「ジュラシック・ワールド」

もう、早く見たくて、うずうずしてて、
金曜日にネットでチケットを購入し、
日曜日、見てきちゃいました。Y(>_<、)Y
IMAX3Dシアター。
ずっと見たかった恐竜たち、愛すべき姿がそこにありました!
ちょっと涙腺、緩んだシーンもあったぐらい。
いやはや、恐竜見て、泣ける、って、よっぽどってか!?
とにかく、可愛くてたまらない!
しかも、今回の肝は、
ヴェロキラプトルですぜぃ!(やっぱりね)
で、あの、シリーズきっての主役も、ちゃんとラストを飾るんである!
そういうところじゃあ、もう感涙ものシーンがいっぱいだった。
ただですね、
映画として観ると、
というか、シリーズの流れで観るとね、
これは、また別物映画にシフトしてるな、って感じるわけですよ。
以下、ネタバレもございますゆえ、
未見の方は、お控えくださいまし。
まずね、
このシリーズって、
アンサンブルキャスト vs 恐竜
て構図が、今までのお約束だった。
ところが、
今回は、クリス・プラットが目立ちすぎて、
なんか、彼が「ヒーロー」になっちゃった感ありあり!

だって、今まで誰も成し得なかった、
ヴェロキラプトルを飼いならす!ヽ((◎д◎ ))ゝ
という神業まで、仕出かしちゃうわけだからね!
(この、飼いならされたラプターが可愛くてたまらないことは言うまでもない!)
(でもって、彼ら初登場シーンでは、1作目で爪を鳴らしたあの動作を再現するというサービスもありよ!)

ということは、
ヒーロー映画にシフトしてきてないか?
という、ま、シリーズを検証してきたうるさ方たちにとってみれば、
「邪道か」、という流れになってる。
で、世界的大ヒットを受けて続編が製作されるらしいのだが、
これで、明かに、彼がインディみたいなヒーロー的扱いで進んでしまったら、
これって、ジュラシックシリーズじゃないわ、という流れにならないか、
と、心配ではある。
しかも、
今回の恐竜の主役は、
インドミナス・レックスという、
何種類もの恐竜のDNAを掛け合わせた新種恐竜だが、

言ってみれば、これも掟破りみたいなもんで、
ほんとの恐竜ファンにしてみれば、こんなの、認めたくない。
今までのこのシリーズは、
ティラノザウルスや、ブラキオザウルス、ラプターなど、
実在した恐竜たちがそこに登場して暴れる(ブラキオは暴れないが)
そこにこそ、ロマンがあふれていたわけよ。
ところが、新種恐竜、出してきたって、
我々は、それに思い入れもないから、
正直、ラストの戦いなんざ、
いつのまにか、
「ゴジラ」だっけ?
と錯覚しそうなぐらい、おかしな感情に襲われて、
なんか、気持が浮いてきてしまうのだわ。
で、まだ不満あります。
○「音楽」
今回、音楽はジョン・ウィリアムスではなくて、
マイケル・ジアッキノ、って、私は知らなかったが、その人に変わったのだ。
で、テーマ音楽はジョン・ウィリアムス、となっていて、
確かに、あのテーマ音楽はかかるんだけどね、
その登場の仕方が、えっ、ここで聴かせるか?という
余りにもあっさりと出てきて、あっさりと終わってしまうので、
正直、いちばん、ガッカリだった。
あのメロディは、まさに神がかりの魔力にあふれた、鳥肌ものの音楽!
その魅力がわかってないわ。
これじゃあ、ただ、
「リスペクトを表明しました」
ぐらいのお粗末な取り扱い方じゃないの。
と、私、マジで怒りたくなったです。
本編ではお粗末な流れ方だったから、
これはエンドクレジットで琅々と聴かせてくれるかと期待したが、
そこも、一応入れました、的な流れ方で終わっちゃったのも、なんだかなあ。。。
○ロマンの欠如
確かにCGの技術は文句の付けどころは全くない。
しかも、出し惜しみすることなく、映画の大半はCGで進行していくぐらい。
ただ、その分、ロマンを感じることができないし、ドラマに深みがない。
「ジュラシック・パーク」が作られたのは、22年前。
当時は、CG技術もまだ完全ではなかったから、CG描写シーンはそれほど出てこない。
その代わり、アニマトロニクスなどアナログの特撮も採用されていた。
まだ手作り感もあった時代。
そして、初めて、恐竜をハリウッド大作として描いたわけで、
ストーリーにはロマンがあった。
それが、多くの人を捉えて離さなかった魅力だった。
でも、この最新作には、そこが皆無、といっていいかも。
まさにデジタル時代を象徴している、とも言えるんだけどね。
○ストーリーが今イチ
ハリウッドのご都合主義を完全否定するわけでないし、
娯楽映画には、それは付き物だとは思いつつも、
特にラストのクライマックスは、
えっ、それで解決させちゃう!?
と驚きを通り越して、半ば呆然!
続編が、これ以上にばかばかしい展開にならぬよう祈る。。。。(x_x;)
と、
不満のオンパレードになってしまったけど、
でも、きらいじゃないの、この映画。
今思い出しても、ニヤニヤしてしまうのは、
やっぱり、ヴェロキラプトル!
特に、何度も観たくなったのは、
飼いならされて、新種との対決に向かった彼らが、
新種と出会った途端、
新種と何やらコミュニケーションを取り合って、
その途端、新種側についてしまうという、
あそこは、
一斉に4頭のラプターが、新種とともにこっちを向いて、
「お前らが敵や!」
とこっちを睨む瞬間が、
まさに本作のハイライト!キタ━━━(゚∀゚)━━━!!!
実は新種にはラプターのDNAも入っていたと、ここで明かされるわけで、
だから、仲間同士ということで、
新種の思いのままにされちゃう、ということで。。。
(手のひら返すように新種側についちゃうラプターの単細胞ぶりが笑える!)
このサプライズの後に、
再び、
クリス・プラットがラプターを見事コントロールするシーンがあり、
全く、どこまで可愛いんだぃ、ラプターは!
と、ラプター愛で満ちあふれてしまったのは、言うまでもないが。
ラストでは、
生き残ったラプターが
それこそヒーローのように現場を去っていくシーンが
忘れがたく、ここ、ちょっと涙、であった。。。。。
それとともに、
この新種を退治するために、
シリーズ最大の大物Tレックス様も
最後の最後にご降臨!
ま、あんなに強靭な新種が、Tレックスとラプターで退治できるんかいな、
という心配はさておき、
ここには、もう一人、助っ人が水中から突如現れて、新種を銜え込む、
という離れ業をやってのけるのだが、
もう、ここまで来ると、
ほんとに顔見世歌舞伎、と同じで、
ラストはTレックスが見得を切るところで終わって、
シリーズファンは溜飲を下げる
というわけなのである。
ということで、
不満も満足もいろいろ取り混ぜ、
文句を言いながらも、
楽しく鑑賞いたしました。
でも、スピルバーグはもう監督しないのかな。
それが、ちょっと寂しい。。。。。
長々の駄文ですが、
観賞後の冷やかしになっていただければ、
幸いでござりまする。(;´▽`A``
オマケ
↓
我が家の2匹のラプターたち!(;^_^A
映画見て、余計に愛しくなりました。(><;)


「フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ」

大ベストセラーの映画化、というんで、
少しは期待して見たら、
ひええぇ~
な、展開だった。。。。
ま、これは、言葉多く語ってもね、
テーマがテーマなだけにね。
興味のある方は、ご覧になって。
主役のダコタ・ジョンソンって子
な~んか、ダサい、垢抜けないなあて思っていたら、
何と、ドン・ジョンソンとメラニー・グリフィスの娘だそうで。
そういえば、
「ワーキングガール」の頃のメラニーを思い出す。
メラニーのママは、
「鳥」のティッピ・ヘドレンなのよ。
彼女のDNAが、
メラニーにも、ダコタにも引き継がれてないって、不思議だ。
あっ、余計なトリビアで、こんなに語ってしまいました。。。A=´、`=)ゞ
そうそう、フィフティシェイズといえば、
この歌ですよね。
BY CLARK BECKHAM o(^▽^)oo(^▽^)oo(^▽^)o
「アリスのままで」

50歳にして、若年性アルツハイマー症に冒されてしまった女性アリス。
大学教授で、幸せな結婚生活を送り、
3人の子供たちに恵まれ、
絵に描いたような生活を送っていたアリスの人生が
根底から、少しづつ、瓦解していく。
その様相は、とても残酷で、悲しい。
これは、誰にでも起こりえることなので、
本当に身につまされる。
映画も、その通りに描いていくのだけど、
一人の女性が、懸命に生を生きようとしている、そのあがきを、
ジュリアン・ムーアが全身全霊で演じていて、
アリスという女性を通して、
ジュアン・ムーア自身が生きて積み重ねてきたものが、
圧倒的な存在感で迫ってくるので、
それが、この映画の深い感動へと繋がっているのだな、
と私は感じたのだった。
まさに女優冥利に尽きるというのは、こういうことですね。
ジュリアン自身が、人生をしっかり生きてきているということが、
こういう役柄を通して、伝わってくるし、
それが、アリスという役柄に命を吹き込み、
観客に深い感動をもたらしている。
どんどん記憶も言葉も失ってしまっても、
人を愛した記憶は、どこかに残っている、
ということを
ラストシーンでは訴えたかったんだろうな。
人は、何故生まれるのか、何故人生を生きるのか。
誰もがそのことを考えると思う。
私の中では、母や祖母の語ったこと、教えてくれたこと、
ほかにも私がふれあった人々との想い出など、
それぞれを記憶の中にしまっていて、
そういうものの引き出しがいっぱいあることで、
自分の人生が出来上がっている、と思っている。
そして、長じるに従って、
今度は娘、孫たちとの想い出の引き出しが増えていって、
愛の記憶の引き出しは、どんどん厚みを増していく。
こうして、人は努力次第で、
人生を深く厚くしていけるのだと思っているが、
同時に、娘や孫の引き出しの中にも私はいるわけで、
それは、
私が人生を終えた後も、
ずっと生き続けていくはず。
で、そこにこそ、人が生きる意味があるのではないかと思う。
そう、だから、アリスのように、自分の記憶の引き出しは失っても、
彼女がふれあった人々の中では、彼女はいつまでも生き続けていくのだ。
アルツハイマーとなって、自分の後半生が茫洋としてしまうのは、残念だけど、
生きた足跡は、決して消えることはない。
それが、せめてもの救い、だろうか。
人生や愛について、そして、人と人との絆について、
深く、考えさせられた、いい映画でした。

ちなみに、ジュリアン・ムーアですけど、
ほんとにいい女優だなあと、これで再確認しました。
その表情、眼差し、ひとつひとつが、味わいたっぷりで、
年を重ねて魅力が増していくという理想的なパターンを見せてくれる。
ついでに、わたくし、彼女の映画はこれだけ見てました。
「ゆりかごを揺らす手」
「逃亡者」
「妹の恋人」
「ショートカッツ」
「9ヶ月」
「暗殺者」
「サバイビング・ピカソ」
「ロストワールド」
「ブギーナイツ」
「ビッグ・リボウスキ」
「サイコ」
「理想の結婚」
「クッキー・フォーチュン」
「マグノリア」
「ことの終わり」
「ハンニバル」
「シッピング・ニュース」
「めぐりあう時間たち」
「エデンより彼方に」
「フォーガットン」
「50歳の恋愛白書」
「シングルマン」
「キッズ・オールライト」
「ラブ・アゲイン」
「フライトゲーム」
けっこうな数ですね。
中には、「フォーガットン」みたいなポカ~ン映画もあるけど、
「めぐりあう時間たち」「マグノリア」は特に素晴らしかった。
何度もオスカー候補になってその度に逃して、
もうチャンスないのではと思っていたけど、
これで、受賞できて、ほんとによかったわ。
そうそう、アレック・ボールドウィンも、意外といい味出してましたよ。
彼がダンナ役と聞くと、陰で不倫とかしてそう、なんて考えてしまうけど、
これは、そういう雰囲気ではなかった。
でも、やはり妻の病気を受け止められずに、
仕事をとってしまうという、
まあ、逆にいえば、だからこそリアルな展開といえるのかも。
二子の109シネマ、年配のお客さんが多くて、ほとんど満席でした~


