(2021/11/24 記)
去年は見送りになったか、私が見送ったか定かではないですが、武漢肺炎禍も
一旦落ち着き、2021/11/20 (土) に北野天満宮の秋の御土居公開に行きました。
海外の感染禍再燃も無視して、媚中売国経団連の言いなりで海外観光客の
受け入れ再開や、家族ぐるみ永住許可での海外労働者入国拡大容認、外交
では中国最重要視など、岸田政権はまるで立憲共産党状態なので、やがて
国内再燃もあるでしょう。
(あれだけ高市氏の総裁選マニュフェストをそのまま党選挙公約に丸コピー
しながら、首相当選後はそれらを無視、高市氏を政策決定圏外に置く、その
やり方は極悪代官そのものです。)
来年の行事完全復活への祈念も虚しく、むしろ落ち着いている今、かつて
親しんだ行事に機会があれば触れておくことが重要に思えます。
意義も皆無だった4年の関東幽閉生活で、当初は気配もなかった国籍不明者が
関東宅のレオパレスに増えてきて、しかも基本1室1名の契約の筈が、玄関脇
にどんどんビニール傘の本数が増える部屋が目立って行き、「傘持って出ない
日に雨降るよねー。あるある。」とか思っていたら、夕飯時に本当に10人近い
国籍不明の人間が外食のために1部屋からドヤドヤ出て来る事態に驚かされ
たり、それが何か月かしたら蛻(もぬけ)の殻になっていて、管理会社からの
家賃督促状が何通も郵便受けに入っている(家賃踏み倒しで別の宿に夜逃げ
したのでしょう。きっと「何故日本人はそうしないで馬鹿正直に払ってる?」と
さえ思っているような輩どもです)、やがてはあの状態が日本中で蔓延する
ことになります。
聴いたこともない言語での昼夜問わずの大声での電話のやりとり(受話の声
さえ壁超えで聞こえる)や分別のないゴミ出しなどの当時の辟易に留まらず、
感染禍をまき散らす害毒や最近多くなった日本人では考えられないような凶悪
犯罪まで加わってのことになるのでした。
えっと、もとい....。
2年前の参拝記は次の記事で。(それと前後して原因不明の体調不良に及びました。)
夏の公開には今年行きました。最近、月日の流れる速さが一層凄いです。
帰りのルートに無理をしてでも、この機会にいつもの蕎麦と酒を河原町で愉しもうと
考え、感染禍を避けての電車と徒歩での計画を立てていましたが、先日までの
帰省時にA180 の運転にようやく不慣れ感が解消した家内が、天満宮までは同道
するとの提案があったので、往路はA170 時代までと同様「超自動運転」(後ろの席
で居眠りOKでも現地到着)となり、御土居見物が終わったところで現地解散、帰路は
それぞれ単独行動としました。
家内は蕎麦には全く執着がなく(寂)、清水寺の夜間ライトアップに行きたいとのこと
でしたので。


夏と同じく手水舎に柄杓はなく、花が添えてありました。

まずは本殿で参拝を。
修学旅行生は居ましたが、まだ受験時期でないのか行列ができるほどでは
ありませんでした。

OSMO Action 動画からの切り出し画像です。

同様、動画切り出し画像ですが、東門脇に、今まで立ち寄ったことのないお社を
見つけました。

ネット上では「亀社」との記載が多数ありますが....。
本当はこの通り「かまどしゃ」です。写真ヲタク世界の博識の低さが窺い知れます(呆)。
古来漢字の初期からある文字でもあります。


ようやく御土居に入場しました。千円です。かつてから考えると大きな値上げです。
夏は紅葉、茶菓子がなかったので、400円でしたでしょうか。
この行事のみで限定提供・販売される「北野大茶湯」は、入口で渡されました。
いつもはお茶席前で配られるものでしたが、密を避ける効果はありそうでした。
お茶席は出ないのか、と思っていましたが、一応毎年と同じお茶席はあり、販売も
ありました。職場に配る機会もないので、今年は5つだけ買い足しました。

2019年に買って冷凍保存してあるものが、まだいくつかありますので、それを
先に頂かねば....。何せ切らしてしまうと来年まで味わうことができませんので
補充があって初めて安心して消費できるのでした。
2019年のものを解凍して食しましたが、餅粉による生地の伸び以外は、実山椒
の香りなども全く新しいものと変わらず、驚かされました。
いつもより少し南側からの入場で、北に少し進みましたら、毎回勇壮な姿を見せて
くれる大楠がまだ葉をつけていて、風が吹くたびに大量の黄葉をなびかせて
居ました。

動画ではその葉がハラハラ落ちる感じが儚げで良かったのですが、うまいタイミングで
静止画に切り出せません。NEX-5+E50mm での画像ではちらっとだけ写ってます。




14時過ぎでしたが、もう夕景の雰囲気です。










15時前にはもう日の光は土塁に囲まれた低地である御土居の底には届かなく
なっていました。
久々に色彩がとても鮮やかだった印象です。来てよかったです。
今回は、一歩踏み込んで、大きく葉を撮る(背景を飛ばす)画像が全く無いのに
後で気づきました。単レンズ2本をメイン構成にしたため、望遠写角ならではの
画像が乏しくなったということはあるものの、スマホカメラでも、もっと奥行き感
のあるダイナミックな画像を得ている方々も多いことでしょう。
動画も含めて機材が多過ぎて、アップアップしていたのかもしれません。
腕や感覚が落ちています。そのことを痛感しました。
その一方、ポートレートレンズE50mm を装着していた旧NEX-5 が途中で合焦
動作をしなくなり、メニューボタンやダイヤルボタンによる絞り調整も全く受付け
ない事態が何度も再発しました。
前夜、E55-210mm を装着して、部分月食を撮影している間には全く問題無かった
ものが、どうにもなりません。
電池を抜いて時間を置き、初期起動からのやり直しで、操作が戻る時もあり
ましたが、問題が再発するので、途中で使用を断念しました。
この最初に買ったNEX-5(なので区別のために「旧NEX-5」と呼んでいます)だけ
が新品購入で、NEX-6、新NEX-5 はヤフオク経由で譲渡いただいた中古品です。
なので、この旧NEX-5 が一番早く機械的な寿命を迎えるとは考えもしませんでした。
単独で使っていた時期に、私の使い方が他の方々に比べて負荷が過剰だったの
でしょうか。
この不測事態に「屋外でのレンズ交換は撮像面が1撮ごとにリフレッシュされる
銀塩フィルムカメラと異なり、画像素子への埃の混入リスクが大きいので、単焦点
レンズを複数併用するなら専用にカメラボディを用意する。レンズ交換ではなく、
カメラごと交換。」という従来方針に変更を強いられることになりました。
今回もE20mm を新NEX-5、E50mm を旧NEX-5、その中間画角を使うために
マニュアルフォーカスのVario-Sonnar 35-135mm を電子ファインダーがある
NEX-6 に割り当てていましたが、そのような布陣は出来なくなったのです。
NEX-5 のようなα-NEXシリーズ初期のカメラボディを中古で入手するのも、
価格的には更に容易になったでしょうが、経年劣化で同じような事態になっても
甲斐の無い話です。ちょっと今後を考えます。
現地解散の後、北野白梅町から20分かけて、JR嵯峨野線 円町駅まで歩きました。


駅に到着したと同時に、2階建て高架のホームから京都行き普通電車が出て
行きました。

小さくない駅でしたが、駅員の詰め所はシャッターで締まっており、次の快速が
隣の二条駅で止まるかどうか分からず、ホームに上がってからも、よくある停車駅
表示が柱にありません。躊躇するうちに次の快速が来ましたが、かなりの満員だった
ので見送りました。
が、その時刻帯(15時台)だけ、次の54分発の普通電車がありませんでした。

結局、駅に着いてから25分近く待たされて、ようやく乗った電車が、発車1分で
突然急停車して、それから12分ほどそのまま車内で待たされました。
JR京都線の大山崎駅付近で乗客と列車の接触事故があり、近辺路線の全線
に緊急停止信号が飛んだとのことでした。
本来の乗車時間は2分でした。先の快速に乗っていたら影響ゼロだったのです。
快速も含めて全車両が隣の二条駅で停車することを事前に知っていたら....。
きっと過去には調べて知っていたのでしょうが、全く忘れていました。
以降の備忘録とします。(でもきっとここに記したことを忘れるのでしょう....^^;)
その乗車時間の短さだったので混雑するバスを避けて、徒歩とJRを使う計画
だったのでした。万一の感染を考えると、満員電車や満員のバスは怖いのです。
しかもその12分、乗った近くの場所で混雑する他を押しのけて、3人で円陣を組む
ように真ん中を開けた、関東弁混じりの女3人のうちの一人が、まるで泳ぐのを
止めると呼吸が出来ずに死ぬマグロのように、ずっとハイ気味での喋りを止めない
のにも、悪感情を否めませんでした。
勿論、マスクは不織布ではなく、ファッション優先のウレタンマスクで鼻出しでした。
周囲が静まり返っているのに、気にも留めない雑な神経を疑います。
関東からあちこちの旅行先で感染を拾って来たのを、この臨時のムロの中で
まき散らされるのだとしたら、理不尽にも程があると言うものです。
血気余った若い頃なら、どうしたものか分かりませんが、老人になった今はただ
ぐっと我慢するのみでした。理不尽ですが、この人生でその程度の魂磨きは
出来た、ということを、その愚か者の無思慮の行動を通して実感するしか
ありません。
這う這うの体でJR二条駅を降り、そこから後院通りを通ってまた20分、阪急電鉄の
大宮駅に着きました。


大宮駅は昔と違って、特急停車駅でなくなっているのでした。
(自宅最寄の中山観音駅が一時期そのようになりましたが、JR中山寺駅が快速
停車駅に昇格したのに併せて、中山寺参拝客の奪い合い事情でしょうか、再び
全車両停車駅に戻りました。)
何本かの通過をさらに待ち、ようやく来た普通電車で河原町駅に到着しました。
大混雑のバスや嵐電を使わずに北野白梅町から河原町まで、最短のショート
カットだったとは思うものの、突発事故での悪印象もあり、これを今後定番の
ルートにするのはどうかな、と考えつつ、予定していた時刻よりかなり遅れて
河原町駅から地上を歩けど、いつもなら見えて来るアーケードの蛍光看板に
目立つ字体の「本家尾張屋」の文字が見えて来ません。
来るまでにも不定期の臨時休業などを理由に、蕎麦にありつけない事態を
何となく前日から不安視していましたが....。

げっ......!!閉店!?

御旅所脇で、駅にも近く立地条件も申し分なかった四条店が無くなっていたのでした。

呆然自失でした。
結局、今回の感染回避ルートのお試しは次に役立つ機会はもうありません。
本店がある烏丸御池駅には、二条駅から地下鉄東西線に乗れば済むので、
今回のような後院通り20分の歩きは不要ですし、帰路はそのままJR京都駅に
地下鉄で至ることが出来ますので。
尾張屋はまず本店になじみ、この2014年の記事あたりから以降、本店よりも
たびたび愛用していた店でした。
この7月に立ち寄ったのが最後となりました。
あの愛想のよかった店員さんはどうしておられるのでしょう...。
本店は創業750年と言います。そんな店でも「来ればいつもある」訳ではないのだ、と
痛感させられました。
そして改めて武漢肺炎を憎く思いました。国内で政府・与党への無理筋な責任追及は
熾烈であっても、杜撰な大元の原因を作った中共には、偽大統領支配が続く米国も
含め、どの国も損害賠償請求も責任追及もしません。世界大戦に匹敵する死者、
犠牲者を各自国内に及ぼされながら、このナアナア状態は一体何なのでしょうか...。
この時点からまた阪急烏丸駅経由で地下鉄烏丸御池駅近くにある本店に向かっても、
営業をしているか心もとなかったので、高島屋7階にある高島屋店に行きました。

小ぎれい過ぎて落ち着きません。それがこれまでも立ち寄らなかった理由です。

画像に写ってない場所で、ほとんどの客は高齢の女性ばかりで、何やら金融商品の
話などが聞こえて来ます。
関東幽閉時代の神田まつやでの、
> 食べている途中から、隣の壁際にずっと居た老夫婦が大声で「私、今回
> 300万投資で損したけど、勉強代と思ってる」とか、まあ聞きたくない話
> を延々(その潤沢な生活を支えている年金はこっちの世代が肩代わりしてる
> 訳で)の上、2人でタバコをスパスパ...
を思い出しました。その会話の低俗さ、店のサービスレベルの低さに今も苦々しい
想いが甦ります。
まあここでの会話はもっとまったり上品な感じの小声ではありましたが....。
(ちなみに最近全国区で使われるようになった京都弁の「ほっこり」は本来の
意味合いとは全然違います。癒しや安堵の意味ではなく、元来の「(疲れた
負荷からの解放で)脱力 = ああ疲れた。」のニュアンスが全く失われていて、
はっきり言って誤用でしょう。)
不安ながら、せいろ(大)と日本酒を頼みましたら、四条店と変わらずせいろ二枚
が出て来て、新蕎麦の時期らしく、蕎麦の甘い味わいも変わらず安心しましたが、
つゆが四条店より本店に近く、端を少しつけるだけでもダシの香りが強過ぎて
蕎麦の邪魔になる印象でした。
蕎麦自体の旨味をまず味わいたいものです。どっぷりつけて、つゆのダシの
旨味で誤魔化すものでもありません。関東系ラーメンで絶賛される魚介系の旨味
も私は雑味にしか思えません。それは関東流みたらし団子レベルにべっとり
タレ付けの焼き鳥と同様、味音痴向け食材鮮度誤魔化しの旨味付加でしょう。
そこまで酷いものではないものの、このつゆには同種の余計なものを感じます。
過去にも何度か言及して来ましたが、この日、その印象は決定的になりました。
なので、ほとんどをそのままで、後半はわさびを蕎麦に載せていただきました。
四条店にあった山椒粉末もありません。蕎麦の香りがあくまでメインで、香りの
バリエーションとして、蕎麦+山椒の味わいを知ったのも、四条店あってのこと
でした。

過去の四条店での画像です。

あと、たまたまでしょうが、二枚目のせいろの途中で、蕎麦を箸上げしても
もつれたりからんだりして、ほぐれない状態が続き、焦りました。
結び目があるほどではないものの、ほとんどそのくらいの絡み方で、蕎麦が
互いにくっつき、食べるのに苦労しました。そんなことは初めてです。
(大)の二枚目はサービス品で鮮度の悪いものを出しているのか?と疑った
ほどです。
日本酒メニューも乏しく、月桂冠が2種類とこのオリジナル銘柄だけでした。
月桂冠の味わいは所詮知れていますので、これを頼みましたが満足に至り
ませんでした。俳優佐々木蔵之介氏のご実家の銘柄である京生粋はもう
頂けません。瓶で買うことはあるものの、どうも味わいがきついのです。
店で飲むあの味わいはもう無いのでした。

本店はどうだったか...。
最後に本店を訪れた時の客あしらいの酷さに記事を残していないのか、記事が
見当たりません。
あっ。ありました。もっと以前の話かと思っていましたが、このブログ内(関東幽閉
解除後)のことだったのでした。
本店には京生粋はあったようです。杜撰にも冷えてなかったですが。
濃いダシ味が余計という印象の「決定的」は、この時点で既にしていたようでした..。
質的に何が決定的に欠けているのか分からないままではあるものの、いつもの
ような大満足には遠く、こんなことならせいろをガッツリ天せいろにしたら良かったか
とか思いつつも、量的には追加注文をするほどでなく、いつもと変わらない支払額を
支払って、そのまま阪急電鉄で帰宅の途につきました。
いつものように御旅所でお釣りをお賽銭とするのも、帰路と逆向きで距離を感じました。
四条店だからこそ、わざわざ他の京都の飲食を差し置いて、場合によってはメイン
の目的として、はるばる阪急電鉄の端から端まで来たものです。
どこか、出来れば自宅から近場で新たな蕎麦屋を発掘しないと....。
満足レベルの蕎麦打ちを自分で出来るようになっておいて良かったです。
それが無かったら、この日の衝撃と喪失感はもっと大きかったでしょう。
当初は梅田からJRにするつもりでしたが、先の人身事故でJRの近辺在来線の
ダイヤ乱れが続いており、むしろ阪急電鉄への振替輸送も実施中とのことでした
から、始発駅の河原町駅からの阪急乗車なら、その影響は最小だろうと考え
ました。宝塚線も通勤時代のようには席が詰まっておらず、座って帰れました。
御土居での期待以上の満足の後は、一粒万倍日らしくもなく、番狂わせと
不本意ばかりの後半半日となりました。
単独行になった途端の不遇続き、如何にも私、という感じが一層げんなり
させられますが、一粒万倍日に北野天満宮を無事参拝出来たことに
ささやかながら幸運を感じることにします。
ご覧いただきありがとうございます。