1930年の今日、6月12日にイギリスのヨークシャーで彼は生まれました。
元々は技術者で、ロールス・ロイスのエンジニアリングに携わっていたようです。
彼のグランプリデビューは1959年第3戦オランダGPでした。
ロータス16・クライマックスを駆り、
予選9位ながら決勝で4位といきなりの入賞を果たします。
その後はリタイヤが続きますが、最終戦アメリカ、セブリングで5位に入り、
初年度で存在感を表しています。
参戦2年目の1960年は彼にとってのベストシーズンを迎えます。
優勝こそなかったものの、表彰台を3度獲得する活躍でした。
しかし、この年は、チームがロータス18をカスタマー供給する
ロブ・ウォーカー・レーシングのスターリング・モスがモナコで「ロータス」としての
初優勝を挙げるという、
ワークス・ドライバーのアイルランドにとっては厳しい面もありました。
翌1961年の最終戦アメリカ、ワトキンズ・グレンでロータス21により挙げた
彼の初勝利はワークス・ロータスとしても初勝利となりました。
残念ながらその後、アイルランドは勝利数を伸ばすことができず、
この勝利が彼の生涯唯一の勝利となっています。
ところで、この年の開幕戦のモナコで
彼はロータス21を大破させる大クラッシュを演じています。
トンネル内でギア・セレクトをミスし、リアタイヤをロックさせてしまい、
トンネル出口のウォールに激突すると、彼は路上に放り出されてしまいました。
奇跡的に命に別状なく生還し、シーズン末の勝利を味わえたのでした。
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