友達が
「お昼、食べる時間ないね。
今、コーヒー入れてくるから
行く前に飲んでいってね」
なんでそんなに優しいの?
ゆっくりまったりしてればいいよ。
わざわざコーヒーなんて
いいのに
「えー?だって愛ちゃん、
これから急なお仕事でしょ?
これから愛ちゃん、
がんばるんだから、
私にできることは
コーヒー入れるくらいだから。」
いや、
まじ、
ジーンときた。
そして思い出した。
クレクレ星人だった家族のこと。
なんか
私の家族、
みんなクレクレ星人だった。
今、思えば、だけど。
「これをしてあげたんだから
このくらいのお返しをしてくれて当然」
「あの時あれをしてあげたんだから
これくらいしてくれて当たり前」
って思っているんだろうなあ
ということに
心屋塾に行き始めてから
どんどん
気づいた。
それまでも
嫌で嫌でしょうがなかったけど
理由がきちんと言語化できなかった。
「あの時のお返しをしろ!」
「これをやってやるから
その分、返せ!」
って思ってるから
私がやらないで
放置してたら
そりゃ
怒るわけよね。
多分、
子供が生まれた時は
子供のことが大好きで
可愛くて
いろんなことをしてあげたくて
やってあげてたんだろうけど、
だんだん
歳を取るにつれて
子供は生意気になるし
思い通りに育たないし
自分は我慢してるのに
子供は好きなようにしてる(ように見える)
から
「あの時のあの恩を返せ」
「こどもなんだから
親の言うことを聞け」
「こどもなんだから
親のために動け」
ってなるんだろう。
そんな環境にいたら
知らず知らずのうちに
誰でも
「クレクレ星人」になるよね。
で、「クレクレ星人」と
背中合わせで一体化してるのが
「損したくない星人」
だと私は思う。
兄は
損したくない星人。
面倒なことには関わらない。
そして
もちろん
もれなく
私もクレクレ星人だったし
損したくない星人だった。
損したくない星人だったし
クレクレ星人だった
と
思っていた。
けど
この友人の一言で
私の中にはまだまだ
小さな
「クレクレ星人」
と
「損したくない星人」
が
いるんだなあと
気づいた。
友達の小さな思いやりが
とてもあったかかったわ。