映画とネコと、私の好きなもの。 -87ページ目

「エルビス・プレスリー:ザ・サーチャー」

 

 

Netflixの音楽ドキュメンタリーにエルビスがないのが不満だったが、

 

つい最近、このドキュメンタリーが配信スタート。

 

早速、鑑賞しました。

 

 
双子として生まれ、
貧しい家庭から音楽的才能一つで、
ティーンネイジャーの時から、
どんどん頭角を現して、
爆発的人気を集め、
全米の女子たちを狂喜乱舞させ、
その最中に、兵役でドイツへ。
除隊後は、エルビス主演映画が量産されて、
数年でマンネリ化。
それを打ち破ったのが、
ラスベガスやハワイなどを始めとするライブコンサート。
 
こうした彼のストーリーが、
映像と
ブルース・スプリングティーンやトム・ペティ、
元妻プリシラ
などの肉声を交えて綴られる。
 
 
全体に、
もっとエルビスの音楽シーンがふんだんに見られるかと思ったが、
意外に少ない。
 
 
プリシラの落ち着いた声の様子から、
どんなおばあさんになっているのかと
一目見たかったが、それも叶わず。
全て、コメントのみ。
 
 
まあ、
既に知っている情報が多かったけど、
 

 

マネージャーのパーカー大佐との確執は、

思っていた以上に凄まじかったことがわかる。

 

ほとんど、

詐欺師まがいの人間だったんだあ、

パーカー大佐って。

 

 
トム・パーカー大佐。

 

別に軍隊の大佐ってわけじゃなくて、

 

ズ〜っとそういう名称で呼ばれていた。

 

私がエルビスを認知して、

スクリーンや映画の友を読んでいた小学生の頃から、

「パーカー大佐」は、

エルビスファンの間で有名だった。

 

 

彼はまだハイティーンだったエルビスの才能に目をつけ、

 

以来、彼のマネージメントに従事。

 

あらゆる仕事に口を出し、

全方面でエルビスを支配していた。

それは、まさしく、独裁者のようだった。

 

 
 
一方で、

 

エルビスが

マザコンじゃないかと思うほどに

母を愛していたことも語られる。

 

母親は、エルビスの最初の成功を見届けた後、

彼が軍隊に入る寸前にこの世を去った。

父親は、エルビスが亡くなった後まで長生きしている。

 

 
 
ところでーー
 
エルビスを主役にしたバズ・ラーマン監督の音楽映画、
まだ完成してないですね。
これは、パーカー大佐をトム・ハンクスが演じるというので、
かなり前から注目していた。
(その撮影でオーストラリアにいた時、彼がコロナに感染したのだ)
 
 
ただ、
このドキュメンタリーで
実際のパーカー大佐を見ると、
なんか、マイケル・キートンの方が似てるんじゃ?って思ってしまった。
 
本物。
 
こちら、マイケル。
 
マイケルもカメレオン役者だから、
体重を増やしたら似そうだけどなあ。。。
 
でも、トム・ハンクスの事だから、
そこはかなりそっくりさんに変身して出てくるんだろうな。
 
ちなみに、エルビス役の子は
オースティン・バトラーという有望株らしい。
 
パーカー大佐との確執が全面に出るストーリーになりそう。
 
 
 
 
しかし、
 
エルビスの声って、
 
いつも聴いているだけで、涙が出てきちゃうのです。
 
これ、私だけかと思っていたら、
少し若い知り合いの男性も、同じこと言ってたわ。
エルビスを聴くと、泣ける、って。
 
 
どのナンバーも素晴らしすぎて、
どれが一番とも言えないぐらいだけど、
 
 
 
 
↓ これ、大好き〜!
 
ここまで、コテコテにして、
全然、やりすぎじゃない。
むしろ、さらにカリスマが際立つ。
この声の魅力に抗えない。
 
まさに、エルビス、ここにあり。
 
本当に、正真正銘のレジェンドですラブラブラブラブラブラブ
 
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

田村正和が亡くなった。。。

田村正和さんが亡くなった。

 

 

77歳だったそうです。

 

 

ここんところ、テレビで追悼特集などやっているのを見て、

 

やっぱり、古畑の映像とか見ていると、

 

なんか、こみ上げてきちゃう。

 

 

田村正和は、

 

大好きな俳優でした。

 

 

若い頃から、ずっと見てました。

 

まだずっと若い頃は、

シリアス一辺倒で、

作品によっては、

キザすぎて、カッコつけすぎて、

引いちゃうものとかもあって、

 

でも、好きで、

 

なんか、彼の良さがもっと活かされないかなあ、

 

って、ずっと思っていたら、

 

「離婚友達」

あたりから、ちょっとコミカルな味わいが出てきて、

わ、いいじゃん、

と、なり、

 

「うちの子かぎって…」

「子供が見てるでしょ」

「パパはニュースキャスター」

「パパは年中苦労する」

 

のコミカル路線で、
彼の魅力がぐっと引き出された感じ。
 
 

そんな田村正和の決定打になったのは、

 

なんといっても、

 

 

 

「古畑任三郎」よね。

 

 

 

古畑シリーズ、

最近、日本映画専門チャンネルでも定期的にオンエアしているので、

時々、懐かしくて、見てました。

 

どれも、傑作。

 

特に、古畑の長ゼリフ、圧巻でした。

 

今泉クンとのやりとりも、

何度見ても楽しくて、笑わせてもらいました。

 

 

 

 

 

ところでーーー

 

今回、

田村正和のことをネットで調べていたら、

 

驚きの繋がり、

と言ってはおこがましいのですが、

ビックリするような事実が判明しました。

 

 

田村正和のお嬢さんが結婚されたお相手が、

ある中華料理店の現オーナーとのことで。

 

実は、

昔、昔、その昔。

 

私が大学生の頃、

 

このオーナーの子供時代の家庭教師をしていたのです、私。。。。

 

 

1970年前後のことですね。

 

 

 

彼は某宮様が通う幼稚園で宮様の同級生で、

そのまま、

同じ学校の小学校に進学することになっていたが、

お母様が、

もっとしっかり躾けていきたいとのことで、

私の母校のO先生に依頼。

O先生が私を抜擢して、

当時、原宿にあったマンションに

毎週一回家庭教師に出向くことに。

 

私が教えていた長男は、

とてもおっとりとした優しい性格。

それに対して、

弟は、すばしっこくて、頭の回転も速い。

まさに対照的な兄弟。

 

当時、イケメンと云う言葉はなかったけど、

今なら、

まさしく、イケメン兄弟と呼ぶにふさわしく。

 

二人とも、本当に上品で、と〜っても可愛かったわ。

 

 

私がお宅に伺っていたのは、

大体、一年ぐらいだったかな。

 

私も、

普通の教科を教えていくのには自信があったけど、

 

幼稚園生の子に「教える」ことの意味も

よく呑み込めないまま、

 

先生に言われるままに家庭教師を始めてしまい、

 

教える、というより、

遊び相手、と言った方がふさわしい、

もっと言えば、ベビーシッター的な立ち位置

にもなっていたかと爆  笑

 

結局、あまり効果も見えなかったために、

一年ぐらいで、辞めさせられた、

というか。

 

O先生から

「あなた、クビになったわよ。もっとバリバリ教えてくれる人を見つけたみたい」

と言われて、

そのままに。。。

 

その頃は、他にも、

受験生の家庭教師を掛け持ちで二軒ぐらいしていたし、

大学生活も忙しくて、

そのまま、ご挨拶にも伺わず、

と云う、

自然消滅の形で、

おいとましてしまいましたが。。。。

 

今の仕事を始めてから、

ようやくプロフェッショナルの意味がわかってきて、

今、同じようなことを依頼されたら、

教育の本などしっかり読んで、

もっと研究して挑むに違いないけど、

当時は、

私も、フワ〜っとしてましたからね、

クビになって当然だったわ。。。爆  笑爆  笑爆  笑

 

 

 

でも、成人した兄弟が、

あのお店を引き継いで、

社長、会長になっているのは、

ネットでリサーチして知ったし、

雑誌に、成人した弟の記事が掲載されていたの、

偶然、目にしたことも。

 

 

いやあ、あの兄弟のどちらかが、

 

田村正和のお嬢さんと結婚されていたなんて。。。

 

本当に驚いたし、

田村氏を調べていて、

あの兄弟に行き着くとは、、、、、

 

と、感慨無量になりましたよ。。。。

 

 

 

 

田村正和さん、

 

今まで、いっぱい楽しませてくれて、

ありがとうございました。

 

あなたみたいな役者は、まさにワン&オンリー、

絶対に、もう出てこないと思います。

 

 

ご冥福をお祈りします。

R.I.P.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ネコへの想い。

 

去年の今頃は、まだ、ネコたちがいたのになあ〜

 

って、

 

日々、想うこと、度々。

 

 

寂しいですよ、それは、やっぱり。

 

 

で、一度、ちょっと考えて、

 

 

 

保護ネコを世話したいと思って、

 

 

私が住む県の動物愛護協会にアクセスしてみたけど、

 

年齢制限で、ハジかれましたびっくりゲッソリえーんえーんえーん

 

そうよね、、、

 

この年齢から買い始めたら、

 

どこまで責任持てるか、わからんよね、、、

 

 

 

それで、

 

私は、

 

キレイさっぱり、諦めたというわけです。

 

 

今では、

 

私の周りのネコたちが癒しの存在。

 

 

長女の家の、蘭子ちゃん。

見てると思わず笑いが漏れちゃう、もうたまランラブラブラブ

 

 

貫禄の、与六殿。

 

 

次女の家の、マチルダ嬢。

 

 

 

 

せめて、

家の中に、ネコグッズを少しでも増やしたいと、

 

 

最近、ネット通販で買ったのが、これ。

↓

 

 

なかなか、可愛くて、気に入ってます。

 

 

 

それとーーー

 

これは、昨日、

近所のデパートで偶然、見つけたもの。

↓

 

 

 

 
 
 
 
でもって、オマケ
 
↓
 
母の日の前日に届いた、長女からのブーゲンビリア。
 

 

実は、

ブーゲンビリア、って、育てたことない。

枯らさずに、持たせられるでしょうか。

園芸オンチの私なんで、

ちょっと心配ですが。。。。。。爆  笑爆  笑爆  笑

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「三島由紀夫 vs 東大全共闘 50年目の真実」

 

 

昨年公開時に見逃したままになっていたこの作品、

 

ラッキーなことに、日本映画専門チャンネルにてオンエア。

 

 

いやあ〜、懐かしい時代だわ〜

 

1969年。

 

この年は、

その時代に青春を生きていた我々にとって、

絶対に忘れられない年です。

 

というのも、

東大の歴史の中で、少なくとも戦後では、ただ一度?

大学入試が行われなかった年なのだ。

 

つまり、その年の一月、

長いこと全共闘の学生たちによって占拠されていた安田講堂が

警察の機動隊動員によって解除され、

一連の安田講堂事件が終わったわけだが、

そんな事情で、東大はメチャメチャ。

入試など、とてもできる状況ではなかった。

 

それは、トーゼン、我々、東大を受験しない人たちにも大打撃となった。

つまり、東大を受験できない学生たちが、他の大学を受験する流れになったのだから。

要はただでさえ、競争率が厳しかった「1950年生まれ」、

このために、どの大学も競争率がさらに激増。

ストレート合格の壁がキビしくなった。

そういう意味で、絶対に忘れられない年となったわけだ。

 

そんな競争を戦い抜いて、私が合格した大学は、

東大受験組が来るようなレベルではなかったけど、

それでも、12年間女子校育ちだった私は、

度肝抜くぐらい、ビックリ!(◎_◎;)

入部した映画研究部は、

男子はほぼ全共闘メンバー、またはシンパ。

みんな、ゲバ棒持って、デモやるような荒くれ男ばっかり!

女子も、

今でいうガールクラッシュな魅力あふれる弾けたお姉さまばっかり!

何も知らない私は、ただ、憧れの目で眺めるばかり〜

 

一方で、英会話同好会とか、テニス部やら乗馬部とかは、

いかにも良家のボンボン、お嬢様といった風情の

ノンポリでオシャレな若者たちがいっぱい。

 

そういう、両極端が同居しているような、大学だった。

 

しかも、入学しても、授業は数えるほど。

何度も全共闘の学生たちがバリケード封鎖してキャンパスを占拠。

学生以外、教授はキャンパスに入れず、といった非日常。

いつも、部室で、議論したり、無駄話したり。

構内は、学生運動のスローガンが書かれた立て看で溢れていた。

でも私は、彼らの運動の意味がよくわからず、

一度もデモには参加しなかった。

ある日、機動隊がヘルメットとジュラルミンの盾で武装して裏門のバリ封を強制解除。

熱心に運動していた友人の一人が逮捕されて、

確か、その後で、

どこだったか、拘置所に差し入れに行ったっけ。。。。

 

 

学生たちが、熱く、熱く、燃えたぎっていた、あの時代、

その時代の空気感を、

私は身をもって体験していたーーー

 

 

前置きが長くなったけど、

 

 

だからーーーー

その年の五月に東大教養学部の教室で行われた、

三島由紀夫と、東大全共闘たちの討論会。

 

その場の空気は、

もう、簡単に、想像できる、というか、

なんか、懐かしさに胸がいっぱいになる、

という感じなのですよーー

 

 

 

 

当時の全共闘は、

 

まだ、浅間山荘事件や連合赤軍リンチ事件などが発生する前で、

 

いわば、全共闘の全盛時代、といった感じだったろうか。
 
千人もいるその講堂へ、
たった一人で乗り込んできた、右翼の作家、三島由紀夫。
という風情か。
(実際には、楯の会のメンバーが護衛で付いていたが)
 
 
しかし、
 
当時の三島由紀夫って、
今、比べられる人がいないほどのスーパースターだった。
 
その美しい文体で生み出される文学は、
官能と危険な刃が表裏一体となったような、
一筋縄でいかない小説ばかり。
加えて、
本人は、ボディビルで体を鍛え、
自衛隊に体験入学したり、
俳優として映画に出たり、
果ては、愛する祖国を守るために、楯の会、という組織を結成。
 
この討論会の1年半後に、あの自衛隊での事件を起こし、
楯の会メンバーとともに自決して果てるのだが、
それは、また、別の話。
 
 
とにかく、
そんなホットなカリスマを迎え撃つのが、筋金入りの全共闘たち。
 
 
だけどーーーー
 
 
この対決、もう最初っから、勝負は決まってたわ。
 
なんか知らんが、
わけわからない、
抽象的な観念論ばかり持ち出す全共闘のメンツに対して、
 
三島は、常に彼らに敬意を表しながら、
一度も、彼らをバカにすることなく、
真摯に向き合って、
議論に応じる。
 
やっぱり、人間の格が違う。
ていうか、
彼は、私が思っていた以上に、上級な人間だった。
 
 
これ、「50年目の真実」とあるので、
 
この当時、壇上に上がって三島と激論を交わしたメンバーの
何人かが今の姿で登場する。
それも、面白い演出。
50年前は若者だった彼らも、もはや70過ぎのじいさまたちよ。
 
 
子連れで壇上に上がって観念論をまくしたてていた男性は、
アーティストとして今も活躍しているらしいが。
そのほか、
瀬戸内寂聴さん、平野啓一郎氏も、コメンテーターのように登場する。
 
 
今、振り返るに、
 
当時は、深く考えもせずに、「反体制」というものに惹かれ、
精神的にはシンパのつもりでいたけど、
 
こうやって、当時の先鋭と言われた人たちの壇上での熱い口論を見ていると、
なんか、現実味のないこと言ってる〜
抽象的すぎて、
自己満足的すぎて、
自分に酔っているんじゃないかな〜
ただ単に教養をひけらかしてるだけじゃん?
とか、
なんか、全共闘が結局共感を得られずに消えていったのも、
今だからこそ、わかる、という感じ。
 

 

 
そういえばーー
当時の学生たち、三島氏もだけど、
よくタバコを吸ってましたよね。
まあ、私もそうだったから。
そういえば、映研の部室も、
タバコの煙でいつも煙っていたし。
受動喫煙、嫌煙権、などという言葉は、当時、存在しなかったものね。

 

 
時代って、
その時、その時で、
映し出すカルチャーが、全く異なっているなあと、
当たり前なんだけど、
改めて感じたし、
 
50年、というのは、歴史として眺めた時に、
やはり大きな意味のある時間だったなあ、
 
そんなことも考えた、
この映画でした。
 
 
 
 
*ところでーーー
このドキュメンタリー、
不満をあげるとすれば、ナレーターですね。
内容を読み上げるだけで、こなれてない、という印象が強い。
もっと、声に強さのある人、
または、キリッとした声の持ち主が良かったなあ。
山田孝之、松坂桃李、あるいは、堤慎一、
あたりは候補に出なかったのでしょうかね。
ちょっと残念な部分。えーんショボーンおーっ!
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「三食ごはん漁村編5」、見ました〜

 

 

もう、すっかりおなじみになった

この面々による、漁村編5、

 

って、もう、そんなになるかなあ〜

 

今回は、昨年のコロナ禍、

ということで、

無人島での撮影。

 

なので、

 

今までとかなり趣が違います。

 

今までで一番つまらない、という評もあり、

 

あまり期待してなかったけど、、、

 

私は、十分、面白かったし、感動したわ〜

 

何より、

今更だけど、

今回、さらに感じたのが、

ユ・ヘジンと、チャ・スンウォンの絆の強さと、

二人のキャラの素晴らしさ。

もちろん、

ここに、気配りプリンスのソン・ホジュンも

絶妙の立ち位置でいる、

ていうのが、また何ともいいじゃないの。

 

彼ら、特に、

ユ選手とチャ選手のケミストリーを

再認識したのは、

図らずもイ・ソジンがゲストで登場した時ね。

 

ソジニって、レギュラーで出ている時と、

こうやって、ゲストで登場した時って、

全然、違う。

多分、実際は、こういう人なんだろうな。

名目がないと、何もしない、動かない。

でもって、

ホジュンが「気が休まらない」って言っていたのも、ナットク。

結構、

素のソジニって、疲れるわ〜、私も。

 

ユ・ヘジンが頑張って作った

火起こしのための道具「強力だ〜」を惜しげもなく隅に押しやりびっくり、

持参したミニ扇風機で

火起こしを始めるや、

火の勢いがいいことを自慢する爆  笑ソジニ。

 

 

ここ、

ユ・ヘジンが痛く傷ついているの、

(もちろん、笑顔ではいるんだけどね)

視聴者たちはよ〜くわかっているし、

それを気遣うチャ・スンウォンの気持ちも、

手に取るようにわかったわ〜

 

ただ一人、

そんなのどこ吹く風、

といったソジニも、

まあ、「若旦那」気質で、

憎めないんですけどね。。。爆  笑爆  笑爆  笑

 

 

 

 

 

そういう一連の動きの中でも、

ユ・ヘジンの優しさ、

というか、

器の大きさ、

というか、

そういうのが、

私には、うるっときましたね。

ヘジンの心情を完璧に理解しているスンウォンの姿も、

また、なんか、感動だったわ〜

 

 

ものが豊かでないから、

みんなが、ユ選手の釣りの成果を待ちわびてて、

そのプレッシャーも大変だったに違いない。
そんな中、
ついに、あんなに大きい真鯛を釣り上げて、
5年ごしの想いを達成して、
作り物のドラマ以上の本物の感動を届けてくれたユ選手!
拍手拍手拍手拍手拍手
 
 
そういうユ・ヘジンの行動のすべてが、
私には、愛おしくてたまらない。
 
彼の気配り、
彼のアイデア力、
彼のユーモアあふれる言葉の数々、

それらが、

彼の、実に繊細で深い人間味を表していて、
ますます、
彼に惚れました、私〜ドキドキドキドキドキドキ
 
 
本当に、すごい人だと思うわ〜笑い泣きラブラブラブラブラブラブラブ
 
 

 

 

 

 

「三食ごはん」

今後、また新たなシリーズがあるかなあ。

 

そして、

最新、ナPDバラエティといえば、

 

「ユンステイ」

 

これはいつララTVで見れるんでしょうね〜。。。