(2021/05/07 記)

 

自宅ベランダが東向きなので、しっかり夜が更けた時間帯に月を撮れる位相

は限られます。本当は三日月から上弦の月を少し過ぎるまでが、毎夜の変化

も大きく月面全景の撮影映えがあるのですが、ベランダから見える時間帯には

空が明るかったり、通行の邪魔にならないよう玄関廊下側で短時間設営して

撮影はするものの、マンション自体がどうしても障壁となってしまいます。

 

肉眼では見映えのある満月近い位相も全景拡大ではクレーターも目立たず

画像映えはあまりしないものです。

 

そうして天候の悪い夜もあったりするうちに、夜遅くにならないと月が出てこない

期間に入ってしまいます。満月の後、徐々に欠け際が大きくなり、クレーターの

見映えも良くなる一方、地上大気の揺らぎが影響しない仰角に月が昇るまで

かなりの夜更かしが必要になって来ます。

 

2021/05/01(土) の夜もそんな感じで、明日の夜にはもっと夜更かしが必要に

なるから、と半ば強迫観念に追い立てられるように撮影機会を持ちました。

月齢18.5 月出時刻は 23:23 でした。

翌晩には月出時刻は日付を超えてしまいます。

 

しかし月の出て来る方向だけ雲が厚く、日付を超えてもなかなか見えて来ません。

 

  

いつものお手軽一式をスタンバイさせるものの...。

一式の背後、遠くに「ナイト・ウォーキング」記事で触れたUR公団住宅の給水塔が

小さく写っています。

 

  

月出時刻から1時間経過、0時20分過ぎになっても、まだ見えません。

 

   

01時12分。雲間からようやく月が見えましたが、雲が一緒に動く感じで撮影には

なかなか向きません。

 

  

根負けして撤収を考えましたが、明日は更に50分以上遅い展開となるので、

先に風呂に入り、湯冷めしないよう、しっかり防寒をして、その後の様子を見ること

にしました。

 

01時40分ごろ、ようやく撮影機会を得ました。

月食や特別の現象がある夜でもないのに、このじらされ方は異常です。

私の執着も異様かもしれませんが。

 

    

  

  

何枚か撮った後、ピントが甘いと感じて空を見ると、急に薄雲がからんでいました。

今回は接眼鏡を替えて、もう少し強拡大も撮ってみたいと考えましたが諦めました。

 

この2画像も拡大表示で見ると、円弧部がガタガタです。

仰角が不足していて、地上からの上昇気流の影響が大きかったのでしょう。

 

その割には欠け際の詳細は出ましたか。

まあ撮影機会を得るまで、かなりの骨折りでしたが、結果的にあまり撮影の甲斐は

ありませんでした。

 

 

ご覧いただきありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

(2021/05/05 記)

   

極力、廊下やエレベータなどで人と会わないよう、22時過ぎにゴミ出しを専用の

ごみステーションにした後、その足で毎夜、20分少しのウォーキングをしています。

日曜深夜から木曜深夜まではゴミ出しがありますが、天候が良ければ、金曜土曜

の深夜にも歩きます。

 

  

Androidアプリ「キョリ測」で測ってみると、ルートを直線で歩いたとして1.5km程度の

長方形の行程です。(家族からクレームがあると思うので、地図上の地名は

ボカシを入れました。私が遠くの県の、このように長辺500m×短辺200mくらいに

詳細拡大された地図を見て、それがどこに所在するかをイメージできないのと

同じように、ご近所以外には地図を出してもそれがどこなのかきっと分からない

というか、意味を為さないと思うのですが。)

 

平地でないので舗装道路でも上り下りはあって、途中、マスクが苦しい場所も

あります。

 

ずっと続けられているのは、効果が見えるからでした。

翌朝の体重は0.5kgほどは下がっています。

 

ただ、最近、ちょっと減り方が落ちて来た感じがあります。身体が慣れて来た

からかもしれません。「恒常性の維持」はどんな負荷・変化にも適応されます。

加えて、食べ過ぎでのリバウンドもあります。食べ過ぎというか、この歳になると

食事の中に占める米と小麦の割合が増えると、てきめんに吸収されるようです。

特に加齢とともに米の吸収率の加速上昇は若い頃には想像もできませんでした。

夕飯時に減糖するなどを併用すれば、またしっかり下がるでしょう。

 

天候が悪い日は室内で電動室内ウォーカーを使って30分の徒歩運動をします。

プロジェクタで壁に日中屋外ウォーキングの動画を流して臨場感を出したりします。

狭小6畳間の入り口に残された、最後の1畳まで使い切っての感じに哀愁が...(^^;)。

 

 

ウォーキング中はTX55をポケットに入れて歩いています。

GoPro 互換のOSMO Action を持って出ることもあります。

  

  

今の時期は歩道脇に菫が咲いています。宝塚市の花ですかね。

 

   

   

近くにUR公団住宅があり、月が出ている夜にはそれを見上げると風情を感じます。

私は服部天神駅近くの公団住宅で幼少から小学校直前まで暮らした(頭上ギリギリ

を航空機が降りて来る空路のドンピシャ真下の最上階で、今も航空騒音は耳か頭

が自動でリダクションするところがあります)ので、当時を思い出すのかもしれません。

 

が、当時の年齢を考えると、夕方や夜に一人で周囲をうろついたとは思えません

ので、どこまでがその過去体験の影響なのかは分かりません。

とにかく、今の自宅周辺では得られない感じで、しみじみ風情を感じるのでした。

  

   

TX55では月の形がにじんで、半月くらいでも満月のようになってしまうのが難点です。

見た目の風情がかなり画像では損なわれています。

 

望遠端近くでの手持ち撮影のうちの一枚が半月の印象を捉えましたが、
周囲があまり写っていません。模様まで見える肉眼の凄さを逆に感じてしまいます。
 

  

月がにじまないよう、NEX-5+E20mm を携行した夜に、露出を抑えめにして、

月や周囲の質感をできるだけ再現しようとしましたが、月が小さいですね。

Vario-Sonnar 35-135mm などを持ち出すのも、夜遅くなので怪しい輩のようで、

望遠側にして月の形を出すことを優先すると、周囲が写らなくなるのは変わらない

かもしれません。

 

   

気分が乗らない日はワイヤレスイヤホンを着けて、Nik Kershaw の全作品を時系列順

で聴きながら歩いたりしていますが、途中「ん?こんなところでピーポーピーポーって

効果音が近づいてくるアレンジだったっけ?」と思ってたら、本当に消防車と救急車が

追い抜いて行ったりして、驚かされました。(アルバム「You've Got To Laugh」中の

「Can't get arrested」にはそのような効果音が入ってますが、あくまで英国風の音です。)

 

   

停車した消防車を覗き込む下世話などを見せず、後からゆっくり追い抜いて、

振り返ってビビりつつ遠くから撮ったものでしたが、下り坂の背景の向こうに

自宅ベランダから見えるのと同じ伊丹空港の夜景が見えていたようで、何か

合成画像のような非現実感のある画像になってました。

 

消防車の停車直後に消防隊員が3名ほど飛び出して来られ、懐中電灯を

公団住宅に向かって「火元はどこだ?」という感じにサーチされていました。

確かにそのような行動は必要だろう、などと思ったものの、ドラマや映画の

描写でも見たことがない光景でした。

 

救急車は公団住宅の奥まで入って行ってました。

大事で無ければよいなあ、と願うばかりです。

 

  

公団住宅の敷地内にある給水塔には、書かれていた公団名が最近無くなった

ようです。自宅ベランダからの遠景画像にそれが写っていた時代には、

家族からの要請もあって、後処理で文字を消したりしていたものでした。

 

   

その給水塔関連の浄水施設でしょうか。

 

   

以前から似た外観の施設を見るたびに、漠然と「昔、『ウルトラセブン』の何かの回で

宇宙人の基地のようにロケ撮影で扱われていたよなあ」と思うものの、所持している

全話を見ても該当がありません。それを長年不可解に思っていましたら、最近ネットで

ようやく鑑賞の機会を得た第12話「遊星より愛をこめて」(放送自粛回)の中で登場

しました。再放送でも見る機会が無かった回だったのに、それを印象深く覚えていた

ということでしょうか。

 

制作した円谷プロに悪意は無かったのです。当時の人気TV番組だったことで、

雑誌「小学〇年生」の付録で小学館がイラストに独自に添えた説明に、作品内

には無かった「ひばく宇宙人」(原文ママ)という記述があり、それを目ざとく

見つけた女児の親が著名な極左活動家だったことで火がつき、「被爆者の名誉を

毀損する」との突き上げ団交(被爆者団体の抗議参加はありませんでした)での

吊し上げのあげく、係争を避けた円谷プロはマスターフィルムを公開の場で

焼却させられ、以降、ビデオコピーを含め、第12話は自主放送禁止の運命を

たどります。

 

ネット上で残存しているのは、その経緯伝達が不徹底のうちに地方の放送局で

再放送されたものや海外での放送を録画したもの、あとはその経緯が衆知

された後にも関わらず、レーザーディスク版の全集に一時期収録されていた

ものを元にデータ化したもののようです。

 

そういう経緯があって、むしろ希少価値が出てしまった第12話ですが、作品

自体は名作と言われる他の作品より遜色があります。

ネットで再見出来ただけで私は満足です。

 

被爆者への名誉棄損ではなく、むしろそのような境遇に至った宇宙人の母星

での戦争惨禍への戒めを他山の石として脚本に織り込んだとしか感じません。

しかしその種の不当攻撃を受ける隙があったテーマの扱いでもあったとは

感じます。大人向けのドラマが「ここでぱーっと数人オンナのハダカ出して

視聴率盛り上げろ」みたいなゲスな演出のドラマが沢山横行した時代(CS放送

「東映チャンネル」などで今も振り返ることができます)に、他の名作回と同じく、

そんな重いテーマを当時の子供に託して寓話化する試みがあった、ということ

が私には貴重に感じてなりません。(そして当時の子供たる私の世代は正しく

その寓話から重いテーマを受け取ったと考えます。)

 

普段、「表現の自由」「言論の自由」と叫ぶ左翼こそが、狭い了見で言論封殺を

強行するそのやり口には昔も今も辟易します。少数派であっても「住民の総意」

「国民の総意」などと、勝手に大多数を自論に巻き込む詐欺的卑怯も心底唾棄

します。

 

えっと、もとい...。

空に月があると、飽きません。快晴でなくても雲が流れるのも風情があります。

 

   

    

月が出ていない夜も晴れていれば星が見えます。

昔は常識過ぎて改めて考えることも無かったことですが、この何年かは忘れて

しまっていたことがあります。

大阪平野の光芒でかき消されがちながらも、暗い地味な星が眼で見える、という

ことは、その光は巨大な灼熱の恒星から、何万年もかけて届いた光が眼に入った、

ということで、その光は何万年前のものであり、なおかつ、その恒星と自身の眼の

間に何万年間、一切の障害物が無かった、ということでもあるのだ、ということです。

 

(正確には「その瞬間、一切の障害物が何万年間無かった位置に自分が巡って

来た」でしょうか。地球が自転し太陽の周囲を公転し、太陽系が銀河系の回転に

流されての、その瞬間の自身の立ち位置である訳ですかね。)

 

本当はとても貴重な体験でもあるのでした。

そんなことも忘れて毎日を送っていたのでした。

そんなことが頭に一度も入ったことの無い人々も沢山居るかもしれませんが、

私にはそんなことを忘れて居られた、ということのほうが何やら感慨深いです。

 

ヒトだけがそれを理詰めで認識できる、自身という存在の立ち位置の最も基本が

そこにあると思うからです。大宇宙の一貫した連鎖反応の泡沫の泡沫の一瞬に

存在が許されたもの、それが個々の生命だからです。

 

周囲と比べて貧相であっても、派手さもなくみじめであっても、逆風感に理不尽

ばかりの連続であっても、それぞれが星々の活動の連関の中で、等しくささやかな

瞬時に存在を認められた私たちの生涯....。

 

そんなことを考えながら、とぼとぼ夜遅くに歩いています。

明日は今日より健やかであるよう念じながら。

 

 

 

ご覧いただきありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

(2021/04/30 記)

 

ようやく2021/04/30(金)、ずっと苦吟して来た今回作の音楽的な作業が終わりました。

 

2月初めに創作に軸足を戻して、次の記事を書いたあたりから、作業着手していた

ので、おおよそ足掛け2か月くらいの作業でした。

 

 

現在、D16 の16トラック中、10トラックを埋めた継ぎ接ぎの断片を2トラックステレオ

として纏め終わった段階です。

 

後はD16 内でWAV形式化したデータを外付けSCSI のMOデッキ経由で、

一旦、Windows XP 機に持って行き、そこから、SDカード経由で、常用のWindows 10

機に落とし込みます。

(SCSIとUSBを変換するケーブルのドライバーがWindows XP までしか有効でない

ので、Windows XP 機を経由します。)

BIG UP! への登録はWAV のまま行いますが、MP3はローカル再生用に使います。

 

毎々の通り、間が悪く(職務生活の合間に集中して創作作業をするため不可避

ではありますが)、2021/04/29(木)から2021/05/05(水) までBIG UP!が休業中

なので、その後の登録と順次審査があるため、公開は早くて5月末頃でしょう。

 

今回はメインラック側のMOXF6、SY99、KARMA をJS-5 によるリズム隊に

対する上ものとして使い、隣接するサブラック側のMINIBRUTE2、minilogue xd、

MicroFreek の出番はありませんでした。トライはしてみたものの、前作

「旅路の果てに」のようには、音響的に馴染みませんでした。

   

   

当初は、MOXF6 内蔵音色をアサインしてデータの打ち込みを進めて行き

ましたが、最終的にはMOXF6 の音色は全部不採用となりました。

メロトロンフルート、混声合唱の音響はKARMA、「Eclipse」などでも使っている

大人数総奏での音圧のある弦楽音色は、SY77から苦労して音色移管した

SY99 で置き換えました。

以前から薄々感じてはいましたが、それほどまでにMOXF6 の音色は貧相だった

のだ、と今回痛感せざるを得ませんでした。

 

メモリ単価が安くなって、膨大な情報量を内蔵出来るようになった時代の

MOXF6 が、より少ないメモリの使い回しで工夫が必要だった時代のKARMA や

SY99 に全く及びもしない、というのは、不可解にも思えますが、当時のプロ用

機器と安価になった現代の中堅楽器の差なのでしょうか。

シーケンサーとしてはSY77以来の慣れた操作性と、標準MIDI形式での記録と

編集を変換なしで扱えるMOXF6 は便利ですが、楽器としての魅力や迫力は

KARMA やSY99 には全く勝てない印象です。

 

結果、パートと部分によって、MOXF6からKARMAやSY77、JS-5 へのMIDI

ケーブルの引き回し変更を繰り返し、そのMOXF6 はD16 をMIDI クロックマスター

として別のMIDI ケーブルで制御する、雑多な作業空間から最終的に仕上がった

音響が出て来るとは、作業をした当人にさえ大きな乖離感があります。

JS-5 をMOXF6 からの手打ちでリアルタイム録音した部分もありましたので、

その間は別の結線も必要でした。

米国西海岸流アナログシンセ実験音楽ならさもありなんの作業風景が、今回作

のような「非抽象音楽」的な作品にも不可避であるのが、アナログシンセパッチング

の大規模版のようで、途中から面白くなって来ました。

 

一方、狭い自室の片隅で、JS-5へのコード打ち込みや、それを流しながら、膨大な

種類のリズムパターンの選別をするには、集中が切れがちで、今回、独立して不在に

なった息子の部屋に、関東幽閉時代に関東-自宅連携用に2台めを買ったJS-5 を置き、

成果を自室のJS-5 にスマートメディア経由で持ってくる作業を繰り返しましたが、

これを始めて作業が加速しました。

 

関東-自宅分散まで極端なものは金輪際御免ではあるものの、環境を変えて

気分を新鮮にすることは、一人切りの集中作業では特に重要だと感じました。

 

コード分析もその環境で行いたかったものの、QY70 は単独ではキー入力→コード

判定は出来ないようで、外付けのMIDIキーボードからの入力でのみ判定をする

仕様のようです。

(QY20では可能だったと思いますが、QY70でも可能だと記述した過去記事には

誤解がありました。)

 

そのため、従来通り、SY99 とMIDI 接続して一気にコード判定しました。

始めれば20分ほどで済む作業を、ずっとQY70単体でコード判定が出来ないとか、

出来ないなら、スマホアプリでやるか、とか、つまらない足踏みをしたものです。

 

 

掃いて捨てるほどあるあるの「バンドやろうぜ」おじさんバンドだと、ここは

コード譜がある楽譜を買って来て入力すれば簡単に完了の工程ですね。

実は2台めに入手した中古のJS-5 には元のオーナー氏が使っていた状態が

残っていました。「GEORGIA ON MY MIND」とか既成曲のコードとスタイルを

打ち込んだままの状態が残っていて、それらを初期化する前に一旦聞きながら、

やはり「楽譜を買って来て人の曲をデータ打ち込みして、何が楽しいのだろう?」と

いうところ、私には理解が出来ませんでした。

まあそれが楽しくなくて手放されたのかもしれませんが。

 

自身の内側にオリジナルの楽想があって、それを形にするために気が進まず

とも半ば義務感にかられて行うのが、創作作業であって、それが皆無の人が

なぜそんな苦行をしたがるのか、というのが私の正直な思うところです。

 

今回作は新しく着想した楽曲ではなく、自身の軽音楽創作黎明期である1980 年代

初期に歌ものとして作った版のある楽曲で、結局、載せたかった歌詞が旋律に

収まらなかったものと、その後、別時代、やはり1980 年代終盤ごろに着想した

短い繰り返し素材が、どうやら1つの楽曲として馴染みそうだと最近気づいたので、

形にしてみようか、と思い立ったものでした。

 

A-B-A-B の形式の最後に若干の尾ひれがついた前者と、別の素材がその

「若干の尾ひれ」の直前にしっくりはまり込むことに気づいたのでした。

歌ものだと感じられない冗長感が、インスト化することで目立つかなと感じたので、

2回目のBはカットして、2回目のAを別の素材Cへのブリッジとしました。

 

自身にとっては40年間、頭にあったもので新鮮味もないと思っていましたが、

作業が進むにつれ、特にMOXF6 での貧相な音響をKARMA やSY99 に置き

換えた頃から、ようやく気分が上がって来ました。

これまでも頭で鳴っては居ましたが、一旦録音化したものを耳経由で客観的に

臨むのは、また大きく違った充足感がある、と創作作業において、今回初めて

感じました。

 

まあ、まだデータ変換や登録を進めないといけませんが、久々に肩の荷が下り、

他作業では絶対に得られない充足感と重圧のある義務感からの解放気分を

得ました。

 

 

 

ご覧いただきありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

(2021/04/27 記)

 

2021/04/21(水)は、銀行の窓口が開いている時間帯に手続きと確認が必要な

所用があって、午後に半日有給休暇をとりました。

それが終わって、まだ夕方までは時間があるので、そのまま車で近辺で人が

少なそうなところに出向いてみました。  

 

 

良い天気だったので、折角、Vario-Sonnar 35-135mm も入手したこともあり、

撮影の機会をもってみました。初訪問です。

 

サブのNEX-5 2台も持参しましたが、極力、Vario-Sonnar 35-135mm+NEX-6 を

使い慣れることに集中して、画角的にどうしても更に広角写野が必要な場合にのみ、

NEX-5+E20mm を併用するようにしてみました。

結果的にその組合せで必要充分な気がしました。

残りのNEX-5 は散策用途に応じて、E50mm かE55-210mm を装着固定させ、

E20mm との屋外でのレンズ交換は極力避けるようにします。

 

レンズ交換というのは、1枚1枚ごとに焦点面がフィルム巻取りでリフレッシュされた

時代の遺物かと考えます。撮像素子の前には物理シャッターもありますが、

埃の混入の除去には手間がかかることも多く、非常手段と考えるべきです。

 

画像数が多いですが、最近のPCやモバイルの性能では特に問題はないでしょうか。

後処理をほぼ行っていない(画像回転くらい)手軽さもあって、取捨選択が甘くなった

かもしれません。あえて前後編に分けることはしませんでした。

 

  

  

  

立派な山門は通行が止められており、内側から撮影しました。

駐車場脇からの入り口で参拝料を払うようになっており、特に山門閉鎖が新コロナ禍

とは関係ないのかもしれません。

 

  

青もみじがそよ風にゆらいで美しく輝いてました。

 

  

とにかく人と逢いませんでした。広大な敷地内は鳥の声と風にそよぐ草木の音だけ。

全くの無音でなく、敷地外の交通の音は遠くから周囲を取り巻くように僅かに聞こえて

おり、まるで特別なドーム空間の中に居るような贅沢な気分でした。

 

  

  

足元の苔も美しく、「ここはどこの京都大原か(^^)?」という感じでした。癒されます。

 

 

本堂の裏にある「パン字池」の静けさも、人が誰も他に居なかったからこそ味わえた

のでしょう。

 

  

画像には残っていませんでしたが、水辺に近づくと鯉がたくさん寄って来ました。

参拝者が多かった時には、そこで餌やりなどもしていて、条件反射で寄って

来たのかもしれません。

 

  

  

敷地内にはまんべんなく、散った桜の花びらがあったのですが、周囲を見渡しても

桜の木がさほど見当たりません。よく観察してみると遊歩道には花びらがあっても

人が入られない草木の茂みにはあまりそれらがありませんでした。

でも演出で撒くには敷地が広すぎますし....。

 

    

途中、敷地内から駐車場が見え、ポツンと居残りしているマイカーが見えた時に

不意に現実に引き戻された気になったほど、その場内の雰囲気になじんでいた

自分が居ました。

 

  

本堂の正面に回ってみました。

紅葉がひと際目立ちました。株や種類によって春先に紅くなるものがあるとは

思いますが、目を引きました。

 

  

    

    

赤いものには、もみじ以外にもありましたが、これは何でしょう。

 

  

それにしても、青もみじの見事な物量には秋が愉しみになります。

それだけでなく、アジサイや他にも季節ごとに彩りが愉しみで「関西花の寺 第12番」

もうなずけます。

 

   

    

  

 

立派な薬師堂の横の紅葉の赤も、肉眼でも赤飽和するほどの色合いでした。

 

  

  

まるで秋の彩りです。

 

  

 

  

  

  

敷地の奥に仏塔がありました。

 

  

奥の納骨堂には近づきませんでしたが、広い空間は空調が為され、涅槃が安置

されていました。

 

  

 

    

時節柄でしょうか。勝手に使ってよい感じに観光パネルが置いてありました。

それを通して「涅槃と私」みたいなものを撮るのでしょうか。

 

   

「Instagram」が気に食わないので、使う気にもなりませんでしたが。

(米国大統領選挙を私財での不法買収で蹂躙し、不正操作可能の投票自動集計機

Dominion を連邦法に反して民主党知事州に導入する資金提供を推し進め、

トランプ氏を大統領の座から不当に追い落とし、今もその「我が世の春」を暴く

アカウントを次々削除したりなど、未開国並みに極低次元の悪行の限りを尽くす、

中国共産党狂信者ザッカーバーグが運営するFACEBOOK の傘下にあるのが

Instagram です。FACEBOOK も写真家馬場道浩氏からのお勧めでの入会経緯

が無かったならば、とっくに撤退をしていたでしょう。今も躊躇しています。)

 

 

パネルを作った人はそんなことを知る由もないでしょうが、全くこの場に見合わない

心底汚らわしい事物としか思えません。

そのパネルに気持ちがかき乱されたのは、それが場違いでもあり、また想定外でも

あったからでした。忌々しい気分で、とにかく仏塔を離れました。

 

京都大原の三千院境内にもあるわらべ地蔵がまだ真新しく集っていました。

E20mmでも全体は入りませんでした。

何故か一体だけ、おかしを複数お供えされているものがありました。

微笑ましくもどこか不可思議です。個々に何かの由縁でもあるのでしょうか。

 

  

 

   

   

   

 

Vario-Sonnar 35-135mm+NEX-6 のファインダーを通して見える最晩年のモネの

絵画のような風景と再びの静寂に気持ちの平安を取り戻して、帰路に着きました。

2時間は居たでしょうか。季節の折々に再訪したいものです。

 

 

 

ご覧いただきありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

(2021/04/22 記)

 

このところ、晴天の日には月が明け方にしかない感じが続いてましたが

ようやく久々に夕方に月が見えました。

 

最近は玄関廊下側の通行の邪魔になることへの懸念が強く、実際に

人と会わないほうが多いものの、玄関側への一式設置を躊躇します。

この日は久々の夕月が美しかったので、極力短時間に絞って撮影を

しました。

 

TX55 は背景が漆黒でない場合は、容易に月にもピントが合います。

健康のために夜遅く近辺をウオーキングすることが多いのですが、

そのような夜景下で月を撮ると形も分からない仕上がりばかりで、

その差異が不可解です。

 

  

  

充分暗くなってから、ETX-90鏡筒+微動雲台+PL40mm+FinepixF31fdの

いつもの一式を設営しました。自室で組み上げたものを持って出ました。

 

   

 

  

 

悪いことをしている訳ではないのですが、望遠鏡の向きを見れば自明なことなのに

月を撮っていると理解されない人も居るか(多くのご近所はそうではありませんが、

若干は居る。こちらからのお詫びがてらの挨拶の反応で明白)と思うと気が引ける

のです。誰が上のマンションからも筒抜けのこの場所で、玄関廊下側からよその

世帯を覗き見などするものですか....。

 

加えて、この時勢ですから、極力廊下でも往来に接する機会は減らすべきでは

ありますね。

 

この状況はいつまで続くのか。

私などは定年を経過して、残りを定年延長期間で過ごすので、完全隠居までの

助走のように今の在宅勤務を半ば愉しんでいますが、多くの方々はいずれは

また元の喧噪社会に戻って行かねばならないのですよね...。

いつかは「『新しい働き方』も良いが、やはり生産性向上が優先される」との

揺り戻しが「実際は汗水たらして働くこともない社会上層の机上論議」で為される

のではないでしょうか。今の状況からはまだ想像もつきませんが。

 

そのような間も、月は変わらず美しいです。

でもそれは完全な死の世界である事実と表裏一体でもあります。

感染恐怖はあっても、まだこの地上が楽園ということでしょう。

 

 

 

ご覧いただきありがとうございます。