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F1のある暮らし ~夢を実現するブログ

自分の夢は『F1を日本の文化に定着させること』と『スーパーアグリを復活・発展させること』です。 その夢の実現のため、日々実践し、そこから得られた気づきをご紹介します。 「そもそもF1の魅力って何?」という事も、読者の皆さんと一緒に考えて行ければと思います!

ルドビコ・スカルフィオッティはフェラーリを駆り、
1960年代にスポーツカーおよびF1で活躍したイタリア人ドライバーです。

F1へは1963年から1968年まで6年間の参戦経験がありますが、
フルエントリーしたシーズンはなく、
グランプリへのエントリーは12戦で決勝出場は10戦に止まります。

それでも、1966年のイタリア、モンツァでフェラーリ312をドライブし、
生涯唯一のグランプリ優勝を果たしています。

この時は、予選2位からのスタートで、ファステスト・ラップも記録。

イタリアでフェラーリがイタリア人ドライバーの手により優勝を果たした
記念すべき勝利ですが、驚くべきことに、今日においても、
モンツァでイタリア人ドライバーが優勝したのは彼が最後となってます。

彼は1963年にロレンツォ・バンディーニと組み、
ル・マン24時間レースで優勝を果たしており、F1とル・マンで勝ったことのある
数少ないドライバーの一人となっています。

また、1964年と1965年にはニュルブルクリンク1000Km耐久を制し、
フェラーリの同レース4連勝にも貢献しています。

彼の生涯はスポーツカーイベント参加中の事故により幕が閉じられます。

ヒルクライムのイベントでポルシェ910をドライブ中に樹木に激突。

スカルフィオッティはマシンから投げ出され、

その体は60ヤード先まで飛ばされたそうです。

F1ベルギーGP前日の1968年6月8日の出来事でした。


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まぁ、

今年がダメなら

また来年トライすれば良いんだ


マクラーレン ドライバー
フェルナンド・アロンソ

(出典:F1速報 2007年日本GP号)




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1998年6月7日に実施されたF1世界選手権第7戦カナダGPは波乱のレースでした。

比較的混乱の多いカナダ、モントリオールでのレースですが、
この年のレースはスタート直後から大混乱が発生します。

スタート直後の1コーナーで多重クラッシュが発生。

ベネトンのアレクサンダー・ヴルツがイン側で横転し、そのままコースを飛び越え、
今度はアウト側のグラベルで宙を舞う大クラッシュを演じました。

レースはそのまま赤旗中断。

幸いヴルツは怪我もなく再スタートを切ることができました。

15分後の2度目のスタートでも再び大混乱。

最初の多重クラッシュと同じ場所で、再び多重クラッシュが発生。

今度は、ザウバーのジャン・アレジの上に、
プロストのヤルノ・トゥルーリが乗り上げるクラッシュが発生してしまいました。

しかし、今度はセーフティカー先導によるレースとなりました。

6周目にレースは再開され、
3度目のスタート(ただし、ローリング)は大きな混乱もなく過ぎました。

レースでは、実に3回のセーフティカーが入る波乱の展開。

リザルトも20周目にトップに躍り出たベネトンのジャンカルロ・フィジケラが
勝って波乱を起こしそうでしたが、44周目のピット作業後にフェラーリの
ミハエル・シューマッハに鼻先を押さえられると差を広げられます。

ミハエルは、50周目のピット作業後もトップで復帰し、優勝を奪いました。

それでも、フィジケラは2位を獲得し、
最初の多重クラッシュの原因を作ったヴルツも4位に入り、
若きベネトン勢が荒れた展開の中で存在感を示したレースでした。


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みなさま、こんばんは。

モナコの週末に明らかになったテスト騒動が
ますます大きな問題になりつつあるように見えます。

このテスト騒動とは、メルセデスがスペインGP後のカタロニア・サーキットで
現行マシンおよび二人のレギュラードライバー参加のもと実施した
ピレリ・タイヤのテストの事です。

全てのチームに対して、ピレリの要請によるシーズン中の1000Kmの
タイヤテストがレギュレーション上認められていますので、
メルセデスがテストを実施したこと自体は問題視されていません。

しかし、彼らは現行のマシンを使用したことで大きな問題となっています。

事実、時を同じく判明したバーレーンGP後のフェラーリのタイヤテストについては、
使用マシンが2011年型だったことから、特にお咎めを受けていません。

シーズン半ばでの現行マシンを使用したテストにライバル勢は声高に不正を
訴える一方、メルセデス自身は使用タイヤやスペックなどの情報を与えられて
いなかったので特に利益につながらないとの主張を繰り返し、
議論は平行線を辿っていました。

ところが、ここに来て、また揉めそうな事態が発生しています。

件のテストに参加したニコ・ロズベルグが、チームはどんな考えのもと、
何をテストしいるかを認識していたとコメントしたのです。

この結果、メルセデスの不正なテストによるパフォーマンスアップが叫ばれ、
彼らの立場はますます苦しくなっています。

最終的にはFIAの国際法廷に委ねられることになった本件の結論は
果たして、どんな裁定が下るのでしょうか?


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状況的に

残りのレースを

勝たなくてはいけないというのは

やっぱり辛い。

本来なら楽しめるはずなのに、

テンションも沈みがちになってしまう


マクラーレン ドライバー
フェルナンド・アロンソ

(出典:F1速報 2007年日本GP号)




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高原敬武は1970年代に主に日本国内で活躍したドライバーです。

1951年6月6日が彼の誕生日です。

富士グランチャンピオンレースや全日本F2000にシリーズ開始とともに参戦し、
各カテゴリでチャンピオンを獲得する活躍を見せています。

全日本F2000で初のチャンピオンを獲得した1974年に
デイリー・エクスプレス・インターナショナル・トロフィーにエントリし、
日本人として初めてF1のレースに出場したドライバーとなりました。

しかし、このレースは非選手権戦のためF1の公式記録には残っていません。

非選手権戦とは、現在は廃止されていますが、
かつて存在した選手権ポイント対象外のレースで、チームは参加義務がなく、
今と違ってスポット参戦も可能なレースでした。

そんな高原がF1の公式記録に登場するのは1976年に富士スピードウェイで
開催された初の日本でのF1公式戦、「F1世界選手権イン・ジャパン」です。

地元の日本人ドライバーが多数スポット参戦を果たす中、
高原もその一人としてエントリーを果たします。

サーティース・フォードを駆る彼は予選で24位と大きく出遅れてしまいます。

しかし、決勝では日本人最高位の9位で完走を果たしました。

続く、翌1977年はコジマからエントリーし、
予選19位、決勝ではわずか1周でのリタイヤとなっています。

日本でのF1が、以後1987年の鈴鹿まで開催されなかったという状況もあり、
高原のF1挑戦はこの年が最後となったのでした。


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みなさま、おはようございます。

2014年はエンジン・レギュレーションが大幅に変更され、
現行の2.4リッターV8から1.6リッターV6ターボへと移行することになります。

これに伴い、現行のKERS(運動エネルギー回生システム)から、
熱エネルギーの回収も可能にしたERS(エネルギー回生システム)へと発展。

当然、シャシーも大幅変更を求められることになります。

チームやドライバーは、ベンチやリグ、シミュレータ、風洞等で検討、評価を
進めていくことになりますが、準備が十分ではないという不安があるようです。

来年は年明け早々の1月からサーキットでのテストが開始される見込みですが、
それでも、開幕前のテスト回数は従来通りの3回になりそう。

上記の通り、多くの技術変革がもたらされる2014年型マシンですが、
これを少ないテスト走行の機会で理解しないといけなくなるドライバーにとっては
大きなチャレンジになるとアラン・プロストは考えているようです。

ドライバーに期待されるのは、単にマシンを速く走らせる事だけではなく、
最新の技術を理解し、その技術を武器に戦えるようなマシンを
エンジニアと作り込んで行ける事です。

イメージとして、全盛時のミハエル・シューマッハみたいな感じでしょうか。

そうすると、速く走ることにしか興味を示さない
キミ・ライコネンのようなドライバーには辛いのかもしれませんね...

加えて、大幅にマシン変更が要求される中で、
どのチームが上手く準備を進められるか。

2014年は今と勢力図ががらりと変わっているかもしれませんね。


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レースはいつも

エンジョイしているよ


スパイカー ドライバー
エイドリアン・スーティル

(出典:F1速報 2007年ベルギーGP号)




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1946年6月5日はパトリック・ヘッドの生まれた日です。

彼はフランク・ウィリアムズとウィリアムズF1を立ち上げ、株主でもありました。

設立当時は、フランクが70%、ヘッドが30%の出資だったそうです。

参戦当初はカスタマーカーを走らせていたウィリアムズでしたが、
1978年にヘッドが初めて設計したマシン、FW06をデビューさせました。

この年は、アラン・ジョーンズの1台体制でしたが、
第15戦のアメリカ東GPで2位表彰台を獲得しています。

翌1979年にヘッドはチーム初のウイングカーとなるFW07を投入します。

彼の特徴である、非常に手堅いマシン設計の末に生まれたマシンは、
チームの記念碑的なマシンとなります。

第9戦イギリスGPで、ジョーンズの手によりチーム初ポール・ポジションが
もたらされると決勝では、
4位からスタートしたクレイ・レガツォーニがチーム初優勝を遂げました。

このシーズンとしても、3回のポールと5勝を挙げて、
いきなりトップチームの仲間入りを果たすことになったのでした。

さらに翌1980年には、FW07とFW07Bにより、チーム初の
コンストラクターズ・タイトルを獲得し、名実ともにトップチームの地位を固めます。

以後、2004年にサム・マイケルにテクニカル・ディレクター職を譲るまで、
チームのエンジニアリングを牽引し続け、その間、実に9回もの
コンストラクターズ・タイトルを獲得するという圧倒的な成績を収めています。

現在は、独自のフライホイール式KERSシステムを提供する
ウィリアムズ・ハイブリッド・パワーの役員を務めることで、
F1の一線からは身を引いています。


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みなさま、おはようございます。

今シーズン、好調さをキープしているのがフォース・インディアです。

2013年スペックのピレリタイヤにうまく適合し、逆に今季タイヤに苦労している
ように見えるザウバーの昨年のポジションを奪ったような形です。

コンストラクターズ・チャンピオンシップでも、
レッドブル、フェラーリ、ロータス、メルセデスに次ぐ堂々5位につけ、
不調とはいえマクラーレンを上回る好成績を収めています。

そんな彼らの当面の目標は、2009年以来となる表彰台獲得です。

チーム創設2年目の2009年のマシンは、全体的な戦闘力では劣っていたものの、
スピードでは一線級の競争力を誇っていました。

その特徴を生かし切り、スパ・フランコルシャンでジャンカルロ・フィジケラが
チーム初のポール・ポジションを獲得すると、
フェラーリのキミ・ライコネンとのバトルの末、2位表彰台を獲得しました。

しかし、その後は4位が最高で、今日に至るまで表彰台を獲得できていません。

それでも、今シーズンはチャンスかもしれません。

昨年、4回ポディウムを獲得したザウバーのポジションを奪った彼らが、
同様の成績を収めたとしても驚きはしないでしょう。

事実、バーレーンでポール・ディ・レスタが4位、
モナコでエイドリアン・スーティルが5位と惜しいところまでは来ています。

今年はホイールナットの問題でダブルリタイアしたマレーシア以外全戦で
ポイントを獲得しているだけにモントリオールでの戦いにも期待が持てます。

さて、その瞬間はやってくるのでしょうか。


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