今朝、積み上げた本の山に蹴躓いて雪崩を起こした私を眺め、

「そろそろパーティやればいいのに……」

と、夫が小声で呟きました。


お客様があれば部屋が片付くと信じている彼は、ひたすら次の来客を待ちわびています。

我家の場合、それは大変正しい考え方です。



家に人を招いてパーティをする場合は、当然部屋を片付けますし、掃除も念入りにします。

レギュラーレベルの掃除片付けを終えた後、今度はお客様になったつもりで玄関から入ってみます。

お客様目線で靴を脱ぎ、廊下を歩き、部屋へと辿り着き、ざっと全体を見回すと、常日頃では発見できないようなホコリなどが目について来るものなのです。

その後、準備など細々としたことに没頭し、パーティ開始予定の約一時間前に、またお客様目線チェックを繰り返し、パーフェクトで臨みます。


不思議なことに、パーティの後片付けは普段の片付けとは別枠で、我ながら驚くべきパワーでパーティ開始前の状態に戻します。

そして、真夜中(或いは明け方)のリビングのソファで独り、楽しかったパーティの余韻に浸って幸せに過ごします。



さて。

完璧に片付けて、ピカピカに磨き上げたとしても、その状態が保てるのはせいぜい三日でしょうか。

徐々にあちこちに荷物が放置され始め、一週間もすればもとの木阿弥状態になります。

毎度のことです。



パーティに関わらず、もっとこまめな片付けを習慣化すれば良いのだということは百も承知ですが、何故かそういうわけにはいきません。

そして、部屋がゴタゴタしだして、そろそろクレームが出るかなと思う頃、「パーティどきかな」と思うのです。


なので。

きっとこれは、私が人を招くために必要な「性(さが)」と「業(ごう)」なのだと思うことにしました。