「キャッチボール」

(みらいいろ・回想録)


(五)

「そろそろ帰ろうぜ。」

俺はカナデに言った。

気付けば、あたりはすっかり暗くなっていた。

カナデは少し不満そうな顔をしたが、素直に頷いた。

俺は、闇の中にボールを投げた。

ボールは弧を描いて飛んでいき、暗がりの中に消えた。

俺らは帰路に着いた。

歩きながら、隣のカナデをちらりと見た。

まだ少し、息が上がっている。

終わった後に、少し無理をさせ過ぎたかもしれないと思った。

何事も無ければいいけどな。

翌日はスタジオだったけど、案の定、カナデは休みだった。

俺は帰りに、カナデのアパートに寄った。

リュウも一緒だった。

カナデは、ベッドの上でぐったりとしていた。

38度越えの熱があるらしい。

お粥でも作ってやろう。

そう思って、俺は台所に向かった。

振り返れば、リュウが心配そうに、カナデの顔を覗き込んでる。

今更ながらに、悪い事をしたなと、俺は内心後悔した。
「キャッチボール」

(みらいいろ・回想録)


(四)

「フジ、見て。」

カナデが少し離れたところで呼ぶ。

振り返ると、カナデの右手に何かがある事に気付いた。

差し出された右手を見れば、それは使い古されたゴムのボールだった。

この河川敷には、遮る物が無い。

誰かがキャッチボールなんかをした時に、転がって忘れられたやつだろう。

不意にカナデが距離を取る。

そう思っていると、いきなりボールを投げてきた。

不意打ちを食らった俺は、とっさにボールを避けた。

「キャッチボールしよう。」

唐突な一言。

カナデを見れば、楽しそうに笑ってる。

俺はボールを拾うと、カナデに向かって投げた。

そんなやり取りを、俺らはしばらく続けていた。

気が付けば、いつの間にか夕焼けは終わっていた。

だけど、カナデは一向に止めようとしない。

時々、コントロールを無視したボールを投げてくる。

取れるわけねぇだろ。

そう思いながらも、俺はボールを拾いに走った。

だから俺も、割と本気になって投げる。

運動が苦手なカナデは、上手く取る事が出来ず、何度もボールを追いかける。

カナデは楽しそうに笑いながら、何度もボールを俺に投げた。
「キャッチボール」

(みらいいろ・回想録)


(三)

気付けば、目の前には隅田川が広がっていた。

ここに来るのは、割と久々だった。

カナデは隅田川に沿った道を歩き始めた。

俺もそれに続く。

しばらく歩くと、カナデは河川敷へと下りていった。

そこそこの広さの河川敷だった。

隅田川が近付く。

「ここって、よく来るのか?」

「河川敷に下りるのは、初めてだよ。」

俺の問いかけに、カナデは笑いながら答えた。

俺は河川敷を見回した。

隅っこには、幾つかの錆びたドラム缶が放置されていた。

砂場もある。

子供が遊んで、そのままにしていったであろう形跡があった。

先程の雨で砂の窪みに水が溜まり、小さなダムみたいだなと思った。