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Okinawa通信 ⇒ 伊都国つうしん

2010年1月。30年以上住んだ東京から引越し、沖縄生活をスタート。
その沖縄に10年暮らし、『Okinawa通信』を書きました。
が、さらに、2019年10月末に、ここ、福岡市西区・糸島近くの
「伊都国(いとこく)」の地に。

伊都国つうしん 214

 

 

● これは事実なのだろうか、だとしても悲劇はまだつづく。

 

 

 今回は、伊都国とは関係のない、固い話になります。

 

 2022年2月にロシアの攻撃によって始まったこの戦争。

 実はそれ以前に、ウクライナ南部のクリミア半島を侵略し、

 さらには東部の一部を制圧していたロシアが、

 ウクライナ全土を制圧して国家じたいをロシアにしてしまう目的で

 始まった戦争です。

 

 まもなく丸4年になるこの戦争について、

 ちょっと前ですが、日経新聞の「Opinion」欄の記事です。

 

 

 

 

           10月15日付け日経新聞。

            歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリ氏。

            1976年イスラエル生まれとあります。

 

 

ロシアの、いやプーチンの狂気的な野望によって始められたこの戦争、

強国ロシアに対して、ウクライナが善戦して膠着状態になっている ………

領土を割愛することで休戦するなどと、ウクライナ側が飲むはずのない条件をだし、

それに応じないウクライナを非難しているロシア ………という状況。

 

そんなふうに現状を認識していたので、

この「ウクライナは勝利している」には、正直、びっくりしました。

 

 

● 少し長くなりますが、その内容をざっくりとまとめてみますと。

 

冒頭で、こう語っています。

 

  ロシアとウクライナの戦争は、ロシアのプロパガンダが吹聴する筋書とは逆に、

  これまでのところウクライナが勝ち続けている。

 

  今年2月、ゼレンスキー大統領に「あなたにはカードがない」のだから

  ロシアの要求に屈しなければならない、と言っていたトランプ大統領でさえ、

  9月には「ウクライナはEUの支援を受けて戦いに勝利する立場にある」と表明した。

 

………と。

 

ウクライナが勝利しているのは、2つの面があります。

1つは、軍事的な勝利。

2つめは、プーチンの野望が達成できない  ……という面からです。

 

まず肝心な軍事面。

 

当初、プーチンをはじめロシア側は(そしておそらく世界の多くの人も)

ロシアの圧倒的な軍事力によって、数週間あるいは数か月のうちに

ウクライナは制圧されるだろう、と考えていたでしょう。

 

しかし、現実はちがいます。というか、

 

  ウクライナ軍は戦力で劣るにもかかわらず、キーウ攻撃を退け、

  さらには戦いが始まった22年の夏の終わりには、反撃に転じた。

  22年当初にはロシア側に占領された領土の多くを解放した。

 

  それ以降、両陣営ともほとんど動かなくなった。

 

  ロシアは絶え間なく前進している印象を与えようとしているが、

  戦いを始めて以降、戦略的に重要な大都市の攻撃目標を一つとして

  制圧できていない。

 

  25年に入ってから、兵士の死傷者数20万~30万人という代償を払って

  ロシア軍がなんとか獲得できたのは、前線周辺のわずかな領土だ。

  その面積は、最も信頼できる複数の情報源によると、

  ウクライナ全土の約0.6%にすぎない。

 

  (この数字は思うに、22年2月に始まった戦いで獲得した領土、ということだろう。

  ときどき新聞で見るウクライナ東部のロシア側が制圧した領土図では、0.6%とは

  思えない。たぶん以前の、クリミア半島を略奪した時に制圧した東部エリアは、

  この0.6%には入っていないのではないだろうか。

  こんどその領土図が新聞に載ったときに、改めて確認してみようと思います)

 

 

  さらには、海でのウクライナ軍の成果は目覚ましい。

  最初は劣勢だったが、

  一度は制圧された黒海西部の要衝、ズメイヌイ島を奪還。

  この間にロシア軍の黒海艦隊の旗艦だった「モスクワ」を含む多くの戦艦は

  黒海の底に沈んだ。

  ロシアの制海権を無力化し、海上戦そのものを一変させた。

 

  空でもロシアは苦戦している。

  25年6月にはロシア国内の軍用飛行場がウクライナのドローン攻撃を受け、

  多数の戦略爆撃機が失われた。

  ロシア軍はいまだにウクライナ上空での優位性を確立できていない。

 

  これらにより、ロシアは長距離ミサイルやドローンで

  ウクライナ都市を攻撃し、市民を恐怖に陥れることで反撃している。

 

 

         ウクライナ軍がロシア海軍を奇襲。

         (画像サイト JBpress より)

 

 

● 2つめの、プーチンの狂気の野望が達成できない、ということ。

 

  プーチンはいくつもの演説や論文で、ウクライナは真の国家ではないと主張している。

 

  ウクライナという国家は存在せず、ウクライナ人は実際にはロシア人であり、

  きっかけさえあれば喜んで母なるロシアの一部になる、と語っている。

  そして、そのためにウクライナという国家の破壊を主たる目的として戦争を始めた。

 

  しかし、それが達成できないのは明らかである。

 

  この戦争がどうなっていくかは、予測がつかない。

  だが、極めて重要なのは、ウクライナの勝利は既に決定的で、

  覆されることはないという点だ。

 

………としています。

 

さらには、

 

  プーチンの妄想と野心のために、今後どれだけの命が失われるかわからない。

  だが世界中に明らかになった揺るぎない事実は、ウクライナが本物の国家であり、

  ウクライナの人々はロシアからの独立を守るためなら何が何でも戦うつもりだ、

  ということだ。

 

………としています。

 

 

今後、どれだけの時間がかかり、どんな風に決着がつくのか、想像できません。

が、ウクライナにとって、それが最もいい形であることを、望んでやみません。

 

 

 

● 話は大きく変わり。

 

わが家の玄関前の小さな庭には、ナミさんが植えたハーブのほか、

垣根のような植栽の中からたくましく雑草たちが生えています。

 

うっとうしい雑草たちですが、たまに小さな花を咲かせると、

とたんに何か、可愛らしく見えてきますね。

 

 

 

   ローズマリーが、もうまさに雑草のように

   小さな林になっている。

   その一本に、小さな薄紫の花が咲く。

 

 

     なんという名かさえわからない雑草。

     門柱わきにまるく刈った植栽の中から

     突き出てきている雑草に、黄色い花が。

 

 

 

 

 

 

 

伊都国つうしん 213

 


● いや、もっと経っているかもしれない ……

 

 

   沖縄時代には、伊勢神宮へは行っていないので、

   きっと20年以上ぶりなのかもしれません。

 

   ここ福岡から出かけるので、せっかくだからと、

   伊勢への行きには、京都に住む息子家族と会い、

   帰りには、現在は名古屋に住む東京時代の仕事仲間に会いに。

 

 

そんな段取りで、10月の3連休に出かけました。

いわば毎日が日曜日の私らが、なぜ3連休に ………というのは、

東京に単身赴任している息子が、京都のわが家に帰るだろうからです。

 

 

大学時代、京都で4年間過ごした私、社会人になって何度も訪れてますが、

実は京都に行くのも、かれこれ20年以上ぶりだと思います。

 

いまの京都、インバウンドでとんでもないことになっている ……のは、

十分に承知しているので、いわゆる有名どころには行くつもりもありません。

 

何か所か懐かしいところを巡り、基本、息子家族と歓談が目的でした。

…… というわけで、京都、伊勢神宮、名古屋での旅の写真の羅列ですが。

 

 

 

            京都・東山のふもと南禅寺。

            私はここの境内にあった下宿屋に

            4年間居たので懐かしい。

            やはり人の数は当時とは比較にならない。

 

 

           下鴨神社。息子の家の近く。

           いい神社で、しかもあまり有名じゃないから

           休日だけれど観光客はごく少なかった。

 

 

          詩仙堂。翌日の午前中ということもあり、

          またここもそれほど有名じゃないのだろう、

          人は少なく、また外国人はゼロだった。

 

 

 

            詩仙堂は寺ではない。

            江戸初期に石川丈山という人物が建てた住まい。

            写真のように、鴨居に一面9名、

            四方で36歌仙が飾られているので、

            たぶん詩仙堂の名があるのだろう。

            私はここが好きで、大学時代にもよく訪れた。

            当時は、いつ来ても私を含め2~3人だった。

 

 

 

            伊勢神宮は、決まってまずは

            外宮の豊受大神宮さんからお参り。

            今回初めて知ったのだけれど、

            伊勢市駅を出るとすぐ外宮の参道だった。

 

 

 

             内宮をお参りする前に、

             昼時少し前で混まないうちにと、

             有名な「おかげ横丁」で

             名物の「手こね寿司」をいただく。

 

 

 

 

          おかげ横丁には、これまた有名な

          「赤福」の本店があり、

          お茶といっしょに……と思ったが、

          とんでもなく並んでいたので、

          とりあえず、赤福2個セットを買った。

          赤福は、昔もそう思ったが、

          見た目ほどは甘くなく、おいしい。

 

 

 

              伊勢神宮の内宮、

              天照大御神が祭られている正宮。

 

              通常、神社の祭神がおわす建物を

              本殿とか本宮とか言うが、

              全国の神社のまさに中心である

              伊勢神宮の外宮・内宮では、特別に、

              「正宮」とよんでいる。

 

 

              倭姫(やまとひめ)宮。

              倭姫は、大和国から各地をめぐり、

              天照大御神を現在の伊勢神宮・内宮の地に

              導く役目をしたという神様。

              外宮・内宮から少し離れた所にある

              小さな境内の神社だけれど、なかなかいい。

 

 

 

     伊勢から友人の住む名古屋市へ。

     ここでは「ひつまぶし」をご馳走になり、

     そのあと熱田神宮へ。

     ここもなかなかいいなぁ。

 

 

               さすが場所柄。

               なんと信長、秀吉、家康の三人とも

               ここ熱田神宮へ寄進をしている。

               信長が、桶狭間の戦いに大勝したお礼に

               建てたという「信長塀」がいまも

               このパネルのそばに残っていた。

 

 

 

4泊5日の小旅行だったけれど、ともかくよく歩いた ………。

久しぶりに息子家族に、そして仕事仲間だった旧友夫妻に会えて、

とても楽しい旅だったけれど、

名古屋から帰りの新幹線では、さっすがにぐったりでした。

 

 

 

 

伊都国つうしん 212

 

 

●  10月も10日になり ………

 

  週間予報を見るとまだまだ真夏日になる日がつづくようですが、

  朝夕は、かなり涼しくなりました、ここ福岡でも。

 

  しかしまだ家の中では私、短パン、素足、ときどき上半身ら族です。

  ら族でないときも、これまではペラペラ素材のアロハでしたが、

  最近は、Tシャツも着るようになってますから、やはり秋口なのでしょうね。

 

 

  そんな日々の、話題も見つけられず、例によって写真の羅列です。

 

 

 

10月6日、中秋の名月という夜ですが、ここ伊都国の空は晴れわたり、

満月がとても美しく上空は支配していました。

 

 

 

            10月6日夜の中秋の名月。

              本当は、満月の中のクレーター、

              ウサギの影も美しく見えているのだが、

              私のスマホ写真では影が撮れない ……。

 

              ナミさんのはいいレンズがついた

              アイフォンなのだが、彼女もやはり

              うまく撮れていないよう。

              どうも、スマホが勝手に

              自動で調整してしまうのか ………。

 

 

             これ、ずいぶん前、

           Okinawa通信で載せた十八夜の月。

             クレーターの影が美しく撮れている。

             たぶんこの時はまだ、安物だけど

             デジカメで撮っていたかもしれない。

             デジカメのほうが見たまま撮れるのか …。

 

 

 

 

           家の前の駐車スペース、

           柿の木の横に立つ電柱を見て

           「えっ!!」と一瞬びっくり。

           コンクリートの電柱に花が咲いてる!?

 

           まわってよく見たら、

           下から電柱に絡まっている雑草が

           ちょうどこの位置で花を咲かせていた。

           なんかシュールでいい (笑)。

 

 

 

伊都国つうしん 211

 

 

● まだまだ暑い、真夏日がつづきます。

 

 

   何度か書いていますが、沖縄時代、7月8月と

   東京の友人たちには沖縄に避暑においでよ、と言ってました。

 

   沖縄は、暑くても最高気温が33度以上になることは滅多にない。

   風が吹けば、気持ちいい夏でもあるからです。

 

   ただし紫外線は強いし、30度を超える真夏日は10月中旬までつづく。

   つまり夏は長い …………。

 

  

   と思っていたのですが、ことしの福岡は、たぶん9月末までは

   真夏日がつづきそうですね。

 

   ………ということは沖縄では10月下旬まで真夏日がつづくかも。

 

 

 

             9月19日からの週間天気。

             まだずっと真夏日がつづく。

             明日18日は雨でどうやら

             30度にいかない予報だが、

             どうなることか。

 

 

 

● そんな暑い暑い9月の、今日までの日々 ……。

 

  例によって写真の羅列になりますが。

 

 

 

              9月1日。

              糸島にあるジムから見える

              福岡糸島・両市の南にそびえる

              背ぶり山地の山並みに下がり霧。

              美しさに思わずスマホを向ける。

 

 

            9月7日、午前2時頃かな。

            皆既月食の途中 ……だったか、

            明ける途中だったか。

            夜中トイレに起きたときに、

            (あ、そうだ!)とベランダから。

 

 

             9月8日。

             例年この時期になると

             わが家の柿の木に実がなる。

             ことしは台風もなく、

             落ちる実がなくて、

             たわわに生っている。

 

 

 

                9月11日。

                まだ青いけれど、少し収穫。

                りんごと一緒に紙袋に入れて

                追熟させる。とてもうまい。

 

 

             同じ9月11日に、

             千葉に住む旧友・W氏から

             例年送ってくれる豊水が届く。

             ことしは特にみずみずしくてうまい。

 

 

 

          わが家からクルマで10分ほどに、

          小さいが気になっていた中華食材店が

          あって、初めて入った。

          中国人(本土)の女性がやっている。

          そこで人気という「麻辣湯 (マーラタン)」。

          作り方が中国語のママ (笑)。

          なのでスマホの翻訳アプリを使って作る。

 

 

      翻訳ソフトどおりだと、スパイスを混ぜる前に、

      湯切りをする……「湯」とあるが、汁なしだ。

      白菜やえのきなど加えた野菜もあるが、

      添付されている野菜だけでも十分そうだった。

      (見た目があまり美しくないが)

 

      「微辛」を選んだのだが、

      食べるとすぐ、口の中がカッとして、

      噛みはじめるとむせそうになる…。

      でも、まずますのおいしさ。

      ちょっと醤油をたらすと、ぐっと良くなった。

      やはり私らは日本人だからか (笑)。

      あれほど辛かったのに、食後、口に残らない辛さだった。

 

 

 

 

伊都国つうしん 210

 

 

● 最近のyoutube で(あれっ?)と思ったのでした。

 

 

   今回はちょっと理屈っぽい話になってしまったかも。

 

   大谷がエンジェルスに入った時からMLBファンになったナミさんと

   いまはドジャースの試合を一緒に見ています。

   試合後、夜に、youtubeの(なんと言えばいいの?)各種の投稿で、

   酒を飲みながら勝ち試合の余韻を楽しんでいます。

 

   その中でドジャース監督が、よく口にする言葉として

   「confident」(コンフィデンツ・自信)という言葉があります。

   投手に対しても打者に対しても、彼は自信を持っているから良い結果が出る、と。

 

   あまりにも頻繁なので、ふっと頭に浮かんだ言葉が、

   「confidential」(コンフィデンシャル・秘密・機密)という言葉です。

 

   明らかに語源は同じで、ほとんど似ている言葉、両方とも形容詞です。

 

 

   どうして、「自信」が「秘密・機密」になるんだろう ………。 

   でもなんとなく感じる(そうか感)、秘密だから自信なのだ、という感じだよね。

 

 

 

      confidential(コンフィデンシャル)画像サイトより

     私、大好きな映画「LAコンフィデンシャル」

     1950年代のまさにアメリカ最高時代の、

     表に出せないLAの暗闇、機密の話。

 

 

         confident(自信)の画像サイトより

        「コンフィデンスマンJP」

        まったく知らなかった映画です。

        両方とも、画像サイトでは

        映画の画像しかなかったです。

 

 

 

で、「自信」と「秘密」の関係って ………という話、ネット検索してみました。

いくつかの情報源から、およそ次のようなことのようです。

 

「confident」(コンフィデンツ)は、自信がある、確信している、という意味の形容詞。

その名詞形に「confidence」(コンフィデンス)がありますが、

「自信」「確信」というほかに、「信頼」「信用」があります。

その「信頼」「信用」とは、自分以外のある他人に対しての全面的な信頼、信用です。

 

さらに「confidence」(コンフィデンス)の意味には、「信頼」「信用」だけでなく

「内緒ごと」「打ち明け話」「秘密」……なども出てくるのです。

つまり全面的な信頼をしている仲間うちでの「秘密」「内緒ごと」という意味です。

 

 

そして confidential(コンフィデンシャル)の意味をみてみると、

「機密の」「秘密の」「親展の」………とあります。

つまりは、信頼できる仲間内での、ということで、いわば「部外秘」「社外秘」。

 

 

まとめてみますと、

「confident」(コンフィデンツ)… 自信、確信のほかに「信頼」「信用」があり、

→

 その「信頼」「信用」でできた仲間内で、内緒ごとや外にもらしたくない秘密があり、

→

それが、 confidential(コンフィデンシャル)… 機密、秘密になる、わけですね。

 

 

でも、仲間内ということではなく、

たまに、「その自信って、いったいどこからくるのかね!?」……と思わせる人がいますね。

 

その「自信」のうらには、

やはり他人には覗けない、なんらかの「秘密」があるのかもしれません。

 

たとえば大リーグ、いやスポーツだけではないけれど、

他人には見せない、誰にも負けないほどの練習・準備をしているから、自信につながる……

ということはあるでしょう。

 

「自信」と「秘密」は、案外、親和性のある関係なのかもしれない、と思ったしだい。

 

 

 

           8月27日の7時半ころ西の空に。

           一見、三日月のようだけれど、

           暦をみたら、五日月だった。

           スマホで、めずらしくきれいに撮れた。