「monophobia」

(みらいいろ:記憶回路)


(九)

「お前って、結構繊細だもんな。」

フジが呟くように言った。

「だから、そうやって周りに頼る事を、甘えだと思ってんだろ。そういう自分が嫌なんだろ。」

フジの言葉に、居心地の悪さを感じた。

今すぐにでも、ここから逃げ出したかった。

「だけどさ、そんなん当たり前の事だろ?一人で歩いてくなんて、絶対無理な話なんだよ。必要だったら、周りに助けを求めろよ。」

「ちょっと黙れよ。」

思わず低い声が出た。

普段の僕は、あんまり言葉を荒げる事はない。

そうだ、フジの言う通りだ。

フジは僕の事を理解して、認めてくれる。

その嬉しさの反面、フジにそんな事を言われた事が、どうしようもなく悔しかった。

フジだからこそ、そう言われた自分が許せなかった。

感情に振り回されるのは嫌なのに、僕の意志に反して揺れ動く。

「助けを呼べよ。何の為に俺らが居るんだよ。」

僅かに声を張り上げてフジが言った。

いたたまれなくなった僕は、フジを置いて公園を出た。

これ以上一緒に居たら、フジに全てを見透かされそうな気がした。

フジは察しが良い。

もしかしたら、僕の事なんてお見通しなのかもしれない。

心の何処かで、フジなら僕を助けてくれるんじゃないかと期待していた。

そんな事を思った事が、たまらなく恥ずかしかった。

フジは無駄な干渉はしない。

時には、敢えて素っ気ない態度を取る事もある。

それがフジの優しさだった。

フジは優しい奴だ。

だからこそ、その優しさが、今の僕には痛かった。

僕は自分の事を、心底恥じた。
「monophobia」

(みらいいろ:記憶回路)


(八)

フジに会うのも久々だった。

思えば、ここ最近はスタジオに行ってない。

ヒロとタケに最後に会ったのは、いつだったっけ?

フジはいつもの淡々とした調子で、近況を話し始めた。

フジはカナデと同じ高校だ。

それが、今の僕には羨ましかった。

「お前はどうなんだ。」

一通り話し終えると、フジは僕に向き直った。

相変わらずだよと、僕は作り笑いで答えた。

「相変わらずじゃねぇだろ。」

フジが真剣な目で言った。

僕は内心焦った。

いやいや、何でもないよ。

僕は慌てて答えた。

「何でもねぇ奴が、そんな切羽詰まった顔するかよ。」

フジは僅かに声を荒げた。

「お前、やばい顔してんぞ。」

フジの視線に気圧された僕は、そのまま黙り込んだ。
「monophobia」

(みらいいろ:記憶回路)


(七)

いつもの公園のベンチに座り、ぼんやりと辺りを見回していた。

あれから数日、僕は無気力状態で過ごしている。

ぶっ殺してやるなんて息巻いたところで、僕はそんな事は出来ない人間だって分かってる。

周りに当たったって仕様がない。

世界なんて、そんなもんなんだ。

世界に向けて攻撃したって、結局は虚しくなるだけだ。

そうだ、最初から答えは出てるんだ。

世界を恨むのはお門違いだ。

結局は僕自身が問題なんだ。

普通に馴染めないのなら、死ねばいいんだ。

簡単じゃないか。

いつもより、ちょっと深く手首を切ればいいだけだ。

そうすれば、全部終わるんだ。

だけどいつも、あるところで手が止まる。

痛いし怖いし、それ以上は切れなかった。

結局僕は、世界も自分も恨む勇気は無かったんだ。

生きていくのは苦しい、かと言って、死ぬ勇気も無い。

何でこうなったんだろう。

いつもの自問自答を繰り返す。

前はこんなんじゃなかった。

夢中になれる事なんて、沢山あった。

友達だって居た。

普通に笑えてた。

今じゃ、その全部が無いに等しい。

どうしてだろう。

何が原因だろう。

思い当たるのは、みんなと離れ離れになった事。

ただそれだけ。

だけど、それが僕にとっては大問題だったんだ。

僕は積極的で、明るくて、みんなのムードメーカーだった。

みんなは僕をそう見ていた。

僕もそうだと思ってた。

だけど本当は、一人になるのが怖かったんだ。

寂しくて、怖くて、仕様がない。

もう会えないわけじゃない。

会おうと思えば、いつだって会える。

こんなに堕ちる事はないんだ。

ちょっとの間寂しいだけさ。

普通に過ごせるはずさ。

だけど、もうその普通さえも分からなかった。

何度も思った。

普通に学校に行って、普通に喋って。

簡単な事さ、誰だってやってるじゃないか。

だけど、何でだろう。

何でこんなに、毎日が苦しいんだろう。

何でこんなに、普通が辛いんだろう。

思考はぐるぐる渦巻いて、いつものように、行き場を無くした。

結局、僕が問題なんだ。

世界を恨んだって仕様がない。

もう帰ろう。

立ち上がろうとして、不意に気配を感じた。

顔を上げる。

目に入ったのは、長めの黒髪の高校生。

「久しぶり。」

小さく笑って、フジはそう言った。