(2021/04/16 記)

 

 

先のこの記事の中で、

 

> 何を参照した反動か、最近、ヤフオクから何度も京セラZeissレンズのお勧めが

> 来ます。中には思い出深いCONTAX AX に常用装着していたVario-Sonnar 35-135

> mm もあったりして、後ろ髪を引かれることも多々ありました。

 

と記していましたが、その記事中でも引用した、そのレンズで過去に撮った作例を

久々に自身で眺めるうちに、最近の「構えて構図を確認しただけで、ピントも露出

も失敗しない代わりに、誰が撮っても似た仕上がりになる」ことへの、ほとんど

認識も無かった不充足感に気づいてしまいました。それは不満というほどでは

なかったのでしたが...。

(画像が小さいのは800×600pixels程度が、掲載当時のネットサイトの画面サイズ

だった名残です。)

 

 

自宅近辺での桜の画像の印象が「昨年とさほど変わらないので重ねて掲載

しなくても良いかな」と感じたことや、万博記念公園にPlanar 50mm だけしか持参

せず、苦労しながらも得た仕上がりを通して「よくもまあ3本の手持ちZeiss レンズ

の存在を完全に忘れていたものだな」と自身を呆れるに至りました。

 

前世紀末、CONTAX AX を「人生最後の機種選択」と考えて、「もう一生、機種

選択での無駄な時間浪費はしなくて済む」との想いで、高額な出費にもかかわらず

更に加えて、常用携行レンズにVario-Sonnar 35-135mm を、ポートレートレンズに

Planar 50mm を当時使っていましたが、一般的な評価とは異なり、被写界深度

(ピント面の薄さの度合い)、色乗りなど全てにおいて前者が私のお気に入りでした。

 

AX と合わせて2kg にもなる重量に、取り回しの難を感じて、当時、京セラ

の大阪事業所のご厚意もあって、別の軽量のVario-Sonnar も試させていただき

ましたが、満足度が全然違いました。

(京セラ大阪事業所とは、入手したCONTAX TVS のオートフォーカス測距精度

の不良指摘と、その改修のやりとりを通して、カメラ事業撤退時期まで懇意に

していただきました。)

 

その後、今世紀に入り、銀塩フィルムカメラがデジタルカメラの台頭で急速に

没落して行く、という全くの想定外に、泣く泣く一式を換金して、Nikon Coolpix

5000 を入手する資金に充てたり、紆余曲折の中、Zeiss から得た充足感は

画像仕上げの理想として置くも、物理的にはいつしか縁遠くなってしまいました。

 

Canon EOS 20D に星雲・星団撮影兼用で入手し、それにマウントアダプタを

つけて、オールドレンズを使える時代が到来した時点で、今の手持ちのZeiss 3本

は再入手しました。そのうちの1本、Vario-Sonnar 28-70mm は、その京セラ

から試用させて貰ったレンズでした。

Vario-Sonnar 35-135mm に比べて充足感が足りないことは承知でしたが、

その時点ではまだまだ超高価だったそのレンズを買い戻すほどの不満は

なかったのと、Distagon など単焦点の広角レンズは高価だったからでした。

NEX-5 をメインに使うようになっても、純正Eマウントレンズのオートフォーカス

の速写性を超えて、大枚をはたくほどの動機を、そのレンズに求めるほどには

至りませんでした。

 

過去の記事通り、時々は思い出して、Tessar 45mm やPlanar 50mm の

写りを愉しむことはあっても、マニュアルフォーカスレンズがとっさの撮影機会

に対応できないデメリットを超えて、それらをメインに据えることは考えません

でした。

 

その後、NEX-6、もう1台のNEX-5 を屋外でのレンズ交換の煩雑さやカメラ内部

への塵の侵入を避ける目的で追加導入して、それぞれに対応装着するレンズも

固定化するうち、Zeissレンズは収納ベッドの奥底に沈み込んでしまい、本当に

存在を忘れてしまっていました。

 

それで先日の冒頭記事に至ります。

「どうせ撮るなら、昔のように一撮入魂で、『何故自身がレンズを向けたか』

の動機が画像に残せた昔のように撮ることも思い出そう」との認識に至った

のでした。

 

一方、電子ビューファインダーが液晶モニタ以外に実装されていて、精密な

ピント出しが可能なNEX-6 がその用途に適しているのは自明でしたが、

安価な常用ズーム、E18-55mm の光学的な難点をNEX-6 の電子補正機能で

実用域にまで仕立て上げてくれることも、スナップ撮影の利便性を向上させる

には捨てがたいところもありました。

 

そのうち、下記のような記事を見て、自身の思い込みではなく、やはり

Vario-Sonnar 35-135mm は良いレンズだったのだな、との想いが強くなりました。

 

 

ヤフオクでずっと入札期間終了になっては繰り返し出品されていたその品は、

6万円弱の「即決価格」設定が為されていました。

初期価格設定もそれに近いものがあり、入手には相応の覚悟が要りました。

 

ただ、SONY製のオートフォーカス仕様のZeiss 設計レンズで、このクラスに

なると、2~3倍の価格になります。

先の記事にも記したように「それだけの出費をして、路傍の花を撮る?」

の費用対効果への滑稽と言えるほどの悪さは、SONY製でなくとも、既に

その6万円弱の出品にも同様に言えることでした。

 

それでずっと躊躇していましたが、突如「超極上品」との出品がもっと安価で

登場しました。しかもヤフオクが落札時2000円のクーポンをつけてくれる

とのこと。実質4万円を切りました。

出品ウオッチリストには数名のエントリがありました。

平均落札相場よりかなり安価な即決価格設定に、いつ落札されても

おかしくない状態だったものの、一旦、頭をクールダウンさせて、出品者

の評価などをしっかり調査(評価満点でした)の上、入浴しながら熟考後、

まだその出品が残っていたら即決落札しようと考えました。

 

残っていました。なので即決落札しました。

どんなサードパーティメーカの交換レンズでも、常用携行できる標準ズーム

レンズで、そのような安価なものはありません。

そしてフォーカスがマニュアルなので即写性には難があれど、私が知る限り

最上級にお気に入りな描写をするレンズです。機会を流す理由がありません。

 

毎月、ちびちび小遣いの残りを有事対応用に残して来たものを吐き出しました。

創作などのための別途の蓄えはあるものの、当面、万一の有事に大人の対応

が出来ません(^^;)。

が、まあ感染防止の自粛生活では、有事も起こらないでしょうかね。

 

今まで使って来たマウントアダプタの爪が甘くなって、ズームやフォーカスリングを

回転させると、レンズまでが回転して外れそうになる状態だったので(特に回転

ヘリコイド式ズームのVario-Sonnar 28-70mm では危うかったです)、今回併せて

新調しました。

 

82mm口径のレンズ保護フィルタも新調し、レンズ本体だけで860グラムもある重量

なので、使っていなかった大型ネックストラップを復活させました。

 

一番太いリングを前後させてズームを、掴んだまま左右にひねって、ピントを

追い込む直進ヘリコイド方式のズーム兼フォーカスリングは、オートフォーカス

の速度には負けるものの、マニュアルフォーカスでのズームと合焦操作の手間を

最小化してくれます。 

  

 

 

スマホやNEX-5 + E18-55mm で手軽に撮れる自宅ベランダの鉢植えも...。

 

 

一挙、別世界というか、夢の中の情景のように。

ややアンダーな露出にしても崩れない、濃厚な色合いと階調の深さは他のレンズでは

(私が入手できる価格範囲で)きっと皆無です。

Planar はもっと色相が中立で、あえて悪く言えばやや淡泊だと感じます。

 

  

  

最小接近距離が1.3m なので、食事でテーブル上を撮るなどはそのままでは

難しいでしょう。そのため、マクロモードがこのレンズには実装されています。

マクロ用リングはズーム兼用フォーカスリングのスムーズさには劣りますが、

重めのトルクは薄いピント面をじっくり合わせるのに悪くありません。

 

実はCONTAX AX 時代にはこのマクロモードを一切使いませんでした。

「カメラボディの中でカメラボディが動いてマニュアルフォーカスレンズをオート

フォーカス化する」唯一無二の機構によって、内部ボディが最も後方に下がった時、

副次的にレンズの最後部とフィルム面までの距離(フランジバック幅)が、マニュアル

レンズ設計時の想定より大きくとれるようになるため、シームレスにマクロ領域までの

オートフォーカスが実現出来てしまったからでした。

 

  

そのため昔はこのマクロモードスイッチを全く意識しませんで、それが

携行時のズーム伸長止めにもなっていることも、きっと認識しなかったの

でしょう。ズーム位置を最小の35mm 位置にして、マクロリングを後方に

ガチッと押し下げることで、赤線が筐体に現れて、マクロリングが有効になる

と同時に、直進ズームヘリコイドの伸長がロックされます。(携行時に重力

でズームが伸びるのを回避できます。)

 

なので今回、入手した時にはそのロックがかかった状態で、直進ヘリコイド

方式のズーム兼ピントリングが動かない理由が分からず、大いに焦りました。

出品者に照会するも、回答を得られるまでにこの機構に気づき自己解決は

致しましたが....。

 

過去に泣く泣く一度手放したこのレンズですが、もう終生、手放しません。

取り回しや重さに難があっても、極力、NEX-6との一式を常用携行機にします。

それが「他の誰かが撮ってもよかった程度の、自身がその時に写したかった

衝動があまり残っていない記録」とは違う「自分なりの一撮」を追うことになるから

です。

 

前世紀末、埼玉県での7か月の単身赴任生活の間には、このレンズとAX、

更にWindows とMacintosh のノートPCをリュックに入れて、通勤や散策をして

いたのでした。どれだけ体力が有り余っていたのでしょうね....(^^;)。

それを思い出して、このレンズ1本ごときを重いと考えないようにします。

 

残る新旧2台のNEX-5 にはE20mm とE55-210mmを装着して、あくまで

そのメインの補助として使うことにします。散策時に落として紛失した液晶モニタ

用のシェードも買い直しました。

万博記念公園での撮影の後、自宅近辺で散歩の際に、晴天の周囲輝度のため、

液晶モニタが全く見えない事態があったのでした。

去年までどうしていたのか分かりませんが、春も深まり日差しが強くなって来て

いるのでした。

   

  

「TX55では物足りないかな。」と冒頭の記事中でも記しましたが、それでSONY R100

シリーズやR10 シリーズも一旦は検討して見ました。SONY純正のZeiss オート

フォーカスの最安価機種としての選択肢として。

 

が、それらが如何にZeiss を名乗っても、TX55 がそうであるように、NEX-5 に

E20mm とE55-210mm を常用装着するのと、それほど得られる満足は変わらない

だろう、と考えました。それならシェード2個、3000円程度の出費は改善への

最小出費であり、費用対効果は最大だと言えましょう。

 

E20mmを付けたほうのNEX-5 は、オートフォーカスでのポートレート描写が必要な

時に換装できるように、カメラバッグにはE50mm を常時携行しておきます。

(結局、携行する全重量は前世紀末とさほど変わりませんか^^;)

 

さて、それらで何を撮りましょう。

葵祭、祇園祭は2年連続縮小開催決定となりました。

それどころか当面は一層、京都散策などは現地の人混み以前に鉄道やバスを

使う限り、難しい状況です。

やはり身近な路傍の花でも撮りますか。

「美しい被写体とご縁でもあるなら、極力その美を残したいという想いも

分からなくないが。」と、過去には何度かレンズ探求への加熱に、自分で

冷や水をかけて回避して来たのでした。

勿論、今回そんな必要性が沸き起こった訳ではありません。

 

話は逆だった、と言えます。

レンズを通して非日常を見たくなったのでした。

自宅ベランダの鉢植えが夢の情景のように美しく変わるなら、きっと世界の

見え方も変わるだろう、と。

 

人生の終焉近く、自身から見えるささやかな世界をもっと美しく眺めたい

のです。

それは月・惑星撮影と同じく、感性を癒し、日常生活に幸せな気分をもたらして、

創作への精神を健全な方向に向かわせるのにも役立つのではないかと。

 

ご縁の話はさておき、そのことには確かに期待をしているのでした。

 

 

 

ご覧いただきありがとうございます。

 

 

 

 

 

(2021/04/08 記)

 

私が最初に入手したシンセサイザーはRoland SH-1 でした。

1979年、大学生時代でした。

 

次の記事によれば、Roland社の単体のシンセサイザとしては、まだ第5番目の

製品だったようです。まだ黎明期の製品と言えます。

 

 

厳密にはSH-1 を入手する直前に、半完成品のキット(というか抵抗やトランジスタを

ハンダ付けもする材料キットレベル)を新大阪の雑居ビルに当時あった小さな商社

経由で入手して組み立てたものの、音が出ず無事返品出来た資金で得たものでした。

そのキットは完成していたらSH-1 とほぼ同額で、SH-5 相当の中型本格シンセ

サイザの仕様(操作パネルもケースもほぼクローン)だっただけに惜しかったですが、

SH-1 でもそのシンプルなパネルデザインからは想像できないほど多様な音作りが

可能でした。

 

 

そのSH-1 もヤマハDX7 入手時の資金のために、心斎橋の楽器店に中古で

買い取って貰い、そのDX7 さえ今はありません。SY77のローンの頭金に

してしまいました。それらが今も残っていたら...。(置き場所がないか...。^^;)

SH-1 をその楽器店で動作検証して頂いたときに、ギターアンプにつないで

音出しをされたのでしたが、その物凄い音圧に驚いたものでした。

 

周波数特性がフラットなオーディオアンプにつないで使って来た間、マイルドな

印象が強かったSH-1 の印象が吹き飛ぶアグレッシブさで、その後長年、

手放したことを後悔するほどの音響で、それが近年のMINIBRUTE2 導入

への期待にもつながって行ったのでした。

 

冒頭の歴史を見ると、現在、Behringer 社が安価なクローンモデルを作っている

SYSTEM100 シリーズの元モデルである、SYSTEM100M シリーズは、SH-1 と

同じ1978年に世に出ているようです。

 

 

本格的な音作りにはRoland 版オリジナルの100シリーズの小型版となる100M、

ある程度機能を絞り込んで、最低限の機能は内部配線で完結し、ライブ演奏での

操作性を追求したのが、SH-1 などSH シリーズという2つの流れになって行った

のでしょうか。

シンプルなパネルデザインの中にもSH-1 には既存音の音楽的な模倣に必要な

機能がしっかり実装されているのを、今回、MINIBRUTE2 での音色再現で改めて

感じました。

 

今もRoland社サイトから紙ベースの操作手順書のPDF版が入手できます。

 

  

1979年の時点で、それまでにメモに残して来た楽曲をSH-1 と「カセットLL」機能

のついた(ステレオ録再ヘッドを使って、英会話教材のモノラルトラックの半分を

消して自分の声を重ね録音する機能)ステレオカセットレコーダを使って、

初めて自身の脳の中にしかない状態から「人が聴ける状態」にしましたが、

その時に用いたほとんど全ての音色は、次の「人の声(女性)」でした。

その音色を使って、メロディとカウンターメロディの2声で、メロディ進行とおおよそ

のコード進行を残したのでした。

 

 

たったこれだけのシンプルなパネルでのセッティングで実現出来たのでした。

そのままオーディション用のデモテープを作るには2声はかなり貧相ではあったものの、

持続系の単音なので事前の運指練習も容易で、2声までの多重録音はコードを完全

には確定しないまま後年に余地を残しておけた、というメリットはメモでの記録に

比べて大きかったです。

 

この音色をMINIBRUTE2 で再現しようとすると、まず超えられない壁があります。

以下のSH-1 のブロックダイアグラムを見ると、人声や楽器のニュアンス再現で、

とても重要な「ビブラートが発音開始より少し遅れて始まる」を容易に再現できる

ように内部結線されているのが分かります。

 

 

LFO自体は1基しかありませんが、振幅周期(RATE)だけでなく、DELAY のファクタが

実装されており、それがVCO にもVCF にもそれぞれのスライダーで加減を調整

しながら、かけられるようになっていて、かつ鍵盤の音階電圧に加味して2基の

エンベロープジェネレータ(ADSR とAR)にも加味でき、それがVCF とVCA に

かかるように出来ています。 

 

YMOブームに乗じて大ヒットした後継機SH-2 ではこのあたりの模倣のための

細やかな仕様が「突飛な音を素早く出せる操作性優先」のために飛んでしまって、

なおかつSH-2 が大ヒットしたため短期間で、SH-1 が製造中止となって行った

流れは今考えても惜しいことでした。

シンプルなパネルデザインながら既存音の模倣と操作性を両立させたバランスの

路線は、これを機に「風変わりな音を飛び道具として使う最低限の機能を操作性

優先で纏めた」方向へ路線転向して行くことになったようでした。

 

今回、そのSH-1 での人声再現のトライで、そのことをますます感じました。

 

まず、MINIBRUTE2 にはLFO が2基もありますが、どちらにもDELAY オプションは

ありません。打鍵と同時に設定したRATE やVCO、VCF などの振幅設定で一定の

ビブラートがかかってしまいます。

そもそも「楽器や既存音の模倣」をアナログシンセに求めなくなった現在、

「ビブラートを模倣する」という発想もないのかもしれません。単に「音の揺れを

作る機能は実装してある」という感じでしょうか。

 

そのことが実は、RACKBRUTE 3U とBehringer 100シリーズの拡張モジュールを

導入することにした直接の動機だったのでした。

サンプル/ホールド回路でのランダム電圧制御とこのDELAY 付LFO は、

MINIBRUTE2 単体で決定的に欠落した機能モジュールだったのでした。

 

私はこのアナログシンセを当時のように、既存音の模倣にも使いたいと考えて

います。リアルな音響の衝撃は生音をサンプリング加工した現代のデジタルシンセ

に負けますが、以前の記事で示した鐘の音の例のように、製造時の音源サンプリング

時点で音色や音長、周波数(や倍音、フォルマント)の時間経過による遷移と消長

などが決まってしまうデジタルサンプリング音源では手の届かない制御が可能で

あることがアナログシンセの真骨頂だと今も私は考えています。

 

「モジュール150」のLFO は、その DELAY オプションがついています。

つまり「単なる無機的脈動」ではなく「ビブラート」のニュアンスを出せるのでした。

 

---

 

以下はSH-1 「人の声(女性)」セッティングを再現した結線です。

 

発音自体はMINIBRUTE2 のVCO1 自体を使うので、「モジュール150 」のLFOは

そのVCO1 の音程とVCF のフィルタの開き具合のみをモディファイするように

考えます。

なので今回はMINIBRUTE2 のパッチベイから、VCO1出力は外に出しません。

 

まず、打鍵タイミングからDELAY 設定で遅れたビブラートが始まるためには

まずLFO にいつ打鍵されたかを伝える必要があります。

MINIBRUTE2 のパッチベイ中、MIDI ポートのGATE 出力を「モジュール

150」のLFO の「TRIGGER」入力に入れます。(赤パッチ配線)

 

「モジュール150」のLFO は正相、逆相の2出力を持っているので、無理に同相

の波形を求めないなら、分岐モジュールの必要もなく、VCO とVCF のそれぞれ

にモディファイをかけるのに好都合です。

 

一つをMINIBRUTE2 のパッチベイ中、VCO1 の「FM 」に戻します。

(黄パッチ配線)

もう一つもMINIBRUTE2 のパッチベイ中、VCF の「FM 」に戻せばよいところ

ですが、そこに戻すと折角、ADSR による音色変化が内部配線されているのを

遮断してしまうので、副次的なモディファイとして(SH-1のダイアグラムと同じ

考えです)、「RM 」に戻して、ADSR による音色変化と同時併用できるように

しました。(青パッチ配線)

 

 

パッチ配線での自由度追求は出来なかったものの、最初からそのパッチを不要と

したSH-1 の「模倣楽器としての完成度」には、逆に改めて唸るものがあります。

 

その一方、逆に今回のトライで、MINIBRUTE2 の仕様にも「米国ウエストコースト

流の実験音楽用の機械ではなく、本機はあくまで楽器である」という思想を感じる

ことが出来ました。

 

当初、「モジュール150」のLFO からの戻りは、ATTENUATOR 2基を経由して、

利き具合を調整する必要があるかな、と考えていました。

例えば、パッチベイ上のVCF の「RM 」に「モジュール150」のLFO からの戻り

を戻すことで、下の写真のVCF の「RM 」への内蔵LFO1 からの内部結線は

カットされるため、「RM 」ダイヤル全体が無効になるのか、と考えていました。

 

ところが実際はRM ツマミの内部配線がカットされるのは内蔵LFO1 からの信号

電圧だけで、加減を調整するATTENUATOR ツマミとしての機能は生きたままに

なるよう設計されていました。

 

無結線の「FM 」ツマミでADSR からのフィルタの効き具合を調整できるのと同様、

「RM 」ツマミで、「モジュール150」のLFO の効き具合を調整できるのでした。

これは嬉しい誤算と驚きでした。

 

 

同様にVCO1 の「FM」ツマミも、「モジュール150」のLFO のモディファイの音程への

効き具合を調整する部分は内部断線されていませんでした。

 

これで、1979年当時に、SH-1 を使って出した人声を完全に再現出来ました。

カセットに残っている音色とほぼ同じです。それを動画にしました。

 

                  

 
VCO1 の「FM 」ツマミで、音程にかかるビブラートが、打鍵より遅れてかかる
振り幅を調整できることを動画にしました。
 
                
 
VCF の「RM 」ツマミで、音色にかかるビブラートが、打鍵より遅れてかかる
振り幅を調整できることを動画にしました。
 
                
 
 
今回、動画を横位置にしてみましたが、やっぱり補完される領域は出るのですね。
いつも縦位置で動画記録して、記事上で左右にボケた補完領域があるので、
横位置にすれば、補完はないのかと思ってやってみましたが、方向が違うだけで
変わりませんね。
 
---
 
創作は少しずつ立ち上がって来ました。
まずは1979年当時のようにメロディとカウンターメロディを仮に打ち込み完了
したので、それらをガイドトラックとして任意の部分のオーケストレーションの厚みを
加えて行くことができます。
最も聞かせどころになる部分のアレンジを先行することにしました。
その出来具合で作業のモチベーションは上がって行けばよいなあと悠長に
考えています。
 
---
 
MINIBRUTE2 を設置しているサブタワーの楽器の入れ替えをしました。
minilogue xdを中段に、JS-5とmicrofreek を最下段に再配置しました。
音色の作り込みと、その上で厳選した16音色をすぐに取り出せるように
設定したminilogue xd はそれほどパネル操作が必要でなく(録音時もMOXF6
の打ち込みデータでMIDI動作)、その一方、JS-5 はリズム隊のデータ選定と
パターン構築に操作頻度が高くなるため、この設置がより集中できると
考えました。

 

 

microfreek は横置きになってしまいましたが、音の作り込みはまだこれからで、

録音で使う時も配線基板レベルの本体鍵盤は使わないので、それほどの不便は

きっとありません。

 

  

JS-5 の操作がそれでも集中し難い時は、膝の上に載せても結線に支障は

ありません。楽曲の基礎となる部分であると再認識したので、限られた空間ながら

JS-5 の操作には、より集中が容易な環境が必要と考えました。

 

  

JS-5 で対応できない完全打ち込みのドラムパターンが必要な場合のTR-505 への

差し替えも容易です。(TR-505 はアナログ音源リズムマシンの再隆盛な現在、逆に

希少価値となった純デジタルサンプリング音源のリズムマシンです。)

 

  

これで集中できないなら、辞めてしまえ、という感じですか。

2019年の春、関東幽閉終了での帰宅後以来、環境変更の都度、そのように

繰り返し記事に記しているものの、結局集中が続いてはいませんが....(^^;)。

 

進行中の創作への方法論にもいろいろ迷うところがあり、いつも就寝前にようやく

異常活性化する頭の状態の中で整理した考えでは、「出来のよいドラムとベース

がバンドの中で、いろいろパターンを叩き出してくれるので、『 難しいことを考えず、

その上にメロディとカウンターメロディを載せて行けば?』 と勧められるのに従う

かのように作業を進めてはどうか。難しいことを考えずに。」という方向に向かい

つつあります。

 

それは結局「旅路の果てに」と同じ方向性と言えるかもしれません。

(URLは直前記事で)

当時は「難しいことを考えずに」というような、イージーで直線的な進捗でその成果

に至ったのではありませんでしたが、今回以降はレール(というか作業テンプレート)

が見えたと考えて、紆余曲折を極力減らして成果に至ろう、ということです。

まあそれを否定的に考えるのではなく、その作風はまぎれもなく「消し難い自身の

作風の個性」と言えるものではあるのでした。

 

 

ご覧いただきありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

(2021/04/01 記)

 

毎年恒例で、年度末に計画有給休暇を2021/03/29(月) - 2021/03/31(水) に

とりました。

 

自宅近辺の桜は、去年の記事を見ると1週間ほどピークが早かったようです。

 

  

1年以上、在宅勤務の配慮を頂いていながら、レジャーで感染するようなお粗末を

ベテラン社員(廃棄前老兵とも言う)がやらかしては、面目が立ちません。

特に肺に長年難病を持っていた過去があり、基礎疾患もそれぞれが境界値にある

私なので、誰とも会わない平日日中を選んで近辺で桜を堪能しました。

 

満開にはあと4日ほど早かったようで、写真映えは去年の記事のほうがあります。

なので、今年は数を絞って掲載しました。

 

  

  

  

  

2021/03/30(木) には万博記念公園にも出向いてみました。

車での移動、陶器市、大道芸などのイベントには近づかず、極力、人口密度の

小さい空間から、自宅周辺より何日か早い平地のピークを堪能しました。

 

軽い散策のつもりだったこともあって、複数のNEXを担ぎ出すこともしなかった

のでしたが、ふとした出発時の気の迷いで、NEX-5にPlanar 50mm/F1.4だけを

つけて出て来てしまったものですから、画角と構図に大きな制約を感じながら

の撮影で、気軽なスナップ撮影には程遠い感じがしました。

 

昔は当然、その程度の手間をかけて1枚1枚撮影していたのですよね。

しかもDPEから戻って来るまで、結果を想像しながら撮影を進めるしかなかった

のでした。

 

道具が進化して便利になり、ヒトはどんどん衰えて行く(あんたは加齢もある)

ということでしょう。

 

  

  

何を参照した反動か、最近、ヤフオクから何度も京セラZeissレンズのお勧めが

来ます。中には思い出深いCONTAX AX に常用装着していたVario-Sonnar 35-135mm

もあったりして、後ろ髪を引かれることも多々ありました。

 

  

ちょっとしたスナップ撮影がまるで絵画のように写るレンズでしたが、それもAX の

「カメラボディの中でカメラボディが動いてマニュアルフォーカスレンズをオート

フォーカス化する」唯一無二の機構があってこそ、使いこなせたものではあった

のでした。

 

そんなにZeiss の写りが懐かしいなら、私、持ってるやんってことで、収納ベッドの

中に眠っていた3本のレンズのうち、この日はPlanar 50mm を持ち出したのでした。

(実はそれらの存在を半ば忘れていました)

 

近辺で撮った、去年と変わり映えしない桜の写りに無意識の不満があったのかも

しれません。それでZeiss らしいと言えば、Tessar やVario-Sonnar より最もそれらしい

正統の写りをするそのレンズを選んだのでしょう。

  

   

  

  

当初は久々の操作にいろいろまごついたのも慣れてきて、人の少ない西側の庭園で

他の被写体もじっくり狙ってみました。

  

 

  

最後に出入口に戻る途中でチューリップ園も、極力、密集を避けて構図の取り方に

難儀しながら撮ってみました。Vario-Sonnar 28-70mm だったら構図の苦労は

軽減されたでしょうが、「Zeissならではの写りを見るにはやはりPlanarがよかった

かも」などと後々きっと思ったでしょう。

  

  

こういう写りを見ると、やっぱり時間と手間をかけて、ピントや露出を追い込む甲斐は

充分あるとも思えました。肉眼でも赤飽和するほどの色彩が、撮って出しの無補正で

再現されているのが、味わい深いです。

  

 

しかし、こういう場面では、マニュアルフォーカスレンズはもたつき過ぎるのでした。

ショッピングモール側にある「竹清」で遅い昼にしました。

TX55で撮りました。


 

やはりマニュアルフォーカスレンズ1本では手が回らない感じです。

でもTX55では物足りないかな。最近、散策時に動画カメラ(DJI社のOsmo Action:

購入当時にGoPro には自撮り側にカラー液晶モニタ搭載の機種が無かった)も

持ち出すようになり、何台も首からぶら下げるのも不格好ではあります。

 

「竹清」は似非製麺系とは次元の違うしっかりした讃岐うどんをいただけますが、

BGM がうるさいのに閉口します。女子中高生が聴くような恋愛もの(らしい)で、

ボーカロイド並に幅広い正確な音程が淀みなく延々続く日記調歌詞(声優さんの

歌ものか)の連続に、途中から何を食べているのか分からなくなってしまいます。

 

極力、天井スピーカから遠い席を毎回選ぶようにしているのですが、今回は

ほぼ貸し切りのような客入り密度に油断したこともあり、後から来たおばはん

軍団の座席先取りに負けてしまいました。

 

「気にしなければいい」「なぜ気になる?」などと良く言われるのですが、頭の中に

ある楽想に隠れた細かいパートもくまなくアレンジに取り込むように半世紀以上

自身に訓練を否応なしに強いて来た成れの果ての(あえて言うならこの表現が

ぴったりと思える)「音サヴァン脳」には、それは無理なことなのでした。

  

こういうシーンでもやっぱりオートフォーカスは必要です。

部分拡大して、露出を追い込んで、などと一瞬の渋滞時にやっていたら、

今の世相では不要な煽り運転被害を自身で呼び込むようなものです。

 

これもTX55で撮りました。

 

 

直前には中国黄砂のピークで、丸い赤い完全な球体だったのが、TX55を取り出して

街灯と重ならない状態に車が徐々に進む1分以内の間に、下が欠けてしまいました。

 

残したい瞬間は本当に刹那の一瞬なのでした。

一期一会は人物写真に限りません。

 

ならば、マニュアルフォーカスの銘品に触手ではなく、質の良いEマウントのオート

フォーカルレンズを物色なのか、それで万人と似たり寄ったりの記録しかできない

結果で満足なのか、出費の甲斐があるのか、両方の特質を追って、Eマウントの

高価なSONY Zeiss のオートフォーカスレンズを考えるのか、それで何を撮るのか、

まさか路傍の花を撮るのにそんな散財を.....?

(60歳で年金を貰えた時代のジジイが退職金を「自分へのご褒美」という感じは

当時履いて捨てるほど居ましたね。....単なるやっかみです。^^;)

 

そんな感じに本来とるに足らない思いはぐるぐる巡ります。

 

創作作業は土日を含めたその5連休、一音も進みませんでした。

寝入りばなにアイデアがいろいろ噴出するのを寝酒で強制終了を避けられない

普段の理不尽感もあって、連休中は夜型生活に戻ろうか、と事前計画していた

ものの、行追加が容易なExcel シートにアイデアの積み上げと整理は進んだ一方、

その作業の後に、制作作業に入る勢いはありませんでした。

 

もう若くない、というのもあり、素材が人生を変える妄想に足るほどに到底思えない

というのもあり、2019年の「旅路の果てに」制作時の立ち上がりの遅さ以上に

入り口での足踏みが続きます。

  

   

今、この現在進行状態に、その「旅路の果てに」感がアリアリなのでした。

その楽想の通り、決してハッピーエンドでない、しかし悲惨な顛末でもない、

その重過ぎる「人生の終焉近く」感....。

 

精進の最初にその最後の顛末を予見出来ていたなら、決してその後半世紀、

沢山の享楽や怠惰への誘惑を排して自身を精進に追い立てた、その動機自体を

全否定されるがごとく、どうにかたどり着いたと信じたその高みから足元に見える、

あまりに地味な情景の貧相さと徒労感を一言で纏めたのが、その「旅路の果てに」

という題名、そして作品に込めたニュアンスだった、と我ながら今にして実感

するのでした。

 

 

ご覧いただきありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

(2021/03/24 記)

  

既に桜の開花も進み、今年の冬は短かったようでしたが、各地で大雪もあった

ように、寒さのピーク時は決して暖冬とは言い難いものがありました。

 

その間はとてもC8+EQ5赤道儀の本格設営をする気になれず、またそれで

大阪平野の光芒を通して見られるものといえば月ぐらいのもので、宇宙に接する

機会から遠ざかっていました。

 

2021/03/23(火)は久々に一日晴れました。

朝型勤務の在宅職務を終えて、15時過ぎに自宅ベランダから眺めてみると

春霞か中国黄砂なのか遠景の見通しはそれほど良くありませんでしたが、

上空に雲一つ無い日は本当に久しぶりでした。

  

  

月が見えました。

 

   

名刺サイズのTX55では、部分トリミングをしない場合、頑張ってもこの程度です。

背景に輝度があるためか、夜間と違って月にピントが容易に当たります。

 

  

夜に雲が出るかもしれませんので、この時点で久々にETX-90鏡筒+微動雲台

+PL40mm+FinepixF31fd のお手軽撮影一式を設営しました。

 

 

無限遠での手動ピント固定が出来ないF31fdですので、コントラストが低いこのような

状況では、なかなかピントの芯が出ません。   

 

  

倍率を変えつつ何枚か試してみて、ようやくまともな仕上がりを得ました。

 

 

空が暗くなって、玄関廊下側に月が回って来るまで、玄関で一式を待機させました。  

 

  

21時過ぎ、ようやく月が西側の空に回って来たので、再び撮影開始しました。

 

  

  

  

最大拡大の像を縦横を整えて、大きめに仕上げました。

 

  

階調、解像感、質感ともに満足の仕上がりです。

月の全景撮影では、これ以上に質感を追求すると、グロテスクな印象になってしまい、

「月が美しいからその印象を遺そう」という動機から外れて行ってしまう気がします。

 

ゼロから形になるものを仕上げる創作と違って、天体撮影は愉しみの範囲での

容易な手間で充分な満足感と癒しを得られる、という意味で健全な趣味と言えます。

 

ライフワークたる創作は足踏みのまま、いつ満足感と癒しに到達するのか分かり

ませんが、ブログ記事公開の間隔もかなりあいており、「特に問題なく健在です」

という一報の意味合いも兼ねて本記事を公開しました。

(人は憐れみを込めて、それを「自意識過剰」と呼ぶ.....。)

 

 

 

ご覧いただきありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

(2021/03/07 記)

 

お手軽月撮影など、他の話題も挟みたいものの、夜に天候が悪い日が続いて

おり、【音出し動画あり】記事ばかりが続いています。

 

カード決済月が変わる2月末を超えるまで発注を棚上げにして、それまでに

RACKBRUTE 3U の空きをブランクプレートのどの大きさを何枚で埋めようかと

と考えていました。

空きは50ネジ穴分残っており、それを1ネジ幅、2ネジ幅、4ネジ幅、8ネジ幅、

42ネジ幅のブランクプレートが手配可能のようです。(納期は別として)

 

「モジュール150」を手配した時には在庫があった8ネジ幅のプレート1枚を

サンプルとして手配しておきました(製品名中の「-8」が何を意味するかも説明

が無かったための実検証の意味合いで)ので、残りは42ネジ幅プレート1枚で

埋まらないことも無いのでしたが、一旦、ブランクプレートで空きを埋めた後に、

モジュールをやはり追加することになると、プレートが無駄になるばかりでなく、

追加モジュールとの幅の差によって、再び空きを埋めるのに、別の細いプレート

の発注も必要になるなど、いろいろ手間がかかるために、機能の充分度を

見極めておきたい想いも今までにはあったのでした。

 

ヤフオクで「モジュール172」を落札して以来、いろいろなお勧めメールが

やって来ます。先に記事でも記していた通り、もうそれほど追加する魅力の

あるモジュールも無いだろうと考えながら、一応その都度見てみましたら....。

 

 

ただミニジャック4つが並列に結線されただけのものが2系統あるだけのモジュール

です。多くの他製品は標準サイズのジャックだったり、他の機能と抱き合わせに

なって高額だったりして、導入を諦めていたというか、ミニジャックでの構成の

単機能製品があることも、この出品を見るまで知りませんでした。

 

今まで追加して来たBehringer の追加モジュールが全部ミニジャック仕様だった

こともあって、標準ジャックの単機能製品には変換プラグが最大8つ必要となり、

それもなかなか不格好かと考えていました。

 

Y字で二股になっているコードでも代用できるか、と諦めていた時期もありましたが、

探して見るとステレオミニプラグの二股コードはあっても、なかなかモノラルミニプラグ

のものはありません。(両者に互換はありません。オーディオ用途では互換がある

場合が多いのですが、きっとホット極とコールド極の位置が違うのでしょう。)

 

pittsburghmodular 社のマルチプル(信号分岐モジュール)です。

メーカサイトを見ると、「Discontinued(生産終了)」とあります。

実に貴重な出品でした。

 

 

4000円なので、落札しました。

同じ出品者様から、並行して標準ジャック仕様のものも同額で出品されていましたが、

貴重度が全然違います。

初めての中古モジュール入手なので、到着後、動作検証して出品者に一報を入れた

後、組み込みました。2ネジ幅のモジュールでした。

 

  

 

電源供給もなし。ただミニジャック4つがハンダ付けされているものが2組あるだけ

のものです。学生時代なら大阪日本橋に出て簡単に自作したレベルのものです。

 

 

しかし、これがあるのと無いので、モジュール結線の自由度は全く違って来ます。

大きくは、今までシリアルにしか繋げなかったモジュール結線の部分ループ化

(モジュール出力を再度その入力に無理繰り繋ぐ)が可能になるのでした。

 

以下はほんの一例ですが...。

 

MINIBRUTE2 単独(外部モジュールへ未結線)での「心地よいリード音」を

まず比較のために動画にしました。

 

                 

 
後発デジタル楽器の台頭により、逆に「全ての既存楽器や音響を模倣する」という
無茶な呪縛から解放され、それ自身が楽器としての立ち位置に専念できるように
なったアナログシンセの音は、楽器として充分魅力的で美しいと感じます。
(しかもフォルマント、周波数成分、音の出方、胴鳴り成分、全てを好みに
チューニングできる楽器と見立てることができます。)
 
このMINIBRUTE2 のパネル設定状態のまま、以下を追加します。
 
パッチベイ上のVCO の矩形波出力から、導入したばかりの信号分岐モジュール
の1番目の系統の1つに入れます。(赤パッチ線)
そこから2分岐の形で1つを「モジュール172」のオーディオ・ディレイの入力に
入れ(白短パッチ線)、出力を信号分岐モジュールの2番目の系統の1つに
入れます。(右側の白短パッチ線)
 
そこから2分岐の形で、1つはATTENUATOR1 の入力に入れ(橙パッチ線)、
ATTENUATOR1 の出力(ダイヤルで分量調整可)は、1系統めの信号分岐に
戻します。(左下からの青パッチ線)
 
このことでATTENUATOR1 のダイヤルで調整可能な信号電圧の戻りが、
系統1の分岐から再び「モジュール172」のオーディオ・ディレイ入力に
還流します。つまり元信号の一部を「モジュール172」のオーディオ・ディレイ
に無理繰りループさせ、ハウリングが酷くならない範囲で、ATTENUATOR1
を調整する配線が出来上がります。
 
MINIBRUTE2 のパッチベイのExt には、信号分岐モジュールの2系統めで
2分岐した上述ループに還流しなかった側の線を使って信号が戻ります。
(黄パッチ線)
 
オーディオ・ディレイの変調は内蔵LFOではなく、先の記事で少し触れた内容
に沿って、MINIBRUTE2 のADSR を使って時系列で変調量が変化するように、
ADSR のOUT からオーディオ・ディレイ のEXT IN につなぎました。
(右側の青パッチ線)
ADSR は打鍵でGATE信号を受け取るよう内部配線されているので、ADSR の
IN には何も繋ぎません。
 
 
 
おさらいしますと、MINIBUTE2 の矩形波出力を「モジュール172」のオーディオ・ディレイ
に入れ、その出力の一部をATTENUATOR1 ダイヤルでハウリングしない範囲で調整
しながらループ還流させ、その結果をMINIBUTE2 のExt に戻しました。
 
デジタル論理回路の結線とは違い、所詮電圧の押し合いが分岐で発生し、
ATTENUATOR1 での増減量、各出力の押し合いによっては、その瞬間、意図した
流れ以外の逆流でバランスしてしまうこともあるので、全ての信号電圧が上述の
通り整然と流れている訳ではありません。
きっとそれは予想外の暴れ馬状態を作ることでしょう。
 
ギターアンプの前にギターピックアップを近づけてハウリング成分を加味させる
のに近い狙いであり、MINIBRUTE2 にもヘッドホンアンプ出力を外部オーディオ
入力に無理繰り還流(比較的知られた荒技の定番です)させる分量を調整する
AMP セクションの「Brute Factor」ダイアルも最初から実装されていますが、
そちらは発想としては如何にも粗く安易で、今回の効果とは音響も違います。
 
当初は、正直のところ、以前記事で触れた通り、それでマルチタップエコーの
ような効果が得られないか、と思って漠然と結線を進めたのでした。
 
ところが、実際に出て来た音は、オーディオ・ディレイに還流してループ発振する
歪みで、荒々しく制御不能ギリギリ感満載のオーバードライブ系のリード音と
なりました。ADSR による変調で時間経過とともに暴力的な歪みが深くなるのも
味わい深いです。
  
                 
 
あまりに期待以上の効果に満足だったのか、最後の打鍵から指を離す得意げの
あまり、キーの物理音がガチャッと鳴るほど超イキッてるのが隠せませんね。
(やや恥#^^#)。
 
MINIBRUTE2 から出力させた後、D16 のオーバードライブ系のエフェクトを使って、
単音をここまで歪ませる(和音だと比較的簡単に歪む。平均律の恩恵とも言える)と、
D16 が24Bit内部デジタル処理であっても、背景ノイズも結構目立って来ます。
ノイズまでノイジーになって楽音にからむ感じなのでした。
この結線ではそれがありません。背景はクリアなままです。
 

ただミニジャック4つがハンダ付けされているものが2組あるだけの、電源供給

不要なモジュールが、実に恐るべしです。

 
ブランクプレートでRACKBRUTE 3U の空きを埋める前に、ファズ系の
ディストーションモジュールがやはり欲しいかな、と迷っているところが
ありましたが、もうこれでいいかな、とも思えます。
 
単なるファズ/ディストーションの代用ではなく、ADSR の制御下で、打鍵ごとに
そのキーONから時系列経過で歪み変調が遷移する電圧制御が出来る、かつて
無かったエフェクトと言えます。
 
さて、創作に戻りますか.....。
(そちらは進捗もなく、自身には題材の新鮮味もないのでまるで苦行の如し)

 

 

ご覧いただきありがとうございます。