(2021/11/08 記)
2021/11/03 (水・祝) は久々に朝から晴天でした。
家内が実家に居るうちに、以前から計画していたプランをいよいよ実行しました。
近所周囲の視線を気にするあまりか、真正面からの反対表明はなくとも、暗黙の抵抗
を感じるので、一緒に参加を提案しても乗って来ないレベルは勿論、やはり私自身の
乗り気にまで影を落とします。
最近の急な低温化で、晴天でもなかなか実行に移さなかったのでしたが、この日は
暖かかったので、ようやく実行に移しました。
息子が小学生の頃に、六甲のキャンプ場に一泊して、折角の機会だと思い、
当時唯一の機材だった銀次250D まで台車を使って無理繰り持ち込んだものの、
夕方の火起こしの前に食べた惣菜コーナーで買って行った海鮮焼きそばが酷く
当たってしまい、その夜、20回以上のトイレ駆け込みでも収まらず、薬も効かず
寝込んだままだった悲惨体験もあって、私自身の幼少時からのアウトドア不向きな
腹具合によるブレーキには、それからも最近の一人キャンプ番組ブームに憧れる
ものの、実行は無理だなあと諦めてました。
キャンピングカーも憧れますが、同様にトイレの不安は否めません。
道の駅をはしごする道中など、自由も何もあったものではありません。
トイレ内蔵の立派な車もありますが、後始末を考えると幻滅ですしね。
ホテル並みの設備があって、テント野営のイメージからは遠い贅沢なグランピング
ならその心配もないのではないか、とかも考えました。そこでそもそもよく考えると、
ベランダから見える遠景や夜景が、並の観光地以上である我が家のベランダで
「ごっこ」くらい、コストゼロで出来るのではないの?と気づいたのでした。
何なら、温泉宿気分も満喫できます。露天でもなく水道水ですが、日中風呂で、
風呂上りに遠景を窓際で楽しんだりは可能でしょう。
そんな訳で、夏の初め頃に、いろいろ器具を買い揃えていました。
新コロナ禍のために、留守番モードの機会がなかなか訪れず(ちなみにもう私には
実家がありません。亡くなった両親は家を処分して、開業歯科医の弟と同居して
いましたので。)、ようやく日の目をみました。
うまく行けば、もっとキャンプ気分になる道具に置き換えようと考えます。
そんな1日の記録です。
まずは朝食です。
惣菜コーナー近くによく置いてある、ハムメーカなどが出している安いマルゲリータ
とコーヒーです。
充分おいしかったです。宅配ピザのような、クラストが肉厚で惣菜パンみたいな感じの
ものより、むしろこっちのほうが、本格ピザに近い感じもしました。後添のバジルソースが
良かったです。
高い座面の椅子は2脚買いましたが、普段折り畳んで、物だらけの6畳自室でも
どうにか片付けられます。(家内はこういう話には乗って来ないので、弟か息子が
来た時の話題用にでも考えて2脚にしました。)
その椅子のおかげで、視界にベランダの格子が邪魔にならず、立っているより
長時間楽に遠景を望むことができます。
こんな感じです。左右周囲を画像に入れるために広角端で撮りましたが、肉眼では
遠景がもっと大きく広がって見えます。
まだこの時点では、遠景が霞んでいました。昼夜の気温差が大きいのでしょう。
昨夜の夜景も真冬のようにチカチカ明滅していましたし、地表からの水蒸気上昇は
多いのだと思います。
朝食が終わって、視野に入らないようベランダの左半分(背中越しになる)に洗濯もの
を干した後、椅子を関東宅の生活で使っていた低い折り畳み椅子に替えて、じっくり
書物に目を通しました。
エスプレッソ付きです。気分はノマド野郎(なぜ仕事をしている姿を社外の人間に
見せたがるのか、職場に自席が与えられていないのか、ああいう人種の気持ちは
分かりませんが)です。
これは別の日の画像ですが...。
私は本を書きますが、読みません、と過去のブログでも何度か触れて来ましたが、
これらは「読書」の範疇には入らないと考えています。
文学作品から、その背景、元になった素材を推察して、作者の内心の襞に至る、
そういうのを読書と呼び、文学鑑賞と言うものだと考えます。
音楽、絵画もそのような次元を鑑賞と呼ぶのと同じです。
私のは、言ってみれば「文献による調査」に過ぎません。
W.B.イエイツは英国の詩人、劇作家です。
(今はなき)伊丹市の西武つかしん店内にあった大きな書店でたまたま手にとった
本で、その中の一節に、私の「楽園追放」歌詞に極めて酷似した表現があったのに
驚き、予定外に購入したものです。
「楽園追放」は1992 年にオケ(リズム隊は後年に差し替え)と、歌詞としてハマリ切れ
ないまま未完成の原詞を書き留め、2004 年にリズム隊差し替えでオケを完成させた
時点で、その歌詞を仕上げたその補作部分(歌い出しと何度かリフレインする)に、
「降り注ぐような星の夜 炎に包まれた自分を感じた 祝福の炎を待ち続けて
私はあの日まで 生きて来たんだよ」
というものがあります。その部分を補ったのは、1990年代後半でしたが、その何年か
の後(2004 年までの間に)、出会ったこの本の中に、
「店先や街路を見つめていると 私の体はにわかに燃えた それからニ十分か
そこらのあいだ 幸せに満ちていたので 我が身も祝福され 他人をも祝福
できるように思われた」
というものを偶然見つけたのでした。
表現以上に、その原体験の感覚の同一さにとても驚きました。
(この2014年に作成した動画中の「1990年作」は誤り。動画制作のやり直しは大変なので、
そのままにしてあります。一人で原曲と動画の制作からマネジメント、広報まで執り行う
のは大変な苦労です。実は「誤り」と言い切るのも不安があり、記憶と管理が不確かで....。)
同じ体験は「楽園追放」の最後に、
「倒れた時にも 泥にまみれた 両手の指に灯る光が
十の方向に伸びて行くよ それはまた新たなる道となる
一歩一歩ずつ また探りながら」
との歌詞に確定(これは1992 年時点の原詞において既に完成)した内容が、
大阪俳壇で同人を主催し、少しは名も知れた祖父、亀田小蛄が最晩年「泥に足を
とられる」イメージを多く含んだ遺作を残していることを、後で自費出版の遺作集を
見たときに知って、不思議な思いをした時にもありました。
イエイツ書はこんな感じで過去に何度も目を通しては、付箋も付けまくりの本です。
最近、楽想が頭に到来しないだけでなく、完成したメロディとオケに触発されて、
歌詞を苦吟捻出する能力が無くなったことや、そもそも音響から歌詞としてイメージ
出来る題材を見失った喪失感を漠然と感じていて(過去作品に触れると、自分の手
によるものとは信じられないと真剣に感じることが増えました)、当時のそんな不思議
な体験を思い出すことで、何かの感性の窓が再び開口しないか、という淡い期待を
持って、見直してみたのでした。
近現代音楽やメジャープログレロック趣味についても、自身の作品についても言える
ことですが、右脳の愉悦と同時に、左脳の論理的な満足も満たされることを私は好み
ます。
近現代音楽を含めて、他人が作った音楽作品で感涙(それがお気に入りの絶対
条件です)する時、私はその感情のうちの3割ほどは、嫉妬に狂っている感情が
混じっている、と最近になって自覚しました。
「よくぞこんなラインと響きを探り当てたものだな。授かったものだな。」という嫉妬
が、美しいものに触れて感動する気持ちを底上げしているのだ、ということです。
それが取りも直さず、「右脳の愉悦と同時に、左脳の論理的な満足も満たされる」
という状態なのでした。
ビートルズに関する書籍2冊は、海外ではかなり著名な評論と、レコーディング記録
(スタジオ使用記録)を書籍化したものです。多くのビートルズファンや自称評論家
は、きっとどちらもこの2冊に触れたことがないのでしょうか。
そうでなければ 「『 When I'm Sixty-Four 』は、『 僕が64歳になったら 』という
ロマンチックなラブソング」とか、「やっぱりアルバム『 LET IT BE 』が彼らの最後の
作品だった」などと、呆れ返るほどの頓痴気なことは言わない筈です。
レコーディング記録のほうは、そんな著名なメラーズ評論でも、ところどころ時系列
考証に怪しい記述(思い込みと思われる)があり、それを客観資料上で再確認する
のに役立ちます。メンバーやエンジニアが「楽曲〇〇のテイク21 のトラック3と4 を
別の2トラックマスタのトラック1 にオーバーダビング...」といった作業仔細レベルの
記録がスタジオ入りしたエンジニア名まで含めて、日時や作業時間とともに、克明に
記述されています。
何が頓痴気なのか、詳しくはまた別途機会があれば。
既に記事が膨大になり過ぎて、それでも2つに分けるほどのイベントでも
ありません。
イエイツと一緒にこの2冊を持ち出したのは、
近現代音楽で青春時代を経過した私が、軽音楽制作に急速に転じた契機が、
弟からFM録音依頼された、J.レノン追悼・ビートルズ全曲放送番組中の
『 I Am the Walrus 』 だったからです。1981年春のことでした。
とにかく今と比較して才覚が溢れていた昔の感覚を、改めて少しでも思い出したかった
のでしょう。
時折、腰をあげて周囲を見渡すと、桜の葉が充分紅葉しているのが鮮やかです。
夜間ウォーキングで通過するスペル星人基地周辺(また言っとる)も、紅葉の列に
なってます。
存分に休暇気分を堪能しても、まだこんな時間です。
こんなにゆったりとした休日は、久々というか珍しいです。
で、次のお愉しみです。椅子を再び、遠景が見える高椅子に戻しました。
昼呑みです。これも留守番中だからこそです。
アル中扱いされるのは御免ですよね(^^;)。
明治時代の国内導入後の歴史経緯を踏まえ、あえて国内のビールを似非扱いし、
世界のビールマップに沿った味わいの理解を過去に何度も記している私なので、
ここで銘柄は記しません(^^;)。この場では、昼呑み気分が出来れば、味わいは
二の次で良いのでした。
ちなみにテーブル上のアンテナ付デバイスは、玄関のチャイムが鳴ったら
連動してランプとチャイムで察知できる受信機です。
雲がちになって来ましたが、ゆっくり呑みながら眺めていると、徐々にまた晴れて
来ました。惑星や月を撮影する趣味ではなく、雲を撮影する趣味の人間だったら
一層この環境は楽しめたでしょう。動きや増大と消長を眺めるだけで飽きません。
一部、にわか雨に襲われている地域が中央やや右に見えます。
視点と気分は神様ですか(^^;)。
大阪市内の都市部もよく見渡せるようになって来ました。
音楽鑑賞も用意しましたが、その必要はなかなか感じませんでした。
北東(視野の左端)から秋冬の雲が流れ込んで来て、急速に気温が下がって来ました。
気温の低下とともに、遠景がますますクリアーになって来ました。
過去の自作曲をようやく聞く気分になり、改めて今は同じことができない、と痛感しつつ
聞き込むうちに夕方になりました。
さて、夕飯の準備です。これをやってみたいと思い、車のあるうちに食材を買い込んで
置きました。安い味付け焼肉(先日いただき済)や安輸入ホルモンなどは、留守番の
時にしか味わえません。
後片付けも全部私がしますが、匂いが室内にこもるのを嫌われますので。
洗わずに使える、というパッケージでしたので、レシピ通りに充分湯掻く必要があるか
迷いましたが、今回はレシピに従いました。
工場でパックされるゆでうどんは、まともな味わいではないものの、せめて鍋用などの
太麺が私は好みです。柔らかい硬いのどちらも、とにかく歯ごたえにグラデーションの
ない麺は、うどんと認めません。
味付けは焼肉のたれだけです。いつも使っているニンニクなしのものです。
ちょっとタマネギが焦げました。
それをベランダに設置したミニホットプレートに移しました。
広くないベランダなので、そこでゼロから調理するのは近所迷惑です。
手元が見えないので、充電式LED ランタンをテーブルに置きました。
ミニホットプレートは関東宅時代のものは処分してしまったので、ランタンと一緒に
この計画のために買っておいたものです。
昼呑みもしたので、バナバ茶(人間ドック前の血糖値低減)にするつもりでしたが....。
しかし、あまりの美味にまた呑みました(^^;)。我慢は無理というものでした。
予想外の美味でしたが、やはり洗浄済ホルモンはそのまま焼いたほうが、きっと
もっとおいしかったと思います。脂が抜け過ぎていて、本来もっと旨味を愉しめた
のではないか、と思うのでした。
夜景に関しては記事中の縮小状態では、原画像のきらびやかさが全く再現できません。
ダウンロードやスマホでの拡大ではどうでしょうか。
まあそれでも肉眼で見た景観には、全く追い付かないとは思います。
実際は一つ一つが発光している輝点が、画像では白ドットになってしまうのですから。
飛行機の離発着で、夜景に動きがあるので、またこれも飽きさせません。
食後は手元が見えなくなっても問題ないので、ムード優先で、エアコン室外機に取付けた
磁石フックでランタンを吊るしました。グランピング気分が一層感じられます。
あとは存分、想いにふけながら、夜景を堪能しました。
この日、12時間近く、ベランダで居ました。
途中、階下の阿呆が「死ぬほど暇やからタバコでも吸お」という感じで、近接距離で
の濃度ほどの濃い煙が立ち上って来て(ちなみに当マンションではベランダ喫煙は
禁止推奨です)、室内の窓際に退散した30分ほどがありましたが。
(惑星撮影時にその目にあう時にはマスクを着用して作業続行しますが、この場合は
煙から逃げるが勝ちです。)
ここに居を構えて30 年、もっとこの環境の価値を味わい尽くさないと勿体ない、と
思いました。
ご覧いただきありがとうございます。






















































































