Dombyra-dee-dee〜中央アジアの無駄話とスケートとたまに旅行記〜 -2ページ目

Dombyra-dee-dee〜中央アジアの無駄話とスケートとたまに旅行記〜

中央アジアと日本を行き来しているくだらない日常とフィギュアスケートと旅行記など。カザフスタンの話とデニス・テン君の話が多いです。
コロナ禍以降はもっぱら国内旅行の話。最近は自分でも滑るのでその合宿関連多め。

気が付けば半年もブログを触っていなかった。いや、つまり、それだけ旅に出てなかったのだ。


8月以降ほぼ毎週末スケートの試合の手伝いがあり、平日の本業は秋から冬にかけてがピークで全く身動きが取れなかった。スケートで全国各地に移動するのでそのついでに観光したりはしてたけど、もうそろそろ限界だ。自分で移動計画を練って旅をしないと禁断症状がぁ!


というタイミングで、コロナ禍以降趣味に加わった二次元の推し活において、某ゲームのイベントで宮城県の多賀城市立図書館が舞台として使われた。これだ!これをなぞった旅がしたい!さらに図書館側でもコラボ企画としてゲームで使われた箇所にフォトスポットを設置しているというので、その最終日となる土日でさっと現地に行くことにした。


当初はそのゲーム仲間で新幹線による日帰りという計画も出ていたのだが、予定が合わず結局一人旅になったので遠慮なく貧乏旅で行く。しかし今回は夜行バスを使う無茶はせず、土曜の午前中に都内で別件を済ませてから午後のバスで移動し、一泊して翌日も夕方のバスで帰るという私にしてはやさしい計画。宿も最初はゲーム内で宿泊していた秋保温泉で探していたが到着時刻を考えるとごはんも終わってるし何もできないので、多賀城にある安いビジホにした。おかげで往復バス+宿代が新幹線の片道分と大差ないくらいで済んだ。




今回の計画が成立したのはひとえに多賀城市立図書館が夜9時まで営業しているおかげである。バスで仙台駅前に着いたあとすぐに仙石線に乗って着いた多賀城。その駅のすぐ目の前に図書館というイメージからはかけ離れたオシャレ施設があった。1階の半分は蔦屋書店が入っていて、スタバも隣接している。




図書館なので普段は撮影禁止だけど、掲示されているフォトスポットでのみ撮影可能。小道具も用意してくれている。




ゲームの舞台として使われたスポットは全部で8箇所あるが、圧巻なのが2階最奥から見た巨大本棚。ここが撮影できるのは嬉しい。




図書館見学を終えたら駅前にあるたん屋善次郎で牛タン夕食。時間が遅いからごはんは控えようと思っても進んでしまう青唐辛子味噌ととろろの罪深さよ。




宿は多賀城駅から歩いて5分ほどのところにあるニューキャッスルという古いビジネスホテル。大浴場があるものの男女入れ替え制で女性は20:00で終わり、夜〜朝は男性タイムなので入ることができなかった。だいぶ女に不利な時間割だなと思っていたのだが翌日になって疑問が少々解決。多賀城市は工場が多く、宿泊客も男性がほとんどだった。


せっかく宮城まで来たのだから作品の聖地巡礼だけで終わるのも勿体無いと思い、普通の観光地も行くことにした。今年はまだ初詣に行っていなかったのでここで済ますことに。仙台駅からアクセスしやすくメジャーなところ、ということで、仙台城跡のある青葉山公園内に位置する宮城縣護国神社に的を絞った。



地下鉄最寄駅の国際センター駅の前には荒川さん+羽生さん2の五輪金メダルの記念碑が。仙台来たら羽生結弦の1人や2人見つけられるだろう…とは思っていたがこんなちゃんとしたものに出会えるとは!




と思ったら仙台城って日本フィギュアスケート発祥の地、五色沼があるところなのね。




この五色沼、着いた時は緑のゴム製の床が貼られた駐車場か何かだろうか?と思ったけどよく見たら凍った池だった。これは本当に天然のリンクだわ…!しかも見た目絶妙に競技サイズに近い気がする。


次の移動も控えるのでさっさと初詣するために急いで向かう。神社とかお寺は参拝するときはだいたい登り坂なのでだいぶしんどかった。



そして伊達政宗の像があるところでもあった。仙台、何回か来てるけどほぼスケート絡みなのでこういうメジャーなところを観光するのはそういえば初めてだ。




お参りしたらすぐ駅に戻るために坂道を転がるように降りていく。仙台駅の中で迷って時間をロスしたが何とか10:30発の秋保温泉方面へのバスに乗ることができた。




秋保温泉は所謂温泉街という中心部があまりなく(あるにはあるが)、山あいの住宅街の中に温泉施設が点在しているような感じだった。ゲーム内ではモデルになったホテルなどは特に無かったが、日帰り温泉を受け付けている施設の中でイメージに近そうで、かつ自分でも入ってみたいところを写真で選んでホテル瑞鳳という所に決めた。到着が11:15頃、帰りのバスは13:19発。普段あまり長湯しないので時間が余るかなと思いきや、入り終わって髪も乾かしてからふと時間をみたら13:13!ホテル内をゆっくり散策する暇もなく慌てて飛び出したのだった。




仙台駅に戻って昼食はお寿司食べようと思って色々調べていたが、結局移動したり並んだりが面倒になり車窓から見えた回転寿司に飛び込んだ。私は食べられるネタがごく僅かなのでパネル先で注文できる回転寿司はありがたい。北海道もそうだけど、寿司どころのちょっとリッチめの回転寿司は美味しいからなぁ…。




バスの出発時刻まで1時間を切ったので駅に移動。お土産買って、最後にずんだシェイクをいただいて終了。弾丸旅だったがだいぶリフレッシュできた。今年は海外含めてちょいちょい旅するぞー!



↓今回の旅で初めて出会ってしまった宮城名物しそ巻き。ぱりぱりのしその中に味噌あんが入ってて何この美味しさ…これをつまみに一生酒飲んでたい…


日本人たるもの人生で一度は最高峰に行かないと…なんて話を友人と何年もしていたのだが、この度ようやく挑戦する運びとなった。正直ここ数年、特にここ数ヶ月で体力ががくっと落ちた自覚があり、もう無理かもなーとか思っていたのだけど、私より数歳若い友人がかなりやる気だったので…。


今回は友人が見つけてきてくれたガイド付きツアーに参加。五号目までバスで行って、ガイドさんにペースを作ってもらいながらみんなで登頂を目指す。友人は東京→京都を徒歩で踏破したことがあるかなりの健脚で、それ故にペースを上げすぎて高山病になる危険性が高いということで富士山ベテラン経験者からガイドをつけることを勧められたという。


体力面があまりに不安なので、試し履きも兼ねて購入した登山靴でジョギングなどしていたが、心肺機能よりも筋力が衰えてしまって足が前に出て来ず、心拍数が上がるほどのスピードで走れない始末だった。




今回は吉田口から山頂を目指すツアーに参加する。7月3連休の初日というどピークで、朝7:00に新宿を出発したものの五号目に到着したのはお昼近く。五号目のあまのや2階に各ツアーごとに荷物置き場があるので、余計な荷物は置いていける。ガイドさんは「モバイルバッテリーは2人で1台で充分」とおっしゃっていたが、大手3社ではない私のスマホは五号目から先ずっと電波が弱小で、すぐに電池を消耗してしまい登山道に入ってすぐ10%台になってしまった(機内モード+節電モードで凌いだため、この先の写真はほぼ友人に丸投げしたもの)。



五号目〜六号目までですでに「思ったよりキツイぞ?」状態。こまめに休憩を挟むものの、やはり坂道をずっと登り続けるのは平面を走ってるのと負担が全然違う…見下ろせば絶景が広がっているのだがそれを見る余裕もない。


また森林限界を越えると強風が直撃し、ふつうに歩いていても煽られて道を踏み外しそうになる。ストックを持ってくか悩んで結局買ったのだが、なかったら登山道から押し出されて滑落したかも…と思う場面が何度もあった。



運動音痴の私は七号目前後に現れる岩登りがまたヘタクソ。どこに足場をもってくればいいか悩んでしまい、前から遅れをとってしまう。途中何でもないところで転んでしばらく動けなくもなってしまった。



宿泊する山小屋のある八号目までなんとか明るいうちに到着。ここで夕飯→仮眠なのだがツアーはけっこう不親切で何時からご飯とか何も言ってくれないので、とりあえず割り当てられた寝袋のところに行って荷物置いたらヌルッと下に降りていく感じ。



山小屋、超満員で割り当てられたところが屋根裏みたいなところの端の端で、下に降りるにも既に寝てる別のツアーや個人客を踏まないよう気をつけながら匍匐前進していくみたいな感じでなかなか大変だった。




山小屋で食べるシンプルなカレーがめちゃ美味しい。疲れて手がプルプルしてるのでこぼしまくるけど登山ウェアの撥水加工のおかげでシミにならない素晴らしさ。


時刻は20:30。ガイドさんからの説明によると、この先は2チームに分ける可能性があるという。吉田口ルートの頂上を目指す人と、追加料金1000円でお鉢巡りをして最高峰剣ヶ峰を目指す人。ただし、お鉢巡りの希望者が少なければ中止して全員で吉田口ルートの頂上久須志神社を目指すことになるという。希望者は1:00出発、非希望者は1:30出発ということになった。せっかくならてっぺんまで行きたいという気持ちはあるが、ここまでで既にかなりキツく、更に下りの方が苦手という自覚があるので迷う…が、友人は行く気まんまんだしこの時点では希望者は半数くらいだった。


0:30まで仮眠を取ることにしたが寒さと風の音で一睡もできなかった。準備を整えるものの夜の山小屋は真っ暗で、ヘッドライトを付けてもモノが見つからず結果的にここでレッグウォーマーを紛失することとなった(着替えてる時に見つからなくて五号目に置いてきたかな?と思ったが下山してもなかった…)。



結局遅れが出て全員1:30に出発。九号目まで来たところで最終的な希望を取り、お鉢巡り隊は休憩を短縮して急ぎめで山頂を目指すことに。山小屋では元気よく希望を出していた人も疲労で意気消沈してしまい、希望者は参加者24人のうち登山慣れしてそうな男子集団4人と友人のみ。友人が行くというなら私も行かないわけにはいかず、6人のお鉢巡り隊として山頂を目指すことになってしまった。


頂上までのルートはめちゃくちゃ渋滞して、ヘッドライトの灯りが連なって天の川のようになっている。なかなか先に進めないので息を整えることが出来、前日の七号目〜八号目より楽だった。



夜が明けてきた。



影富士もくっきり。(この辺写真の順番がバラバラ)



お鉢巡りはアップダウンが続くのだが、明らかに私だけペースが遅い…。平面になると楽勝なのだが、高低差があると自分の意思とは裏腹に足がぜんぜん前に出て来なくなる。でも富士山の窪みを上から見下ろすという経験は貴重だなあ。




剣ヶ峰に到達する前にご来光となった。



そして正真正銘の富士山の山頂、日本のてっぺんへ到達。これで富士山登頂したという実績ができたので良かった良かった。



お鉢巡りを終えて久須志神社のところへ戻ってきた。ここで食べたお弁当と1000円の豚汁が身に染みる…(富士山、運搬が大変なので何でも高い)。



そして、この後が地獄。中学の林間学校、キルギスでのアラアルチャとアルティンアラシャンくらいしか登山経験ないが私は下りが超苦手という自覚はずっとあり、正直普段の生活の階段もコントロールできずに転がり降りてるような感覚である。そんな私の日本最高峰からの下りはもう…ツアーのスピードに全くついていけず、ついていこうとするとほぼ小走りで駆け降りるような形になる。結果、コントロールできずに砂利に足を取られて転ぶ。たぶんストックなかったら何十回と尻餅ついてたと思う。


最後はちょっとした段差も脚力だけでは降りれずストックにほぼ全体重を乗っけるような形で降りてきたのだった。この下りがトラウマで、登りだけならいくらでもやるけど下りたくないからしばらく登山はいいや…と思ったのだった。なお、下山後送迎バスのトラブルで誤って下の方にある駐車場を案内されまた登って上のバス乗り場に戻ってくるハメになったのだが、全荷物を持ってのこの登りがいちばんキツかった。


帰った翌日からほぼ丸1週間全身地獄の筋肉痛。まあ、これからの人生は「富士山登ったことあるよ」って言えるのは良いねえ。次回は…来るかどうかわかんない(笑)












もう5年が経ってしまった。






生きてたらデニスは今30歳。生きてても、まだ30歳なんだよなぁ。それなのにもう5年も時が止まってしまっている。


この5年の間に世界はめまぐるしく変わった。30歳になった彼はそれをどのように捉えていたのかなぁ。現実的なところだと、ロシアに多くの友達がいる彼は自身のアイスショーにロシアのスケーターを呼ぶか否か、とか考えたりする。


デニスがきっかけで留学までしてしまったキルギスも、あれから10年が経った。アスタナ万博からも早6年。一時期はこのまま永住するかもと思っていた中央アジアでの日々はもうだいぶ遠い昔のことのように思う。


これから世界で活躍するスケーターはデニスの現役時代を知らない世代だな、とか、かなだいが引退したからデニステンメモリアルはまた暫く日本選手の出場はないんだろうなとか、そんな寂しさも感じる。


あの日に戻ってあらゆる力を使って事件を止められたらいいのにな。でも、できない。もう変えられない。


私の生活もだいぶ変わってしまったけど、彼が与えてくれた様々な機会や、それに伴う感情は忘れないように。


また、カザフスタンにも行きたいな。



あっという間に最終日。帰りの飛行機は20:35発なのでだいぶ時間がある。この日は国際通りを散策して、それから首里城に行こうと決めていた。


時間に追われることがないとついダラけてしまうので宿を出たのはチェックアウトに近い10:30頃。大きなリュックは預かってもらおうと思っていたが、フロントは不在だった。担当者の電話番号は書いてあったが今から呼び出す時間も勿体無いのでこのまま駅に向かってコインロッカーに入れることにした。


駅のコインロッカーに無事に荷物を預けて最終日の散策開始。まず旅行とは関係ない用事で100均に寄りたかったので(帰ってから行けよと思うだろうが、家から駅が遠く在宅勤務の日はなるべく出たくないもので…)、牧志駅の1つ手前、美栄橋駅の近くにあるショッピングセンターからそのまま歩いて牧志市場に向かってみることにした。




100均での用事を済ませてそのまま直進すると国際通りにぶつかり、市場本通りの入り口があるので入ってみる。早速海ぶどうなどの食品のお土産が売ってるお店に吸い込まれて試食・購入。柚子胡椒ならぬシークワーサー胡椒というのが容赦なくピリピリでめちゃ気に入った。





沖縄そばのお店もあるしなんでも食べ歩きしたくなってしまう。まずはかの有名な第一牧志公設市場に向かってみるが、そういえば暫く仮店舗営業だったのが移転してリニューアルオープンしたんだっけ?スマホの地図が指してるのが仮設店舗の場所で、行ってみたらもぬけの殻だった。移転後の場所の地図が載っていたがわからなくてグルグル結局市場本通り沿いだった。




リニューアルしたばかりで綺麗だからあんまり想像してたゴチャゴチャ感がなく、普通にスーパーみたいな感覚。エビが見た目からしてダメなので海産物売り場には近づけず、お腹が空いたのでパイナップルとサーターアンダギーを買ってその場で食べた。


その後通り沿いのお土産屋さんでちんすこうを買って無駄に荷物を増やしてから首里へ移動。首里城、ゆいレールの駅からだと15分くらい歩くけどフリーパス買っちゃったのでかたくなにゆいレール使って行きます。




ゆいレールを使ったもう一つの理由は駅の近くにある「首里そば」というところが有名なので並ぶの覚悟で行こうと思っていたのだが、到着してみると人の気配がないので休みだと悟った。なんだそれなら市場の中で沖縄そば食べてくれば良かった


ゆいレールの車内で今日は多くの人が傘を持ってるなーと思っていたが、駅を出ると少し小雨がパラついていた。折りたたみ傘はもっているが手が塞がるのが嫌でそのまま進む。





首里城がある首里城公園は東西に長く広がるが、見学コースとしての入り口は駅とは反対の西側になる。そこまで石垣沿いの道を歩くだけでエモすぎる





途中首里城とは反対側に見えた石造の大きなお城のような建物があまりにかっこよくて目を奪われた。あれはなんの建物だろうか、見学できるんだろうかと思ってたら後で調べたら沖縄芸術大学のキャンパスで歴史的建造物じゃないのね!こんな所で学べるのかっこよすぎる。




周囲は傘をさしている人が増えて来たが帽子を被ってるので濡れる実感があまりなく、まだ出さずに耐える。西側の入り口の守礼門まで行く。




そこから順番に歓会門、瑞泉門と進む。




が、首里城は2019年に火事で消失してしまったので、その先は現在仮設の廣福門でエモさはないんだよなあ。




その先は有料エリアとなる。現在の首里城は復興の様子を展示する形を取っており、消失したパーツや再建に関するビデオなどが展示されている。熊本城といい、再建中の城の見学ばかりしているな。




展望所となっている東のアザナまで行く。そこから見下ろす城下町を見て思ったが、沖縄は民家やアパートもコンクリートでできたものが多い。ベランダなどの手すりもコンクリートに網目模様を開けたような造りが多くそれが築年数が経って色が変わり重厚な雰囲気を作り上げている。築年数はそこまで古くないはずなのに、街全体が歴史の中のような雰囲気なのだ。


またぐるりと西側へ戻る。その先にある玉陵も世界遺産なので見ておくか。




玉陵は琉球王国の王族の墓で、入り口の建物の地下が資料館になっていた。これまでの調査でかなり詳細に誰の墓なのかわかっているようだ。500年以上前の歴史がわかるってすごいことだよなぁ。そして私は琉球王国に関する知識がほぼないので、琉球人とはというところが気になった。彼らは民族的には中国人なのか、日本人なのか、そのどちらでもないのか。その言葉や文化の違いなど、散々通った北海道のアイヌもそうだけど日本てやはり日本人と一括りにするのは無理があるなぁと感じる。




王族の墓はガジュマルの木が植った道を通り抜けた先にある。大きな石墳は閉じられていて中の様子はわからないが、ここに先ほどの地下室の資料の通り400年に渡り続いた琉球王国の歴代の王たちが眠ってるんだな。




再び首里城公園を西側から東側へ抜けて駅へ向かうことに。行きとは違うコースを通るほうが美しいが、それだと遠回りになるのでもう足が限界だった。石垣の歴史を感じる古さや熱帯の植物などの景色が非常に良く、雨に濡れることすら気持ち良いとか思っていたら雨は突如スコールになりそんなこと言ってる場合ではなくなった。慌てて近くの門の下に逃げ込み傘を引っ張り出す。


そこにいたスタッフさんに一応駅への道を聞くと、あれ?私が思ったのと逆だぞ?スマホの地図を見るといつの間にか駅方面を通り越して南東に位置する継世門までぐるっと回ってきてしまっていた。駅へ戻るため、土砂降りの住宅街を歩く。雨さえなければとても興味深い沖縄住宅をじっくり見て回れるのに


ロングスカートなんかはいてきちゃったからもうビショビショだ。なんとか駅まで戻り、ゆいレールで県庁前駅へ戻る。お昼ご飯を食べ損ねてしまったのでどこかへ行こうと思ったが、もう雨の中歩き回る気になれなかったのでパレットくもじの中で完結させることにした。お惣菜を買った地下1階に沖縄料理のレストランがあったことを思い出し、そこでソーキそばを食べた。


それから電源のあるモスバーガーでお茶&充電休憩を経て、最後にGODIVAに寄ったが抹茶のショコリキサーが入荷待ちになっていた沖縄限定の黒糖というのもあったが雨で体が冷えてしまったので無理に飲む気にもなれず、だいぶ早いがこのまま空港へ向かうことにした。


飛行機は20:35発だが、空港着いたのは17時台。お土産をゆっくり物色して、18:30くらいに夕飯で行こうと計画していたバーガー店、AWへ。並んでいたので逆にそこで時間を潰すことができた。




W、とにかく人が多いので作り置きしているのか注文したらすぐ出て来たが、その分あんまりあったかくなかったのがちょっと残念だったなぁ。空港じゃなくて街の店舗行ったら印象も違ったのだろうか。


やること無くなったのでもう搭乗口行こうと手荷物検査に入った瞬間、スマホのアプリに出発時刻変更のお知らせ。なんと21:15今から入ってもめっちゃ待つじゃんと思ったがもういいやと入り、買いもしない免税品などをひたすら見ていた。この日は天候が荒れていたせいかどの便も遅れていて、中には東京発で4時間遅れのもあった。


元の時間でも羽田から家まで帰れないので以前にも泊まった天空橋と穴守稲荷の間にあるゲストハウスを予約していた。東京着いても雨で、その寒さにびっくりしてしまった。シャワー浴びて3時近くに就寝し、5時半に起きて帰宅。疲れを溜めたまま1週間なんとか乗り切るぞ





この日は予め申し込んでいた美ら海水族館バスツアーの日。集合は8:20にパレットくもじのニッポンレンタカーの前。前日のおつまみの残りを朝ごはんに食べようと思っていたけどギリギリまで用意できない悪い癖が出て時間がなくなってしまった。パレットくもじに着いたのは8:15頃。だめだもうコンビニでごはん買う暇もない。




更に集合場所は様々な業者のツアーバスが出ていてどれが自分の参加するツアーのものなのかわからない。ガイドさんも参加者も中国人のところが多く、どのツアーか聞きに行くと中国語で返ってくることも。ぜんぜん見つからないので催行会社に電話すると「数分後に到着します」とバスのデザインを教えてくれて、ちょうどその電話中に教えられた通りのデザインのバスが集合場所の最後尾に滑り込んできたのだった。


バスで割り当てられた席は最前列。ガイドさんの話もよく聞こえるし窓の景色もよく見える。ガイドさんによると、道の混雑等により当初の予定からコースを変更し、最初に琉球村、その後美ら海水族館に向かうらしい(予定表だと最初が万座毛だった)


バスは那覇市を出て北上していく。市や町が変わるとその解説をしてくれる。普天間基地も通過した。


琉球村に着いたのは9:50頃。オープンが10時だそうで少し待機。それより少し前にオープンし、10:50までの自由時間を与えられた。




最初に屋内の売店エリアを通過して、その先が屋外の有料エリアになる(チケット代はツアー料金に込み)。明治時代の琉球家屋を集めたテーマパークで、内部に入れる家屋はわずかだが外から民族衣装や家具などを見ることが出来る。




とりあえずお腹が空き過ぎたので何か入れたい。入り口に売店があったのは見たがそこまで戻る時間が勿体無いので歩いてる途中に何かあればと思ったら黒糖クレープを売ってる所があったのでそれを朝食代わりに。美味しいけど中身も何もないので口がパサパサになる。


10:30からエイサーの公演があるらしく、それちょっと見たらもう集合時間だな。それまでにぜんぶ回り切らないと。




が、10:15から会場ホールの手前にある家屋で沖縄民謡のライブが始まってしまった。エイサー開始までやるそうで、全部見てると村内を回りきれないので1曲だけ聴いてお暇する。一応全部の家を見て、10:30を少し過ぎてからホールに入った。たぶんまだ1曲目。



男性と女性が太鼓を持って演舞するのが終わると、次は男性だけのグループで大きな太鼓での演舞。その2曲だけ見てホールを出た。


琉球村、時間ぜんぜん足りないわ。民族衣装着たスタッフさんに出口への道を聞き、「バスの集合時間までに入り口のところにあったお土産エリアをちょっと見たい」と告げると従業員用の近道を案内してくれた。「1日過ごせる施設になっていますから、1時間じゃ足りないですよね〜。またいらしてください」と。いやほんと、またゆっくり来る機会があったらいいなあ。


続いて今回の目玉、美ら海水族館。海洋博公園の広い敷地内にある施設の1つで、今回のツアーでは公園内の別の施設を見学する人も一部いる。公園の入り口のところでその方々は別行動へ。美ら海組は水族館の入り口でガイドさんが入場券を配ってくれる。


バスの中でもずっとスマホいじってたので(移動してポイント貯める系のアプリ入れまくってるもんで…)既に充電が20%切っており、ここで入れとくかと充電池を繋げたところ、充電が始まらない。え!前に使って充電するの忘れた⁉︎2つ持って来て2つともその状態、しかも予備の予備で持って来た乾電池式のはホテルに置いて来てしまった。なんという痛恨のミス!!!ここで20%とかもう無理だろ!


水族館内に充電できる所があるかスタッフさんに聞いてみると、LINEで登録する貸出式の充電器が館内にあるという。返却はファミマとか別のスポットでもOK。入り口にあったのでさっそく登録。24時間で220円。




水族館内のカラフルな熱帯魚たちやかわいいチンアナゴさんに癒された後、かの有名な巨大水槽の前へ。ジンベエザメを眺めながら軽食が食べれるカフェがあるが、順番待ちのようなので諦めた。ジンベエザメさんは水槽の上の方をゆっくりと旋回している。写真は撮りづらいが、その雄大な姿を目に焼き付けた。


美ら海水族館、資料展示をじっくり見なかったこともあり思ったよりボリューム少ないなという印象。動物園と違って自分にとっての推し生物がいないから熱量が違うというのもあるが。




バスの集合の14:40まであと1時間強。水族館とは別のところにウミガメ館、マンタ館、オキちゃん劇場というイルカプールがあるので観にいく。その途中で60%ほどで充電の終わりが来てしまったので再度館内に入り返却しに行った。うーん、ここから最後まで持つ気がしない。





夜はタコライスを食べに行きたいと思っていたが、もはや沖縄そばは毎日食べたい。公園の入り口から水族館へ向かう途中にレストランがあり、そこに沖縄そばとここの名物の青い肉まんのセットがあったのでそこへ向かった。が、肉まんふかし中で販売しておらず代わりにブルーシールのアイス頼んだ。




続いてバスは水納島という離島へ。本島からすぐ近くで橋で渡れる。橋を渡る前は山口の角島大橋に似た絶景が広がる。ここでの散策は僅か20分。橋のたもとにあるビーチを眺めて終了。美しいけど、先に久米島行っちゃうと感動が薄れるなぁ


スマホの充電は案の定再び20%台が近づいて来た。次に寄るのは紅芋タルトで有名なお菓子御殿なのだが、荷物になるためここで買うつもりはない。とはいえレジで何かが貰える引換券が付いてきたので、何買おうかなと店内を模索していると、海辺の席にコンセントが並んでいる!集合までの残り時間をここでの充電に充てるため、テイクアウトできるケーキを買ってそこで引換券を使うとちんすこうがお土産についてきた。




海を眺めながら、集合時間ギリギリまで充電して44%まで戻したが、帰りまで持つか


最後に万座毛。今帰仁エリアにある岩が削れて象の鼻のようになっている崖で、入り口には売店などが入った立派な建物がある。その中にも充電スポット、充電GOがあったー!再度充電器を借りる。これは那覇着いてからファミマかどっかで返却しよう。




万座毛は見学通路がしっかり整備されている。日が西に傾いてちょうど万座毛の周囲の海面をキラキラと照らしていた。


これにて今回のツアーの訪問地は全て終了。あとは帰るだけということで、思ったより早くバスは那覇市内に戻って来た。ツアーの最後にガイドさんが島唄を歌ってくれた。これ、ガイドの台本の中に入ってるんですかね普通に上手かったけど、お客さん巻き込んで盛り上げるスタイルのガイドさんじゃなかったのでみんなシーンと聴いてただけで、この空気の中でよく歌えるなと…(最前列の私が率先して盛り上げればよかったんだろうが、恥ずかしくてガイドさんごめんなさい)


パレットくもじに帰ってきたのは18:30過ぎだった。充電GOのおかげでこれから宿やカフェで充電休憩する必要がない。夜寝れないくらいに首肩のコリがひどく、前日もマッサージに行こうか葛藤してたのでこれから夕飯前に行くことにした。とりあえず目星を付けてたご飯屋さんがある牧志駅へゆいレールで向かう。その途中で先ほどの充電池が終了したので、ファミマで返却。充電GO、県庁駅の中にもあるしほんと便利だ。


ここで24時間使えるゆいレールのフリーパスを購入。明日はゆいレール使って色々回る予定だし、今買えば空港に向かう時まで使える。800円なので4回乗れば元が取れる。


牧志駅の回りでマッサージやってるところを探して何軒か覗いてみた。そのうちの1箇所が30分コースがあったので入ってみる。ちょうど運良く、今から30分のコースなら案内できるとのことだった。




マッサージで肩がちょっと軽くなってから夕飯へ。タコライスが食べたいと思って調べていたところ、「石焼きタコライス」なるものがある「アメリカ食堂」というところが気になったので牧志まで来てみたのだ。メインはバーガーのようで、店の雰囲気は思いっきりアメリカ風。胃がいくつもあればバーガーもポテトも食べたかったが今回の目的はタコライス。それだけだと意外と味はあっさりで、ホットソースを大量にかけてようやく私好みの辛さが出た。


帰ってお風呂、洗濯を済ませ、日付が変わってから前日の残りのおつまみと泡盛で晩酌。ただ持ち歩くだけになってしまったバッテリーも忘れずに充電した。