

それに比べて、現代人は随分長く休むものだ。年間の約1/3は休暇という人も多いだろう。更に一日の1/3くらいしか働いていない。しかし、休んでいる時間を充実させている人は一体どれだけいるだろうか?だらだらとTVを見て過ごしてしまう、ごろごろして過ごしてしまう、そんな人も少なくない。なんと時間の勿体無い使い方だろうか。私だったら、1日自由にして良いといわれたら、やりたいことがたくさんある。まず、音楽を聴き、本を読み、模型を走らせ、散策をして、コンサートに行き、旅行に行き、楽器を演奏して・・・。まてよ、一日では全然足りない。

人は、時間に余裕があると、つい無駄に使ってしまう。それならば、ゴールデンウィークには計画的に、農作業を行う事にしよう。出来たら、趣味やコンサートにも、時間を割いてみよう。いろいろ、日ごろ出来ない事にチャレンジしてみよう。そうすれば、時間を無駄にする事もない。こうして、我が家のゴールデンウィークは、農繁休暇となった。


今年も、農繁休暇が始まった。ありがたきかな、農繁休暇である。

Eテレのクラシック音楽館で、スタニラフ・スクロヴァチェフスキ氏のブルックナーの公演を放送した。


ブルックナー指揮者といえば、 フルトベングラーやオットー・クレンペラー、朝比奈隆など、かつて巨匠たちが数々の名演を残してきた。しかし、そんな巨匠たちが、徐々に他界し、気付けばスクロヴァチェフスキしか残っていない状態になってしまった。それで、最後の巨匠と呼ばれるようになった。92歳という高齢にして、80分の大曲を立ったままで指揮する体力に、まず脱帽する。そして、音楽に対して、真摯に向き合っている態度も尊敬に値する。既に芸術家という域を超えて、人間国宝的な職人的技術に匹敵する。

かつて、朝比奈隆さんが、88歳でシカゴ交響楽団に初登場した時、現地のマスコミはフルトベングラーの再来と書いた。スクロヴァチェフスキ氏の演奏もまた、フルトベングラーを思わせるような、ゆったりとして堂々とした、重厚で緻密な演奏である。読売日本交響楽団も、実によく彼の要求に応えて演奏していたと思う。深みのある、いぶし銀のような、素晴らしい演奏であった。読売の演奏を聴く機会は普段余り無いので、それもまた良い機会であったと思う。

ブルックナーは、音楽を誰にも献ずることなく、神にのみ捧げていたそうである。親が銀行家で、金儲けのために音楽を書く必要が無かったと言えはそれまでだが、常に神に音楽を捧げていたという信仰は素晴らしいと思う。


ブルックナーの様に、自分に正直にまっすくに生きたいと、改めて思う今日この頃である。