我が家の農繁期がやってきた。
月曜日から土曜日の午前中まで職場で働く私にとっては、土曜日の午後と日曜日が貴重な農業の時間である。したがって、GWともなれば、ここでまとめて農業をする農繁休暇となる。
今年も、まずJAから稲の苗箱を引き取ってきて、苗場を作り、苗箱を設置した。次に、田んぼに肥料を撒き、そのあとトラクターで耕した。さらに、畑もトラクターで耕し、トマトやナスを植え、大根やキュウリの種を撒いた。
しかし、今年のGWはそれだけではない。妻が町のイベントで、アロマテラピーの講座の講師をするので、私も手伝いでイベントに参加した。その上、コンサートも聴きに行った。
我ながら、よくもまあ、3日間でこれだけやったと思う。
先週末は、土曜日の午後に田んぼの代掻きを行い、そのあと、庭の草取りを行った。翌日の日曜日は、妻の母の法事で東京に行ったため作業はお休み。その代わりに、月曜日に仕事から帰ってから、トラクターで田んぼに行き、再び代掻きをして仕上げる。翌火曜日は、仕事から帰ってから、昨日代掻きした田んぼをレーキで平らにならし、そのあと田植え機の整備を行った。これで、田植えの準備はほぼ整った。
独身の頃は土日が休みで、ずっと録画したビデオを見ながらゴロゴロしていた。思えば、なんて贅沢な時間を過ごしていたのだろうと思う。今は、休みも少なく、その休みでさえも農業でつぶれてしまう。なぜ、好きでもない農業を、そんなに頑張ってやるのだろうかと自分でも不思議に思うことがある。親が出来なくなってしまったから、自分たちがやらなければならないという義務感はある。しかし、それだけだろうか?日ごろの職場では味わえない、仕事の充実感。ストレスのほとんどない、自然との共存。自分のした作業が、適正に評価される満足感。成果物を譲渡した時の顧客の笑顔。すべてが、今の職場には無い、満たされた環境。
ふと、仕事とは何だろうと思う。お金を稼ぐこと?それはどうでもいいことだ。自分の仕事に対する、適切な評価、感謝の気持ち。それらがやりがいと幸せにつながっていく。お金をいくらもらってもむなしさしか残らない。でも、「ありがとう」の言葉が、何よりのやりがいになる。人は、「やりがい」という報酬が最もやる気につながる。
逆に「やりがい」さえあれば、人は相当な苦労でも喜んで引き受ける。GWが農繁休暇でも、それほど苦痛に感じないのは、やりがいという報酬があるからだと思う今日この頃である。
代掻きが終わった水田
