「ワンルーム叙事詩」

‥最初に‥


***

(五)

その日の夜、僕は駅前の居酒屋に向かった。

以前は、みんなとよく飲みに来てたっけ。

店に入ると、すぐにレイは見つかった。

相変わらず、あの赤い髪は目立つ。

レイが僕に気付き、手を上げる。

ふと、レイの隣に目が行った。

黒髪に細い体。

後ろ姿だったけど、すぐに分かった。

一瞬、僕はその場に固まった。

そいつが振り返り、僕を見る。

僕はカナデと目が合った。

レイを真ん中に、僕は右側の席に腰を下ろした。

ちらりと、カナデを見る。

変わってないな。

レイは相変わらず、賑やかで明るかった。

また新たにバンドを組んだらしい。

ワンマンライブも何回かやったみたい。

少し前のイベントライブで、カナデのバンドと一緒にもなったみたいだった。

久々に会って話が弾んだ二人は、何度か一緒に飲んだりした。

今日も飲みに行こうという事になり、僕の話になったらしい。

「お前はどうしてんだ?」

一通り話し終えると、レイが僕に問いかけてきた。

一瞬、僕は言葉に詰まった。

まぁ、こうなる事は、簡単に想像は出来るけど。

特に変わり映えはしていないと、当たり障りのない返事をした。

レイは納得してない表情だった。

僕はレイの事をよく知っている。

レイだって、僕の事をよく知っていた。

今はレイとは言い合いになりたくない。

そう思っていると、不意にレイが席を立った。

「悪い、俺帰るわ。」

予想だにしない言葉。

驚く僕に、レイはカナデに視線を向ける。

「こいつがさ、お前と話したいってよ。」

笑いながらそう言うと、レイは店を出た。

一気に沈黙が訪れる。

カナデは、空いた席を詰めるように、僕の隣に座った。

「久しぶり。」

あの笑顔を、カナデは僕に向けた。

久々にカナデの声を聞いた。
「ワンルーム叙事詩」

‥最初に‥


***

(四)

思えば、あの頃が一番楽しかった。

あの頃は、若者らしい明るさが、僕にもあった。

仲間と毎日楽しく過ごしていた。

友達だって居た。

大切なものだってあった。

今は、その全てが無いに等しい。

きっかけは、恐らくバンドを辞めた事。

あの瞬間、僕は全てを失った。

それと同時に、他のメンバーも居場所を失った事も知ってる。

だけどさ、仕様がないよ。

僕に才能なんて無いって、嫌って程思い知らされたんだから。

あれ以来、カナデにも会っていない。

僕は足下に置かれた鞄に目を落とした。

その中にある、刃渡り15㎝の包丁。

僕の鞄の中には、常にそいつが入っている。

今の僕の状況は、まぁ酷い方かな。

でもまぁ、そうなったのは僕自身が原因だから仕方がない。

何でこうなったのか、どうして上手くできないのか。

そんな自問自答を、僕は何度繰り返しただろう。

夢を見て上京して、やれるだけの事は、精一杯やったつもりだった。

いつからだろう、普通がこんなに辛くなったのは。

みんなが難なくこなす普通の生活が、僕には酷く苦しい。

幾度と無く、普通の生活をしようと頑張った。

普通に働いて、普通に暮らして。

それが僕には出来ない。

人と話す事が、酷く怖いんだ。

どこを見て良いか分からないんだよ。

上手く話せないし、上手く笑えない。

だから、みんなは僕を嘲り、馬鹿にする。

何で、僕ばっかり。

イライラする。

そんな行き場の無い気持ちは、どこにも向けようがなかった。

結局は、僕自身が問題なんだ。

こんなに生きづらいなら、いっその事、消えてしまった方が楽なのかな。

そうすれば、何も感じなくて済む。

全て終わる。

ふと、携帯に一件の着信が入ってる事に気付いた。

相手はレイだった。

レイは何度か連絡をくれたけど、出る事は一度もなかった。

何となく、レイに会おうという気になった。

正直、僕はもう未来を諦めていた。

もう終わりが来たって良いんだ。

その前に、友人に会っておこう。

そんな気になったんだ。
「ワンルーム叙事詩」

‥最初に‥


***

(三)

カナデは人見知りが激しく、人付き合いも下手な方だった。

そのため、積極的な奴ではないけど、特別暗いというわけでもなかった。

始めこそ遠慮がちではあっけど、好きな音楽なんかが合い、すぐに打ち解けた。

仲良くなれば、カナデは人懐っこい奴だった。

「なぁ、その腕どうしたんだ?」

僕は、アームウォーマーに覆われたカナデの左腕の事が、ずっと気になっていた。

一瞬、カナデは強ばった表情になった。

カナデは無言のまま、アームウォーマーを外した。

手首から肘の手前まで、包帯で覆われていた。

それだけで、僕はすぐに理解した。

一瞬、気まずい空気が流れた。

謝った方が良いのかな?

そう思いながらカナデを見た。

「治りかけてはいるけどね。」

カナデはそう言うと笑った。

カナデは常に白い肌をしていた。

カナデのバンドメンバーであるリュウも色白だけど、単に焼けてないリュウとは違った。

細身でもあった。

それも、細いというより、痩せていると言った方が正確だった。

そんな見た目なせいか、どことなく病的な印象も持っていた。

実際カナデは、少し体が弱かった。

体調をよく崩すと、リュウが以前言ってたっけ。

入院も何回かした事があるらしい。

対してカナデ本人は、その事にあまり自覚を持っていなかった。

バンド活動も出来るし、普通の生活も送れてるから問題ないと、カナデは笑いながら言った。