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Okinawa通信 ⇒ 伊都国つうしん

2010年1月。30年以上住んだ東京から引越し、沖縄生活をスタート。
その沖縄に10年暮らし、『Okinawa通信』を書きました。
が、さらに、2019年10月末に、ここ、福岡市西区・糸島近くの
「伊都国(いとこく)」の地に。

伊都国つうしん 217

 

 

●年末の伊都国での日々と、へぇと感心したこと

 

 

  今年も、大した掃除をしないままの年末を迎えてしまいました。

 

 

 

         糸島日めくりも、あと2枚 ……

     この日めくりってやつは、

     この時期になると、

     なんか存在感がでてくるなぁ。

 

 

 

            前回も掲載したわが家の寒椿。

            やはりこの年末は暖かいのだろう。

            いつもならこの時期ほぼ満開なのに

            まだ花はひとつふたつだ ……。

 

 

     今年のしめ飾りも、こじんまりと。

     しかしわが家周辺の一郭では、

     ドアのしめ飾りはどうやら、わが家だけ。

 

  

      ドアを開けると、いつもの飾り付け。

      上は友人が送ってくれる

      東京目黒・大鳥神社の酉の市、熊手。

      中はこれも友人が送ってくれた

      熊野・速玉神社の護符。

      棚の上は、冨士浅間神社から送ってもらう

      来年午年の土鈴。

      それからヨガサンタなどナミさんが

      飾り付けるクリスマスグッズなど。

 

  

          靴箱などの上は、いつものシーサーに、

          例年通りのサンタなどのクリスマスグッズ。

  

          こういう飾り付けなどをしなければ、

          年末を迎える気にならない(笑)。

 

 

● へぇ… と感心したこと。

 

  ここ一年ばかりかな、夜、就寝する前の1時間余り、

  酒を飲みながら youtubeを楽しんでいます。

  大リーグ情報やら音楽、本、歴史、映画、クルマ、健康もの ……などなど。

 

  で、ついひと月ほど前かな、中島みゆきの「地上の星」を、

  イギリスのヘビメタバンドがカバーしているのを見ました。

  ハードロックの前奏から、なんとイギリス英語なまりの日本語で歌っている。

  それが、すごく恰好いいし、うまいのでびっくり。

  その後数日、このヘビメタ「地上の星」が頭を離れませんでした(笑)。

 

   

 

            youtubeなのだが、映像は、

            CDジャケットのような写真の静止画。

            その中でハードでカッコいい歌が流れる。

 

 

 

  そうこうしているうちに、今度は、あのイルカの「なごり雪」を

  アメリカのゴスペルグループがやはり日本語で歌うものも発見。

  これまた、リードボーカルの男と女の掛け合いがすばらしく、

  さらにはバックコーラスもノリノリで、すごい。うまい。

 

 

  

           これまた写真のような静止画の中、 

           ゴスペルバージョンのカッコいい歌が流れる。

 

 

  さて、お気づきの方もいらっしゃると思いますが、

  私、この2つのあまりにうまいカバーを聴いたあと、ふと、思いました。

 

  あれっ、コレってもしかして、AI

  AI でつくられたモノなんじゃないの? ……… と。

 

  で、ちょっと調べてみたら、やはりそう。

  実際、上の「地上の星」ヘビメタバージョンの静止画、

  私が見たものとは違っていて(人も)、でもたぶん

  歌っている声などは一緒だと思うから、確信的に。

 

 

 

  私、AI のことはほとんど知りません。いったいどういう風に、

  素材を集めてきて(コレって著作権に係わらないのか不思議)

  どうまとめて作り上げるのかなどなど。

 

 

  そして、いわゆる創造(クリエイトする)は、

  絵にしろ写真にしろ文章にしろ歌にしろ、なんにしろ、

  人がもっとも楽しく思うことのひとつなのに、

  なぜ、AI にまかせるのだろう ………(まぁ時間短縮だとか想像できるけど)

  …… と、思っていたんですが、

  この2つの、バカバカしいほどのすばらしさに、思わず(へぇ …!)と。

 

  これなら、AI も、悪くないなぁ ……と(笑)。

 

 

 

 

 

  

 

 

伊都国つうしん 216

 


● 最近、面白いなと思ったこと2つ

 

 

  週末はもう20日です、ひと月が一年が、速いですね、まったく。

 

 

  この年末は、なにやら10年に一度くらいの割合らしい

  平均より2~3度以上気温が高い日がつづくとのこと。

  たしかに朝晩は冷えますが、日中は例年よりも寒くないですね。

 

 

  そんな師走の中で、面白いなと思ったことなど。

  一つは、私の記憶の話で、一つは新聞コラム記事の話です。

 

 

▼ 印象に強く残った記憶と写真

 

  少し前のブログで久しぶりで、伊勢神宮を訪れたという話をしました。

  たぶん20年以上前に、初めて伊勢神宮に行って以来なのですが、

  前回は、内宮の近くにある神宮会館というところに宿泊しました。

 

  なので外宮、内宮、倭姫宮、月読宮などを参拝しただけではなく、

  なにしろ宿が内宮すぐそばでしたので、早朝、人がほとんどいない境内を巡り、

  白い神馬と出会ったり、その馬が首を上下してまるでお辞儀の様子をしたり、

  また初めてのおかげ横丁の食べ歩きなど、印象に残っている場面がたくさんあります。

 

  で、つい、そのときの写真もたくさんあるだろう ………と探したのですが、

  まったくない。

 

  当時はまだ、たぶんスマホなどなく、当然いまのように簡単に写真など撮れません。

  私は小さいデジカメを持っていたのでは ……と思うけれど(記憶あいまい)

  プリントにもパソコンにもその時の写真はありませんでした。

 

  つまり、いまのように持ち歩いているスマホで簡単にすぐ撮れる状況に慣れて、

  当時も、たくさん撮っただろう ……と思い込んだわけです。

 

 

  強く印象に残っている場面がたくさんあるから、

  きっと写真に撮ったにちがいない、と。

 

  これ、とっても不思議な感覚でした。

  もしかすると(逆に言うと)、いまあまりに簡単に写真に撮れるから、

  その場その場での状況や出来事などが、実は、印象に残りにくいのではないか。

 

  巷間、コメンテーターやら評論家たちが言うような、

  そんな、格言めいたことがらを、なにか、すごく実感したような気がしました。

 

  (あぁそうか、あれは撮った写真を見てのことではなく、実際の記憶だったんだ)

 

  …… そんな、不思議な面白い感覚でした。

 

 

            伊勢神宮・内宮の境内に入る

            宇治橋から撮った五十鈴川。

            この清らかな川も、

            強く印象に残っている。

            川端で手をすすぐ場所も。

 

 

 

 

▼ もうひとつは、日経新聞夕刊で週一連載しているコラムの記事です。

 

  確か、12月15日の夕刊だったと思う。

 

 『令和なコトバ』というコラムで、ライターの福光恵さんという方が書いています。

 令和のいま流行っている言葉ということで、毎週、よく集めるなぁと感心します。

 

 と言っても、まもなく七十うん歳となる私には、

 (へぇ、そんな言葉が流行っているの、知らなんだぁ)が多いのですが。

 

 

で、今回のお題は「出羽守(でわのかみ)」

 

  戦国時代、筑前守とよばれた秀吉の話から始まり、「守(かみ)」とは、

  その土地組織のトップとして任命された人のこと ……などの説明がまずあり、

  それを使った流行り言葉として ……「出羽守」が始まります。

 

  これは、90年代後半から企業の海外赴任帰国者や外資系企業からの転職者などが、

 

  「アメリカでは…」とか「ヨーロッパでは…」とか、「〇〇では…」を多用し、

  上から目線で話すやからのことを「出羽守(ではのかみ)」と呼んでいたとこのこと。

  (知らなんだ…(笑))。

 

  それを現在では、

  グローバル出羽守に代わって、I T出羽守や D X出羽守が台頭しているという。

 

  そのほか代表されるスラングの〇〇守は、ほかにもたくさん。

 

  「アメリカなら」「前職のI T企業なら」を連発する「奈良守(ならのかみ)」。

  なんでも悲観的にとらえて「もう終わり」と嘆くくせがある「尾張守(おわりのかみ)」 

  

  自分の予測が見事当たったことを自慢する「備後守(ビンゴのかみ)」。

  これ、おかしい! 黙読していて思わず笑い声を出してしまいました。

 

   それで思い出した、沖縄時代、同年代だった友人(私と同じナイチャー)から

   もらった「肥後守(ひごのかみ)」という文房具。

 

   鉛筆削りなどに使ったらしいが、指をひっかけると、

   ぴゅっつと刃が飛び出す、けっこう切れ者。

   彼は東京出身だったですが、北海道小樽出身の私には、そんな文房具、見たことない。

  

   肥後守を貰いながら、ほぼ同年代とはいえ、

   東京と北海道の地方都市のちがい、田舎具合を改めて感じたのでした、その時(笑)。

 

 

  

              貰った「肥後守」

              しばらくぶりで出してみたが、

              刃はやはり、いわゆるナイフとは

              まったく違って、ちょっとヤバい。

 

 

  ま、そんなどうでもいいことですが面白かったこと2つでした。

 

 

 

今日、ジムに行く途中にある糸島の八坂神社に、また大きなノボリバタが。

以前はたしか夏だったと思ってブログを見返してみたら、やはり夏。

調べてみたら、八坂神社の12月18日は、新穀感謝祭とあった。

 

 

        前回もそうだったが、

        この高い大きなノボリバタ、

        立派な字だけど、

        私には読み取れない。

 

 

      前の写真から少し後ろに引いた所に

      一の鳥居があり、こちらにも旗が。

      やはり読み取れない。

      とはいえ、鳥居の扁額には、

      なんと「八阪神社」とある。

 

      「坂」ではなく「阪」なんだ。

      これネットで調べてもわからない。

 

 

 

               わが家の小さな庭の

               小さな寒椿の木。

               例年だともう開花しているのに、

               ことしはやっと赤くなった蕾ひとつ。

               やはり10年に1度の高温の冬の

               影響なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

伊都国つうしん 215

 

 

●前回、「ウクライナは勝利している」……… 

 

   と、力説しているオピニオンの話を書きました。

 

   それから1か月ちょっと過ぎの同じ日経新聞の記事をご紹介。

   前回の記事では、

   今年9月に「ウクライナはEUの支援を受けて戦いに勝利する立場にある」と

   語っていた米国大統領トランプが、この日の記事では、1121日に、

   領土割愛を含む和平案(プーチンは乗り気だという)に合意するかどうか、

   27日までに返事をしろ、と圧力をかけている、としています。

 

   つまりは、合意しなければ米国はもう支援しないよ、と脅しをかけている。

 

   ウクライナのゼレンスキー大統領は、この和平案について、

   「尊厳を失うか、主要なパートナー(米国)を失うリスクを負うかの

   非常に難しい選択に直面する可能性がある」 ……と語っています。

 

 

さて、前回私が疑問に感じていた(そのオピニオンにあった)、

 

   ロシア軍が獲得した領土は、ウクライナの約 0.6%にすぎない

 

…… という内容です。本当にそうなのか、と。そんなものなのか、と。

 

そう言うのは、きっと(私の推測では)これは、今回つまり20222月から始まった

戦いで奪った領土のことなのではないだろうか、

いつも掲載されるロシア軍の領土制圧図をみると、とても 0.6%とは思えない、と。

 

今度その領土制圧図がでたら、しっかり確認してみよう ………と書きました。

 

 

 

 

            1123日の日経新聞。

 

 

 

● さて。

 

記事中に、領土制圧図が載っています。写真なので小さいですが、

 

濃く塗られている部分が、「ロシア軍が進軍・制圧した地域」

斜線に塗られている部分が、「侵略前のロシア側支配地域」

 

……とされています。

 

「侵略前」とは、今回の20222月からの戦いではなく、

2014年にロシアがクリミア半島を奪い取ったときのことです。

その時に同時に、ウクライナ東部の一部も支配したのです。

 

ウクライナは勝利しているとした論調の中での

 

  ロシア軍が獲得した領土は、ウクライナの約0.6%にすぎない

 

…… としたのは、これは、ウクライナは勝利している、というからには、

2022年に始まった今回の戦いで支配した領土なのだろう、と思っていたのですが、

 

 

今回の記事中の制圧図をみると、違うようです。

濃く塗られた部分は、斜線で塗られた部分よりも、間違いなく大きいからです。

これは、ウクライナの領土の 0.6%どころではありません。

 

 

前回のオピニオンのユヴァル・ノア・ハラリ氏は、

   

  最も信頼できる複数の情報源によると、ウクライナ全土の約0.6%にすぎない。

……… と言っています。

 

 

今回の日経新聞に載っている領土制圧図には、その出所として、

  「(注)米戦争研究所による」……としています。

 

 

さて、どちらが信頼できるのか?????

本当に、ウクライナは勝利しているのでしょうか。 それとも ………

 

ゼレンスキー氏は、どういう返答をするのでしょうか。

 

 

 

● 今回もまた、話はがらりと変わり ……

 

 11月中旬からの、ここ伊都国近辺の様子を。

 ここ数年の傾向として、本当に、秋が短くなりましたね。

 

 暑い暑い長い夏が、晩夏が、ようやく終わり、初秋に。

 しかし、中秋や晩秋などなく、いきなり初冬に入ってしまう感じがします。

 

 

 

              糸島日めくりの1113日。

              ハイタカの渡りが終わると。

 

 

            ちょうどその当日だったか翌日。

            わが家近くの空高くに、

            たぶんハイタカの群れが。

            これから渡るんだろうきっと。

 

 

 

 

            わが家から歩いて5分にある

            今津湾の海。夕方5時ころ。

            福岡は西なので東京より日が長い。

            冬になると砂浜がきれいだ。

            向こうに見えているのは

            能古島(のこのしま)。

 

 

 

            わが家近くの西公園の街路樹。

           1116日で、もう赤く染まっている。

 

 

 

 

伊都国つうしん 214

 

 

● これは事実なのだろうか、だとしても悲劇はまだつづく。

 

 

 今回は、伊都国とは関係のない、固い話になります。

 

 2022年2月にロシアの攻撃によって始まったこの戦争。

 実はそれ以前に、ウクライナ南部のクリミア半島を侵略し、

 さらには東部の一部を制圧していたロシアが、

 ウクライナ全土を制圧して国家じたいをロシアにしてしまう目的で

 始まった戦争です。

 

 まもなく丸4年になるこの戦争について、

 ちょっと前ですが、日経新聞の「Opinion」欄の記事です。

 

 

 

 

           1015日付け日経新聞。

            歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリ氏。

            1976年イスラエル生まれとあります。

 

 

ロシアの、いやプーチンの狂気的な野望によって始められたこの戦争、

強国ロシアに対して、ウクライナが善戦して膠着状態になっている ………

領土を割愛することで休戦するなどと、ウクライナ側が飲むはずのない条件をだし、

それに応じないウクライナを非難しているロシア ………という状況。

 

そんなふうに現状を認識していたので、

この「ウクライナは勝利している」には、正直、びっくりしました。

 

 

● 少し長くなりますが、その内容をざっくりとまとめてみますと。

 

冒頭で、こう語っています。

 

  ロシアとウクライナの戦争は、ロシアのプロパガンダが吹聴する筋書とは逆に、

  これまでのところウクライナが勝ち続けている。

 

  今年2月、ゼレンスキー大統領に「あなたにはカードがない」のだから

  ロシアの要求に屈しなければならない、と言っていたトランプ大統領でさえ、

  9月には「ウクライナはEUの支援を受けて戦いに勝利する立場にある」と表明した。

 

………と。

 

ウクライナが勝利しているのは、2つの面があります。

1つは、軍事的な勝利。

2つめは、プーチンの野望が達成できない  ……という面からです。

 

まず肝心な軍事面。

 

当初、プーチンをはじめロシア側は(そしておそらく世界の多くの人も)

ロシアの圧倒的な軍事力によって、数週間あるいは数か月のうちに

ウクライナは制圧されるだろう、と考えていたでしょう。

 

しかし、現実はちがいます。というか、

 

  ウクライナ軍は戦力で劣るにもかかわらず、キーウ攻撃を退け、

  さらには戦いが始まった22年の夏の終わりには、反撃に転じた。

  22年当初にはロシア側に占領された領土の多くを解放した。

 

  それ以降、両陣営ともほとんど動かなくなった。

 

  ロシアは絶え間なく前進している印象を与えようとしているが、

  戦いを始めて以降、戦略的に重要な大都市の攻撃目標を一つとして

  制圧できていない。

 

  25年に入ってから、兵士の死傷者数20万~30万人という代償を払って

  ロシア軍がなんとか獲得できたのは、前線周辺のわずかな領土だ。

  その面積は、最も信頼できる複数の情報源によると、

  ウクライナ全土の約0.6%にすぎない。

 

  (この数字は思うに、222月に始まった戦いで獲得した領土、ということだろう。

  ときどき新聞で見るウクライナ東部のロシア側が制圧した領土図では、0.6%とは

  思えない。たぶん以前の、クリミア半島を略奪した時に制圧した東部エリアは、

  この0.6%には入っていないのではないだろうか。

  こんどその領土図が新聞に載ったときに、改めて確認してみようと思います)

 

 

  さらには、海でのウクライナ軍の成果は目覚ましい。

  最初は劣勢だったが、

  一度は制圧された黒海西部の要衝、ズメイヌイ島を奪還。

  この間にロシア軍の黒海艦隊の旗艦だった「モスクワ」を含む多くの戦艦は

  黒海の底に沈んだ。

  ロシアの制海権を無力化し、海上戦そのものを一変させた。

 

  空でもロシアは苦戦している。

  256月にはロシア国内の軍用飛行場がウクライナのドローン攻撃を受け、

  多数の戦略爆撃機が失われた。

  ロシア軍はいまだにウクライナ上空での優位性を確立できていない。

 

  これらにより、ロシアは長距離ミサイルやドローンで

  ウクライナ都市を攻撃し、市民を恐怖に陥れることで反撃している。

 

 

         ウクライナ軍がロシア海軍を奇襲。

         (画像サイト JBpress より)

 

 

● 2つめの、プーチンの狂気の野望が達成できない、ということ。

 

  プーチンはいくつもの演説や論文で、ウクライナは真の国家ではないと主張している。

 

  ウクライナという国家は存在せず、ウクライナ人は実際にはロシア人であり、

  きっかけさえあれば喜んで母なるロシアの一部になる、と語っている。

  そして、そのためにウクライナという国家の破壊を主たる目的として戦争を始めた。

 

  しかし、それが達成できないのは明らかである。

 

  この戦争がどうなっていくかは、予測がつかない。

  だが、極めて重要なのは、ウクライナの勝利は既に決定的で、

  覆されることはないという点だ。

 

………としています。

 

さらには、

 

  プーチンの妄想と野心のために、今後どれだけの命が失われるかわからない。

  だが世界中に明らかになった揺るぎない事実は、ウクライナが本物の国家であり、

  ウクライナの人々はロシアからの独立を守るためなら何が何でも戦うつもりだ、

  ということだ。

 

………としています。

 

 

今後、どれだけの時間がかかり、どんな風に決着がつくのか、想像できません。

が、ウクライナにとって、それが最もいい形であることを、望んでやみません。

 

 

 

● 話は大きく変わり。

 

わが家の玄関前の小さな庭には、ナミさんが植えたハーブのほか、

垣根のような植栽の中からたくましく雑草たちが生えています。

 

うっとうしい雑草たちですが、たまに小さな花を咲かせると、

とたんに何か、可愛らしく見えてきますね。

 

 

 

   ローズマリーが、もうまさに雑草のように

   小さな林になっている。

   その一本に、小さな薄紫の花が咲く。

 

 

     なんという名かさえわからない雑草。

     門柱わきにまるく刈った植栽の中から

     突き出てきている雑草に、黄色い花が。

 

 

 

 

 

 

 

伊都国つうしん 213

 


● いや、もっと経っているかもしれない ……

 

 

   沖縄時代には、伊勢神宮へは行っていないので、

   きっと20年以上ぶりなのかもしれません。

 

   ここ福岡から出かけるので、せっかくだからと、

   伊勢への行きには、京都に住む息子家族と会い、

   帰りには、現在は名古屋に住む東京時代の仕事仲間に会いに。

 

 

そんな段取りで、10月の3連休に出かけました。

いわば毎日が日曜日の私らが、なぜ3連休に ………というのは、

東京に単身赴任している息子が、京都のわが家に帰るだろうからです。

 

 

大学時代、京都で4年間過ごした私、社会人になって何度も訪れてますが、

実は京都に行くのも、かれこれ20年以上ぶりだと思います。

 

いまの京都、インバウンドでとんでもないことになっている ……のは、

十分に承知しているので、いわゆる有名どころには行くつもりもありません。

 

何か所か懐かしいところを巡り、基本、息子家族と歓談が目的でした。

…… というわけで、京都、伊勢神宮、名古屋での旅の写真の羅列ですが。

 

 

 

            京都・東山のふもと南禅寺。

            私はここの境内にあった下宿屋に

            4年間居たので懐かしい。

            やはり人の数は当時とは比較にならない。

 

 

           下鴨神社。息子の家の近く。

           いい神社で、しかもあまり有名じゃないから

           休日だけれど観光客はごく少なかった。

 

 

          詩仙堂。翌日の午前中ということもあり、

          またここもそれほど有名じゃないのだろう、

          人は少なく、また外国人はゼロだった。

 

 

 

            詩仙堂は寺ではない。

            江戸初期に石川丈山という人物が建てた住まい。

            写真のように、鴨居に一面9名、

            四方で36歌仙が飾られているので、

            たぶん詩仙堂の名があるのだろう。

            私はここが好きで、大学時代にもよく訪れた。

            当時は、いつ来ても私を含め2~3人だった。

 

 

 

            伊勢神宮は、決まってまずは

            外宮の豊受大神宮さんからお参り。

            今回初めて知ったのだけれど、

            伊勢市駅を出るとすぐ外宮の参道だった。

 

 

 

             内宮をお参りする前に、

             昼時少し前で混まないうちにと、

             有名な「おかげ横丁」で

             名物の「手こね寿司」をいただく。

 

 

 

 

          おかげ横丁には、これまた有名な

          「赤福」の本店があり、

          お茶といっしょに……と思ったが、

          とんでもなく並んでいたので、

          とりあえず、赤福2個セットを買った。

          赤福は、昔もそう思ったが、

          見た目ほどは甘くなく、おいしい。

 

 

 

              伊勢神宮の内宮、

              天照大御神が祭られている正宮。

 

              通常、神社の祭神がおわす建物を

              本殿とか本宮とか言うが、

              全国の神社のまさに中心である

              伊勢神宮の外宮・内宮では、特別に、

              「正宮」とよんでいる。

 

 

              倭姫(やまとひめ)宮。

              倭姫は、大和国から各地をめぐり、

              天照大御神を現在の伊勢神宮・内宮の地に

              導く役目をしたという神様。

              外宮・内宮から少し離れた所にある

              小さな境内の神社だけれど、なかなかいい。

 

 

 

     伊勢から友人の住む名古屋市へ。

     ここでは「ひつまぶし」をご馳走になり、

     そのあと熱田神宮へ。

     ここもなかなかいいなぁ。

 

 

               さすが場所柄。

               なんと信長、秀吉、家康の三人とも

               ここ熱田神宮へ寄進をしている。

               信長が、桶狭間の戦いに大勝したお礼に

               建てたという「信長塀」がいまも

               このパネルのそばに残っていた。

 

 

 

4泊5日の小旅行だったけれど、ともかくよく歩いた ………。

久しぶりに息子家族に、そして仕事仲間だった旧友夫妻に会えて、

とても楽しい旅だったけれど、

名古屋から帰りの新幹線では、さっすがにぐったりでした。