***





夕方、メールが来た。
須賀くんから。
開いたメッセージには、ただ、会いに行く、だけが綴られていて、何て彼らしいんだろうって、そう思った。

「うん、会いたい」

私も会いたいんだ。
あのキスのことを考えると、すごく胸が痛むけど、やっぱり須賀くんの近くにいたいのは変わりない。

私は大きく伸びをして、部屋着から着替えた。髪もいつものように結う。
部屋を簡単に片付けると、階下からママの声がした。

「○○、須賀くんよ!」
「っ、はーい!」

ドキドキする心臓を抑えて、私は玄関に行く。
靴を脱いで上がった須賀くんと目があった。
…ちょっと気まずい…。

「き、来てくれて、ありがと…」
「ああ…」

ぎこちない私達をママは小さく笑って、靴を履いている。

「え?ママ、出掛けるの?」
「買い物に行ってくるわ」

ドアノブに手を掛けて、振り返ったママは、須賀くんにウィンクを寄越す。須賀くんを見ると、小さく頷いていた。
ママがいなくなると、途端に空気が重くなった気がした。

「私、お茶の用意するから、先に部屋行ってて?」
「分かった」

階段を上る須賀くんを見送って、キッチンに入り、お茶を用意する。
お盆にティーカップを乗せると、それを持って、部屋に上がった。

「お待たせ」

部屋に入ると、須賀くんがソファーに座って、目を閉じていた。
何を考えてるのかは分からない。
…何だろ、やっぱりよくない話をしに来たのかな…。
不安に思いながら、お盆をテーブルに置くと、腕を引っ張られた。
着地したのは、須賀くんの足の間。
そのまま、後ろから腕が回ってきて、抱き締められる。
恥ずかしくて、抵抗しようとして、須賀くんの腕が小さく震えているのに、気付いた。

「須賀くん…?」

私の肩に顔を埋めていて、表情は分からない。

「このまま聞いて」

小さな小さな声。
私はずっと大きく鼓動している心臓を服の上から抑えながら、頷いた。

「……俺は、○○が好きだ。この気持ちはずっと変わらない。お前が俺を嫌ったとしても、ずっと変わらないでいる。お前以上に愛せる人はいないから。……これからも、お前を傷つけることがあるかもしれない。…お前を傷つけたくないが、100%保証はしてやれない」

須賀くんはそう言って、私から離れる。須賀くんを振り返った私は、彼の瞳に囚われた。

「でも、お前を愛してる」

真剣な瞳で、私から逸らすことのない意志は、十分すぎるものだった。

「…ごめんなさい、須賀くん」

大好きを込めて、私は身体を反転させて、須賀くんに抱き付いた。
ここまで言われないと信用出来なかった自分が醜い。

そうだ、信じられなかったんだ。
自分自身にも自信がなくて。
須賀くんは人気者だから、もしかしたらいつか、離れていくかも、なんて、漠然と思ってて、それがあのキスで、変な確信に変わってしまっていた。

「須賀くん、大好き」
「…っ…ありがとう…。それから昨日はごめん。俺は、咲坂に」
「嫉妬してたんだよね?」
「――!…そうだ…」
「私も。…私もずっと嫉妬してた」

赤くなる須賀くんの頬に、そっと唇を寄せる。更に真っ赤になる須賀くんが可愛くて仕方ない。
こんな姿を知ってるのは、私だけ。

「そういえば、ここ、大丈夫か?」

右の背中部分に手を当てる須賀くん。
多分、大丈夫と答えた私に、須賀くんは凄く真面目な顔で、見せてみろ、と言った。

「えっ!そ、それは…っ」
「いいから」

と言って、拒否しようとしたが、既に須賀くんの手は、私のシャツのボタンにかかっていて…。
私は絶対真っ赤な顔をしてるのに、須賀くんは表情すら変わってなくて、私は目を閉じた。
恥ずかしすぎる。

「青くなってる…」

素肌に須賀くんの指を感じて、ピクリと身体が反応してしまう。羞恥に身体が熱くなると、柔らかい感触が右腕と背中に当てられた。

「ちょっ、須賀くんっ」

痣になってる部分に、須賀くんの唇が触れていた。
頬が熱い。
す、すごく恥ずかしい!

「早く治るように、おまじない」
「………」

ちゃんと服を戻してもらい、私は今だに須賀くんの膝の上にいるのを思い出して、飛びのこうとすると、グッと腰に回された腕に力が入って、動けない。

「っ…ママが帰ってくるっ」
「大丈夫。おばさん、ゆっくり帰ってくるって」
「うそっ」

焦る私にクスクスと笑って、須賀くんが私を見つめてきた。
熱の籠った瞳に、私は再度囚われる。
この瞳には、一生囚われてもいいかも、なんて思ってしまう程、私は須賀くんが好きだ。

「キスしてもいいか?」

もちろん、私には答えは一つしかない。




真っ直ぐな想いは、必ず報われる――








fin






*


***

[須賀side]





「…そうですか。…お大事にと伝えてください」
「わざわざ迎えにきてくれたのにごめんなさいね」
「いえ。それでは」

軽く頭を下げて、○○の家に背を向ける。
迎えにきてみたら、今日は学校を休むということだった。

「…昨日のせいだな…」

ゆっくりと学校へ歩き出して、昨日のことを思い出す。
ここ最近、ギクシャクしてて、どこか避けられているように感じていた所で、昨日の咲坂との一件。
何でもないことなんて分かっていた。
ありふれた日常の一コマのはずだ。
だが…。

咲坂に微笑んだ○○の顔は、ここ一ヶ月見たことのない表情で、それがすごく自分を動揺させた。
だから、あんな行動を取ってしまった。

「頭と心がバラバラだ…」

冷静な自分にはあり得ない行動。
笑ってしまう程、情けない行動だ。
そして、彼女の気持ちを気付いてやれなかった自分も、情けない。

バレンタインの日、クラスメイトの女子にキスをされた。それを見られてたわけで、その後許して貰い、仲直りしたのはしたが、考えてみれば、その後から彼女の様子が変わったんだ。

どこか考え耽った横顔、ぎこちない笑顔。
サインはあったのに、気持ちを汲み取ってやれなかった。

「……もう、終わりなのだろうか」

言葉にして、自分で動揺してしまう。
そんなこと考えられない。彼女がいないなんて。
でも、頭は彼女との終わりを考えていて、また頭と心がバラバラだ。

「よ!須賀!」

声と共に、一番会いたくない人物に肩を叩かれた。振り向くと予想違わず、咲坂が爽やかに笑って立っていた。

「……」
「今日はいつにも増して愛想悪いな。…そういえば今日はあいつは一緒じゃないのか?」

今日は休みだ、と告げればいい話だった。だけど、口から出た言葉は違った。

「……お前には関係ない」
「は?なんだよ、その言い方」
「うるさい。俺に構わないでくれ」

背を向け歩き出す。
むしゃくしゃする。
咲坂に○○の心配をしてほしくなかった。
分かっている、これは完全な嫉妬だ。

視線を落として自分の鞄を見つめる。
鞄の中には、ホワイトデーのために、初めて手作りしたクッキーと、○○に似合うと思って買ったプレゼントが入っている。

作っていた時に考えていたシナリオは全て違ってしまい、今、最悪の状態に落ちつつある。

「……でも」

受け取ってもらえないかもしれないが、やはり渡しに行こう。
それで、謝ろう、もう一度。
ダメかもしれない、許してもらえないかもしれないなんて、そんなことより、自分には彼女が必要だから。
形振り構ってる訳にはいかない。

そう思うと、少しだけ楽になった心に、苦笑した。






*




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

ホワイトデーには真心を

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇







バレンタインの日。
須賀くんがキスされてる所を偶然見てしまった。
須賀くんにその気がないのは理解できたけど、やっぱり嫌なものは嫌で。
その日の内に仲直りできたのに、私の心はモヤモヤしっぱなしだ。

須賀くんを信じていない訳じゃない。
理屈では説明できない感情が、ふつふつと沸騰しているようだった。

でも、それは終わったこと。今更話を蒸し返すようなことはできない。
…分かってる、分かってるけど…。
頭と心はバラバラだ。

そんな状態だからか、ほんの少しだけ須賀くんと気まずいことになっている気がする。…あくまで、私が感じてるだけかもしれないけど。

「おい、○○。ちょっといいか」

授業も終わり、生徒会に用事のある須賀くんを待っていたら、そう咲坂くんに声を掛けられた。

「どうしたの?」
「これ、やる」

手のひらに巾着型の包みを乗せられる。

「え?何?」
「ホワイトデー」
「?私、咲坂くんにチョコあげてないよ?」
「分かってるよ」

照れたように頬をかいて、咲坂くんは、好きそうな菓子を見つけたから、と横を向いた。
そんな様子がいつもの彼と違って、笑ってしまう。

「あはは。何か咲坂くん意外!」
「どういう意味だよ?…ちょっとは元気出たか?」

びっくりした。
私が落ち込んでるのに気付いてたんだ。
励ましてくれる優しさに、私は嬉しくなって、笑顔で頷いた。

うん、ほんとにちょっと元気になれた。
それから他愛もない話で盛り上がっていると、強い視線を感じて、何の気なしにそちらに目を遣る。

「…………須賀くん…」

冷静な顔はいつもと同じなのに、それが何故か怒っているように見えて、私は小さく震え上がった。
早足で私に近付いてくると、自分の鞄と私の鞄を持ち、私の腕を掴んで、そのまま引きずるように教室を出て行く。

「い、いたいっ!須賀くん!」

腕が痛んで抗議するが、無視される。
黙り込んだ横顔はやっぱり怒っているみたいで、怖い。

「す、須賀くんっ、何で怒ってるのっ?」
「………」

ピタッと須賀くんの足が止まる。俯いた彼の顔は髪に隠れて、表情は分からない。
覗き込もうとした私は、掴まれている腕を勢いよく壁に叩きつけられた。
背中に痛みが走って、顔を顰めた。

「な……に…?」
「これは?」
「これって…ホワイトデー…」

手に握ったままの巾着を見て、私がそう答えると、須賀くんは眉間に皺を寄せる。

「須賀くん?」
「…あいつがお前を好きなの分かってて、あげたのか?」
「ちょ、ちょっと待って!私、咲坂くんに何もあげてないよ!」
「じゃあ、どうして」
「たまたま貰っただけだよ!それより、離して…」

腕を掴んでる須賀くんの手を外そうとするが、ビクともしない。

「お前、誰にでも愛想振りまくんだな」
「え…?」

言われた意味が分からなかった。
須賀くんの顔を見ると、怒ってるような悲しんでるような、どっちとも取れる顔をしている。

「好意を向けられて、喜んでるんだろ」
「………なにそれ」

須賀くんから出てきた言葉は、須賀くんらしくなくて。同時に、私の心を深く抉った。

「何で須賀くんにそんなこと言われないといけないの?」

私から出た声は低く、私を掴んでる須賀くんの手がピクッと反応したのが分かった。

言ったらいけないと頭が警笛を鳴らす。だけど、ドロドロした感情はもう止められなくて、私はその感情のままに口を開いた。

「私がそうだったら須賀くんは?キスされた須賀くんはどうなの?そっちの方が悪いじゃない!自分のこと棚に上げて言わないでよ!!」

パッと腕を解放される。
須賀くんの顔は見れなかった。
居た堪れなくなって、私は鞄を奪い取って、彼の前から走って逃げた。

あんなこと言うつもりなかったのに、我慢できなかった。





***





最悪な目覚めだった。
泣きながら眠ってしまったのが悪かったのか、瞼は腫れ、頭はぼんやりとしていた。
でも昨日言われた言葉は、はっきりと頭の中を巡っていた。

「ほんと、バカ…」

須賀くんの嫉妬と私の嫉妬。
嫉妬って、怖いものだ。簡単に理性を壊してしまう。
もう終わりかもしれない。
いつまでもウジウジと終わったことを考えて、面倒な子だと思われた。

「……はは」

力なく笑って、私は再びベッドに横になった。

今日はホワイトデー。
本当だったら、幸せな一日を過ごせたはずなのに。

私の中で、バレンタインの出来事はどこかでまだ引っかかっていて、…でもそれは私だけで、それがすごく悔しかったりする。

「○○?起きてるの?」
「…起きてる。けど、お腹痛いから今日は学校休む」

ママは私の様子を察してくれたのか、一言わかったと言い残して、部屋を出て行った。
布団を頭まで被ると、丸くなって自分の膝を抱え込んだ。

仲直りする方法なんて簡単なのに、今はできそうになかった。









*
人は何のために生きているのかな。


愛?

志?


何もなくなった時、

果たして生きていられるのでしょうか?





両手いっぱいの







病状は悪くなる一方だ。
外から差し込む日差しに両手を透かしてみると、真っ白になってしまったガリガリの腕が、より一層儚いものに見える。
こうして、手をあげるだけでも、怠くてやってられない。

…僕は何のために生きているのだろうか。

そう、自問する時間が日に日に増えていく。
刃を振るえなくなった自分に、一体何の存在理由があるのだろうか。

もう、起き上がるのすら、一人ではままならない。
一人では生きていけなくなった自分に、何が残っているのだろうか。

「こんなことしてる場合じゃないのに…」

歯痒さに顔を歪めると、襖がスッとあいた。

「御加減は如何ですか?」
「…毎日そんなことを聞いて、君は飽きない?」

そう返すと、君は困ったように笑うんだ。その顔を見るのが、最近はすごく楽しかったりする。

「そんなことを言えるなら、元気そうですね」
「…死なない程度にはね」
「また…。今日はすごく天気がいいですから、少しだけ外に出てみませんか?」

言われて外を見ると、穏やかな青空が広がっていた。
確かに、それも悪くない。
返事の代わりに、ゆっくりと身体を起こそうとすると、それに気付いて手伝ってくれる。

「…ん。今日は調子いいかも」
「ほんとですか?」
「うん」

ゆっくりと、○○ちゃんの力を借りて立ち上がる。
背が低いし、非力なくせに、○○ちゃんはちゃんと僕を支えていて、それが少し嬉しかった。
彼女の温もりが、身体に染み渡るように暖かい。

「…ほんとにいい天気だね」

縁側に柱にもたれる形に座らされた僕は、見上げた青い空に目を細めた。
○○ちゃんはお茶を持ってくると、駆けていった。
さわさわと、風が髪を撫でる。

「僕は…何故ここにいるのかな」

こんなにも、穏やかな。
平和な空気の中、生きているのだろうか。
守るはずが守られて。
側で盾になることすらできない。

「……はぁ」

目を閉じ、スーッと暗闇に意識を投じる。

無になる。

どれだけの時間、そうしていたのか分からない。
耳の奥に、悲痛な叫び声が微かに聞こえて、それが○○ちゃんの声だと理解すると、僕はゆっくりと瞼を持ち上げた。

目の前に広がる安堵と、涙――。

よかった、と泣き笑いする彼女。

「……このまま、逝けたかもしれないのに」

そう呟いた僕に、彼女は勢いよく僕にしがみ付いた。
彼女を受け止められる力はなく、床に倒され、強かに頭を打つ。

「…ったぁ……乱暴だね…僕は病人なんだよ?」
「……どうしてそんなこと言うんですか?」
「だって、乱暴じゃない。支えられないの分かって――」
「そうじゃありませんっ!」

胸元で震える○○ちゃんは、僕を一喝すると、ギュッと僕の着物を掴んだ。

「沖田さんらしくありません。…そんなこと言わないでください」
「……ねぇ、○○ちゃん。人は何のために生きてるのだろうね」
「沖田さん?」
「何もない僕は、ここでこうやって生きてるだけの僕は、何か意味があるのかな」
「沖田さん…」

○○ちゃんは緩み切った涙腺を閉じることなく、頬を濡らしていた。
人のために泣ける君は、本当に綺麗で、見ていられなかった。
視線を外したの空は、相変わらずの青で、その色は胸を切なくさせた。

「私には分かりません。きっと、沖田さんの望む答えを言ってあげることはできないと思います」
「…うん」

真面目な彼女の言葉に、素直に頷く。
まっすぐで、濁りがなくて、だから、僕が素直になれるのかもしれない。

「…○○ちゃん、いつまでもそうしていたら、僕、襲っちゃうよ?」
「へっ?あ、わ、すみませんっ」

慌てて身を起こす○○ちゃんが可笑しくて、僕は声を上げて笑った。
何故か驚いた顔をした○○ちゃんは、それから嬉しそうに顔を綻ばせた。

「んー、やっぱり今日は調子がいい」

伸びをするために上げた手も、今は怠くはない。
立ち上がろうとすると、すかさず支えてくれる○○ちゃん。
柔らかな温もりに、自身が少しずつ癒されていたのに初めて気付いた。


懸命に補助してくれる彼女のために、
生きられるようになったら――
それはそれで、いいんだ、と思えた自分に苦笑した。







fin.






触れられると暖かくて

ずっと触れられていたいんだ。





◇◇◇◇◇◇◇

彼と手と前髪と

◇◇◇◇◇◇◇







「皐くーん!」

よく知ってる後姿を見かけて、つい声を張り上げてしまう。
振り向いた彼は少しだけ渋い顔をしていたけど、私が駆け寄ると少しだけ笑って、何だよ、と近付いた私の額をデコピンする。

「いたっ…」

最近の彼の癖。
私が近くにいると、必ず一回はデコピンをする。一応手加減はしてると思うけど、やっぱり男だから痛い。

「んな髪型してるからだろ」

ニヤリと意地悪に口を歪める。
私はむすっと頬を膨らます。
いつもはサイドの上の髪を纏めるような髪型をしてて、それが私のトレードマークになっているのだけど、最近は前髪が鬱陶しいくらいに伸びてきたので、前髪を上げて、額を出している。
所謂、ポンパドールというやつだ。

「前髪が邪魔だから仕方ないじゃない」
「切ればいいだろ」
「上手く切れないし」

唇を尖らせ反論すると、不意に啄むようにキスされる。
ハッと周りを見回して、私達しかいないのを確認すると、皐くんを睨みつける。

「ここ学校だよ!それに廊下だし、誰が見てるかわかんないのに!」
「いや、キスしてほしいのかと思って」
「な、何でっ」

しれっと言われた言葉に、私は少し動揺してしまう。
そんな私を見て、皐くんは肩を震わせる。

「…………皐くん」

彼が笑っているのは百も承知。
私は冷ややかな目で、彼を見る。

「悪かった、みゆき。機嫌直せよ」

あやすように、ポンポンと頭を叩かれる。
大きな彼の手に撫でられると、それだけで反論出来なくなる程、気持ちがいい。

「…俺が切ってやるよ」
「え?」

目を瞬かせた。
話の繋がりが見えなくて、皐くんを凝視すると、さらりと指に髪を絡ませて、皐くんが微笑む。
その表情に胸が高鳴るのは、もちろんだ。

「前髪、切ってやるって言ってんだよ」
「へ?あ、え?…皐くん、切れるの?」
「前髪くらい大丈夫だろ」

何故か自信満々で、私の髪から手を離すと、放課後教室で待ってるように告げると、背を向けながら手を振り、去っていった。
その姿を見送り、私は皐くんが触れた髪にそっと指を絡めた。





***





放課後。
教室で静かに皐くんを待つ。
しばらくして、櫛とハサミと霧吹きを持って、皐くんがやって来た。

「それ、どうしたの?」
「ああ、友達に借りた。偶然持っててな。霧吹きは園芸部から借りて来た」

ハサミはすきバサミで、パッツンは免れそうだ。
皐くんに下敷を出すように言われ、それを顔の前で構えるように言われる。
…なるほど、切った前髪を受けるためみたいだ。

「じゃ、切るぞ」
「うん。お願いします」

霧吹きを手に、皐くんが私の前髪を手に取る。
…何か…美容師さんみたい。
かっこいいなぁと見惚れてると、目を閉じるように言われる。
ちょっと残念だと思いつつ、言われた通りに目を閉じた。
霧吹きの音が聞こえ、それから、シャリシャリ…と髪を切る音だけが聞こえる。
ハサミの音が聞こえなくなると、大きな手が私の前髪と顔を撫でる。
優しい手つきにうっとりしていると、ペシッとおでこを叩かれた。

「よし!いいぞ」

皐くんが私の手から下敷を取る。
私は目を開けて、それから鏡を取り出して見た。

「うん!ありがとう!皐くん、うまいね!」

長さもちょうどいいし、前よりもいい感じだ。
皐くんは、ゴミ箱に切った髪を捨てて、ちょっと待ってろと言い残して、ハサミや霧吹き等を持って教室を出て行った。

「皐くんて、意外に器用…」

切られた前髪を一つまみして、クスクスと笑う。
切る時の皐くんの姿を思い出して、また前髪を伸ばそうかな、なんて思ってたら。

「…おい。また変なこと考えてたな?」
「え?」

いつの間にか戻ってきていた皐くんに、頭を小突かれる。

「変なことなんか考えてないし」
「どうだか」
「…また前髪伸ばそうかなって考えてただけだよ」

ムッとしてそう言うと、皐くんは驚いたように目を少し見開いて、それからニッと笑った。

「まぁ、また切ってやるよ」

皐くんの手が私の前髪に触れる。
うっとりと目を閉じると、皐くんがそっと近付く気配がして、耳元で小さく声がした。

「みゆきのその顔、好きだしな」

さらりと皐くんの手が私の髪を撫で、そうしてその手が肩にそっと添えられる。
ふわっと彼の香りがしたら、私の唇は柔らかく塞がれた。







fin.