新たなる仕事への挑戦 | 55歳過ぎてもアメリカでIT企業のエンジニア・PMとして挑戦します

55歳過ぎてもアメリカでIT企業のエンジニア・PMとして挑戦します

一昔前なら定年を意識する年齢ですが、家族で夢をかなえるために2019年4月に渡米、現地のIT企業のソフトウェア開発部門のエンジニア・PM(プログラムマネージャー)として挑戦しています。

渡米して今の職場に就いて4年半

今また ちょっとした転機を迎えています。

それは、エンジニアリングの仕事だけではなく、本格的にプログラムマネージャーとして担当製品を受け持つ、ということですSurprise

私の現在の仕事上の肩書は、「シニア プログラムマネージャー」という仰々しいものですが_

実際にはこれは組織の都合上、そのようになっているだけであって(経緯はこちら

現実の業務はエンジニアリングでした。

チーム自体はプロダクションを担当するチーム(つまり製品のリリース管理コスト管理プランニングなどを行うチーム)なので、肩書は全員一律して「プログラムマネージャー」なのですが、

私ともう一人の同僚だけは、チームの中のプログラムマネージャーたちをサポートするためのエンジニアをやってきました。

この体制は、私ともう一人の同僚の特性(PMスキルよりも、エンジニアリングスキルに偏っている)を見抜いてそれを有益に活用しようとしたマネージャーの戦略によるものだったわけですが、

それはそれで客観的に見ても機能しており、もちろん私もそれでハッピーだったのですが、

うちの部門の製品・サービスは増える一方ガーン

もはやこれ以上 今の体制(10人は担当製品を持つ本当のPMで、私ともう一人の同僚の2人はその10人をテクニカルな視点からサポートするエンジニア)を維持することは不可能な状況になり、

ついに、私ともう一人の同僚も 担当製品を持つ ことになったのでしたSurprise


最初にこの話を聞いた時の私の感情は「OMG...」という感じでした_

なぜなら、アメリカ本社でのプログラムマネージャーというのは、「喋ってなんぼ」の世界であり、

英語で論破しなければいけない状況が少なからずあると言われています。ガーン

それは、私の苦手とする分野ですOMGガーン


しかしよく考えると、これは絶好のチャンスであるとも言えると思います。

理由の一つは、英語のコミュニケーション力を今以上に押し上げる絶好の機会になる、ということです。

当然最初は苦労するでしょうし、失敗もすると思います。

失敗を取り返すために夜を徹することもあるかも知れません。

しかし、スキルの底上げというのは、そういう挑戦や失敗から学んでそれを補う努力を重ねることによって、形になっていくものだと 私はこの50年程で学びました。

なのでこれは、英語力、英語での交渉力を磨くという意味ではこれ以上ないチャンスではないかと思います。


もう一つの理由は、将来のキャリアパスにつながる ということです。

未来永劫今のチームが今の体制のまま続くことはないと思われますがOMG

今のチームの未来の姿に対応していくためにも、また別のチームや会社に転職しなければならない状況になってしまったとしても、

エンジニアリングだけに偏った、しかもエンジニアリングの中でも得意分野の偏った人は 当然不利になっていくと思われます。

しかし、エンジニアリングもそこそこできて経験が十分にあり、さらにプログラムマネージャーとしても現役でやっている、というオールラウンダーなのであれば、将来の選択肢がかなり広がると考えられます。



・・これを書いていて、一つ思い出した元同僚のエピソードがあります。

15年くらい前、私が一度目の渡米でこちらでエンジニアとして働いていた頃、

同じチームで、やはりエンジニアとして働いていたスペイン出身の同僚がいました。

彼女はエンジニアとしての才能にあふれ、傍から見てもエンジニアの仕事を楽しんでいるように見えました。

しかしある日突然、彼女はプログラムマネージャーになります、というアナウンスが出されましたSurprise

なお、当時は会社もチームも潤っており、エンジニアもプログラムマネージャーも沢山の選択肢がある時代でした。

私はとても驚いて、個人的に彼女に「I'm actually surprised because I thought you were enjoying doing engineering works so couldn't guess that you would change your title as a PM! (あなたはエンジニアとしての仕事を楽しんでいると思っていたので、まさかプログラムマネージャーになるとは思ってなくて、とても驚きましたよ」と振ったのですが、

彼女は「確かに、私はエンジニアとしての仕事を楽しんでいたし、やめたくなったわけでもないんだけれど、色々やってみようと思ってニコニコ」と言っていました。

そしてその約1年後、彼女はエンジニアとプログラムマネージャーが混在するチームのチームマネージャー(課長クラスになりましたSurprise

さらに今では、マネージャーのマネージャー、部長クラスになっています。

・・なるほど彼女は、将来を見据えて、偏った経験で進路を狭めないように、あえてプログラムマネージャーに挑戦して、より大きなステップへの足掛かりとしていたのですね。



私は将来チームマネージャーになる意思はゼロですが_、それでも将来を見据えて(そもそも今のチームが1年後存続しているかどうか分からないですからね。。)この新たなる挑戦にかけてみたいと思います。