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F1のある暮らし ~夢を実現するブログ

自分の夢は『F1を日本の文化に定着させること』と『スーパーアグリを復活・発展させること』です。 その夢の実現のため、日々実践し、そこから得られた気づきをご紹介します。 「そもそもF1の魅力って何?」という事も、読者の皆さんと一緒に考えて行ければと思います!

いつでも僕を支持してくれる人々はいるし、

そうでない人々もいる。

それは僕にはコントロールできないことだから、

気にしないようにしているよ


マクラーレン ドライバー
フェルナンド・アロンソ

(出典:F1速報 2007年日本GP号)




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1964年6月14日にF1世界選手権第戦3戦ベルギーGPが行われました。

サーキットは、現在と同じスパ・フランコルシャンですが、
当時のスパは1周14.120Kmもあったため、32周451.2Kmで争われたレースでした。

このベルギーGPは走行距離も長く、オー・ルージュに代表されるようにスパが
アップダウンの激しいサーキットであることから、燃費に厳しいレースでした。

この燃費の厳しさが、この日のドラマを作ります。

予選は、ブラバムのダン・ガーニーがポール・ポジションを獲得。

以下、BRMのグラハム・ヒル、ブラバムのジャック・ブラバムと続きます。

レースでは、ポールからスタートしたガーニーがほぼリードを保ったまま
終盤までのレースをコントロールします。

29周目までで独走状態だったガーニーですが、
ガス欠でピットインを余儀なくされるとレースが大きく動き始めます。

これにより、トップに立ったヒルでしたが、31周目までリードラップを記録しながら、
トラブルから彼も脱落してしまいました。

この次にトップを奪ったのは、クーパーのブルース・マクラーレンです。

ファイナルラップで手に入れた絶好の優勝の機会でしたが、
彼のクーパーT73・クライマックスも燃料残量に問題を抱えていたのでした。

フィニッシュ直前にガス欠症状に見舞われたブルースでしたが、
惰性で何とかチェッカーフラッグが振られるフィニッシュライン通過に成功します。

しかし、彼がラインを通過する3.4秒前にロータスのジム・クラークがこれを交わし、
まさかのトップチェッカーで優勝を手にしたのでした。

歴史に残るトップ交代劇は、
クラークにとって3年連続のベルギーGPでの勝利でした。


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みなさま、おはようございます。

現在、ルノー・ブランドで最多の4チームに提供されているルノー・エンジン。

レッドブルとは「ワークス」パートナーとして、チームとの協業を進めています。

そんなレッドブルのタイトルスポンサーはインフィニティ。

インフィニティとは、ルノーと提携している日産の高級車ブランドですね。

という事で、過去に何度か出た話ですが、レッドブルのエンジンが
インフィニティ・エンジンになるという話がまた浮上しているようです。

レッドブルのタイトルスポンサーにインフィニティがついてから、
個人的にはむしろルノーであり続けることの方が不思議な気さえしています。

今回の話は、過去の単にバッヂを変えるだけの話より、
現実味が増していると思います。

というのも、V6ターボエンジン移行とともにより重要度が増す
エネルギー回生システム(ERS)の開発にインフィニティ(というか、日産ですね)が
積極的に携わると噂されているからです。

この辺りのハイブリッド技術は、日本メーカーの得意分野のように思いますし、
環境への配慮という観点からも、積極推進する姿勢は
F1での活躍とともにブランドイメージをアップさせる好材料になると考えられます。

で、晴れてルノー→インフィニティ・エンジンになったレッドブルは、
インフィニティ・レッドブル・インフィニティと呼ばれることになるんでしょうか...

それはさておき、ワークスがインフィニティになった暁には、
彼らはルノー・ブランドとして提携して行けるチームを探すと見られています。

もともと、ルノー・ワークスチームだったエンストンのロータスか、
市販車でアルピーヌと提携しているケータハムが有力提携先候補です。

どちらも、資金的に苦労しているようなので、
ワークス待遇してもらえたら有難いでしょうね。


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僕はすべてのレースが

シーズンの最終戦だと思って、

ひとつひとつに集中するようにしている


マクラーレン ドライバー
フェルナンド・アロンソ

(出典:F1速報 2007年日本GP号)




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ホンダは日本にとって、最もF1と関わりを持つ存在です。

その活動は、1964年から始まり、
コンストラクターとしての第1期、エンジンサプライヤーとしての第2期、
エンジンサプライヤー、のちにチーム買収によるコンストラクターとしての第3期、
そして2015年から始まるERS(エネルギー回生システム)を含む
パワーユニットサプライヤーとしての第4期からなります。

1964年の参戦は、当初エンジンサプライヤーとして目指していたようですが、
供給先の予定であったロータスから同年の開幕直前にキャンセル
(それまで使用していたクライマックス・エンジンを継続使用するという理由)され、
急遽シャシーも仕立てて、コンストラクター参戦することにしたそうです。

この辺の機動力はいかにもホンダらしいエピソードですね。

という訳で、1964年の参戦は第6戦ドイツGPまで待たされることになります。

デビュー戦では、予選22位、決勝13位と見事完走を果たします。
(実際は、クラッシュしたものの、リザルト上完走扱いのようですが...)

しかし、他に出走したイタリアとアメリカでは、予選こそ10位、14位と
躍進を果たしますが、決勝ではリタイヤと今ひとつ成績を残せませんでした。

翌1965年は飛躍の年でした。

前年のロニー・バックナムのみの体制から、リッチー・ギンサーを加えた
アメリカ人コンビによる2カー体制へと強化しました。

南アフリカを欠場し、モナコではダブルリタイヤを喫してしまったものの、
第3戦ベルギーGPでギンサーが予選4位を獲得すると、
決勝でも6位でフィニッシュし、念願のチーム初ポイントを獲得したのでした。

1965年6月13日のことでした。

ちなみに、この年の最終戦メキシコGPではギンサーが
チーム、自身ともに初めてとなる勝利を挙げて華を添えています。


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みなさま、おはようございます。

コスト削減を目的に禁止されてきたシーズン中のテストですが、
2014年から復活する見込みです。

ただし、シーズン中テストを積極推進してきたフェラーリが自身の持つ
テストサーキット、フィオラノ・サーキットでドンドン試験ができる
昔のような姿にまでは戻りません。

チームの過半数以上の合意に基づき2日間のテストが4回実施される見込みで、
開催場所は未定です。

コストの問題で、かつてのようにテストチームを別に持つ訳にはいかないので、
グランプリ終了後の火曜日と水曜日にサーキットに居残って実施する案が有力。

この方式だと、2周連続開催の場合には実施できません。

従って、来季のカレンダー確定後に開催地を検討することになるようです。

チーム側は、バルセロナ、シルバーストーン、ブダペスト、スパ・フランコルシャン
での実施を希望しているそうです。

ところで、話はこれだけに止まりません。

当然、テストが8日間純増する訳ではなく、代わりに削減されるものがあります。

どうも確定した情報は流れていないようですが、直線での空力テストや、
デモンストレーションタイヤを履いてのプロモーション走行、若手ドライバーテスト
といった現在許可されているテストの削減(それらとのバーター?)を前提に
考えられているようです。

これにより、ますます若手にとってF1マシンをドライブする機会が少なくなりそうな
感じがあるので、そこが大きな懸念でしょうか。


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F1では

決して物事を

甘く見てはいけない


マクラーレン ドライバー
フェルナンド・アロンソ

(出典:F1速報 2007年日本GP号)




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イネス・アイルランドは主に1960年代に活躍したドライバーです。

1930年の今日、6月12日にイギリスのヨークシャーで彼は生まれました。

元々は技術者で、ロールス・ロイスのエンジニアリングに携わっていたようです。

彼のグランプリデビューは1959年第3戦オランダGPでした。

ロータス16・クライマックスを駆り、
予選9位ながら決勝で4位といきなりの入賞を果たします。

その後はリタイヤが続きますが、最終戦アメリカ、セブリングで5位に入り、
初年度で存在感を表しています。

参戦2年目の1960年は彼にとってのベストシーズンを迎えます。

優勝こそなかったものの、表彰台を3度獲得する活躍でした。

しかし、この年は、チームがロータス18をカスタマー供給する
ロブ・ウォーカー・レーシングのスターリング・モスがモナコで「ロータス」としての
初優勝を挙げるという、
ワークス・ドライバーのアイルランドにとっては厳しい面もありました。

翌1961年の最終戦アメリカ、ワトキンズ・グレンでロータス21により挙げた
彼の初勝利はワークス・ロータスとしても初勝利となりました。

残念ながらその後、アイルランドは勝利数を伸ばすことができず、
この勝利が彼の生涯唯一の勝利となっています。

ところで、この年の開幕戦のモナコで
彼はロータス21を大破させる大クラッシュを演じています。

トンネル内でギア・セレクトをミスし、リアタイヤをロックさせてしまい、
トンネル出口のウォールに激突すると、彼は路上に放り出されてしまいました。

奇跡的に命に別状なく生還し、シーズン末の勝利を味わえたのでした。


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みなさま、おはようございます。

昨日もストーブリーグと言いますか、シリーシーズンの話題をお届けしましたが、
本日もそんな話をお届けします。

現在、3年連続のワールド・チャンピオンであり、
今シーズンもランキングトップに立ち4連覇を狙うセバスチャン・ベッテル。

39回のポール・ポジション、29勝(うち21回はポール・トゥ・ウィン!)という
25歳の彼にとっては素晴らしすぎる成績を誇ります。

トロ・ロッソでの初優勝も含め、彼のキャリアの成功は
レッドブルとエイドリアン・ニューウェイ・デザインのマシンにより彩られてきました。

そんな彼ではありますが、常に付きまとうのがフェラーリ移籍の噂。

ベッテル自身もフェラーリは憧れのチームであることを公言し、
将来的な移籍を否定しないところから、消えることのない話のネタになっています。

ベッテルとレッドブルの契約が2014年までであったことから、
2015年にフェラーリでのフェルナンド・アロンソとベッテルの直接対決を
期待する声も上がっていました。

しかし、そんな声を打ち消す話として、ベッテルの契約延長が発表されました。

2013年のこの時点で、2015年のわずか1年間だけの延長という、
微妙に政治的な背景を想像させる発表ではありますが。

これにより、フェラーリでのアロンソとのコンビに対する期待を、
少なくとも両者が持つ現行契約下においては実現できなくなりました。

個人的には、2人のコンビって、
エゴがぶつかり合いそうで上手く行きそうな気がしてなかったんですよね。

ということで、やっぱり注目は彼らのチームメイトが誰になるか、ですね!


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もし

誰かひとりに

賭けなければならないとすれば、

僕は全財産を

自分に賭けるね


マクラーレン ドライバー
フェルナンド・アロンソ

(出典:F1速報 2007年日本GP号)




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