世界でも珍しい温泉発電所とエビの養殖事業(元気アップつちゆ・後編 vol.127) | 全国ご当地エネルギーリポート!

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-エネ経会議・特派員:ノンフィクションライター高橋真樹が行くー

東日本大震災と原発事故により観光客が激減し、危機に陥った福島県土湯温泉町。地元の人たちは、町の再建をめざして「株式会社元気アップつちゆ」を立ち上げます。そして小水力発電所の取り組みと並行して、世界でも珍しい温泉発電の事業化をめざしました。苦労を乗り越え、発電所が完成した現在は、発電所から発生する熱を活かしてエビの養殖を手掛けるなど、ユニークな地域活性化を始めています。ご当地エネルギーで復興をめざす、土湯温泉のいまをお伝えします。

 

※元気アップつちゆの記事前半はこちら「危機にある温泉街を再エネの里に!」

 

土湯温泉の温泉発電所

 

◆  トピックス

・温泉発電の仕組みとは?

・町の未来を切り開くために

・前例のない事業へのハードル

・温泉発電を利用したエビの養殖

・戻ってきた観光客

 

◆温泉発電の仕組みとは?

 

温泉発電は地熱発電の一種で、気候に左右されず24時間発電することができるものです。一般的な地熱発電は、地下深く井戸を掘り、大量の電力を生み出す一方、開発に時間と莫大な費用がかかるため、大手企業しか建設できません。また、環境への負荷も大きくなります。

 

温泉発電の場合は、基本的には地表に湧き出す温泉や蒸気を使って発電するため、地熱発電ほど多くの電力を得ることはできませんが、コストが安く、環境への影響も少なくなる傾向があります。

 

ご当地エネルギーリポートでは以前、長崎県雲仙市にある「小浜温泉エネルギー」の事業化に向けた取り上みを紹介しましたが、温泉発電にはさまざまな課題もあり、まだ事業化をしている例は多くありません。

 

そんな中で土湯温泉は、温泉組合が管理する4つの源泉のうちひとつを使い、出力およそ400キロワットの温泉発電所をつくる計画を2011年に立ち上げます。

 

2015年、設備の完成前の工事中の様子。右の茶色い筒状の設備が源泉。

 

温泉発電は、正式には「温泉バイナリー発電」と呼ばれます。「バイナリー」とは2つのものを組み合わせるという意味で、沸点の異なる2つの液体の温度差を利用して蒸気を発生させ、発電するものです。

 

土湯温泉は、ひとつは温泉水、もうひとつは沸点の低いノルマンペンタンという液体を使っています。土湯の源泉は139℃の高温です。ノルマンペンタンは 36度で沸騰する性質があり、高温の温泉水と熱交換すれば蒸気に変わります。その蒸気の力でタービンを回す仕組みです。ノルマンペンタンはその後、10℃の冷たい湧水で冷やされ再び液体に戻るので、何度でも繰り返し使用できます。また、発電に使った温泉水はやや温度が下がるだけなので、温泉旅館で使うことが可能です。

 

◆町の未来を切り開くために

 

一般的に温泉地では、地熱発電の開発が温泉に影響を与えるのではないかとの懸念から、温泉関係者らが地熱開発に反対することがあります。温泉発電は大型の地熱発電に比べて環境負荷が少ないとはいえ、それでも地元から反対されるケースもあります。土湯温泉が事業化に成功した背景には何があるのでしょうか?

 

ひとつは、震災や原発事故のもたらした危機感が大きかったことです。いま行動を起こさないと地域が存続できない状況を受けて、思い切った決断がしやすかった面があります。また、事業の主体を担ったのが行政や外部の組織ではなく、地元の温泉組合や観光協会といった地域の人々だったこともプラスに働きました。

 

事業化の準備を始めた2011年当時は、自然エネルギーの分野に新規事業者が続々と参入していました。土湯温泉でも、発電プロジェクトを担いたいという外部の企業がいくつも現れました。事業者に任せるのは楽な道ですが、土湯温泉はリスクを取って地域の力で事業を進めると決めました。町の未来を自分たちで切り開く姿勢が、町民からの信頼を得ることになりました。

 

温泉発電所の竣工式。右から3人目が元気アップつちゆの加藤勝一社長

 

また物理的な理由としては、温泉の泉質が発電に向いていたことも挙げられます。温泉発電の事業化をめざす他の地域では、温泉の成分に含まれるスケール(いわゆる「湯の花」)と呼ばれる白い結晶が、パイプの中で固まり詰まる現象に頭を悩ませている所もあります。土湯温泉では、スケールの成分が比較的少なく、発電にはほとんど支障がありませんでした。設備完成後のメンテナンスでも、スケールの掃除は2年に1度ほどで済んでいます。

 

◆前例のない事業へのハードル

 

しかし発電事業に何のノウハウもなかった地元の人たちにとって、温泉発電を実現するまでの道のりには、高いハードルがそびえていました。

 

小水力発電の際も、行政の手続き関係書類の申請などには頭を悩まされましたが、温泉発電はさらに事例が少なく、元気アップつちゆの加藤勝一社長を中心に仕組みを一から学び、国や自治体への複雑な許認可の申請や交渉をひとつひとつクリアしていかなければなりませんでした。行政の側にルールがない場合は、そのたびに粘り強く交渉をして事態を切り開いていきました。

 

また、温泉発電の設備はアメリカ企業に発注することになりましたが、量産化されていないため、工事費と合わせたコストが7億円近くかかりました。発電所建設の主体が地元の人々であることは、将来のまちづくりにとっては大切なことです。しかし事業主体が新しく立ち上がった組織のため、事業資金の調達は困難を極めました。

 

金融機関からは、実績も担保となるものもなく、事業評価ができないことなどから、融資を受けるのは簡単ではありませんでした。最終的には、債務の8割を担保する債務保証を取り付けたことで融資を受けることが決まりました。全体事業費の内の1割を国の補助金で、9割を金融機関からの融資でまかなうことができました。

 

行政との手続きや交渉、そして資金調達の難しさにより、設備完成のスケジュールは3度の遅延を迫られました。稼働がようやく始まったのは、発電所の計画から3年が経った2015年の11月のことです。

 

元気アップつちゆの加藤勝一社長。エビの養殖水槽を前に

 

苦難を乗り越えて設備を完成させた加藤勝一社長は、稼働開始後は順調だと言います。「稼働から3年以上経ちましたが、ほとんど止まることはなく、稼働率90%以上で動いています。売電収入を活かして、町の復興の柱として活用したいと思います」

 

この温泉発電所の年間の発電電力量は、およそ26万キロワットアワー。一般家庭およそ700世帯分の電力をまかなっています。売電収入は固定価格買取制度により、キロワットあたり40円で15年間買ってもらいます。今後も順調に発電すれば、10年以内に金融機関からの借り入れ分を返済できる予定です。

 

◆温泉発電を利用したエビの養殖

 

発電の際に排出される温められた水を利用して取り組んでいるのが、オニテナガエビの養殖です。発電所の収益の一部を活用して、2017年に建設されたビニールハウスでは、およそ3万尾のオニテナガエビを養殖しています。淡水で養殖できる様々な生き物の中から、土湯温泉の観光資源として活かせるように、この東南アジア原産の淡水エビを選びました。なお、特注の水槽は国の補助金で設置されました。

 

「このエビは、比較的成長が早く、食べても美味しいという特徴があります。また、ザリガニと同じように釣りができるのでイベントを開催できる。そこでこのエビを育てることにしました」(加藤さん)

 

完全養殖が難しいとされるオニテナガエビ

 

オニテナガエビの養殖は難しく、全国でもあまり事例がありません。理由のひとつは水温管理の難しさです。オニテナガエビは繊細で、適温が26℃から27℃の間と狭く、20℃以下でも30℃以上でも死んでしまいます。その温度管理を重油を使って行うと採算がとれなくなってしまいます。

 

土湯温泉では、無料で手に入る温水資源を有効活用しています。発電所では、ノルマンペンタンの冷却水として10℃の湧水を使用しています。熱交換したあと、湧水は21℃に温められて排出されます。そのままではエビの養殖には5℃低いので、70℃程度の温泉の熱で再び熱交換して温め、26℃から27℃に上げて使用しています。

 

水温は厳密に管理されている

 

養殖の2つ目の課題は、共食いです。エビは脱皮して成長する際、3分ほど動きが緩慢になり、周囲のエビに襲われてしまいます。現在は、プラスチック製の花の苗を入れるケースを積み、隠れ家をつくることで、安全に脱皮ができる対策を施しています。

 

温度管理と共食い対策などさまざまな工夫を重ねても、食材として使えるまで順調に成長するのは、いまのところ全体の3割くらいとのことでした。2018年からは、週末に温泉街の空き店舗に仮設の釣り堀を設置、エビ釣りイベントを開催しています。ひとり3尾まで釣ることができ、その場で焼いて食べるイベントは好評で、1ヶ月に1000尾近くが利用されています。

 

エビを釣ってその場で焼いて食べるイベントは好評(提供:元気アップつちゆ)

 

「将来的には地元レストランなどにも提供して、地域の名産にしたいと考えています。養殖している所が少ないこともあり、県外の居酒屋やホテルなどからもオファーがあります。でもいまは、地元での消費が精一杯でよそに提供できません。今後は施設を拡大して数を増やしつつ、一尾あたりの単価も下げられればと考えています」(加藤さん)

 

ビジネスとしての模索は始まったばかりですが、温泉発電の余った水を段階的に利用するカスケード利用として、エビの養殖事業はユニークな取り組みと言えるでしょう。

 

養殖のためのビニールハウスは2019年9月現在は2棟

 

◆戻ってきた観光客

 

元気アップつちゆは、その他にも売電収入の一部を地域貢献事業にあてています。設備の初期投資にかかった費用を返済することが優先ですが、加藤さんたちには、少しでも早く地域貢献に回したいとの気持ちがありました。そこで、まずは会社を設立する際に出資をもらった温泉組合と観光協会に配当という形で資金を還元し活性化に役立てています。

 

また売電収入の一部を使い、車の免許証を持たない人や高齢者を対象にバス定期券代を無料にするサービス「土湯温泉足軽サービス」を始めました。バスは頻繁に往復する福島市街と土湯温泉の間を行き来する便で、利用者にはとても喜ばれています。また、「土湯温泉通学マイロードサービス」と名付け、福島市内に通学する子どもたちのために定期券の寄贈も行っています。

 

残念なニュースもありました。土湯温泉町には、小学校がありましたが、児童数減少のため2019年3月をもって休校となり、2020年には廃校となる見込みです。元気アップつちゆでは、売電収益を使って児童の給食費と副教材費を無償にすることで家庭の負担軽減を図り、児童の増加を目指すサポートをしてきました。しかし、児童が増えることにはなりませんでした。

 

一方で、観光客は一時の落ち込みから震災前と同じ年間約26万人にまで回復しています。また震災前に16軒だった温泉宿は、その後11軒にまで減りましたが、2019年9月現在は、3軒増えて14軒にまで戻っています。

 

 

 

その中で、温泉発電も地域経済に貢献しています。地熱発電が盛んな九州を除けば、これだけの規模の温泉発電所を事業として成功させている所は少なく、県の内外から行政や大学関係者、温泉地の人々など、年間およそ2500名の見学者が訪れ、その半数以上が温泉街に宿泊しているとのこと。

 

「新しい取り組みをメディアで取り上げていただくことも増えています。今後は、こけしや温泉に加えて再生可能エネルギーパークとしても親しんでいただければいいですね」(加藤さん)

 

こじんまりとした温泉街にはあちこちに足湯と名物のこけしの姿が

 

危機を迎えた温泉街の人たちが、ほとんど前例のない温泉発電に挑戦した土湯のプロジェクト。幾多の苦労を乗り越えながら、地域が主体になることにこだわってきました。だからこそ、発電所の収益を地域のもっとも必要なことに活用できています。発電することが目的ではなく、地域活性化のために地域の資源を活かす。これこそが、ご当地エネルギーの原点です。元気アップつちゆの取り組みを、今後も注目していただければと思います。

 

※元気アップつちゆの記事前半はこちら「危機にある温泉街を再エネの里に!」

 

◆お知らせ:9/29「おだやかな革命サミット」を開催!当日チケットは残りわずか!

 

 

全国で立ち上がったご当地エネルギーの取り組みを取り上げたドキュメンタリー映画「おだやかな革命」が各地で上映されています。9月29日、映画出演者らを東京にお呼びし、エネルギーやまちづくりに興味のある人々と交流を深めるイベント「おだやかな革命サミット」を開催します。地域の自立のための新しい動きを、さらに広げるためにぜひご参加下さい。

詳しい情報とチケットはこちらから

 

※ご当地エネルギーリポートの著者である高橋真樹は、映画「おだやかな革命」のアドバイザーを務めています。