柔道を25歳までやったが、それ以後はろくに身体も動かさず錆びついていた。
子供の成長に反し私の身体は錆びついていく、想像するとぞっとした。
とりあえず、外へ出て歩くことにした。
しかし、ただ歩くだけというのは退屈なので野山を散策するようになった。
この私の変化は、子供にとっても家族にとってもよかったのだと思う。
休みのたびに近くの山に遊びに行っては、季節の移り変わりを感じることができた。
長男が保育園へ上がる頃には私の身体の錆もずいぶん落ちたようたようだった。
そして、長男に一輪車を教えようと思い立ち、コツコツと一輪車にチャレンジすることができた。
そのころになると散策で遊びに行っていた山はトレーニングの場になっていた。
というのも、2000年の初めころは身体操作のナンバ歩きが大ブレークしていたのだ。
「不安定が強い」というフレーズは、とても衝撃的だった。
古武術研究家の甲野善紀先生が履いていた一本場の下駄も履いてみたし、
山の小道は足元が不規則なので不安定な場としてはもってこいなのだと思った。
そして、シューズはソールの薄いものを探して履くようになった。
というのも、ソールの厚いシューズでは先の尖った小石の上に体重をかけても難なく安定してしまう。
そのうち、サンダル履きで山の小道を散策したり走るようになった。
山登りで完全武装した年配の方々にすれ違うと「お兄ちゃん、元気だね。気を付けてね!」とよく言われた。足元が不安定な山の小道でのサンダル履きは、どうも変わり者にみられたようだ。
ソールの薄いシューズを探しているとマリンシューズを見つけた。
先の尖った石の上に不用意に体重をかけようものなら痛い、痛い。
一歩、一歩をいい加減にするわけにもいかず、いいトレーニングになった。
そのほか、ビニールバレーシューズがお気に入りだ。
2004年の秋、身体の硬かった私は開脚幅をもっと柔軟にしようとストレッチングを行った。そしてその際に右脚を壊した。今でこそストレッチングの有害性 があたりまえだが、そのころの私は柔軟性=ストレッチングを信じていた。壊れた右脚は末梢神経麻痺と呼ばれ、運動神経が麻痺し、つま先、足首がぶら下がった状態だった。
もう、歩いたり、走ったりできなるなるのではないかと不安に襲われたが、1年後、映画のようなドラマティックな復活をとげることができた。このとき、身体を回復させる原動力となったのが、ゆっくり走ることだった。
その後、現在指導しているゆっくり走る動作(ゆっくり走り)となった。これは、骨盤おこしで身体が目覚める(春秋社)でも紹介したが、リハビリ、骨格構造を立て直す方法として行っている。
私はリハビリを指導するために必要な最低限の解剖学知識と解剖学的実感を備えておくため、ゆっくり走る動作などの構造動作トレーニングは欠かさない。しかし、身体という無限の構造物には未だわからないことが多すぎる。まぁ、仕事と生活と趣味が一緒のようなものなので楽しいというのが救いである。
BORN TO RUNに登場するメキシコのタラウマラ族は、走らなければならない環境にいる。
私たちは、わざわざ走る。
この違いは、大きく、当然、質も異なるだろう。
仮にプロのランナーのような走ることを仕事にしていたとしてもタラウマラ族の彼らとは環境が違う。
プロのランナーはゲームの中で人と競う、一流になると自分との闘い、ファンのために闘う。
タラウマラ族は仲間と共同し自然の恵みを得る。
狩りに出て獲物を仕留めなければ食べることができない、獲物を見失うわけにはいかない、そのための走力が必要。
当然プロのランナーも家族を養わなければいけないので賞金を獲得するのだが、タラウマラ族の彼らの相手はライバル、自分、ファンのどれでもなく大自然なのだ。
それがどういうことなのか、私には見当もつかないが、「走る」ということの意味がそもそも違うのだろう。おそらく、この走りの質は陸上のトラック競技よりはサバイバルで相当の強さを発揮するのだろう。
彼らにフォアフットがいいのか踵接地がいいのか聞いたところで、「そんなお遊びには付き合ってられねーよ。」、と言われそうだが...。結局、彼らの「走り」は環境に適応した結果ということなのだろう。
でも、世界の先進国ではその「走り」がスポーツや趣味や健康などのビックビジネスになっているわけで、タラウマラ族の彼らが注目を集めるのも当然なのかもしれない。
BORN TO RUNは、単なる走り方の実用本ではない。
タラウマラ族の走りの秘密には「生命の神秘」「生きる」ということを想像させられた。
人間という生命の無限の可能性、生命力溢れるタラウマラ族の生活。
タラウマラ族は生きているのである。
あたりまえなのだけれども、私なんかは自分が何のために生まれてきて生きているのか実感がない。
実感がないというよりも、薄すぎるのかもしれない。
特にアメリカのような先進国では複雑な社会問題の渦の中にあって、彼らのシンプルで純粋な生きる姿勢が眩しく感じたのかもしれない。
20万人の走りを変えたと帯に書いてあったが、それらの背景を含めて高性能シューズを脱ぎ捨てたのではないかと想像している。
私の場合は、「生命の神秘」という点で中盤以降引き込まれたのかもしれない。
私は2004年に足を壊して運動神経が麻痺し運動機能が断たれた。一年後、映画のようなドラマティックな復活をとげるのだが、その過程で、私は生命の闇のようなものを経験している。痛みは生体防御反応としての危険を察知し信号を送る。運動神経が何かしら阻害され運動機能が断たれたとしても、そのことで痛みはない。神経が断たれるということは「無」といえる。つまり、脚がプランプランで何も感じないのだ。ところが、夜中になると感覚神経による異常感覚が襲ってくる。まるで大きな斧で右脚を切り裂かれるかのような信じられないような激痛、足の裏が10倍にも腫れ上がったかのような鈍痛、1次痛と2次痛が入りまじり夜な夜な何度も悲鳴をあげた。夜が開けて朝を向かえるころには精神的に疲れ切っていた。それは、「無」になってもなお闇の中で「右脚はここだ、右脚はここだ」と異常感覚で右脚の輪郭を描いて身体が訴えているようだった。夜中は横になると異常感覚に襲われるので、電気をつけて腰掛けるか、足首を背屈に固定して立っていると楽だった。リハビリは、何も感じなかったができるだけ地に足をつけることにした。立つことに慣れてきたら一歩一歩、かなり時間がかかるが歩く練習をした。そのころから、少しづつ足の感覚が戻ってきた。次に、走ること。歩いている人にどんどん抜かれるスピードだったがこれまでにない復活の手ごたえがあり毎日続けた。これが、現在指導しているゆっくり走る動作のはじまりだった。
結局、足を失ったことに絶望して動くことをやめてしまうと、身体は異常感覚として暗闇の中から信号を出し続けた。それは、何も無い右脚の中で再生を始めている神経の存在を知らしめるかのように導かれ私は動くことにした。このことと、BORN TO RUNとどのように関連性があるのか上手く表現できないが簡単にいうと「生命の神秘」なのだ。
そんな自身の経験があり、私は走ることは重要だと考えている。
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