ある日の出来事
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今日は月に一回の健診。
お腹の赤ちゃんの成長を確認するための大事な大事な検査だ。
いつもはバスで病院へ行くのだが、今日は車で行く。
大好きな旦那様がお休みで、一緒についてきてくれるからだ。
「もう、出発していいかい?」
「うん。お願いします」
後部座席に乗り込んで、私は頷いた。
ゆっくりと車は走り始める。
斜め後ろから、旦那様を眺める。この角度から見るのはなかなかないから、
新鮮でちょっとくすぐったい。
私の視線を感じたのか、ルームミラーでチラッと私を確認する。
「そんなに見つめられると困るなぁ」
「ふふっ…私の特権だもん」
「…何だか、損した気分になるよ。僕も見つめたいのに」
「え?…もう、彩人さんたら」
照れて真っ赤になる私を確認したのか、肩を揺らしてクスクスと笑っている。
未だにそういうことで照れてしまうのは、まだまだ未熟者なのかなぁと思い知る。
彩人さんと知り合ってから、もうすぐ五年が経つ。
でもいつまで経っても、彩人さんに慣れることはない。寧ろ、日々ドキドキしている。
「…気分でも悪くなった?」
「ううん!大丈夫!」
「それならいいけどね。…もうすぐ着くよ」
「はーい」
車が病院の駐車場に入る。
助手席のヘッドレストに手を置いて、後方を確認する彩人さんに、見惚れてしまう。
初めて見た訳ではないが、こういう仕草はやっぱりかっこいい。
少し力が入って骨張った手に、真剣な眼差し。
「……降りないの?」
「え?あ、ああ!降ります!」
すでに駐車し終わった彩人さんが、にっこりと笑顔で私を見ていた。
見惚れていたのを気付かれて、私は恥ずかしく思いながら、車を降りる。
「じゃあ行こうか」
「うん」
差し出された手を繋いで、入口に向かう。
私が通っている病院は総合病院で、いろいろな年代の患者さんが利用している。
でも、私達が通る度に必ずと言っていい程、視線を投げかけられるのが嫌でも分かって、私はチラッと彩人さんを見た。
絶対に皆、彩人さんを見てる。
あ、あそこの親子はあからさまにこっち見て話してるし。
やっぱり注目を浴びるなぁと小さく溜息をついた。
「ん?」
「…あ、先にどこかに座ってて。私、トイレに行かないといけないから」
「うん」
いつも来た時に検査のために必要なことがあるために、私は産婦人科専用のトイレに入る。
用を済ませて、待合のソファーに戻ると、嫌に目立ってる彩人さんが真っ先に目に入る。
多分育児グッズの通販雑誌だろう、それを真剣な瞳で見ている彼は、絵になってしまう。
そんな彼に視線をやっているのは、健診を受けにきた妊婦さんはもちろん、その付き添いの母親も、受付の事務の人も、看護師さんも、助産師さんも、そのフロアにいる女の人全てと言っても過言ではない。
そして、一頻り見つけて堪能した後は、皆の視線が其処彼処に彷徨い始める。
…彼のパートナーは誰だろう。
そんな好奇心を、視線に絡ませて。
「…彩人さん!」
少しだけ大きめな声で、名前を呼ぶ。
彼が顔を上げて、こちらを向いた。
それだけで、空気がどよめく。
「ほら、早く座って」
「うん」
彩人さんの隣に腰掛ける。
羨望の視線が突き刺さる。
すごく優越感に浸れる反面、疲労感は付き纏う。
目立つ彼だもの。
付き合った当初から覚悟してたけど、結婚して、こうして幸せがたくさんあるのに、少しの不安を感じる。
「……!」
見透かすような彩人さんの瞳と共に、キュッと握られる手。
暖かい体温に、ホッと安心する。
寄り添ってくれる優しさに、私はすっと身体の力を抜いて、寄りかかった。
……これが、プレグナンシー・ブルーってやつかもしれない。
***
「順調に育ってますね」
「…はい」
エコーでお腹の赤ちゃんの様子を見ながら、経過を報告される。
順調という言葉が、こんなにも嬉しい言葉なんて思わなかった。
「今日はご主人も来てるみたいですね」
「え?どうしてご存知なんですか?」
「いやぁ…看護師達が色めき立ってるからね…じゃあ、一緒に見てもらおうか」
先生はそう言って、彩人さんを呼んできてもらうように、看護師さんに指示を出す。
しばらくして、彩人さんがやってきた。先生を見て、少し眉を寄せた後、何事もないように笑顔で、挨拶する。
「こちらから見てもらえますか?」
先生が彩人さんを誘導して、私の枕元に立たせる。
エコーの器具を使って、赤ちゃんの様子や今の状態を丁寧に説明してくれる。
そっと彩人さんを見遣ると、真剣な表情の中に、時折笑みが見えて、慈しんでくれてることが分かって、泣きそうになった。
妊娠すると、ちょっとのことで感情が溢れて堪らない。
「あー…と…性別は……確実とは言えませんが……90%女の子ですね」
「ほんとですか?」
「確実とは言えませんよ」
彩人さんを見ると、ほらね、と勝ち誇った顔。
それに、私は苦笑する。
エコーが終わり、エコー写真を貰って、診察室を出る。
「女の子だったね」
「まだ分からないよ?」
「おや、僕の勘はよく当たるんだよ?」
「え?」
「そうだねぇ…君があの子達より僕を選ぶこととか……」
「彩人さん」
「それにしても……先生が男性だなんてね」
「……」
久しぶりに嫌な予感がする。
彩人さんの形のいい唇が、私の耳元に近付き、フッと息を吹きかける。
ピクッと反応してしまう身体を引き寄せられて、囁かれる。
「……おしおきだね」
……笑顔が張り付いた気がした。
でも、愛しい彼のお仕置きは拒めなくて、胸の中で、お手柔らかにと願った私は、少し…いや、随分と浮かれていたと思う。
そんな、ある日のこと――
fin.
*