母の病室で感じたこと──酸素チューブと家族の時間
今日、母の病室に入ると、鼻には酸素チューブ、そして点滴が増えていた。 その姿を見た瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
病室には妹がいて、私は思わず 「いつもありがとね」 と声をかけた。 気づけば家族が勢ぞろいしていて、 “いよいよ、その時が近いのかな” そんな思いが頭をよぎった。
スタッフさんから聞いた、母の“意外な一面”
スタッフの方が来て、母の状況を丁寧に説明してくれた。
母は「食事は食べれない」と言っていたので、 私はてっきり全く食べられない状態だと思っていた。 ところが、朝食は半分ほど食べたという。
驚きと同時に、 目の前の姿だけでは分からないことが本当に多いと感じた。 鼻にチューブをつけ、点滴につながれ、 ただ横になっている母を見ているだけでは 身体の中で何が起きているのか分からない。
確実に弱っているけれど、呼吸は少し楽そうに見えた
母は確実に弱っている。 呼吸は苦しそうだが、酸素のおかげで 昨日よりは幾分マシに見えた。
その“わずかな変化”に気づけるのは、 毎日見守っている家族だからこそだと思う。
「もう帰りゃ」──短い言葉に込められた思い
母は最後に 「もう帰りゃ」 と言った。
話すこと自体が疲れるのだろう。 それでも、来てくれたことを嬉しく思っている気配が その短い言葉の奥に感じられた。
弱っているとき、人は多くを語れない。 だからこそ、その一言が胸に残る。
今日の気づき
家族がそろい、医療処置が増え、呼吸が苦しそう。 そんな状況が重なると、どうしても「その時」が頭をよぎる。
けれど、 朝食を半分食べたという事実、 呼吸が少し楽そうに見えたこと、 その一つひとつが、母の“いま”を教えてくれる。
今日も母は確かに生きている。 その時間を、家族でそっと支えている。
