国債残高900兆突破記念--2:自分の立ち位置を知っておくこと
若干の補足を追加したので、どうも3回(予定)になりそうです。
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前回 の続き。
さて、b)に行きましょう。
b)「債務総額だけ出すのはおかしい、純債務で考えるべきだ」
純資産という人もいるかもしれません。まあ、以下の議論と似たような展開になるのでここでは触れません。
純債務とは債務と債権の差ですが、我が国(以降、政府。地方自治体も含む)の債務はざっくり言うと国債です。だから900兆です。政府の債権はざっくり米国債でしょう。まあ、これがいくらなのかわかりませんが、いずれにしても円ベースの固定金額ではありません。一方、債務は円ベースです。つまり為替リスクを負っています。しかもその債権残高はやたら大きいので、市場で売ると相場が崩れて為替リスクをもろにかぶります。(ついでに世界経済も巻き込みます。)
つまり、「まともには」売るに売れないのです。現金化できない以上、他で手当てしない限り資金はショートします。どこかの小国ならともかく、日本政府の債権は市場に対して大きすぎるのです。むかし、どっかのアホ証券がつくった「1兆円ファンド」に似ています。(あのファンド買って利益が出たのは居ないのでは、多分。)市場に対して大きすぎる資金は市場そのものを潰す量と意志がない限り、鈍重すぎます。(ついでに言えば、強行して売ろうとすれば、自称「自由市場の守護者」が適当な名目で実力行使する可能性もないとは言いません。)
で、資金がショートすると前回の話に行き着きます。
「社会保障基金がある。」という人もいるかもしれませんね。別記事 で書きましたが私の中ではあれはもう「無いもの」扱いです。現金化できない債権はこの場合意味を持ちません。今は純粋に通貨が必要なのです。(ウルトラCで社会保障基金を担保に日銀に紙幣を刷らせる手はあると思いますが、解決策ではなくただの時間稼ぎです。出口戦略を決めずに手を突っ込むと大やけどします。)
アホな人は資産とか言い出すかもしれませんが、皇居とか東名高速を何処に売ろうというのでしょうか?文字通りの売国ですか?理解に苦しみます。
まとめ
4)現金化できない債権では資金ショートは防げません。
5)政府の債権は市場に対して大きすぎるので、まともに現金化はできません。
で、a)。
a)「家計と比較するのは間違えている」
普通の人に説明するのにまさか、簿記をそのまま使うわけにも行かないでしょう。(それに企業会計と国家を同一視するのもおかしいし。)であれば、わかりやすい家計を比喩として使うのは無理がないと思います。無論、比喩である以上、歪みもあれば不正確なところもある。結論そのものがおかしいのであれば、また別のたとえで指摘すれば良いだけのこと。まあ、この文章で家計を比喩として使うことはないのですが、この手の解説にありがちな批難なので一応触れておきました。
まあ、この問題の根本は信用問題だから純粋な収支問題である家計よりも良いたとえはあると思うのだけれど。どっかに良いたとえがあれば、教えてください。
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前回 の続き。
さて、b)に行きましょう。
b)「債務総額だけ出すのはおかしい、純債務で考えるべきだ」
純資産という人もいるかもしれません。まあ、以下の議論と似たような展開になるのでここでは触れません。
純債務とは債務と債権の差ですが、我が国(以降、政府。地方自治体も含む)の債務はざっくり言うと国債です。だから900兆です。政府の債権はざっくり米国債でしょう。まあ、これがいくらなのかわかりませんが、いずれにしても円ベースの固定金額ではありません。一方、債務は円ベースです。つまり為替リスクを負っています。しかもその債権残高はやたら大きいので、市場で売ると相場が崩れて為替リスクをもろにかぶります。(ついでに世界経済も巻き込みます。)
つまり、「まともには」売るに売れないのです。現金化できない以上、他で手当てしない限り資金はショートします。どこかの小国ならともかく、日本政府の債権は市場に対して大きすぎるのです。むかし、どっかのアホ証券がつくった「1兆円ファンド」に似ています。(あのファンド買って利益が出たのは居ないのでは、多分。)市場に対して大きすぎる資金は市場そのものを潰す量と意志がない限り、鈍重すぎます。(ついでに言えば、強行して売ろうとすれば、自称「自由市場の守護者」が適当な名目で実力行使する可能性もないとは言いません。)
で、資金がショートすると前回の話に行き着きます。
「社会保障基金がある。」という人もいるかもしれませんね。別記事 で書きましたが私の中ではあれはもう「無いもの」扱いです。現金化できない債権はこの場合意味を持ちません。今は純粋に通貨が必要なのです。(ウルトラCで社会保障基金を担保に日銀に紙幣を刷らせる手はあると思いますが、解決策ではなくただの時間稼ぎです。出口戦略を決めずに手を突っ込むと大やけどします。)
アホな人は資産とか言い出すかもしれませんが、皇居とか東名高速を何処に売ろうというのでしょうか?文字通りの売国ですか?理解に苦しみます。
まとめ
4)現金化できない債権では資金ショートは防げません。
5)政府の債権は市場に対して大きすぎるので、まともに現金化はできません。
で、a)。
a)「家計と比較するのは間違えている」
普通の人に説明するのにまさか、簿記をそのまま使うわけにも行かないでしょう。(それに企業会計と国家を同一視するのもおかしいし。)であれば、わかりやすい家計を比喩として使うのは無理がないと思います。無論、比喩である以上、歪みもあれば不正確なところもある。結論そのものがおかしいのであれば、また別のたとえで指摘すれば良いだけのこと。まあ、この文章で家計を比喩として使うことはないのですが、この手の解説にありがちな批難なので一応触れておきました。
まあ、この問題の根本は信用問題だから純粋な収支問題である家計よりも良いたとえはあると思うのだけれど。どっかに良いたとえがあれば、教えてください。
国債残高900兆突破記念--1:自分の身を守るために知っておくべきこと
タイトルはこの文章(未発表)を書いたときのものです(2010.8.11)。最近では(たぶん定義を変えて)きりのいい「借金1000兆!」とどっかの格付け会社と一緒になってあおっている(どっかの官庁の提灯記事)メディアに惑わされないようにこの文章をあげておきます。なお使用している数値は執筆当時のものです。長いので2回(予定)にしようかと。
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国債残高900兆突破記念
さて、こうなってくると大丈夫だぁとか、もうすぐ国家が潰れるぞぉとかいろいろな人が、金儲けやら義侠心やらで色々言っていますね。
かく言うこのブログでもここら辺り で「大丈夫?まずいんじゃ」みたいな話はしてきました。
まず、無限に国債を積み上げることは可能か?という問いです。
当然誰も実行したことはないので明確にYesといえる事はあり得ないのですが、そう思っている方はここ をお読みください(過去記事です)。そして税金0の社会に向けた主張を是非お願いします。正しいのなら「永遠に税金0の世界」がやってきます。夢みたいですね。以降を読む必要はありません。
No、という方は以下をご覧ください。
さて、であれば国債残高には上限値(固定値とは限らない)があり、それを下回っている限り「だいたい大丈夫」といえるのですが、問題は「それがどこか?」ということです。あいにくそれに対する定説はないのですが、(おそらく。もしあればこんなに議論にならないと思う。)個人的には経験的(というか歴史的)にGDP比200%あたりであろうと思っています(過去記事 参照。中ほど下、緑字のあたり)。
こういった記事について、
a)「家計と比較するのは間違えている」とか、
b)「債務総額だけ出すのはおかしい、純債務で考えるべきだ」とか
c)「国へ国民が貸しているのだから問題ない」とか
まあ、いろいろ反論はあろうかと思います。
別に私は専門家でもないのですが、なぜか専門家は(差し障りがあるのか)ちょっと勉強すればわかる程度の反論もしません。寡聞にして私が知らないだけなのか、象牙の塔にいるのか、[Pi---]費でももらっているかは知りませんが。(今はインターネットがあるので発表自体の敷居は低いと思うのですが。)
さて、「大事なことは何か」という大前提からお話ししましょう。
これがずれていると、変な議論に巻きこまれますから。
「大事なこと」は国民の活動によって国富が増大することです。(絶対的にも相対的にも)
ここでいう「国富」には単に経済学では数値化されない、「環境」、「治安」、「教育」などが広義に含まれると個人的には思いますが、ここで数値化するのは狭義にとって経済学の範疇内にとどめます。単純で割と使用されている数値で言えばGDPです。
つまり、ここでの「大事なこと」は「国民の活動によってGDPが増大すること」です。さてGDPの物差しですが、通貨は通常時は良いのですが、経済破綻を取り扱うときに不便な存在(経済破綻すると名目GDPは著しく増える)なので購買力平価で考えます。これは一貫していればあまり問題ありません。(お好みならビックマック指数でも使うとよろしい。)卑近で喩えれば、今年の新人の「給料で買えるもの」は、10年後の新人の「給料で買えて、ちょっと余る」場合、国富が増大したとします。(例は平均または分配の話も含むので少しずれていますが。)
大前提は以上です。
ではc)から潰していきましょう。
日本の個人金融資産は1400兆(2001 by 日本銀行)です。国債地方債の残高は900兆。
株式時価総額は
http://d.hatena.ne.jp/satohhide/20091121/1258801064
によれば2009.11.20の時点で278兆円。
社債残高は
http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPJAPAN-36446520090212
によれば2009.02辺りで55兆円ていど。CPが15兆円
CDS市場規模は
http://www.nli-research.co.jp/report/pension_strategy/2005/vol105/str0503d.pdf
によれば2004時点で300億ドルていど。
しかしこれはリーマンショックでもう実質的に破綻してほとんど機能していないと思います。
すると国債に取り込まれてもいず、リスクマネーでもない金融資産の残高は、
1400-(900+300+55+15)=130
で130兆円です。
まさか残りが100%国債になるとも思えませんから、100兆円が国債に変わる(かなり楽観的で乱暴な見積もりです。)と仮定します。今年発行の国債が補正予算前で44兆。このうち借り換え(まあ、要するに利子だけ払って先送り)を10兆と見積もりましょう。(サラ金の自転車操業と一緒で、この金額はあっという間にふくれあがりそうですが。)そうすると、補正予算前で34兆ほど国債残高がふくらむことになります。この20年ほど国債を発行せずに補正予算を組まなかった事はないので、そうなることは期待しがたいのですが、来年度から34兆ずつ国債残高がふくらむとすると、3年でおしまいです。(ちなみに34兆は今の税収と似たようなもんです)(過去記事で10年くらい余裕はありそうと思っていましたが、どうもそんな余裕はなさそうです。)
以降、国債は海外に買ってもらうしかありませんが、(買ってくれないと信用不安が起きる)周りを見れば今のところ中国くらいしか買ってくれるところはありません。それに多分こんなに安い金利で買ってはくれないでしょう。(買ってくれたらさらにやばい。)というわけで、「国へ国民が貸しているのだから問題ない」と主張する人の意見は「国へ国民が貸しているのだから(今年は)問題ない」ぐらいに読み替えておいた方が無難です。基本的に「将来の世代への責任」とか「永続性」とかそんなものはみじんも考えていないようです。
無論、個人金融資産の総額が年34兆以上のペースで増大すれば、この話はなかったことになりますが、金融資産のほとんどが実質国債で運用(銀行預金は企業融資か国債に化けていますから)していること、今の経済環境、新しい産業が育つには10年以上かかることから、残念ながらまずはあり得ない話になります。
もちろん別の手段もあります。
要するに資金がショートしなければいいのですから、(過去記事で何度か書いたように)日銀が日本銀行券を刷れば、紙とインクが1万円札になります。これで国債を消化することは可能です。(だいたい原価20円くらいらしいので1万円札を1枚刷ると9980円ほど儲かります。)
しかし、今の通貨は「信用」という一種の幻想の上に存在しています。「信用」がなくなれば何が起きても不思議ではありません。その場合、国富はいっぺんに吹き飛んでしまうかもしれません。そもそも国富を増やすために国債を発行するのにこれでは本末転倒です。(少なくとも建前上、政府予算は国富の維持拡大に使用されるはずです。)
もう一つ別の手段もあります。
預金封鎖です。(戦前の政府は一度これをやりました。)201x年●月×日、貴方の預金はどこからもおろせません。貴方の勤めている会社があなたに給料を払うための口座預金もおろせません。(当然給料は払えません。)銀行の決済機能も一時停止するでしょう。その間は企業間取引もできません。金融パニックです。で、一定額以上の預金口座から政府が預金を抜き取ります。(今のところ法的根拠はありません。)まあ、要するに国家による銀行強盗と考えればよろしい。
あいにくこの場合、通常の預金保証が付くかどうか分かりません、非常事態ですから。(当然銀行は免責)今のグローバルな経済活動下でこれをやったら、どうなるか見当も付きません。「(広義の)国富が吹き飛ぶ」と言う意味ではこちらの方がやばい気もします。
さてここまでのまとめです。
1)資金がショートしなければ国債は消化できる。逆に言えばショートすると信用不安が起きる(可能性がある)。
2)個人金融資産が著しく増大しない限り、国内の資金はあと数年でショートする。
3)ショートを回避するため、日本銀行券を刷っても、預金封鎖をしても本当に「大事なこと」は著しく毀損する。
補足:
海外に買ってもらうなら、今の金利はあり得ないのであっという間に自転車操業。つまりはただの先送りにしかならない。そしてそういう場合、えてして傷は大きくなる。
長くなりましたので明日はbからで。
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国債残高900兆突破記念
さて、こうなってくると大丈夫だぁとか、もうすぐ国家が潰れるぞぉとかいろいろな人が、金儲けやら義侠心やらで色々言っていますね。
かく言うこのブログでもここら辺り で「大丈夫?まずいんじゃ」みたいな話はしてきました。
まず、無限に国債を積み上げることは可能か?という問いです。
当然誰も実行したことはないので明確にYesといえる事はあり得ないのですが、そう思っている方はここ をお読みください(過去記事です)。そして税金0の社会に向けた主張を是非お願いします。正しいのなら「永遠に税金0の世界」がやってきます。夢みたいですね。以降を読む必要はありません。
No、という方は以下をご覧ください。
さて、であれば国債残高には上限値(固定値とは限らない)があり、それを下回っている限り「だいたい大丈夫」といえるのですが、問題は「それがどこか?」ということです。あいにくそれに対する定説はないのですが、(おそらく。もしあればこんなに議論にならないと思う。)個人的には経験的(というか歴史的)にGDP比200%あたりであろうと思っています(過去記事 参照。中ほど下、緑字のあたり)。
こういった記事について、
a)「家計と比較するのは間違えている」とか、
b)「債務総額だけ出すのはおかしい、純債務で考えるべきだ」とか
c)「国へ国民が貸しているのだから問題ない」とか
まあ、いろいろ反論はあろうかと思います。
別に私は専門家でもないのですが、なぜか専門家は(差し障りがあるのか)ちょっと勉強すればわかる程度の反論もしません。寡聞にして私が知らないだけなのか、象牙の塔にいるのか、[Pi---]費でももらっているかは知りませんが。(今はインターネットがあるので発表自体の敷居は低いと思うのですが。)
さて、「大事なことは何か」という大前提からお話ししましょう。
これがずれていると、変な議論に巻きこまれますから。
「大事なこと」は国民の活動によって国富が増大することです。(絶対的にも相対的にも)
ここでいう「国富」には単に経済学では数値化されない、「環境」、「治安」、「教育」などが広義に含まれると個人的には思いますが、ここで数値化するのは狭義にとって経済学の範疇内にとどめます。単純で割と使用されている数値で言えばGDPです。
つまり、ここでの「大事なこと」は「国民の活動によってGDPが増大すること」です。さてGDPの物差しですが、通貨は通常時は良いのですが、経済破綻を取り扱うときに不便な存在(経済破綻すると名目GDPは著しく増える)なので購買力平価で考えます。これは一貫していればあまり問題ありません。(お好みならビックマック指数でも使うとよろしい。)卑近で喩えれば、今年の新人の「給料で買えるもの」は、10年後の新人の「給料で買えて、ちょっと余る」場合、国富が増大したとします。(例は平均または分配の話も含むので少しずれていますが。)
大前提は以上です。
ではc)から潰していきましょう。
日本の個人金融資産は1400兆(2001 by 日本銀行)です。国債地方債の残高は900兆。
株式時価総額は
http://d.hatena.ne.jp/satohhide/20091121/1258801064
によれば2009.11.20の時点で278兆円。
社債残高は
http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPJAPAN-36446520090212
によれば2009.02辺りで55兆円ていど。CPが15兆円
CDS市場規模は
http://www.nli-research.co.jp/report/pension_strategy/2005/vol105/str0503d.pdf
によれば2004時点で300億ドルていど。
しかしこれはリーマンショックでもう実質的に破綻してほとんど機能していないと思います。
すると国債に取り込まれてもいず、リスクマネーでもない金融資産の残高は、
1400-(900+300+55+15)=130
で130兆円です。
まさか残りが100%国債になるとも思えませんから、100兆円が国債に変わる(かなり楽観的で乱暴な見積もりです。)と仮定します。今年発行の国債が補正予算前で44兆。このうち借り換え(まあ、要するに利子だけ払って先送り)を10兆と見積もりましょう。(サラ金の自転車操業と一緒で、この金額はあっという間にふくれあがりそうですが。)そうすると、補正予算前で34兆ほど国債残高がふくらむことになります。この20年ほど国債を発行せずに補正予算を組まなかった事はないので、そうなることは期待しがたいのですが、来年度から34兆ずつ国債残高がふくらむとすると、3年でおしまいです。(ちなみに34兆は今の税収と似たようなもんです)(過去記事で10年くらい余裕はありそうと思っていましたが、どうもそんな余裕はなさそうです。)
以降、国債は海外に買ってもらうしかありませんが、(買ってくれないと信用不安が起きる)周りを見れば今のところ中国くらいしか買ってくれるところはありません。それに多分こんなに安い金利で買ってはくれないでしょう。(買ってくれたらさらにやばい。)というわけで、「国へ国民が貸しているのだから問題ない」と主張する人の意見は「国へ国民が貸しているのだから(今年は)問題ない」ぐらいに読み替えておいた方が無難です。基本的に「将来の世代への責任」とか「永続性」とかそんなものはみじんも考えていないようです。
無論、個人金融資産の総額が年34兆以上のペースで増大すれば、この話はなかったことになりますが、金融資産のほとんどが実質国債で運用(銀行預金は企業融資か国債に化けていますから)していること、今の経済環境、新しい産業が育つには10年以上かかることから、残念ながらまずはあり得ない話になります。
もちろん別の手段もあります。
要するに資金がショートしなければいいのですから、(過去記事で何度か書いたように)日銀が日本銀行券を刷れば、紙とインクが1万円札になります。これで国債を消化することは可能です。(だいたい原価20円くらいらしいので1万円札を1枚刷ると9980円ほど儲かります。)
しかし、今の通貨は「信用」という一種の幻想の上に存在しています。「信用」がなくなれば何が起きても不思議ではありません。その場合、国富はいっぺんに吹き飛んでしまうかもしれません。そもそも国富を増やすために国債を発行するのにこれでは本末転倒です。(少なくとも建前上、政府予算は国富の維持拡大に使用されるはずです。)
もう一つ別の手段もあります。
預金封鎖です。(戦前の政府は一度これをやりました。)201x年●月×日、貴方の預金はどこからもおろせません。貴方の勤めている会社があなたに給料を払うための口座預金もおろせません。(当然給料は払えません。)銀行の決済機能も一時停止するでしょう。その間は企業間取引もできません。金融パニックです。で、一定額以上の預金口座から政府が預金を抜き取ります。(今のところ法的根拠はありません。)まあ、要するに国家による銀行強盗と考えればよろしい。
あいにくこの場合、通常の預金保証が付くかどうか分かりません、非常事態ですから。(当然銀行は免責)今のグローバルな経済活動下でこれをやったら、どうなるか見当も付きません。「(広義の)国富が吹き飛ぶ」と言う意味ではこちらの方がやばい気もします。
さてここまでのまとめです。
1)資金がショートしなければ国債は消化できる。逆に言えばショートすると信用不安が起きる(可能性がある)。
2)個人金融資産が著しく増大しない限り、国内の資金はあと数年でショートする。
3)ショートを回避するため、日本銀行券を刷っても、預金封鎖をしても本当に「大事なこと」は著しく毀損する。
補足:
海外に買ってもらうなら、今の金利はあり得ないのであっという間に自転車操業。つまりはただの先送りにしかならない。そしてそういう場合、えてして傷は大きくなる。
長くなりましたので明日はbからで。
iPhoneを作るには。--ガラケーからスマホへ必要なもの。
iPhoneを購入して約1年がたった。使ってみた上でなぜ日本の端末メーカにiPhoneを作ることができなかったか考えてみた。以下はその記述である。
iPhoneを作るには一つの飛躍があればいい。
要するにキーをなくすことだ。
キーが無くなったガラケーは、(その大きさの粘土を想像して欲しい。)こねられ、ゆがめられて今のiPhoneより若干小さく薄い板になる。
画面を大きくするために板を大きく、厚く膨らますと、電池を大きくできる。電池をできるだけ大きくするには取り外しの間仕切りは邪魔だから電池交換はできないようにする。(逆かもしれない。電池を大きくしたいので画面を大きくする。)
キー入力はできないから、入力方法で現実的なものはタッチパネルか音声入力だ。周囲のノイズ、運用の簡便さ、確実性を狙うならタッチパネルになる。
さて、これで一応端末としてのiPhone(の基礎)はできあがる。
しかし残念ながら、これでビジネスは回ってくれない。
そう、iTuneが必要だ。PCを母艦として、アプリの配信やら何やらができなければどうしようもない。
無線で配信することも技術的には可能だが、コストに全くあわない。(iPhoneは最初GSMで使われたことを思い出して欲しい。)$1のアプリの配信に$100必要なんて、とんだ笑い話だ。
かくして、PCを母艦にする発想を持たない携帯電話メーカからiPhoneが生まれなかったのは必然だ。端末だけ(かろうじて)できたとしても売れるものには決してならない。
だから、AppleがiPhoneを作ったのは(そしてそのビジネスが成功したのは)、ある意味で当たり前(この言い方は言い過ぎだが適当な言葉が浮かばなかったので)で、携帯をインターネットにつなげる発想を生み出したドコモからiPhoneが生まれなかったのも必然なのだ。配信料の$100を欲しいのがドコモなのだから。
まとめ
電話会社が支配する市場からiPhoneが生まれることはあり得なかった。
携帯電話網以外での配信を思いつく会社以外、当時iPhoneは作れなかった。
だからノキアもサムソンもLGもモトローラもソニーエリクソンもあり得ない。唯一あり得るとしたら(非常に甘く見て)インテルであるが、参入する気はなかっただろうからなぁ。
おまけ
スマホに赤外線やらワンセグやら詰め込もうとしている会社があるが、(世界的に)成功することはないと思う。
唯一組み込めるといいのは「お財布ケータイ」だろう。
あれは24時間電源を必要とするものでもないし、動作するのは一瞬だから電池をほとんど食わない。(起動スイッチがもし必要なら、外部無線からの起動でいいから監視は要らない。)問題はアンテナの組み込みだろう。
iPhoneを作るには一つの飛躍があればいい。
要するにキーをなくすことだ。
キーが無くなったガラケーは、(その大きさの粘土を想像して欲しい。)こねられ、ゆがめられて今のiPhoneより若干小さく薄い板になる。
画面を大きくするために板を大きく、厚く膨らますと、電池を大きくできる。電池をできるだけ大きくするには取り外しの間仕切りは邪魔だから電池交換はできないようにする。(逆かもしれない。電池を大きくしたいので画面を大きくする。)
キー入力はできないから、入力方法で現実的なものはタッチパネルか音声入力だ。周囲のノイズ、運用の簡便さ、確実性を狙うならタッチパネルになる。
さて、これで一応端末としてのiPhone(の基礎)はできあがる。
しかし残念ながら、これでビジネスは回ってくれない。
そう、iTuneが必要だ。PCを母艦として、アプリの配信やら何やらができなければどうしようもない。
無線で配信することも技術的には可能だが、コストに全くあわない。(iPhoneは最初GSMで使われたことを思い出して欲しい。)$1のアプリの配信に$100必要なんて、とんだ笑い話だ。
かくして、PCを母艦にする発想を持たない携帯電話メーカからiPhoneが生まれなかったのは必然だ。端末だけ(かろうじて)できたとしても売れるものには決してならない。
だから、AppleがiPhoneを作ったのは(そしてそのビジネスが成功したのは)、ある意味で当たり前(この言い方は言い過ぎだが適当な言葉が浮かばなかったので)で、携帯をインターネットにつなげる発想を生み出したドコモからiPhoneが生まれなかったのも必然なのだ。配信料の$100を欲しいのがドコモなのだから。
まとめ
電話会社が支配する市場からiPhoneが生まれることはあり得なかった。
携帯電話網以外での配信を思いつく会社以外、当時iPhoneは作れなかった。
だからノキアもサムソンもLGもモトローラもソニーエリクソンもあり得ない。唯一あり得るとしたら(非常に甘く見て)インテルであるが、参入する気はなかっただろうからなぁ。
おまけ
スマホに赤外線やらワンセグやら詰め込もうとしている会社があるが、(世界的に)成功することはないと思う。
唯一組み込めるといいのは「お財布ケータイ」だろう。
あれは24時間電源を必要とするものでもないし、動作するのは一瞬だから電池をほとんど食わない。(起動スイッチがもし必要なら、外部無線からの起動でいいから監視は要らない。)問題はアンテナの組み込みだろう。