Okinawa通信

2010年1月。30年以上住んだ東京から引越し、沖縄生活をスタート。
ハイ、とりあえず、ほぼ楽しく生活してます、の面白おどろき沖縄物語。
田舎者(私も含めて)の集まりでかつ刺激的な大都市・東京とは、
かなり違ってますねえ、ここは。


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Okinawa通信719


● この10月、昔の沖縄の写真に出会う機会がありました。

   一つは本、一つは写真展です。
   図書館で借りた 『カラー おきなわ今と昔』 という本と、
   県立博物館・美術館で行われた “ウィルソンが見た沖縄写真展” です。
 
 


 

                 『カラー おきなわ今と昔』 月刊沖縄社
                 1973年刊 A4版137p




この本、図書館で見つけた時点で、けっこう古そうでしたが、
1973年刊、つまり、沖縄が返還された翌年に出版された本です。

なのでこの本のいう “おきなわの今” は、1973年。
つまり44年前時点での “今” ですから、けっこう古い “今” (笑)。

事実、“今” とされている那覇の街を走る車は、まだ、右側通行です。
(沖縄県で車が左側通行となるのは、復帰後6年すぎた1978年の7月30日)
(沖縄ではこの大変換を、“ナナ・サン・マル” と呼んでいます)


本のタイトルに、小さく 「カラー」 と書かれていますが、
巻頭の数ページの絵巻や写真以外、数点はカラーですが、ほとんどはモノクロ写真です。
まぁ、昔の写真ですから当然です。



興味深い写真もありましたが、
概ね、正直それほど興味がわかない古い写真、それもかなり不鮮明なものが多くありました。

ただその中で、
「寄留商人」 という言葉が、昔あったことを初めて知りました。

「寄留商人」 とは、沖縄での商売を目当てに本土から来た、いわばナイチャー初代たちで、
明治の15年頃から、たくさん来だしたそうです。


ほとんどが、琉球を支配していた薩摩・鹿児島県人と、商人の町・大阪人だったようです。
米や砂糖の取引をほぼ独占し、政治家になる者もいて、
政治・経済ともに、当時の沖縄の一大勢力となっていた、とのことです。


明治政府によって無理矢理、「琉球王国 → 沖縄藩 → 沖縄県」 にさせられ、
出遅れざるをえなかった沖縄は、最初から、ハンディを負ったまま、だったわけです。



 

               右ページに 「寄留商人」。
               下のコラムに 「客にビンタを張る鹿児島商人」 の話。
               警察から罰金をとられたようだが、ヒドイ話だ。

               左ページの上は、那覇の子ぶた市場。
               下は、肉市場。豚、牛、馬、山羊の肉を販売。
               当時から沖縄は全国で最も肉消費量が多い県だった。
               いずれにしろ、黒くつぶれてほんどよく分からない。




● もう一つの写真展、那覇にある、沖縄県立博物館・美術館の、博物館側の企画展。
 
   正確には、
    「ウィルソンが見た沖縄~琉球の植物研究史100年とともに~」。(10月15日まで)

 

大正時代、日本を2回訪れたらしい、世界的に著名な植物学者アーネスト・H・ウィルソンが、
1917年(大正6年) に沖縄を訪れたときに、植物採集と同時に、沖縄のあちこちを撮った写真の展示会です。

つい先日、沖縄タイムス・朝日新聞共催の 「1935年の沖縄写真展」 の話をこのブログで書きました。
今度は、1917年つまり、100年前の沖縄の写真展、です。
そしてこれは、琉球新報が共催していました。


 

                  沖縄県立博物館・美術館の入り口。
                  この建物、外から全体を見ると、
                  コンクリートの塊、まるで要塞のようで、
                  ここを通るたびに、どうもなぁ、と思っていた。
                  沖縄に来て初めて入った。
                  中は、とても広い空間。




               博物館側に、この “ウィルソン展” の入り口。
               写真を撮ろうとしたら、
               受付の女性が、こうやって立ち上がってくれた(笑)。
               残念ながら、写真展の中は撮影禁止だった。

               写真は大きく引き伸ばされていて、
               すばらしく鮮明で美しい。
               当時のガラスネガの品質の良さがわかる。



 

                             入場料は大人600円だったが、
                             このA4版8pのパンフレットをくれる。
                             表紙になっている写真、
                             当時の那覇から宜野湾までの街道の
              宜野湾街道といっていたらしい琉球松の並木道。




ウィルソンが絶賛したらしいが、確かに、当時は、至る所に美しい琉球松があったようです。
明治が過ぎ、大正も半ば、ちょうど沖縄が成長し始めてきた時代らしく、
那覇の街並みや港など、人工物もふくめた、昔の沖縄の風光明媚が大型写真に映し出されていました。
それらを、初めて見ることができ、とてもよかった。

現在は、その琉球松に代表された美しいものが、沖縄戦で焼失したり、基地によって潰されたり、
土地開発によって潰されたり ………。


 

                 ウィルソンは、1917年の2月24日から
                 3月12日までの17日間、沖縄に滞在し、
                 写真撮影と植物採集を行った。
                 那覇、首里、中城、宜野湾、嘉手納、
                 名護と本部半島の屋我地島、
                 それに離島の渡嘉敷島と阿嘉島と、盛りだくさん。
                 この時期の沖縄は、雨が多いのだけれど、
                 どうやら旅行中は概ね天候に恵まれたようだ。




ウィルソンは沖縄で59枚の写真を撮り、

そのうちの51枚が、今回の企画展で大型写真で展示されていました。
みんな、質の高い美しい写真でした。

全部の写真59枚を完全収録した

写真集 「ウィルソン 沖縄の旅 1917」 (琉球新報社刊) 2,324円があり、
買う気満々だったのですが、受付でその見本本を見たところ、肝心の写真がひどくてヤメました。
 

ガラスネガをプリントしたものを掲載したのではなく、

きっと複写したもの (それも複写技術が良くないもの) でも使ったのではないでしょうか。

せっかく美しい写真を見た後だったので、なんか、とても残念でした。




 

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Okinawa通信718


● 朝晩、少しは過ごしやすくなりましたが、まだまだ真夏日です。

   10月も今日で10日、連日、最高気温が 31度の沖縄市です。
 

 

 

                 10月10日夕方の、今後の週間予報。
                 久しぶりに傘マークが並ぶけれど、
                 明日11日も晴れで最高気温は31度予報。




このまま行けば、8月9月に続き、10月も観測史上もっとも暑い10月になるのでは。
そんな10月初旬の日々。




● ベランダ側のお隣さん (8年目でも面識なし)、毎年こうやって棚を作りヘチマを植えています。



                   撮影したのは10月初め。
                   左側に一本、細長いヘチマが。
                   花は黄色い可愛らしい花だ。



ヘチマは、沖縄では 「なーべら」 と呼ばれ、夏の食材としてよく食べています。
10月になっても、こうやって実をつけているから、やはり植物もまだ夏だと思っているのでしょう。

ヘチマがなぜ 「なーべら」 と言われるのか? 
干したヘチマは昔はよく風呂場で体を洗うのに使っていましたよね、また同じ用途として食器洗いなどにも使われていたようです。

以前調べたところ、そこから来ているらしく、
「なべあらい」 → 「なーべぁらい」 → 「なーべら」 ……… 確か、そんな感じだったろ思います (笑)。

沖縄の夏に欠かせない 「なーべら料理」 のようですが、私は、どうも苦手です。



● ことしの10月中秋の名月は、実は、満月ではありませんでした。


   暦の上では10月4日が旧暦の8月15日。
   八月十五夜、中秋の名月でしたが、実は、満月の2日前です。 
   こういうズレは、旧暦が29.5日周期の月を元にしているため、よく起こることなのだそう。
 
 


 

                 こちらは、10月6日の満月。
                 午後10時半すぎの東の空に、くっきり。




 

                    明けて、10月7日の朝の満月。
                    午前7時すぎの西の空。
                    わが家の玄関を出てすぐに見えた。
                    カメラを向けると、
                    家に囲まれた狭い空の中に、
                    まぁ、電線やら電話線やらが ……。





● なぜか、先週末からずっといい感じの東の風が。


 10月7日の土曜日から、今日10(火曜日) までずっと風が吹いています。
 今日で4日連続で海に出ています。
 明日まで風が吹き続ける予報ですので、きっと明日も行くでしょう。
 
 ことしの夏、まったくダメだったので、風があると連日でも行きたくなる ………
 どうしても風に意地汚くなってしまいます (笑)。
 
 
 
 

                     10月9日海中道路南面。
                     東北東の風8~9m/s。
                     続けて3日目、この日がもっとも強い風。
                     楽しかったけれど、疲れました ……。
                     でも続けて10日の今日も行ったのでした。
                     今日は、東北東7~9m/s。
                     明日も同じような風の予報、シメシメ。
 
 
 

 
 

 

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Okinawa通信717


● たぶん全国ニュースになっていたと思います、「チビチリガマ」 荒らしの話。

   その事件の、後日談についての報道がつい最近ありました。
 
 

先月9月にあった事件ですが、知らない方もいるでしょうから、簡単に紹介します。


沖縄には 「ガマ」 (ウチナーグチです) と呼ばれる、自然の洞窟が南部を中心にたくさんあります。
先日見た85年前の沖縄の写真展には、ガマに入って作業をしている様子も写っていましたから、
以前は、暑さよけなどに利用していたのでしょう。

それが、沖縄戦のときには、沖縄住民や日本兵たちの隠れ場所や野戦病院として使われ、
米軍からの攻撃にあったり、集団自決などがあったり、悲惨な事件が数多くあったようです。

沖縄市にはあまりないのですが、クルマで移動している途中で 「〇〇ガマ」 などの表示があると、
その近辺に漂う、今にでも残る重い空気、不気味な感じに、どうも苦手な思いしかありませんでした。


さて。
事件は、読谷村(よみたんそん) にある 「チビチリガマ」 というガマで起きました。

この 「チビチリガマ」 では、避難していた住民の80名以上が集団自決したと言われ、
その後、犠牲者の死を悼み慰霊のため 「チビチリガマ世代を結ぶ平和の像」 が造られ、

数多くの折り鶴が供えられていました。
そしてどうやら、遺族会の意思により、一般の人の立ち入りは認められていなかったようです。


その 「チビチリガマ」 の内部が、無残にも荒らされていたのです。


しばらく犯人は見つかりませんでしたが、
おそらく右翼か、あるいは沖縄を良く思っていない輩の仕業ではないか ………
そういう憶測の報道があったかどうかは分かりませんが、私には、そんな空気が感じられました。


ところが、捕まった犯人たちは、
地元沖縄中部に住む、16~19歳の少年4人でした。
たしか、一人は仕事を持っていましたが、あとの3人は無職と書かれていました。

彼らは、「心霊スポットへ肝試しに行こうと思った」 などと供述し、
肝試しの様子を動画で撮影していたということでした。


● さて、その後日談が、つい最近の地元紙のネット版に載っていました。
 
   それが今回の話題、2つの不思議の話です。
 
 


 

                   琉球新報ネット版 10月2日。



                    沖縄タイムスネット版 10月1日。



上記の記事にあるように、
米軍関係者が中心となり、基地内の小学生らが作った1万6千羽もの折り鶴を、
「チビチリガマ」 に捧げた、というニュースです。


これのどこが不思議なのか。


これまで、このブログでも何回か書いてきましたが、
この手のニュース、つまり米軍関係者が支援や友好のため、沖縄の人や施設に何かを行ったとしても、
沖縄の地元紙は、ほとんど無視して報道しない、という姿勢でした。

以前のブログ 【沖縄の新聞は偏向しているか?】 に、そのあたりのことは書いています。


なので、このニュースを地元2紙とも取り上げているので、私はちょっとびっくりしたのでした。

この手のニュース、無視をせず、取り上げるのに、何か基準があるのでしょうか。
というかずーっと、無視が当たり前の姿勢だったのが、何か変化があったのでしょうか………。
話題の中心人物が米軍または軍属の男ではなく、女性や子どもたちだったから、なのだろうか………。
 

それが不思議。


そして、もうひとつ。
上の2紙、琉球新報ネット版と沖縄タイムスネット版の写真を、見てください。

どう考えても、同じ場所から同じ瞬間に撮った写真ですよね、角度は少し違いますが。
つまりこれ、同じ人が撮った写真、ではないでしょうか。

まぁ、もしかすると、
同じ場所に、琉球新報のカメラマンと沖縄タイムスのカメラマンが立っていたのかもしれません………
でもそう考えるのは、ちょっと不自然。

やはり、同じ人が同じ時刻に撮った、別の角度の写真と考えるのが、自然ですよね、コレ。


とすると ………… 競合する2紙が、同じカメラマンの写真を使っている、ということ ………。
それが事実だとすると、すんごい不思議。

もしかすると、これは社のカメラマンではなく、
一緒にガマに入った家族の誰かが撮った写真を、2紙が (相手も買ったと知らずに) 買ったのか?

真相が、知りたい (笑)。



 

                   9月29日、午後5時半頃の西の空。
                   大きなうろこ雲。 もしかして、秋の気配?
                   でもこの日も30度、その後も今日まで30度超え。



 

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Okinawa通信716


● 8月に引きつづき暑かった 9月も、今週でお終いです。

   観測史上もっとも暑かった沖縄の8月、おそらく9月もそうなのではないでしょうか。
   例年だと、10月の半ばくらいまで30度を超える日がつづきます。
   私は、その10月中旬までは、沖縄は夏、と思っているのですが、さて、今年は?
 
 
 
 
 

                 9月から10月への週間予報。ヤフーより。
                 まだまだ30度、31度の日々。
                 もしかすると、今年は10月下旬まで
                 30度の真夏日が続くのかも。
 



今回は、大した話題もなく、

そんな9月の私の、沖縄の日々の写真の羅列です。




                 今年の8月にも話題にしました
                 露地ものパイナップル。
                 やはりことしは豊作だったようで、
                 9月に入ってもまだまだ出てる。
                 ことしは、これを買うためなんと3回も名護に通った。

                 カードの大きさでわかるけれど、
                 小さいので300円、大きいので600円台。
                 やはり露地パインはおいしい。




 

                    9月初旬の日の夕焼け。
                    沖縄市は沖縄の東側だし、
                    わが家は住宅地なので海のサンセットはない。
                    でも、空が広い分、夕焼けはいつもいい。




                    9月11日の深夜12時近く。
                    わが家の玄関の上に顔を見せていた
                    下弦の月。
                    この夜は、プール知り合いの女性が
                    重い病気から復帰した全快祝いの飲み会。
                    言いだしっぺは私で、大盛り上がりだった。
                    ちなみに13人ほど居た中で、
                    ナイチャーは私一人だけだ。





 

                     9月12日の海中道路南面。
                     東北東の風約7m/s。
                     遊んでいたのは、私ひとりだけ。



 

                     9月15日の海中道路南面。
                     南の風11~14m/sの強風。
                     私も含めたくさん出ていた。
                     この風、台風の残り風。




              わが家近くのホームセンター
              沖縄では誰もが知ってるメイクマン。
              「えっ!」 と驚いたのは、
              「ハリネズミ入荷」 のPOP。
              何だ?何だ? …… と思ったら、ペットコーナーか。
              これ、関東あたりのホームセンターでも
              扱っているものなのかなぁ?




 

                    「軍用地カードローン」
                    これは、沖縄の銀行独特のものでしょう。
                    軍用地、つまり基地に土地を持っている人を
                    対象にしたカードローンで、最高1億円貸すようだ。
                    沖縄銀行、琉球銀行ほか、
                    沖縄の金融機関はみんなやっている。


 

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Okinawa通信715


● 「ダリ」 と 「サル」 に関した裁判の結末は ………。

   今回は、沖縄にまったく関係がありません。
   ネットニュースで話題になっていた2つの裁判、 とっても興味シンシンだった裁判の結果です。
 


1つめは、スペインの巨匠、サルバドール・ダリの娘だと主張してきた女性の話。

ダリは、1989年に84歳で死去しているのですが、
自分の母親はダリと同じ出身でダリと関係を持ち、自分はダリの娘だ、と主張していた
ピラル・アベルさんという女性。

ダリの資産を管理する財団との間で、「認めろ」 「認めない」 の裁判になっていて、
マドリードの裁判所は、法医学者による遺体の発掘を命じていました。


そして今年の7月、とうとう、ダリの墓を掘り出し、ダリの遺体からDNAを採り、鑑定を始めたのです。
その結果は ………。




 

                 MSNネットニュースより。9月6日
                 霊媒師は 「娘ではない」 と ……  とあるのは、
                 主張していた女性がタロット占い師だから。




                    同じネットニュースにあった
                    サルバドール・ダリの写真。
                    墓の中のダリは、ミイラ状態だったそうで、
                    しかし、シンボルマークの髭は、
                    10時10分の方向のまま、きれいに残っていたそう。
                    立ち会った防腐処理をした人物は、感動したそう (笑)。



……… ということで、「娘ではない」 とハッキリと結論が出たわけです。

まぁ、どのくらい本気で 「ダリの娘だ」 と思っていたのかは、本人に聞いてみないと分かりません。
本当に、自分の母親から、何度もそんな話を聞いていたのか、 
それとも単なる売名のためなのか ……… 万が一、認められたら莫大な遺産をもらえるわけだし ……。

財団のほうは、この結果を 「当然だ」 としているそうですが、
きっと少しはヒヤヒヤしていたのでは、ないでしょうかね (笑)。



● 2つめは、「サルが自撮りした写真」 の著作権の話。


  英国の動物カメラマン、デイビッド・スレーター氏が、インドネシアでクロサルの撮影をしているとき、
  メスザルの 「ナルト」 (と名付けられているらしい) が自撮りした写真を、ネット上にエントリーした。
 
  それがすごい話題になり、彼の旅費以上の収入となった。
  それに対して、動物保護団体 (動物の倫理的扱いを求める人々の会) が、
  ナルトに代わって、写真の著作権を求める裁判を起こした ………… ということ。
 
 
私は、以前、この話題をネットで見たとき、
なんとバカバカしいことで裁判をしているのだろう、と笑ってしまったのでしたが、
まぁ、お金がからんでくると、こういう問題を起こしたくなる人もいるのかねぇ、とも思ってました。




                     ヤフーネットニュース。9月12日。
                     写真家が勝訴した、と伝えている。




今回、記事を読んだあと、改めてネット検索してみると、あぁそうだったのか、でした。

つまり私は、サルがカメラを取り上げて、たまたま自撮りになった、と思っていたのですが、
違いました。

 

ウィキペディアによると、
カメラマンのスレーター氏は、サルの習性を知っていて、
カメラを三脚にセット、リモートスイッチを意図的にクロザルが触れることができるような形で放置した。
その結果、ナルトがリモートスイッチを押しつづけ何枚も写真を撮った。

ほとんど使えないものも多かったが、
何枚か(上の記事中の写真のように) はっきりとナルト自身が撮れているものがあった。
それをスレーター氏が、「サルの自撮り」 としてネット上に流した、ということだそうです。


結果は、アメリカの裁判所がスレーター氏の著作権を認めた、という形になりました。

もっともこの判決自体は、昨年すでに出ていたそうで、
その後も、動物保護団体側が控訴しつづけていて、泥沼化していたようで、
それが今年、ようやく決まった、ということのようです。

内容は、著作権はスレーター氏にあり、
ただしそれによって得た利益の25%を動物保護団体に寄付すること、
ということで、いわば和解したようです。


ウィキペディアによると、スレーター氏はこの裁判中、一気に収入減となって破産してしまい、
最後の裁判にアメリカまで行く費用もなかった、とのことで、
「私の人生はめちゃくちゃだ」 ………… と嘆いているようです。


なんというか、2つとも、喜劇なのか悲劇なのか ……… そんな裁判のようですね。



 

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