予定が無いとダラダラしてしまって、「あー、またやっちゃったー」と夕方頃にガックリします。

たまのことなら「ダラダラを楽しむ」という心の余裕もありますが、頻繁だと逆に焦ってきます。

ダラダラが頻繁だと焦るなどとは、何か矛盾している感じもありますが、時間を大切にしていないという罪にはしっかり気付いているからなのでしょう。



親愛なる友人が、タイムマネージメントについての本を出しました。

事業に成功しながら、とても人付き合いが良く、気前も良く、バランス良く、「いったいいつ仕事をしているの?」と誰もが不思議がるような人生の謳歌ぶり。

そんな彼の「時間術」を知ることができるのかと、昨日の発売を待ちに待って、やっと読むことができました。



「時間を消費せずに投資する」

「時間資産の増やし方は、株式などの投資のノウハウと同じ」

など、オリジナルな表現で興味深いアイディアが色々と披露されていて、とても面白いです。



なかでも、「俯瞰逆算スケジュール」という考え方は、非常に納得のいくものです。

「いつかこうなりたい」と思ってコツコツとまんべんなく努力するよりも、計画全体を俯瞰で眺め、目標を「いつまでに」と設定し、そこから逆算して効率の良いスケジュールを立てて実行したほうが、確実に掴み取れる可能性が高い。
しかも再短時間で。

前に読んだ本に、「目標とは締め切りのある夢である」という一節がありましたが、それに通じる考え方だと思います。
(と言うか、その本自体、彼のオススメで読んだのでした。)



考えてみれば、私もたまに、本当に切羽詰まった時には、ものすごい勢いで「俯瞰逆算スケジュール」を頭の中、或いは紙切れに描いています。

たとえば、いきなり決まったパーティに対しては、俯瞰逆算して最高に効率の良いスケジューリングで対応するしかありません。

また、かえってその方が、時間をたっぷり使って色々いじり回したパーティよりも、シャープな切り口で面白い演出ができたりすることが間々あります。



しかし、喉元を過ぎれば熱さを忘れるようで、私の場合、そういった俯瞰逆算能力は心底焦った時にしか現れないものでした。

そもそも自分が俯瞰逆算をしているという意識が無かったもので、日常に生かすことなど考えつかなかったのだと、この本を読んで気付いたのです。

もちろん、慣れていることに対しての俯瞰逆算は割と容易ですが、手探りの目標に対してどうするか。

それに対しても、効率の良いスケジューリングでインプットすることなどが大切ですが、この本に色々な Tips が詰まっています。



知り合いの本だから言うのではありませんが、あんなに楽しそうに生きるには何をすれば良いのか、本人を知っているからこそ盗み読みできることが嬉しい、そんな一冊でした。



今朝、積み上げた本の山に蹴躓いて雪崩を起こした私を眺め、

「そろそろパーティやればいいのに……」

と、夫が小声で呟きました。


お客様があれば部屋が片付くと信じている彼は、ひたすら次の来客を待ちわびています。

我家の場合、それは大変正しい考え方です。



家に人を招いてパーティをする場合は、当然部屋を片付けますし、掃除も念入りにします。

レギュラーレベルの掃除片付けを終えた後、今度はお客様になったつもりで玄関から入ってみます。

お客様目線で靴を脱ぎ、廊下を歩き、部屋へと辿り着き、ざっと全体を見回すと、常日頃では発見できないようなホコリなどが目について来るものなのです。

その後、準備など細々としたことに没頭し、パーティ開始予定の約一時間前に、またお客様目線チェックを繰り返し、パーフェクトで臨みます。


不思議なことに、パーティの後片付けは普段の片付けとは別枠で、我ながら驚くべきパワーでパーティ開始前の状態に戻します。

そして、真夜中(或いは明け方)のリビングのソファで独り、楽しかったパーティの余韻に浸って幸せに過ごします。



さて。

完璧に片付けて、ピカピカに磨き上げたとしても、その状態が保てるのはせいぜい三日でしょうか。

徐々にあちこちに荷物が放置され始め、一週間もすればもとの木阿弥状態になります。

毎度のことです。



パーティに関わらず、もっとこまめな片付けを習慣化すれば良いのだということは百も承知ですが、何故かそういうわけにはいきません。

そして、部屋がゴタゴタしだして、そろそろクレームが出るかなと思う頃、「パーティどきかな」と思うのです。


なので。

きっとこれは、私が人を招くために必要な「性(さが)」と「業(ごう)」なのだと思うことにしました。




全国の大学で麻疹が大流行とか。


かく言う私も今日は大学の日でした。

自分に抗体があるのか無いのか不確かなので、理不尽にもひたすら「大学生」という物体を恐れていますが、背に腹は替えられない。

そもそも一般大学との付き合いも薄く、学生の9割方は「サークルって何?」と我が道をゆく行動半径の狭さを誇っていたとの記憶にすがり、勇気を振り絞っての登校となりました。

一転、到着した構内は麻疹なんてどこ吹く風?の、お気楽ムード満点。

ま、そんなことだろうとは思っていましたが。



本日の博物館学、美術館に必要な施設、設備、その理由、を学びました。

身近な例として、東京芸大に近年できた美術館のメイキングオブ画像を見ながらの講義となっていましたが、上野の山の成り立ちというところから話があり、そこが少々興味深かったのでした。


寛永寺は「寺」とはいうものの、江戸城の北東(鬼門)に位置する出城、山の上の要塞だったのだそうです。

そして、御徒町から上野までの広い道は、実は巨大な邪気を払う抜け道なんですって。

昔々は上野の山一帯が全部寛永寺。

なので、美術館の為の基礎工事で土を掘った時、当然人骨が沢山出て来るかと予想されたそうですが、なんと犬の骨が山のように出て来たらしい。

要は、やはり寛永寺が寺よりも特別な意味合いを持った場所だったみたいだということと、「犬」といえば、あのヘンテコな将軍が思い出されるということで(犬が手厚く葬られた?)、他にも色々面白い掘り出し物はあったそうですが、ちょっと不思議で楽しい発掘作業だったみたいです。



ところで、博物館、美術館の施設についてですが、「どんなものがあるか想像してみなさい」との教授の声に、「展示室、受付、クローク、ショップ、カフェ、収蔵室、事務室……」など上げてみましたが、主に考えつくのはパブリックエリアばかりで、裏はあまり思いつきませんでした。

「では見てください」と配られたプリントには、公共の場が6項目に対して、バックヤードが30項目も。

「本来これだけ必要です。そして、日本の建築は、大抵バックヤードが脆弱なんです」と。

目に見えるところばかりを立派に作り、裏方にはあまり重きを置かないらしい。

なので、実は非常に機能的でない。

美術館、博物館はもとより、空港などは最たる例で、日本の空港は海外のパイロットなどからかなり不評なのだそうです。

「そりゃ、見栄っ張りでかっこわるいね」と思いながら、それが常日頃抱いているファミリアーな感情だとふと気付きました。



パーティ会場のバックヤード!

「なんで会場があんなにカッコいいのに、バックがこんなにヘボいのーっ!」と気が狂いそうになることはしばしばです。

その上、物置部屋になっている場合もある。

もちろんプロですから工夫して何とでもしますが、働きにくいったらありゃしない。

ぶつかるし並べられないしで、ひとつの行為に倍時間が掛かり、片付けも地獄の作業。



これ、ホームパーティでも同様です。

準備が済んだキッチンはピカピカにして、必要の無いものは楊枝一本に至るまで、全て取っ払っておきましょう。

それだって、パーティが終わる頃には絶対にカオスになるのです。


余計な「カワイイ雑貨」なども、下げられたコップや汚れた皿に埋もれていたら誰も褒めてはくれません。

ゴミも出来る限り捨てておくこと。

冷蔵庫もなるべく空にしておくこと。

すっきりしたキッチンなら、下げられた食器をこまめに洗うことも苦にならないし、その行為もお客様の目にあまり負担にはなりません。


逆に、ごちゃごちゃして洗い物も山盛りになってくると、「手伝おうか」と言わざるをえない状況になり、狭いキッチンにワシャワシャ何人も入り込み、「これ、どこに置けばいい?(置き場が無い)」とか、「布巾がどこにあるのか分からない」とか、何か割れたとか、踏んだとか、余計な事件も起こりがちです。

あ。書いていて気付きましたが、布巾やタオルは分かり易い場所に「これでもか」というほど用意しておきましょう。

仮に手伝ってもらう場合、それが最低限の礼儀です。



美しいパーティはバックヤード命。

毎度自分に言い聞かせているわけですが。




* * * * *


余談ですが、我が校、正式な校章も校歌も存在しない珍しい大学でして、これだけプロがいて何故?という学生時代からのギモンがついに判明いたしました。

(一応「マーク」と「バッジ」はありますが、なんだか「正式」ではないらしいし、そんな話を他でも聞いた気がする)

理由は、教授がみんな「オレがつくる」と揉めるからだそうで。

……。


メイキングオブ美術館に於いても、そんなことばかりだったそうで、教授がバラしてくれました。

幼稚っぽいにも程がありますが、未だに校章も校歌も無いわけは、未だにその体質がしっかり健在だからということに他なりません。


うん。

とってもよくわかります。





金曜の夜、プラダ青山エピセンターの地下フロアで、秋冬ファッションショーがありました。



普段は服で溢れた空間を一掃し、白く分厚い硬質ウレタンフォームを積み重ねて作ったた簡易椅子をランウェイ左右2列ずつに配置。

ウレタン椅子は意外に見た目にもモダン且つなかなかの座り心地で、

「これ、いいアイディアじゃない? 椅子が足りない時にハンズでウレタン買って来て作ればいいんでしょ」

と連れに言ったところ、

「この体積のウレタンだと、最低1個6千円位はするんじゃない」

と冷めた声で返答され、私の浅い思いつきは敢え無く一蹴されました。



肝心のコレクションは、さすがの色使い、素材使いで圧巻でしたが、一番目を引いたのは足元を彩る高さ10センチ前後の非常に危ういデザインのハイヒール。

なんと踵が内側に向かって削り込まれ、しかも横から見た幅はあるものの後ろから見ると薄~い。

その上、足首も太いバンド固定され(ているように見えたので)、転んでも絶対に脱げなそう。

挫いて足首を激しく痛めるか、転んで腰骨を打つ人が続出しそうな見栄えでしたが、スタッフの方に伺うと、

「そうなんですけど……、アレが今期イチオシのシューズってことになっておりまして」

とおっしゃる。

「ファッションには法規制は絶対に必要ないのか?」と、これまで思いも寄らなかったギモンが浮かんだ夜でした。



その後、ル・バロンでのアフターパーティへどうぞとのこと。

こちらは会員制故に入ったことが無かったので少々興味がありましたが、西新宿の餃子屋にそれよりも百倍大切な用があったので、潔く後にしました。

どうせ華やかなゲーノー人御一行様が幅をきかせておいでだったろうから、仮に行ったってちょっぴりドキドキちょっぴりロンリーで過ごしたことでしょう。



華やかなパーティに参加するには、ゲストにもそれなりのパワーが要求されます。

受け身の参加はあり得ません。

興味本位でのこのこ出て行っても、完全に食われてパーティ嫌いになって帰って来るのが関の山です。

本当は招待する側もゲスト選びには細心の注意を払うべきなのですが。



カッコイイパーティを思い切り楽しめるようになりたいと夢見るアナタ、例え有名人でなくても芸能人でなくても絶世の美男美女でなくてもそれは可能ですが、周りを楽しくさせるようなポジティブなオーラを身に纏えるよう努力することが大切です。

取りあえずは何をするか?


背筋を伸ばすこと。

自分のベストなスマイルを知ること。






このブログ、タイトルに反して日を追うごとに益々主観的雑学ブログの様相を濃くしてまいりました。

このとりとめの無い内容も「いつかきっとパーティネタとして使用してやる」つもりの私としては、一応何の違和感も無いのですが、わざわざ読んでくださる皆さんにとっては「何が言いたいんじゃ」と思われているだろうことはよくわかります。

なので、これからはなるべく、毎回書くネタがパーティネタとして通用するのかも検証して行きたいと思います。



さて、本日はプレステージシャンパーニュ『SALON』のテイスティングセミナーに参りました。

サロンは1911年に創業する際、シャンパーニュの歴史上初めて、白葡萄種のシャルドネのみを使用した醸造を試み成功させたメゾンです。

そして、絶対的に葡萄が最良に仕上がった年にしか造られず、サロンが仕込まれなかった年には、その葡萄は姉妹メゾンであるドゥラモットでのシャンパーニュ造りに用いられます。

なので、少しワイン通になってくると「ドゥラモットはお得なんだよ」と吹聴したりする行為が、一般的なワイン道の過程にあります。



今回来日されたのは、サロン、ドゥラモットの両メゾンで社長をされているディディエ・ドゥポン氏でしたが、彼によると、「日本は並々ならぬプレステージ・シャンパーニュ(高価なシャンパン)の消費国」であり、そのことから、「日本人はシャンパーニュのことを最も理解して飲んでくれている国民なのです」とのことでした。

彼にはその夢を永遠に抱き続けて欲しく、決してキャバクラやホストクラブには出向いていただきたくないと、願ってやみません。



ところで、セミナータイトルは「至高のシャンパーニュ サロン」でしたが、今リリースされている96ヴィンテージ750ML1本が恐怖の3万5千円ということで、当然テイスティングアイテムにはドゥラモットが加わってくるわけです。

今まで何度となくサロンを口にしたことはありましたが、ここで初めてサロンの魅力の神髄を理解できたような気がしました。

まず、ドゥラモットのブリュット(シャルドネ50%、ピノ・ノワール35%、ピノ・ムニエ15%)をテイスティングしましたが、これはこれで酸と骨格のバランスが取れた美味しいワインでした。

次に、ドゥラモットのBlanc de Blancs(シャルドネ100%)NVに移ると、非常に上品な切れの良さを感じ、最初のワインに感じた余韻が非常にベタついた印象に変わりました。

その次、ドゥラモットのBlanc de Blancsミレジムになると、前のBlanc de Blancs,NVに雑味を感じるようになり、

更にサロンへ移ると、前のミレジムにさえ不必要な味わいを認め、香りの優雅さに較べてそれ以上に繊細な味わいに感心しました。


つまり、サロンの魅力とは「引き算の妙」で、いらない要素が削ぎ落とされ、その中に複雑味を探すという、究極にエレガントに造り上げられたシャンパーニュなのだと解釈。

私は本来は黒葡萄主体のしっかり味のシャンパーニュのほうが好みなのですが、サロンの奥深さは別格なのだと感じることのできた、貴重な体験でした。



で、『SALON』パーティを、どのようにするか。


別にサロンが出るならそれだけでご馳走なので、凝った演出は何も要らない気がいたしますが、もしやるのだったら、キーワードは、「白」、「引き算」、「最高級品質」。

ドレスコードは白。

テーブルも白。

たまに、サロンの泡を連想させる金、ボトル同様のグリーンをさし色に使う程度でまとめる。

フードも全部、素材重視で、白い食材で演出する。

(白トリュフを齧りながらサロンを飲む?)

コテコテしたデコレーションは一切省き、でも最高級品質でモダンでエレガントな空間を造る。

ま、ドリンクをサロンだけに限ってパーティをやったら、一人当たりの費用に幾ら見込んでも足りません。

廉価版としては、サロンが造られなかった年のドゥラモットのミレジムに、勝手にサロンのあり得ない年のラベルを貼付けてお楽しみ頂くのでどうでしょう。



うーん、全然ツッコミが足りないので、もうちょっと考えてみます。