本社の空きポジションに対して5回ほど応募する | 55歳過ぎてもアメリカでIT企業のエンジニア・PMとして挑戦します

55歳過ぎてもアメリカでIT企業のエンジニア・PMとして挑戦します

一昔前なら定年を意識する年齢ですが、家族で夢をかなえるために2019年4月に渡米、現地のIT企業のソフトウェア開発部門のエンジニア・PM(プログラムマネージャー)として挑戦しています。

次のキャリアステップを模索する中で、2013年くらいからずっと、本社の開発チームのエンジニア・PM職は探していました。
そして4~5回くらいだと思います、本社で募集していたポジションに対して応募しました。


ところが、それは簡単ではありませんでした。

以前、15年くらい前に本社に応募した時(その時の記事はこちら)とは面接試験の形態が変わっていました。

最近では、開発チームに入りたい場合は、まず正規の面接試験を行う前に テクニカルスキルを測るための試験が行われ、それをパスできなければ足切りになってしまうという流れになっていました。

もっとも 15年くらい前の時も、複数回行われた面接試験の中のひとつが、ほぼ技術スキルを測る試験でしたので、単に順番と判定回数が変わっただけで、本質的には変わっていないと言えるかも知れません。

技術試験の内容を語ることはもちろんできませんので控えますが、問題は簡単ではありませんでした。

2015年くらいにエンジニアのポジションに応募した時も、最初の技術スキルチェックで引っかかってしまいました。
コーディングスキルと英語のスキルを磨いて出直してこい」という意味合いのことを最後に言われました。

正直、さすがにその時は、もう一度本社のエンジニアを目指そうという心が折れそうになりました。(というかその時は折れました


それでも有難かったのは、以前本社で働いていた時に同じ部署で働いていた元同僚の方たちが、エンジニアやPMの空きポジションができると私にそれに応募してみないかと声をかけてくれたということでした。

もちろん採用に関する決定権のある人が、引き抜き的な意味合いで声をかける・・というようなことでは全くなく、純粋に勧めてくれたということです。


そして最も大きかったのは、うちの奥さんの存在です。
ホームステイをしながらアメリカ留学をしていたこともある彼女は、結婚前からアメリカで暮らすことを望んでいました。

私が国内の別の仕事の話をしても、あまり興味を示してはくれませんでしたが、本社の空きポジションの話をすると明らかに目の色が変わるのがわかりました。

思えば うちの奥さんは、私の両親を除けば、私の人生の中で最も支えてくれた、助けてくれた、沢山の幸せをくれた人ですから、私にできる最大限のことを彼女にはしてあげたいとずっと思ってきました。

そして彼女のためにできる最大限のこととは、アメリカに一緒に移住することであるという結論に達しました。

ほんのわずかでも、彼女に「この人と結婚してよかった」と思ってもらいたいという、平凡に聞こえるかも知れませんが実際にはとても難しい思いを実現したかった・・そのことも、モチベーションを維持することに繋がっていました。

彼女がいなければ、間違いなく今回の話は実現していませんでした。
おそらく2、3回受けてダメだったあたりであきらめていたと思います。(今回の応募は、数え間違えていなければ5回目です)


ただし、「うちの奥さんを幸せにしたいから」という気持ちだけでは通らない、ということも学習しました。

実は、最初の4回の応募の時はほとんどが、もちろん素晴らしい仕事だと思いましたしやってみたいという気持ちもありましたが、それは実は第二の理由であり、応募した最大の理由は奥さんを幸せにしたかったからでした。

しかし、今回の応募(5回目)の時は違っていました。
もちろん、奥さんを幸せにしたいという気持ちは持ち続けているものの、最初にそのJob description(仕事の内容)を読んだときに、「こういう仕事がしたかったんだ!」というような、自分の中の閃きのようなものが出てきました。

もうやってみたくてやってみたくてたまらない、そういう気持ちになりました。

・・その5回目の応募がどうだったのかは次の記事で書きたいと思いますが、とりあえず感じたことは、「どうしてもその仕事をやりたい!」という強い意志こそが、最後の決め手になり得るのだろうなということでした。